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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
59/111

59 ~皇帝の紋章〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となり、初クエストとして帝国からの要人の影武者を警護する任務を受けたユリウスたち一行。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明けるのだった……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 ユリウスはそっとドアを開けると隙間から外の様子を伺った。 辺りに人の気配はなく母屋へと続く木の板を敷き詰めただけの回廊も、灯りが一つぶら下がっているだけだ。


 少し離れた場所にある繁華街のかすかな喧騒と、波の音だけが静かに響いていた。 こうした離れのある宿屋は、いかにも港町らしい風情があるが、悪意のある外敵からの襲撃を想定すると多少心許ない所がある。


 ユリウスはラウラを連れて部屋を出ると足早に回廊を渡り始めた。 すると次の瞬間、彼のすぐ目前に屋根の上から黒い影が降ってきた。


 ドサリ!


 とっさに少女を庇いつつ身構えるも、その影は回廊に倒れたまま起き上がるどころか動く気配がない。 ラウラはユリウスの背中に隠れて身を小さくしていた。 これは臆病というより全幅の信頼を寄せ、邪魔にならないようにとの配慮からだろう。


 次の刹那、もう一つの黒い影がその傍に音もなく降り立った。 それは倒れていた方の人影の両の手首と足首をそれぞれ手際よく縛り上げると、その身を肩に担ぎ上げた。


 ユリウスに片手で合図を送ると、そのまま屋根の上へと飛び上がり姿を消した。 二人分の体重を物ともせず跳躍し音もなく着地する── 何という身体能力だろうか。


 あれが王都から付いて来ていたという監視だろうか? もしかしたら見届け役というよりも、護衛という意味合いが強かったのかも知れない。


「あれは一体何者なのですか?」


 ユリウスの背中から顔を出し様子を伺っていたラウラが尋ねる。


「分かりませんが、どうやら味方のようですね」


 ラウラは── 王都に向かう時、襲撃者たちから彼女の乗る馬車を護ってくれた黒衣の男を思い出していた。 確か兵士長のヴェルデは、あれが忍者(ストライダー)のノーヴァ・シュヴァルツだと言っていたが…… この暗がりでは彼がそうなのかは確信出来なかった。 しかし今回は彼の瞳をはっきりと見た。 今度会ったら見間違う事はないだろう。


 回廊を渡って母屋に辿り着くと、またしても突然、物陰から人影が飛び出して来た。


 しかし、それはメナスであった。


「あ、マス── お兄ちゃん、無事だったんだ」

「お前何やって── 無事ってどういうコトだ?」


 メナスの足元には、例の黒装束の人影が二つ折り重なって倒れていた。


「お兄ちゃんの部屋に急に【盗聴阻害】の呪文がかかったから飛び出して来たら、こいつらを見つけて…… てっきりそっちにも向かったかと」

「そうか、それはすまなかったな」

「あのう…… そのお方は?」


 ユリウスの背後から、ラウラがおそるおそる尋ねる。


「ここでは何ですから、一旦私の部屋に戻りましょう」


 三人はユリウスの離れの部屋に戻った。

二つの黒装束はメナスが無造作に抱えて持ち込んだ。 当然メナスは彼らを殺していない。


「メナス…… この方は、アウレウス帝国の第17皇女、ラウラ・フロイデ・アルゲンテウス殿下だ」

「えー びっくりー」

(いや、お前の演技力にびっくりだよ)


「皇女殿下、この者は私の── 従者で、メナス・イグレアムと名乗っております。 私がユリウスだと知っている唯一の人間です」

「そうだったんですね、よろしくお見知り置きを」


 ラウラが優雅な仕草でお辞儀をする。


「なーんだ、正体バレしちゃってたんですか…… 下手な演技して損しちゃたなー」

(下手と分かってんなら何とかしろよ! ていうかワザとだよな、それ!)


『従者』と言った時と、それから『人間』と言った時にそれぞれメナスが強く反応したように思ったが、その時のユリウスには彼女の真意までは読めなかった。


「こいつらってやっぱり帝国の刺客なんですかねー?」

「それを聞き出せたらいいんだけどな…… まぁ間違いないとは思うが」

「多分これは、皇帝直属の隠密部隊【黒後家蜘蛛(ブラックウィドー)】だと思います」


 躊躇(ためら)いがちにラウラが呟いた。


「【黒後家蜘蛛(ブラックウィドー)】⁈ なにそれかっこいー」


 問答無用でノシておいて、かっこいいもないもんだが。


「彼らは東方の島国から渡って来た忍者の末裔だと言われています…… もちろん、本当のコトは誰も知りませんが」

「忍者! やっぱ帝国にもいるんだ…… それにしちゃ歯応えなかったけど」


 お前(メナス)にかかればそりゃそうだろう…… と、ユリウスは心の中で思った。


「【黒後家蜘蛛】はそれなりに大きな組織だと言われています。 全ての構成員が忍者とは思えません。 忍者未満の暗殺者(アサシン)などが主体という噂もあります」


 ラウラは少しでも多く情報を伝えようと記憶を辿ってくれているようだった。


「ただ、頭目のシュピンネ・シュヴァルツは確実に忍者だと言われていますね。 大陸最初の忍者の正統な後継者なのだと……」

「シュピンネ・シュヴァルツ? 確か王国唯一の忍者もノーヴァ・シュヴァルツだったよねー」

「何でお前がそんなコト知ってるんだ?」

「うん、こないだ女子会でそんな話題になって……」

「なに話してんだ? お前たちは」


 ペロリと舌を出すメナスを横目に、気を取り直したユリウスは皇女殿下に質問した。


「何故貴女がそれをご存知なんですか? 例えば具体的な確証がありますか?」

「クモの刺青とかしててくれると、いかにもって感じだよねー」

「いえ、そう言うコトはないと思います。 彼らは決して証拠を残さない筈ですから…… 彼らのコトは王宮内では公然の秘密となっています」

「……そうですか」


「魔法で自白させるとかは経験がないからなぁ…… さて、どうしたもんか」

「マスターは研究室に(こも)りきりでしたから、実戦で役に立つ小技に疎いですよねー」

「その通りだからなにも言えん。 だから冒険者は楽しいとも言えるしな」


「その前にひとつ気になるコトが…… 皇女殿下──」

「ユリウスさま、どうかラウラと呼んで下さい」

「……それは」


 言いかけたユリウスは、しかし少女の表情を見てそれ以上交渉は不可能だと悟った。


「分かりました…… 第三者が居ないところでは、ラウラと呼ばせて頂きます」


 少女は満足そうに満面の笑みを浮かべた。


「話を戻しますが…… 最初の兵士たちの馬車が襲撃にあったという報告は今のところありません」


「この刺客たちは、何故真っ直ぐ皇女殿下── 失礼、ラウラの所まで来られたのか? 隠密という性質上それほど人数が多いとも思えないのですが……」


「何かラウラの居場所を持ち主に教えるような【魔道具(アーティファクト)】を持っていませんか? ネックレスとか指輪とか」


 その言葉に少女ははっと息を飲んだ。

少女は自分の衣服の背中に手をかけると、留め具を外して一気に脱ぎ捨てた。


「もしかしたらこれでしょうか?」


 赤銅色の美しい肌が、部屋の灯りに照らされ艶かしい光沢を放つ。 小ぶりな乳房も露わになり彼女が身に纏っていたのは異様な形をした下着だけだった。


 少女は恥ずかしそうに頬を染めていたが、それは裸に対してではなかった。 貴族や王族は基本的に自分で着替えをしないので、平民より裸身に対する羞恥心が少ないと言われている。


「貞操帯、ですか?」

「はい、月のもの(・・・・)が始まってからは入浴時以外常にこれを付けさせられています」


 ユリウスは多少面食らったが、今はそんなコトで躊躇っている場合ではない。


「ちょっと失礼します」


 ユリウスは、少女の正面に膝をつくと【魔力感知】の呪文を唱えた。 すると貞操帯の鍵の部分が、わずかに光を帯びる。


「やはり……」

「いえ、これは【開錠感知】の呪文のようです。 それほど大きな魔素(マナ)は感じません」


 そこでユリウスは、もう一つの反応に気が付いた。


「失礼ですが、皇女── ラウラ、後ろを向いて頂けますか?」


 少女は一瞬怪訝(けげん)な表情を見せたものの、彼の言葉に従ってくるりと背中を向けた。 その光景に、ユリウスは思わず息を飲んだ。


「何というコトを……」


 赤銅色の美しい背中…… その下方に盛り上がる西方の少数民族ルベール族の特徴とも言うべき豊かな臀部…… その右の頬いっぱいに大きな『焼印』が押されていたのだ。


 それは皇帝アルゲンテウスの紋章だった。


「血は繋がらないとは言え、曲がりなりにも義理の娘…… 皇女殿下に…… こんな酷い仕打ちを……」


 ユリウスは心の底から憤っていた。

皇帝は最初から彼女を政治の道具として嫁がせる気すらなかったのだ。 おそらくは将来自分の性奴隷とするために……


 そしてその焼印は、ユリウスの呪文に反応して激しく明滅していた。


「どうやら、これ(・・)のようですね…… 皇女殿下の居場所を皇帝に教える【魔道具(アーティファクト)】の正体は」

「こんなものが……⁈」


 流石にラウラもショックが隠せない。 表情も青ざめ微かに震えているようだった。 ユリウスは気高い少女のそんな姿に、胸が張り裂けそうな思いがした。 彼は立ち上がると少女を正面に向かせ、穏やかに話しかけた。


「ラウラ…… 私は、これを今すぐに消してあげたい。 これを消してもいいかい?」


 少女の黒い瞳が驚きに見開かれる。


「出来るのですか? そんなコトが」


 ユリウスは黙って頷いた。 そして気を失っている黒装束の一人を選び、その衣装の背中をはだけ始めた。


「何をなさっているのですか?」


 ラウラの疑問ももっともだ。


「いきなり反応が消失したら、それはそれで面倒なコトになりますり ですから呪文を活かしたまま、こちらの男へ移植させます」

「そんなコトが……」


付与魔法(エンチャント)】の移植は、三賢人のひとり、錬金術師ミュラーの得意技だった。 それは彼の手伝いをしていた時に学んだ技術だった。


「これで大丈夫でしょう」


 10分程かかってしまったが移植は完璧に成功したようだ。 黒装束の男の背中が、ユリウスの唱えた感知魔法に反応して強い光を放ち出した。 皇女はそれを呆然と見守っていた。


「すごい…… さすがはユリウスさまですわ」

「ラウラ、もう一度お尻を見せて」

「えっ⁈」


 少女が、らしからぬ素っ頓狂な声を出す。

しかしユリウスの真剣な表情に、再びゆっくりと背中を向けた。


 するとユリウスは【高位治癒(ハイ・ヒール)】の呪文を唱えた。 白く暖かい光がラウラのお尻を包む。


「ほら、すっかり綺麗になった」


 その声に驚いた少女が、振り向いて自らの臀部を覗き見る。 そこには── 染みひとつない、卵のようなお尻があった。

 少女の黒い瞳から大粒の涙が溢れ出す。


「何と…… 何と感謝していいのか……」


 ラウラは膝をついたままのユリウスにしがみつき、その肩に頭を埋めた。


「ラウラ、気にすることはない。 これは私がしたかったから、したコトなんだ」

(あーあ、マスター…… やっちゃったねー)


 今まで黙っていたメナスが、何故か【念話(テレパシー)】で思わせ振りなセリフを吐いた。


(なんだよ、やっちゃったって?)

(皇女殿下、それもうマスターのお嫁さんになりたいっ! なるしかない! ってイキオイじゃないですかー?)


 ユリウスは自分の肩にすがりついて泣いている少女のうなじをまじまじと見下ろした。


(そんなコトは…… ない…… だろう? ……ないよな)


 その答えを彼が知るのは、もう少し先の話となる。


 

 すいません、また遅くなりました……

これはもう投稿予約をする事も検討した方がいいかも知れませんね……


─────次回予告─────


第60話 ~もうひとつの争い〜

 乞う御期待!

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