62 ~断罪裁判〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となったユリウスたちの初クエストは、帝国からの要人の影武者を警護する任務をだった。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明けるのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
ユリウスたち一行は予定通り先発のチームが出発してから数刻置いて国境砦に向け出発した。
途中クラールハイトの森の中で戦闘の形跡を見かけたが、屍体などは既に片付けられているようだった。 もっとも、脇の茂みにでも隠されているだけなのかも知れないが。
そしてさらに数刻の後…… 拍子抜けするほど何事もなく国境砦へと辿り着いた。
「うわ…… なんか人がいっぱいいるよ」
砦には既に出迎えの兵たちが待ち構えていた。 物々しい雰囲気にフィオナが思わず緊張する。
馬車を止め一行が降りると、砦の大扉が開いて礼服を纏った貴族の男性が衛兵や従者を伴って姿を表した。 一見小太りで人の良さそうな中年男性に見えた彼は、このプルプレウス領の領主、ウィリディス・プルプレウス辺境伯その人であった。 その横には先発チームの護衛を務めた冒険者パーティー【エンジェル・ファング】の面々も並んでいた。 ちなみに【エンジェル・ファング】のリーダー、プルプラ・プルプレウスは辺境伯の実の娘でもある。
プルプレウス辺境伯は、おもむろに地面に片膝をつくと深々と頭を下げた。 周囲の者たちは一瞬動揺を見せたが、すぐにそれに倣う。
「よくぞ無事にお戻り下さいました、ラウラ・フロイデ・アルゲンテウス皇女殿下」
ユリウスの陰に隠れていたラウラが、前に進み出て優雅な礼を見せた。
「出迎えとお心遣い感謝いたします。 プルプレウス辺境伯」
「え〜〜〜〜っっ⁈ 皇女殿下って…… え〜〜〜〜っっ‼︎」
フィオナが人目も憚らず大きな声を上げたが、それを咎める者はいなかった。 何故ならここにいるほとんどの者たちが同様に驚愕に目を見開いていたからだ。
「直ぐに帝国の迎えが到着するかと思います。 それまではこの砦でゆっくりと休んでいって下さい」
「ありがとうございます。 それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
そう言うと、ラウラはユリウスたちの方を振り向いた。 ユリウス、メナス、フィオナ、ルシオラ、そして兵士長のヴェルデの顔を順番に見て軽く会釈をする。
「ここまでの道中、大義でありました。 短い間でしたが私は貴方達と過ごした時間を生涯忘れないでしょう……」
そして最後にもう一度だけ、何故かフィオナの顔を見ると、皇女は踵を返して砦に向かって歩き出した。
ユリウスは、同行した商人役の者たちにも別れの挨拶をした。 どうやらあの上品な商人役の紳士は、皇女殿下の侍従長だったようだ。 奥方役がメイド頭で、若い商人の娘も殿下を幼い頃から知る侍女だったらしい。 ユリウスは握手を求め、紳士の手の中にそっと小さな水晶球を握らせた。
フィオナは口をあんぐり開けたまま、とうとう一言も発しなかった。
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ユリウスたちは砦に残らず、そのまま王都への帰路につく事にした。 【エンジェル・ファング】のメンバーは、そのまま砦での護衛と申し送りをするとの事だったが、もしかしたら単に父親が久しぶりに会う娘と話したいだけなのかも知れない。
驚いたのは先発のチームにギルドマスターのエルツ・シュタールが同行していた事だ。
「よう、お前ら! 元気そうだな?」
「あっ…… ギルマスのおじいちゃん!」
砦の中で、街中でばったり会ったような気楽さで声をかけられたのも驚いたが…… それより驚いたのが、彼が囮のチームの護衛をしていた事だった。
【エンジェル・ファング】の参謀役、魔術師の少女、シュティレ・シュテルケが少なからず抗議の意を込めて質問した。
「どうせ…… 隠れてるんなら…… なんで本命の馬車の警護を…… しなかったんです…… か?」
「まぁ、あれだな…… 俺のコトは誰でも知ってるが、こいつらのコトはまだ帝国には知られてないだろうと思ってな」
「だからって、新人パーティーの初クエストにしちゃあ、少しだけタフな仕事じゃないかねぇ」
これは白銀の鎧を身に纏った女戦士、グローリエだった。
「そりゃあまぁな。 何事もないに越したこたぁないんだが…… 実際なかったしな」
ここでギルドの生きる伝説は言葉を切った。 銀髪のオールバックの頭を照れ臭そうにぼりぼりとかく姿はまるで少年のようだ。
「たぶん、現役冒険者で一番強ぇのは…… あの小僧だ」
その視線の先にメナスがいた。
「だからボク、女の子だって」
その言葉を受けて【エンジェル・ファング】のメンバーは、一斉にメナスを見た。 驚いたのか、それとも冗談だと思ったのかは定かでないが、その先の言葉を続ける者はいなかった。
帰りの馬車の中、一行は微妙な空気に包まれていた。 ちなみに御者役は、プルプレウス辺境伯直属の兵士であるヴェルデではなく王都の兵と交代している。
別れ際ヴェルデは、ユリウスたちに控え目な感謝の意を伝えてきた。 しかし彼の心にはむしろ、任務の成功よりも全滅した仲間たちの事が重くのしかかっている様だった。 ユリウスは彼の為に何か声をかけてやりたかったが、ついにその言葉は見つからなかった……
重苦しい空気の中、最初に沈黙を破ったのは、やはりフィオナだった。
「まさかあの子が…… 本物の皇女さまだったとはねぇ……」
誰も返事はしなかった。
「え? もしかして…… 知らされてなかったのって私だけ⁈」
「いえ、そんなコトはないわよ。 元ギルド職員の私だって聞いてなかったんだから。 ただ──」
「ただ……?」
「何となく、ねぇ……?」
流石にルシオラは怪しいと思っていたようだ。
「それじゃあ、シンも⁈」
「まぁ…… 話を聞いてすぐに分かったけどな」
「うっそぉ〜〜〜っ⁈ それなら早く言ってよぉ〜〜〜っ‼︎ わたし危うく皇女さまに摑みかかるところだったじゃないっ‼︎」
「それはそれで見モノだったろうなー」
メナスが無責任にのたまう。
「いや、お前は知らない方が普段通りでいられるだろうと思ってな。 皇女殿下だと思ったら、多分顔に出ちゃうだろ?」
「それは…… そうかもだけど……」
フィオナはふくれっ面で両腕を組んだ。
「そ〜れ〜は〜 そ〜れ〜と〜し〜て〜 シンには、どうしても聞かなきゃならないコトがあるわよねぇ〜〜」
フィオナは鼻の穴を膨らませて正面に座るシンを睨みつけた。
「どうして昨夜、皇女さまの裸を見たの? そもそもどうして皇女さまが、真夜中にシンの部屋にっ……⁈」
婚約者としてもっともな── いや、婚約者でなくても当然の疑問である。
「いや…… アレは…… 何というか」
最近女性と話す機会が増えいくらか慣れた気になっていたユリウスだったが、流石にこういう経験は初めてだった。
「話した通り、昔王都で勉強していた時迷子になっていたあの子を助けた事があるんだ…… それをあの子が覚えていて、夜こっそりお礼に来てくれたんだけど……」
「だからって裸にはならないわよねぇ?」
車内の温度が一気に下がった気がする。
ルシオラまでもが食い気味にこちらを睨んでいるようだった。
「実はねー ボクも昨夜、お兄ちゃんの部屋に行ってたんだけどねー」
流石に見ていられないと思ったのか、ここでメナスが助け船を出してくれた。
「渡り廊下で黒装束の襲撃者たちに襲われちゃったんだよねー」
「えっ そうなんですかっ⁈ 聞いてませんけど……」
これにはルシオラも驚いたようだった。
「はい実は…… ですが、こちらにもどうやら護衛の護衛が付いていたみたいで」
「護衛の護衛?」
「たぶんアレ、忍者のノーヴァ・シュヴァルツだと思うよー」
「ノーヴァ・シュヴァルツ⁈」
フィオナもいつの間にか興味津々で話に食いついていた。
「ずっとボクたちの馬車に並走してたみたいだよ。 姿は見えなかったけど」
「それじゃあ、今も?」
ルシオラは、そっと窓の外を伺ってみる。
「いや、もういないでしょう。 実は襲撃者たちが皇女殿下の位置を正確に知っているのが不審だったモノで……」
「それで、帝国に居場所を知らせる【魔道具】に覚えはないかって、お兄ちゃんが聞いたんだよねー」
フィオナもルシオラも真剣に次の言葉を待っているようだった。
「そしたらあの皇女さま、勝手に裸になっちゃって……」
「な〜んだ、そんなコトだろうと思った」
身を乗り出していたフィオナが座席に深く座り直す。
「それで…… 見つかったんですか? その【魔道具】は?」
「はい、たぶん見つかったと思います。 それを味方の護衛に託しましたので、私たちの馬車は無事だったのだと思います」
「それならそうと、早く言ってくれたらよかったのに……」
フィオナが腕を組んで抗議の意を示す。
「うん、でも皇女殿下の前では言いにくい話だったしなぁ……」
「まぁ、とりあえずは分かったよ。 でも、あの子…… 皇女さまは、シンに気があったのは間違いないよね」
「……」
ユリウスには何とも答えようがなかった。
「そう言えばアレ、何だっけ? 赤銅色の奴隷姫だっけ……? アレってどういうコトなの」
そこからはルシオラが説明してくれた。
彼女が亡国の姫で、父親の仇に母親が嫁いだ事…… 帝国皇女となってからも常に隔離され奴隷のような扱いを受けている事。 おそらく将来は、義理の父親である皇帝の秘密の妾になるであろう噂などを……
「そんな…… そんなのってあんまりだよ……」
フィオナは既に涙でぐしょぐしょになっていた。 涙どころか鼻水まで垂らしている。
「何もそんなに泣くコトはないだろう……」
「だって、だって…… お姫さまだったら、もっと幸せだろうって、わたし思ってて……」
「わたしの方が…… 田舎で生まれて毎日貧乏で畑仕事もキツイけど…… お父さんとお母さんと兄弟たちがいて、ケンカもするけどみんな仲良しで…… わたしの方が何倍も何倍も幸せだったんだなぁって……」
そう思える感性こそが、フィオナの一番の魅力なのだと改めてユリウスは思う。
横に座るルシオラが、ハンカチで涙と鼻水を拭ってやっていた。
「あら、でも…… そんな【魔道具】があるなら、何で【エンジェル・ファング】の馬車が襲われたのかしら?」
ふいにルシオラが疑問を口にする。
「……それは」
ユリウスは言い淀んだ。 それは女性たちには知らせなくても良いのではないかと……
「あの山賊みたいな襲撃者はねー 帝国のアドゥストゥス辺境伯が皇帝にナイショで勝手に雇った傭兵だと思うよー」
「どうしてそんなコトが分かるんですか?」
ルシオラの疑問は当然だった。
「報告の兵も言ってましたが、アドゥストゥス辺境伯に雇われたのは確定でしょう。 それと、目的は皇女の暗殺ではなく拉致だとも言ってましたね」
「そう言えばあの時、わざわざ兵隊さんを呼び止めて確認してたよね…… 何でかと思ってた」
フィオナが、ルシオラに貸してもらったハンカチで鼻をかみながら尋ねた。
「これはあくまでもオレの予測なんだけど──」
ユリウスは意を決して口を開いた。
「アドゥストゥス辺境伯という男は、何でも奴隷商人から貴族に成り上がった家系の人物らしい。 もしかしたら──」
「もしかしたら?」
「どうせ皇帝に殺されるのなら、横から掻っ攫って皇女殿下を自分の奴隷にしようと思ったんじゃないかな?」
フィオナとルシオラの顔がみるみる蒼白になってゆく。
「そんな…… それじゃあ、このまま辺境伯の城へ帰ったら……」
「どうだろうな? 帝国領でそんなコトをする度胸がそいつにあるのかどうか」
「でも、もしヤケクソになってたら……」
フィオナはもう、すっかりラウラの味方になっているようだった。
実際ユリウスは、かなりの確率で彼が行動に移すだろうと考えていた。 だから彼女に約束したのだ。
──必ず迎えに行くと。
「大丈夫…… 例の【魔道具】は彼に託したんだ。 きっと忍者のノーヴァ・シュヴァルツが手を打ってくれている」
フィオナとルシオラには、今はそう言う事しか出来なかった。
実は『赤銅色の奴隷姫』を巡るエピソードは、後もう少しで決着してしまいます。 そこで第二章を終わらせると、少し短めになってしまうのと、ユリウスたちが何にも活躍してないので、そのまま第二章・後編へと続くのですが…… 今度は文庫本一冊(12〜3万文字)には少し長めになってしまいましたね……(汗)
どうにもままならないモノです……
それでは引き続き、よろしくお願いします。
─────次回予告─────
第63話 ~死の谷の洞窟〜
乞う御期待!




