58 ~帝国の企み〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となり、初クエストとして帝国からの要人の影武者を警護する任務を受けたユリウスたち一行。 しかし囮役と思われたその少女は、何と要人本人であった。 賢者としてのユリウスを知っていた少女は、彼に帝国の恐ろしい企みを打ち明ける……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
数日前── 王都ミッテ・ツェントルムの王宮にて。
無事に王都に辿り着いた皇女ラウラは、国王ツァールライヒ・シュトラール・ツェントルムに謁見を求めた。 それはすぐに承認され、その日の内にこの謁見の場が用意された。 それは異例中の異例と言えた。
彼女は帝国から伴って来たお付きの者たちから離され、女官たちによる厳重な身体検査を受けた。 それは国王暗殺の刺客の可能性を考慮しての事だ。
程なくラウラは謁見の間に召喚される。 一見煌びやかな帝国のそれとは違う、無駄な装飾のない歴史を感じさせる荘厳な雰囲気の空間だった。 その席には報せを受けた彼女の祖父である、アインドルク侯爵も同席していた。
クヴァール・アインドルクは王国唯一のルベール族出身の貴族で、ラウラの母親の実父である。 ラウラと同じ赤銅色の肌…… 鋭い眼光の歴戦の武将といった雰囲気を漂わせる初老の男性だった。
ラウラは玉座の手前10m程の所で立ち止まると、跪いて深々と頭を垂れた。
「国王陛下にあらせられましては、ご機嫌麗しく──」
「よい、長旅ご苦労であった。 祖父に会うよりもまず、余に謁見を求めたと言うことは、急ぎ伝えねばならぬ用があるのであろう……? 申してみよ」
ラウラはゆっくりと頭を上げた。
国王ツァールライヒ・シュトラール・ツェントルムは、純白の衣装を身に纏った白髪の老人であった。 若い頃は武勇で名を馳せ、獅子心王と音に聞こえた名君である。 ユリウスの記憶にある彼よりもかなり年老いた印象だ。 しかし慈愛と知性を感じさせる獅子のような瞳の輝きだけは、威厳に満ち溢れた当時の姿を彷彿とさせた。
「お気遣い感謝いたします、陛下。 事は国家の大事ゆえ、お人払いを願えますでしょうか?」
国王は少女の吸い込まれそうな黒瞳を見据え、その真意を探ろうとした。
「ここにいる者たちは、そなたの祖父を始め余の信頼する者たちだ。 構わぬから話してみよ」
その時その空間にいたのは、国王とラウラ、アインドルク侯爵に、ラウラを連れて来た衛兵が二人、それに国王の護衛の騎士たち数名だ。
少女は少しの間逡巡してから、決意を固めて静かに立ち上がった。
「実は── アウレウス帝国皇帝、アウルム・アルゲンテウスは、近々ツェントルム王国を侵攻する計画を立てております」
「それはその通りであろう…… しかし危険を冒してわざわざそれを伝えに来たという事は、然るべき根拠があるのであろうな?」
「もちろんです」
「実は帝国は…… 数年前に【ドワーフの大洞窟】を発見しております」
その場にいた者たちの間に衝撃が走った。
「ご存知のように帝都アルゲンテウスは、そもそも古代遺跡の上に建てられた都市でした…… 皇帝は城内の地下を秘密裏に発掘調査し続けていましたが、ついに【ドワーフの大洞窟】の入り口を発見してしまったのです」
「むうぅぅ……」
国王ツァールライヒは呻いた。
【ドワーフの大洞窟】は、その存在だけが伝説に知られている古代の超巨大遺跡群だ。 そこは未知の財宝や魔法遺物の宝庫と言われている。 そこから一体どれ程の財宝や知識…… 【魔法遺物】が発見されるか想像もつかない。
「私は皇帝の執務室で偶然その話を盗み聞きしてしまいました。 そこで恐ろしい計画を耳にしたのです」
「その計画とは何だ⁈」
「実際に見て頂いた方が早いかと思います」
ラウラは、どこからともなく手の平に隠れるくらいの水晶球を取り出した。 それは『記録水晶』だった。
皇女を連れて来た衛兵たちの顔色が青ざめる。 国王暗殺の危険性を考慮して、皇女の身体は隅々まで念入りに検査されていた筈だった。
「どうか、その者たちを責めないで下さい。 これは帝国にいる時から私の体内に隠してあった物です」
彼女は常に貞操帯を身に付けている。 口の中で無いのなら隠せる場所はひとつだけだろう……
「皇帝の部屋で見つけ、人知れずに私が複製を作りました」
ラウラはそれを床に置くと、小さな声で再生の暗号を囁いた。 するとその小さな水晶球は複雑な色の光を帯びて輝き出し、上方向に大きな立体映像を描き出した。
それは【ドワーフの大洞窟】の立体地図だった。 洞窟の更に上方には、ヴェルトラウム大陸の地図も立体で半透明に描かれていた。
「これは帝国が【ドワーフの大洞窟】で発見した物です。 大陸を東西に跨ぐ巨大な構造が一目瞭然に俯瞰できます」
「ぬうぅぅ……」
ラウラの祖父アインドルク侯爵は、目を見開いて呻き声を漏らした。 武人であり指揮官でもある彼は、その重要性をいち早く看破していたのかも知れない。
「発見当初は完成前に造られた設計図のような物だと考えられていたようですが、後にその考えは改められました」
「どう言う事だ?」
アインドルク侯爵が尋ねた。
「この地図は…… 実際の土地に変化があると、それに対応して直ちに更新されるのです」
「まさかそんな事が……⁈」
本当だとすれば『記録水晶』の域を超えた、国宝級の【魔法遺物】である。 もしそれを独力で複製したというのなら、彼女の知識と技術…… そして魔力量は非凡な域と言わざるを得ない。
ラウラは地図に向かってゆっくりと歩き出した。 半透明の映像の中を通り抜け、ザントシュタイン山脈の中央付近まで近付く。
「ここが【死の谷の洞窟】と呼ばれている洞窟です」
「ここにも【ドワーフの大洞窟】の入り口があります」
「何と……⁈」
国王の驚きも無理はない。 そこは近年まで王国領だった場所だ。
「しかし近年まで帝国の洞窟探索は、この場所で阻まれておりました」
「それは何故だ……?」
「はい、ここは伝説の古竜【漆黒の暴竜ルイン】の巣だったのです」
「【漆黒の暴竜ルイン】とな……⁈」
【漆黒の暴竜ルイン】と言えば、子供でも知らぬ者のない伝説の古竜だった。 王都の図書館を探せば、歴史の本の中にも必ず彼の名を見つける事が出来るだろう。 痛ましい災害の記憶と共に。
「はい。 何度かの発掘隊、調査隊、討伐隊まで送り込まれましたが…… そのルインによって断念させられたと言われています」
ここでラウラは、目を閉じてゆっくりと息を吸った。
「ですが、そのルインが…… つい先日何者かによって倒されたらしいのです!」
「倒された⁈ 本当なのかそれは」
国王ツァールライヒは玉座から身を乗り出し立ち上りかけた。 彼は次から次へともたらされる情報に頭が追い付いていないようだった。
本来これはプルプレウス辺境伯によって報告される筈の情報だった。 しかし何故かその親書が届く事は無かったのだ……
「確認はまだですが、少なくとも洞窟から去ったのは確実だと言う報告があったようです」
「と、言う事は──」
「帝国の探索を阻む者がもうない、と言う事か」
国王の言葉を受けて、アインドルク侯爵がそれを結んだ。
国王は、玉座に腰を落としてゆっくりと額に手を当てた。 元々白かった顔色が今は蒼白に変わっている。
「陛下、大丈夫ですか? 実はまだお伝えしなければならないコトが……」
「申してみよ」
国王は玉座にもたれかかったまま、鷹揚に手を振った。
ラウラは立体映像のザントシュタイン山脈を西に越え王国領へ入ると、いくつかの地点を順番に指差していった。
「実際に確かめてみないと断言は出来ませんが、今指した四ヶ所がツェントルム王国内の『入り口』と言われています」
ラウラはそこで間を置いて、真っ直ぐに国王の顔を見た。 彼の目は、既に驚愕に見開かれていた。
『入り口』とは即ち『出口』でもあるという事だ──
「皇帝アルゲンテウスは、地上と地下から王国領に進軍し、王国の兵団が大陸南部の国境に集まった所で、王国各地の地下から一斉に伏兵を進軍させて奇襲をかけるつもりなのです」
国王ツァールライヒは背もたれに倒れ込み、ただ虚空を見つめていた。 彼は心労のあまりこの数分間で別人のようにやつれ果てていた。
「陛下! 大丈夫ですか⁈」
しかし駆け寄る衛兵は片手で遮られた。
「皇女ラウラよ、己の危険を顧みずよくぞ報せてくれた…… 心より感謝する…… 褒美を取らせよう…… 何がよい? 何でもよいぞ」
ラウラは優雅な動作で跪き、深々と頭を下げた。
「私は何も要りません。 母上とお祖父様の祖国を守れれば…… それだけで充分なのです」
国王は力なく頷くと、少しだけ姿勢を正して呟いた。
「お前を疑うような真似をして申し訳なかった。 数々の非礼をお詫びしよう」
「勿体ないお言葉です」
彼女の祖父である、アインドルク侯爵が両腕を広げてゆっくりと少女の側に歩み寄る。
ユリウスがセイレーンと見た映像はここまでだった。
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「そうでしたか…… それでご自身の危険と、開戦の口実を帝国に与える危険を承知の上で来て下さったのですね」
己と王国を危険に晒す愚か者の誹りを受けながら、誰にも言えない秘密を抱えて決死の思いでここまでやって来たのだ。 きっと誰かに気持ちを分かって欲しかったのだろう。 この小さな身体に、大陸全土を巻き込むかも知れない戦争の危機などと言う何と大きな負担がのしかかっていた事か…… いつしか少女は涙ぐんでいた。
「後は私自身が無事に帝国領内に入れれば、もう思い残すコトはありません」
「……そんな」
「貴女はそれでよろしいのですか? 一度切り捨てた筈の貴女を、この後帝国がどのように扱うのか……」
「私のコトはもういいのです。 私の運命は祖国が帝国に滅ぼされた日に終わっていたのです…… 私の母は、私のために憎っくき父上の仇である皇帝の妻になりました。 その母上も先月亡くなり、私は帝国で『赤銅色の奴隷姫』などと呼ばれています。 もうこれ以上、生き恥を晒してまで生きようとは思いません」
「それは失礼ですがラウラさまの本心ではありませんね?」
「どう言うコト…… でしょう?」
「もし、本当に自由になれたとしたら…… 何をなさりたいですか?」
「……⁈」
13歳の少女は、それがその時生まれて初めて聞いた言葉のように驚きに目を見開いた。
「もし私が自由になれたら…… 私が自由に……?」
天を仰ぎ遠くを見つめるその表情は、人前で初めて見せる無防備な少女のそれだった。
「帝国での私の生活は、常に監視が付き行動も制限された軟禁状態です…… そんな私の心の慰めは…… いつも吟遊詩人の唄う、恋物語や英雄譚でした」
「もし、もしも…… そんなコトが本当に叶うなら…… 私は冒険者になりたい」
その言葉に、ユリウスは雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。 彼は少女の細い両肩に手をかけ、彼女が顔を向けるのを待つ。 彼には何の迷いもなかった。
「約束しましょう! もし貴女が望むなら、無事に帝国領内に送り届けた後、私がお迎えに上がります」
少女の黒い瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。 少女はユリウスの胸に顔を埋め、声を殺して泣きだした。 そのままユリウスは、何も言わずしばらく少女の肩を抱いていた。
彼女が落ち着いて涙を拭うのを待ってからユリウスは腰を上げた。
「そろそろ部屋に戻らないと…… 私が送っていきます」
「ありがとうございます」
毅然とした表情を取り戻し、少女も優雅な動作で立ち上がった。
「ところで…… ユリウスさまは、何故身分を隠してこのような所にいらっしゃるのですか?」
ユリウスは少しはにかんだ表情を見せて頭を掻いた。
「実は…… 私も冒険者になりたかったんです」
「……まあ」
少女の唇が、小さなOの字を描く。
赤銅色の奴隷姫と呼ばれた少女は、この旅で初めて少女らしい屈託のない笑顔を浮かべた。
早いもので第二章も、もう17話目…… もうすぐ約半分になります。 元々あんまり話が進展しない作品なのに、輪をかけて話が進んでいない気がしないでもないです……(汗) まぁ、ここまで目を通して下さった酔狂な読者貴兄におかれましては、こんな所で見捨てないでくれるかなぁって…… どうかな…… ダメかな……?(汗)
─────次回予告─────
第59話 ~皇帝の紋章〜
乞う御期待!




