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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
60/111

60 ~もうひとつの争い〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となり、初クエストとして帝国からの要人の影武者を警護する任務を受けたユリウスたち一行。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明けるのだった……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 ユリウスはラウラを彼女の部屋に送り届けてから、メナスに頼んで黒装束の二人を運んでもらう事にした。 扉の外に二人を担ぎ出し、周囲の人影を伺う。


「さて、こいつらをどうするか……」

「尋問する時間もないし、人目につかないトコロにうっちゃっといてもいいんじゃないですかー」


 それでも確かに時間稼ぎの囮くらいには充分なるだろう。


 その時屋根の上から、ふわりと人影が舞い降りた。 あのメナスが驚愕に目を見開いている。 無警戒だったとはいえ、メナスのセンサーに全く引っかからずにここまで接近出来る人間がいるとは、彼女にすら信じられないようだった。


 その黒装束の人影は、先ほどユリウスを助けた人物に違いなかった。


「その二人もこちらで預かろう」


 低く小さな男の声だった。


「貴方は…… 一体?」

「心配するな、お前たちと同じ王国に雇われた者だ」


「メナス、その二人を渡してやれ」


 メナスは言われるまま静かに二人を足元に下ろした。 男がその二人を担ぎ上げようと膝をついた時、ユリウスが声をかける。


「実はその男に…… 皇女殿下が持たされていた、彼女の居場所を皇帝に教える【魔道具(アーティファクト)】を仕込んであります」


 男の手がピタリと止まった。


「本当か?」

「はい、すぐに証明は出来ませんが…… 皇女殿下の言葉からも間違いないと思います」

「本当なら、それを利用しない手は無いな」

「必要なら【魔力感知】の呪文で確認出来る筈です」


 男はしばらくの間、黙って思考を巡らせているようだったが、二人を同時に担ぐと立ち上がった。


「分かった。 信じよう」


 そう言うと男は二人を担いだまま跳躍し、屋根の上に音もなく着地した。


「わーお…… すごいや!」


 メナスは心から感嘆しているようだった。


「もしかして、貴方がノーヴァ・シュヴァルツさん?」


 メナスの問いかけに、男は少しだけ振り返ったが返事はなかった。 次の刹那、彼の姿は夜の闇に溶けて消えた。


──────────


 国境付近の砦から一頭の早馬が帰ってきたのは夜明け前の事だった。

 手筈通り、馬屋で御者役の兵士が何気ない世間話を装い伝言を受け取った。 その内容は、兵士たちの乗った二台の大型馬車は何事もなく無事に砦に到着したという物だった。


 という事は、昨夜の刺客はやはり皇女の『焼印』を目指してやって来た皇帝直属の隠密だという事だろう。


 同じくその報せを受けたであろう【エンジェル・ファング】のチームは予定通り夜明け前に出立した。 彼女たちは、まだ自分たちが本物の皇女殿下を運んでいると信じている筈だった。 ユリウスたちも予定通り、ゆっくりと朝食を摂った頃合いで出発しなければならない。


 朝食は軽めに済ませるつもりが、つい豪華になってしまった。


「おい、それくらいにしておかないと仕事に差し支えないか?」


 3皿目のロブスターをオーダーしたフィオナをユリウスが(たしな)める。


「だってぇ〜 次にいつ来れるか分かんないんだも〜ん」

「それにしたって限度ってもんがあるだろ……」


 メナスはと言うと、すっかりお気に入りのイカスミのパスタを黙々と口に運び口の周りを真っ黒にしている。


「ほんとそうしてると、もう夫婦みたいね」


 ルシオラが何とも複雑な表情で呟いた。


「やだ〜 そんなんじゃないよ〜 それにルシオラさんだって、アワビのステーキもう2皿目じゃない!」

「はいはい…… ご馳走さま、ご馳走さま」


 からかってるんだか拗ねてるのかよく分からないルシオラの態度だった。


 そんなやり取りの中、通路を挟んだ隣のテーブルから向けられる鋭い視線に、メナスだけが気付いていた。


(皇女殿下はハーレムとか理解ありそうだしねー まぁ、問題ないかな)


 などと一人で納得しているのを、ユリウスは知る由もない。



 その後予定通りユリウスたちのチームが出発する事になったのだが、少々異変があった。


「何であなたがこの馬車にのってるの〜?」


 昨日と同じ席順で馬車の進行方向、御者席に側にユリウスとメナス、対面にフィオナとルシオラが座っていたのだが、今日はユリウスを真ん中にしてメナスの反対にラウラが座っているのだ。


 実はこの事態には、あちらの馬車でも大いに混乱していた訳なのだが、それはまた別の話──


「いやちょっと、気分転換に」


 自分でも事態を分かっていないユリウスが、何故か弁明するハメになっている。


「私は要人(・・)役ですから、護衛の馬車に乗っていても自然だと思いますが」


 ラウラが、その吸い込まれそうな黒い瞳でフィオナを射竦(いすく)める。 ユリウスは車内の気温が5度くらい下がったのではないかと錯覚した。 だが、フィオナだって負けてない。


「あのね〜 言っとくけどね〜 シンは私の婚約者(フィアンセ)なんだからねっ!」


 フィオナがこんなに敵愾心(てきがいしん)(あらわ)にするのをユリウスは見た事がなかった。 しかしこの言葉は、少なからずラウラに打撃を与えた。 大きく目を見開いて、横に座るユリウスを見上げる。


「本当……?」

「あぁ…… 本当だよ」


 ユリウスは何故だか少女を直視出来ず、斜め上を見ながら肯定した。 フィオナが鼻の穴を膨らませて勝ち誇った笑みを見せる。


「でも問題ない、ユ…… あなた程の男なら妻の二人や三人いても当然ですわよね」


 そう言うとラウラは、両手でユリウスの腕を抱き寄せて自分の胸に押し付けた。

 これにはフィオナはもちろん、ルシオラとメナスも目を見開いた。


「ちょっとちょっと、急に出てきて何言ってんのよっ!」


 フィオナが目を剥いて席を立とうとするが、ちょうどその時馬車が揺れて座席にお尻を弾ませる。


「何を怒るの? ちゃんとあなたも尊重すると言っている」


 ラウラがきょとんとした表情でフィオナを見つめた。


「そお言うコトじゃなくって〜 今まで過ごした時間とか、思い出とか……」

「あなたは知り合って何年なの?」

「ぐっ……」


 フィオナが蚊の鳴くような声で呟いた。


「は…… 半月くらい?」

「半月⁈ たった半月で婚約したのっ」


 これにはラウラも素で驚いたようだった。 実際は出会って一週間で婚約したのだが。 横ではルシオラとメナスが、胸中はともかく面白そうに二人のやり取りを見守っていた。


「それをあんなに偉そうに?」

「違うのっ! それだけ濃密な半月だったのっ!」


 それは確かに間違いではなかった。


「だったら私もこれから濃密な時間を過ごしますから…… あ、ちなみに私がシンさんに初めてお会いしたのは8年前です」


 フィオナは稲妻のようにユリウスの方へ振り向いた。 鼻息が荒い。 喋らなくてもその顔には「それ本当?」と書かれている。


「うん…… さっき話をして分かったんだけど、どうも王都で勉強している時に会っていたみたいなんだ」


 何故か申し訳なさそうにユリウスが弁明した。


「ちょっとお願いっ…… メナスちゃん、席変わって!」


 そう言うとフィオナは、メナスのどいたユリウスの隣にどっかとお尻を下ろした。 ラウラと同じように両手で彼の片手を抱き寄せて自分の胸に押し付ける。 微かに膨らみかけた皇女殿下のそれと、たわわに実ったフィオナのそれでは、単純に大きさというその一点のみに於いては勝負にもならない。


 何故か急に馬車内が修羅場の様相を呈してしまい戸惑いが隠せないのは、ユリウスはもちろんルシオラも同様だった。


 メナスだけは、涼しい顔でそれを傍観している。


「言っとくけどね…… わたし毎日シンとキスしてるんだからねっ!」


 ラウラの頬が微かにピクっと痙攣した。 そのまま平静を装い瞳を閉じる。


「それはつまり『子作り』はまだ── というコトでよろしいでしょうか?」


 皇女殿下がとんでもない直球を放り投げてくる。 何故かルシオラまでが頬を朱に染めている。


「そっ、それは…… 冒険者になったばっかりだから…… もう少し落ち着いたらにしようねって!」

「分かりました、確認取れただけで充分ですから、どうか落ち着いて下さい」


「わたしなんかっ、シンにもう全部見せちゃってるんだからっ‼︎」

「おいっ…… 一体何を言いだすんだ⁈」


 ヤケ糞になったフィオナがとんでもない事を口走り始めた。 ルシオラに続いてユリウスまでも顔が真っ赤に染まってしまう。


「全部とは…… 具体的に何ですか?」

「具体的にってそれは…… おっぱいとか…… お尻とか…… とにかく全部よっ‼︎」


 ユリウスの脳裏に【ジャイアント・グラストード】と戦った時の記憶がまざまざと蘇る。 頭上を見上げると空から全裸の少女が降ってくる。 必死で受け止め倒れ込み、気が付いたら目と鼻の先に大きく脚を開いたフィオナの下半身があった。


「それなら私も、昨夜見て頂きましたが?」


 一瞬車内の空気が凍り付いた。


「シンんん…… それ本当ぉぉ……?」


 ヴィブラートを効かせた聞いた事もないような恐ろしく低い声だった。 彼女の掴むユリウスの腕に、ミシミシと爪がめり込んでくる。 誰が発した声かは言うまでもないが、ユリウスはそちらを見る事が出来なかった。


「違う…… それは誤解だっ…… 聞いてくれ──」

「きっと迎えに行くって、言ってくれましたよね?」

「はあぁぁぁ……っっっ⁈」


 今にも沸騰しそうなフィオナが歯を剥き出して威嚇する。 ルシオラも流石になんとかしようと思い始めたようだが時既に遅く、なす術なくただただ狼狽(うろた)えていた。


「ちょ…… まっ…… なんでわざわざそんな誤解を受けるような言い方──」

「誤解ではないと思いますが?」

「はあぁぁぁ……っっっ⁈」


「実はねー、フィオナ──」


 そろそろ助け舟を出そうかとメナスが口を開いた時だった…… 突然馬が(いなな)きユリウスたちの乗る馬車が前触れもなく急停車したのだ。


 内心助かったと思いつつ、ユリウスは御者席を振り返った。


「どうしたんですかっ⁈ 何か異変が──」


 護衛の馬車が止まったのを受けて、後続の商人を装う馬車も停車したようだ。 返事を待たず御者席の扉を開き、ユリウスは頭を出して前方を見た。


 御者の男…… 王国兵は、双眼鏡を構えて身動(みじろ)ぎもせず前方の様子を伺っていた。 その視線の先にはザントシュタイン山脈の南端に位置するクラールハイトの森が見える。


「何かあったんですか?」


 兵士の背中にもう一度問いかける。 男はやや間を置いて微動だにせずに答えた。


「戦闘が始まっているかも知れません……」

「戦闘⁈ 森の中でですか?」


「先発のチームが襲撃を受けているのかも知れないな……」

「【エンジェル・ファング】のチームが……⁈」


 その声を聞いて、車内のフィオナ、メナス、ラウラ、ルシオラも一気に緊張する。


 ユリウスが振り返ると、ちょうど後ろの馬車から兵士長のヴェルデが走ってくる所だった。


 

 早いもので、次回で第二章も20話目…… 約半分が終わります。 (以前どこかで30話くらいと書きましたが、すみません…… 全38〜9話になりそうです……) 現在は大晦日の第二章完結を目論んでおります。 どうぞよろしくお願いします。


─────次回予告─────


第61話 ~敵を欺くには、まず……〜

 乞う御期待!

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