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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
61/111

61 ~敵を欺くには、まず……〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となったユリウスたちの初クエストは、帝国からの要人の影武者を警護する任務をだった。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明けるのだった……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 先頭のユリウスたちの馬車へ兵士長のヴェルデが駆けて来ると、緊迫した声で御者の兵士に尋ねた。


「状況は?」

「どうも森の中で戦闘が始まっているようです」

「帝国か⁈」

「それは何とも言えませんが…… 状況的には確率は高いと思います」


 ヴェルデは兵士長だが、あくまでプルプレウス辺境伯配下の兵であって、ここに居る王都の兵たちにとっては立場的に部外者なのかも知れない。


「最初の兵士たちの馬車を素通りさせて、こちらの馬車を狙うと言う事は…… 情報が漏れていたのか?」


 それは皇女殿下の『焼印』の為ではないかと思われたが、情報漏洩の可能性が無いわけではないし、説明も面倒なので黙っておく。


 それに『焼印』が原因だとしたら、先頭の馬車ではなく今頃例の男が連れ去った黒装束の捕虜を追っている筈だ。


 いくらこちらが商人に偽装しているとは言え、肉眼で視界に入っていたら無視するのは難しいが、この場合は加勢に入るべきか傍観するべきか判断が難しい。 ここはヴェルデがどう判断するか……


「殿下の安全が第一だ…… 動きが止むまでここで静観しよう」

「我々が加勢すれば挟み撃ちに出来るのでは?」


 まだ若い王国兵士が反論する。 交戦しているのは冒険者チーム【エンジェル・ファング】と商人に扮した仲間の兵士たちだ。 彼の心情も理解出来る。 その時馬車からフィオナが降りてきた。


「ねぇ、先頭の馬車って皇女さまの乗ってる馬車でしょ? 助けに行かないの⁈」

「あぁ…… いま相談中だ」


 さっき取っ組み合いの喧嘩を始める寸前だった相手がその皇女殿下本人だと、フィオナはまだ知らない。


 その時、御者席の兵士が双眼鏡を下ろした。


「……誰か来ます」


 ユリウスたちに緊張が走る。

前方に目を凝らすと、確かに単騎の馬が人を乗せて駆けてくる。 どうやら王国兵のようだ。 それは程なくこちらへ到着して馬車の横で馬を止めた。


「どうしたっ⁈ 加勢が必要か」

「いえっ…… 報告です! 商人に偽装した第一チームがクラールハイトの森を通過中、追い剥ぎに偽装した帝国の傭兵集団の襲撃を受けました! その数およそ50……」

「50⁈ 大丈夫なのか⁈」


「いえっ 既に護衛の冒険者たちによって全て制圧されておりますっ!」

「全て……⁈ 本当か?」

「すごいんだね〜! 【エンジェル・ファング】って……」


 報告を聞いていたフィオナが思わず歓声を上げる。


「追い剥ぎに偽装した帝国の傭兵集団…… それはもう確定事項なんですか?」


 報告に来た兵士はユリウスたちなど眼中にないのだろう…… 横目で冷ややかな視線を送りながらそっけなく答えた。


「頭目と(おぼ)しき男を尋問したらぺらぺらと喋ってくれた。 自分たちの雇い主は帝国のアドゥストゥス辺境伯だ、と」


「それは奇妙だな…… あんな隠密集団を有する帝国が陽動と分かっていても、そんなお粗末な襲撃者を送って寄越すだろうか?」


「知るか! とにかく脅威は去った。 これより第一チームは準備が整い次第予定通り国境砦に向けて出発する。 お前たちは数刻間を置いてから出発するように。 以上だ!」


 そう言うと伝令の兵士は、馬をクラールハイトの森に向け反転させた。 ユリウスはその背中に向かって声をかけた。


「最後にもう一つだけ! そいつは目的を言ってましたかっ? やはり皇女殿下の暗殺ですかっ?」

「いや、確か拉致するとか言っていたな……」


 兵士はユリウスを一瞥(いちべつ)すると吐き捨てるように言い残し、そのまま馬を走らせる。


「どう言うコトだ?」


 黙ったまま考え込むユリウスに、ヴェルデが声をかけた。


「いえ、正確に皇女の位置を知っていたと思われる黒装束の襲撃者たちと…… 今の山賊まがいの傭兵たちが妙に結び付かなくて……」

「どういうコト? わたしもさっぱり分かんない……」


 昨夜の襲撃とラウラの『焼印』を知らないヴェルデとフィオナに理解出来ないのは無理もない。 しかし今それを全て説明している時間はなかった。


(これは…… もう一度調べてみる必要があるかも知れないな)


 ユリウスは、メナスとラウラとルシオラの待つ馬車へ戻って状況を説明した。


 少し待ってから出発する事になったので、車内にはしばらくの間気不味い微妙な空気が漂っていた。


──────────


 クラールハイトの森を突っ切る街道の途中に、四頭建ての馬車が二台停車している。


 その周りには何人もの人影が折り重なるように倒れていた。 生きているのか死んでいるのかは不明だが、意識のあるその内の何人かはロープで拘束されてひと塊りに集められていた。


【エンジェル・ファング】のリーダー、プルプラ・プルプレウスは白銀に輝く長剣(ロングソード)を鞘に収めながら深く息を吐いた。 その彼女に向かい、大柄な男性が声をかける。


「見事だな! 50人の傭兵相手に全くの無傷か。 流石に俺が見込んだ冒険者チームだけの事はある!」

「何をおっしゃってるんですか…… 半分以上は貴方が一人で制圧してしまったじゃないですか!」


「まさか商人役の大男が…… 我らがギルマス、伝説のエルツ・シュタールだったとはねぇ……」


 女戦士のグローリエが、ふたりに向かって歩きながら大剣を肩に担いで溜め息をつく。


「はっはっはっはっ 敵を欺くにはまず味方からってな!」


 同じく大剣を肩に担いだ初老の男性、ギルドマスター、エルツ・シュタールが豪快に笑い声をあげた。


 王都の冒険者ギルドのギルドマスターは、かつて伝説と謳われた【S Sクラス】冒険者…… 剣聖(ソードマスター)【鋼のエルツ】なのだ。


 その時、馬車の中から二人の女性が姿を現した。 一人は黒いローブ姿の小柄な女性で、もう一人は純白の僧侶(プリースト)の衣装を纏った長い黒髪の女性だった。 二人は馬車の中からの呪文で戦闘を支援していたようだ。


 黒髪の僧侶が、白い僧衣にぴったりと包まれた豊満な身体をくねらせながらエルツに駆け寄る。 彼女は、ヒルフェ・ファイン。 見ての通り【エンジェル・ファング】の治療担当(ヒーラー)だ。


「ステキでしたわ、ギルドマスター…… ぜひ今夜、ワタクシとお酒でも……」

「すまんな、俺はもう三人も女房がいるんでな」

「あら、ワタクシは構いませんのに……」


 取りつく島のないエルツの態度に、ヒルフェは残念そうに身をくねらせるが、実はこのやり取りを会う度に繰り返しているのであった。


「ひょっとして…… こちらの馬車に乗っている皇女殿下も…… 影武者(ダブル)だったり……」


 黒いローブの女性がフードを下ろしながら呟いた。 炎のような赤い巻き毛の少女だった。 彼女の名は、シュティレ・シュテルケ。 【エンジェル・ファング】の魔術師(メイジ)で作戦担当の要だ。


「はっはっはっはっ 鋭いな!」


 エルツはあっさりと認めた。


「……やっぱり」

「それじゃあ、本物の皇女殿下は?」


 エルツは何も言わず、ただ街道の後方を振り返った。 【エンジェル・ファング】の四人もそれに倣う……


 それ以上は、誰も何も聞かなかった。


──────────


「いらっしゃいませ、マスター。 お早いお越しで」


 柔らかな微笑でセイレーンが出迎えてくれた。 来る事を予期していたのか、白いレースのよそ行きのブラウスを身に纏っていた。 ユリウスは両手を広げて、彼女が飛び込んで来るのを待った。


「何しに来たか、分かるのか?」

「はい、アドゥストゥス辺境伯の城は、元々ツェントルム王国のプルプレウス辺境伯の居城でした」

「そうらしいな」

「それで…… 細かな『縁』を繋いでいったら、つい先刻アドゥストゥス辺境伯の執務室まで繋げるコトが出来ました」

「すごいな! 本当にお前は有能だよ」

「うふふふ そう言って頂けると思ってました」


 ユリウスは少女の頭をゆっくりと優しく撫でてやった。


 セイレーンは、いつものように白いテーブルと二脚の椅子を出すと、ユリウスが座るのを待って席に着いた。


 前回と同じように手の平に隠れるくらいの小さな水晶球を取り出した。


「それは……?」

「数日前のアドゥストゥス辺境伯の執務室の様子です」

「もうそこまで用意してあるのか!」


 セイレーンは小さな子供のような得意げな笑顔を見せた。


「つい最近のコトでしたので、繋がって(・・・・)すぐに見つけたんです」

「何を見つけたんだ?」

「まぁ、ご覧になって下さい」


 少女はそれをテーブルの中央に置くと、小さな声で再生の暗号を囁く。 するとその小さな水晶球は、複雑な色の光を帯びて輝き出し、上方向に執務室内の立体映像を描き出した。


 そこは豪華な装飾が施された領主の執務室だった。 おそらくは部屋の主人であろう、煌びやかな衣装に身を包んだ太った中年男性が座る豪奢な椅子。 その傍にはローブ姿の初老の男性が控えている。


 その正面に大きな机から更に5mほど離れその男を立っていた。


 男の名は、ウィリディス・プルプレウス。

5年前までこの城の城主だった男だ。 一見小太りで人の良さそうな、無害な中年男性に見える。


 正面の男はこの城の現在の城主、アクィルス・アドゥストゥス…… アウレウス帝国の最西端を治めるアドゥストゥス辺境伯だ。 この領地も現在は、アウレウス帝国領アドゥストと呼ばれていた。 芋虫のような太く短い指を組み合わせ、テーブルに肘をついて顎を乗せている。 ちなみに横に控えているのは文官のギルウゥス・フルウゥスという男で確か錬金術士だと聞いている。 どこか悪いのか、骸骨のような骨と皮ばかりの不健康そうな風貌だ。


──────────


 アドゥストゥスは、改めて執務室内をきょろきょろと見回した。 既に、警護の兵や従者たちも退がらせている。


「如何なされました?」

「いや、何となく視線を感じるような気がしてな……」

「気のせいでしょう…… この部屋には盗聴・透視を防ぐ【魔法障壁】が張り巡らしてあります」

「そうだったな……」


──────────


「すごいな…… 過去の現実にまで干渉出来るのか」


 その映像を眺めながらユリウスは呻いた。


「実際に何か影響を及ぼせる訳ではありません…… 時空が繋がったので『視線』と言う形で違和感を感じたのでしょう」

「それでも充分に異常なコトだと思うがな……」


 映像は、プルプレウス辺境伯が立ち去った後、アドゥストゥス辺境伯と文官が密談しているところで終了した。


「なるほどな…… あの丸々と太った奴隷商上がりの辺境伯は、このドサクサに紛れて皇女殿下を自分のモノにするつもりなのか」


 幼い頃に帝国に侵略され祖国と父である国王を失った。 王妃だった母親は娘を守るため、夫の仇である皇帝の9番目の妻となった。 皇女自身も事実上軟禁状態で他の皇女たちとは隔離され、その身体には皇帝の所有物である事を示す『焼印』が押され常に貞操帯が付けられていたと言う…… その母親も先月に亡くなり、もうすぐ成人になるという歳に、王国との開戦の口実となるための生贄にされると言うのだ。


 それだけでも充分に悪夢だと言うのに、この辺境伯は美しい皇女を手に入れるために同じ年頃のルベール族の奴隷まで用意して待ち構えているのだ。 まさかそのまま身代わりになど出来まい。 恐らくは本人確認出来ないほどの状態で遺体として引き渡すつもりなのだろう……


 眩暈を覚えるような、おぞましい話だ。


「それにしても…… 【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】で倒したあの古竜(エンシェントドラゴン)が【漆黒の暴竜ルイン】だったとはなぁ……」


 ひょっとしてこの開戦騒動自体が、ユリウスが遠因を作ったと言えなくもないのではないか……?


「いえ、マスター 帝国は遅かれ早かれ侵略のための口実を見つけていたと思いますよ」

「そうか…… そうだな」


 セイレーンのためにそうは答えたが、ユリウスの憂鬱は決して晴れることはなかった。


「ところでこの映像だがな…… 前に言ったみたいに、現実の『記録水晶』に焼いてもらえるか?」

「もちろんです、マスター」


 皇帝も許し難いが、いきなり彼をどうにかしたらその影響は計り知れない。 国が割れておそらく多くの内乱が起こるだろう。 しかし差し当たってユリウスは、この男だけはどうしても許せなかった。


「彼には、ラウラの自由のための生贄になってもらおうか」


 セイレーンにとっていつも温厚なマスターの目が、初めて怒りに燃えているのを彼女は目にした。


 

 早いもので、今回で第二章も20話目…… 約半分が終わりました。 現在は大晦日の第二章完結を目論んでおりますが…… 実はまだ2〜3話くらい完成していない話があったりもして……(汗)


 引き続き、どうぞよろしくお願いします。


─────次回予告─────


第62話 ~断罪裁判〜

 乞う御期待!

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