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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
57/111

57 ~港町ハーフェン〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者試験に合格して一週間。 帝国の不穏な動きが王国に影を落とす中、そんな事は露ほども知らないユリウスたちは、次のクエストに向け冒険の準備を進めていた。 

 しかし、初クエストをとしてギルドから直接依頼を受けたのは、その帝国からの要人警護の任務だった。


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 ユリウスたち一行の乗る馬車は、予定通り日没前にヴェルトラウム大陸の南端、港町ハーフェンに到着した。 緊張して臨んだ初任務だったが、その道中は拍子抜けするくらい何事もなかった。


 一時間前に出発した【エンジェル・ファング】たちのチームも到着しているようだったが、お互いに接触しない約束になっている。

 彼女たちのチームは、予定通りなら明日の夜明け前── ユリウスたちのチームは日の出の後、ゆっくりと朝食を摂ってから出発する事になっていた。


「すごいすごいっ! 向こうの陸地が全然見えないよっ! 風の匂いも全然ちがうっ!」


 とにかくフィオナのはしゃぎっぷりが凄かった。 初めて見る海に初めて見る大型船舶、港町の独特の雰囲気も相まって見るもの全てが新鮮なのだ。


 リゾート地ではないのだが、港という性質上宿屋や歓楽街もあり、建物も石畳も白で統一された美しい町並みはそこはかとなく異国情緒を漂わせていた。 店に並ぶ品々も異国の品物が多く、いつまでも眺めていられる様子だった。


「おいおい、観光に来た訳じゃないんだぞ」

「いいんじゃない、こうしてた方が自然だし怪しまれないかも知れないわよ」


 ルシオラも、フィオナのはしゃぎっぷりには閉口しつつも、保護者のような温かい目で見守っているようだった。


 一応商人の護衛という形で彼らと一緒に行動している事もあり結構な大人数だ。 まず宿を取り、それから夕食を摂る事にする。


 宿はすんなり見つかったが、空き部屋の都合でユリウスだけが離れの一人部屋になってしまった。 商人役の四人が二人部屋を二つ。 フィオナたちは、ちょうど三人部屋が取れた。 兵士長のヴェルデと御者役の兵士は、馬車と馬の番をするため馬屋に泊まるようだった。 確かに今馬車に何かあったら大問題だが、少し可哀想な気もする。


 それから残りの八人で、待望のシーフードの店に夕食の席を囲った。


 商人役のグループは別のテーブルに分かれて、お互いなるべく不要な干渉は控えるように言われている。


「え〜〜 どうしよう? みんな美味しそう! でも食べた事ないから味とか分かんないし あ〜もうどうしようっ⁉︎」

「せっかくだから食べたいだけ食べればいいじゃない」


 案の定テンション上がりまくりのフィオナを、さっそくルシオラが甘やかす。


「ロブスターは絶対食べたいけど、このおっきい貝のステーキも美味しそうよね〜 匂いだけでヨダレが出て来ちゃう……」

「でも貝は食べ慣れないと、お腹を壊すかも知れないぞ?」

「うそ〜 そんな事言われたら余計に迷っちゃうじゃない……」


 ユリウスは、通路を挟んで隣のテーブルの四人の様子をそっと伺ってみた。 流石に新鮮な魚介料理は珍しいのか、少しはしゃいでいるような雰囲気が感じられた。


(マスター、いいですか?)

(どうした? 何があったのか?)


 もうすっかり恒例のメナスからの【念話(テレパシー)】だ。


(ひとつは王都から付いてきたヤツだと思うんですが── 町に入ってから複数の監視の視線を感じますねー)


 一瞬にしてユリウスの全身に緊張が走る。


(そうなのか? 帝国の刺客か?)

(そこまではまだ分かりません。 スリや置き引きとかの類かも知れませんし、ただ単に余所者を警戒する町の人の目かも知れません)

(そうか……… 分かった。 いずれにせよ警戒するに越したコトはないだろうな)

(はい、お任せを!)


 結局フィオナは、ロブスターの蒸し焼きとアワビのステーキ、他にも新鮮な魚介類のカルパッチョなどを注文した。 ルシオラは魚介のパスタに、やはりアワビのステーキと白ワインをほんの少しだけ注文した。 ユリウスは任務中だと言いたかったが、誰が聞き耳を立てているか分からないので結局言えず終いだった。 何故かメナスは真っ黒なイカスミのパスタが気になって仕方ないようで、注文取りの女の子にしきりにどんな味かを尋ねている。


 重要な任務中とはいえ、ユリウスはこうした時間こそが、かけがえのない物なのだと実感していた。


 食後は時間の関係もあり、あまり露店などを見て回る事もなく、おとなしく宿に戻った。


 商人役のグループが宿に入るのを確認してからそれとなく周囲を警戒しつつ、三人と別れてユリウスは一人離れの部屋に戻る。 セイレーンの言う通りなら、この後誰かが訪ねて来るはずだ。 誰が訪ねて来るのか正直見当はつかない。 フィオナのような気もするが、それならわざわざセイレーンが注意を促したりするだろうか? いっそセイレーンに聞けばいいだけの話なのかも知れないが、夜中に部屋に女性が訪ねて来る話題を、あどけない少女の姿をしたセイレーンとするのは何となく気まずかった。


(メナス…… 聞こえるか?)


 ユリウスは手持ち無沙汰から、つい【念話】でメナスに連絡を取った。


(聞こえてますよー どうしました?)

(あれからどうだ? 監視の目は?)

(あー ありますねー この感じはやっぱり帝国なんですかねぇ…… 強盗の線もゼロではないでしょうけど)

(そうか。 そっちの警戒は任せたぞ)

(了解でーす)


 それは完全に夜が更けて日付けが変わった後の事だった。 ユリウスが少し微睡(まどろ)みかけた頃、静かにドアをノックする音が響いた。 寝台から身を起こして急いで靴を履く。 ドアの前に立つと小さな声で尋ねた。


「どなたですか?」

「商人の…… 使用人の者です。 お話があって参りました」


 若い女性の美しい声だ。

それだけでもその人物の育ちの良さと知性の高さが窺い知れる…… そんな抑揚を持つ不思議な声音だった。


 ユリウスは鍵を外しそっと扉を開いた。


 フードを目深に被ったその訪問者を迎え入れて、少し外の様子を伺う。 特に動きはないように思えた。 扉を閉めてすぐに鍵をかけた。


 振り返るとそこに使用人役の娘── 赤銅色の肌をした美しい少女が立っていた。


「一体どうしたんですか? こんな夜更けに」


 娘がフードを下ろすと、黒曜石のような美しい黒髪が流れるように広がった。


 少女は思い詰めた表情でユリウスの瞳を真っ直ぐに見つめていた。 吸い込まれそうな黒い瞳に、よく見ると金色の虹彩が混じっている。


「あの──」

「やっぱりそうなのですね! ユリウスさま!」

「……っ⁈」


 ユリウスは仰天した。 この姿になってから半月ちょっと、王都を歩き回りかつての彼を知る者にも会ったが、見抜かれたのはクラプロス男爵邸の執事たちだけだった。


 咄嗟(とっさ)にユリウスは【盗聴阻害】の呪文を室内に施した。


「なぜ── いや、貴女は…… 貴女は、皇女殿下ですね?」


 そう言われて少女は、顔色ひとつ変えなかった。


「申し遅れました。 私は、ラウラ・フロイデ・アルゲンテウス…… アウレウス帝国の第17皇女です」

「……やはりそうでしたか」


 ユリウスが次に告げるべき言葉を逡巡(しゅんじゅん)していると、少女が質問を重ねた。


「ユリウスさま…… なのですよね?」


「はい、仰る通りです。 しかし私は今、冒険者のシン・イグレアムとしてここにいます。 ここにいる者たちは私の正体を知りません…… ですから──」

「はい、そう思ってこうして夜が更けるのを待って訪ねて参りました」

「そうでしたか……」


 思った通り、歳若いのに聡明な女性のようだった。


「何故、私がユリウスだと分かったのですか?」


 これは今後のセキュリティーの為だけでなく、純粋な好奇心からも聞いておきたかった。


「はい。 実は私たちルベール族の中には、稀に瞳に金色の虹彩を持った高い魔力を持つ者が生まれる事があります」


 確かにユリウスも、彼女の瞳には並々ならぬ『魔素(マナ)の力』を感じていた。


「私は…… その人の瞳を見れば、虹彩の模様で一度会った人間を絶対に見誤るコトがないのです」


 そんな魔力があったとは…… 流石のユリウスも辺境の少数民族が稀に発現する『魔法の眼の力』までは寡聞にして聞いた事がなかった。 待てよ、という事は──


「以前、どこかでお会いしたコトが?」


 ユリウスは少女の姿をまじまじと見つめた。


「はい、8年くらい前に。 私はまだ帝国に併合される前の小さな国の姫でした。 お爺様に会うためにツェントルム王国を訪れた折、広い王宮内で迷子になって…… その時声をかけて下さったのが、ユリウスさまでした」


 ユリウスの脳裏に、今の今まで忘れていた記憶がありありと蘇った。


 広い王宮の廊下に、5歳くらいの少女が独りで泣いている…… いつも研究室に引きこもり半ば隠遁生活を送っているユリウスも流石に放置出来なくて声をかけた。 お供の者が見つかるまで、少女はユリウスに抱きついて片時も離れようとしなかった。 確かにその少女は、赤銅色の美しい肌をしていた。


「そうか…… 君は、あの時の」


 クヴァール・アインドルク侯爵は、ツェントルム王国で唯一のルベール族出身の貴族だ。 彼の娘が大陸の東にあった小国の国王に嫁ぎ、そうして産まれたのがラウラなのだ。


「あの後、あれが高名な賢者のユリウスさまだったと聞きました。 当時の私にはよく分かりませんでしたが……」

「それは…… お恥ずかしい」


 何だかむず痒い気持ちで、ユリウスは頭をかいた。


「それで…… お話というのは?」


 まさか思い出話をしに来た訳でもないだろう…… ユリウスは、そろそろ話の本題に入るべきだと思った。 やはりと言うか、歳若い皇女の表情に(かげ)りが浮かぶ。


「実は私が今回、ツェントルム王国へ来たのは、どうしても国王陛下とお爺さま、信用出来る方にお伝えしたいコトがあったからなんです」


 ユリウスは頷いて話の続きを促した。


「その為にこの国の方々に大変なご迷惑をおかけしているのは重々承知しております…… しかし、それでも私は直接このコトをお伝えしなければなりませんでした」

「それはもう、国王陛下にお伝え出来たのですね……」

「はい、国王陛下とお爺さまにお伝えするコトが出来ました。 それで、出来ればユリウスさまにもお伝えしておきたいと…… こうして参りました次第です」

「分かりました。 私などでよければお伺いいたしましょう」


 ユリウスは既にセイレーンの図書室でその事を調べて理解していたが、何も口を挟まずに皇女の話に静かに耳を傾けた。



 次回は、前話でユリウスが見た記録水晶の内容が明らかになります。


─────次回予告─────


第58話 ~帝国の企み〜

 乞う御期待!

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