56 ~記録水晶〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者試験に合格して一週間。 帝国の不穏な動きが王国に影を落とす中、そんな事は露ほども知らないユリウスたちは、次のクエストに向け冒険の準備を進めていた。
しかし、初クエストをとしてギルドから直接依頼を受けたのは、その帝国からの要人警護の任務だった。
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
その日の早朝、ユリウスは兵舎の3階にある寝室の窓から王城を出発して行く馬車を見送っていた。
最初の2チームは早朝で、ユリウスたち一行は少し間を置いてからの出発となる。
支度を終えて四人で一階に降りると、既に兵士長のヴェルデと商人一行役の者たちも集まっている。
お互いに軽く自己紹介を交わす。
商人役は背筋のぴんと伸びた初老の上品な男性で、もしかしたら貴族出身なのかも知れない。 その妻役を、これまた気品のある中年女性、この商人の妻には少し若いかも知れない。 2人の若い娘は使用人役だという。
その内の一人は一際目を引く赤銅色の美しい肌をしていて、少しでも目立たないようにするためか使用人の服の上からフードのついた上着を羽織っていた。 黒い髪、黒い瞳した12〜3才くらいの線の細い美しい少女だ。
(そうか…… こんな少女が……)
その時ユリウスはその少女と目が合った。
吸い込まれそうな黒い瞳に、よく見ると金色の虹彩が混じっている。 すると少女は、まだあどけない顔に何故か驚きの表情を浮かべた。 何か言おうと口を開きかける──
だがその時、御者の服装をしたヴェルデが紹介を始めた。
「彼女はルベール族の娘だ。 もう察しがついているだろうから打ち明けるが、帝国の要人と言うのはルベール族の姫君なのだ」
「赤銅色の奴隷姫──」
思わず口にしてしまってから、ルシオラは手の平で自分の口を隠した。 ヴェルデと、それに少女の顔に動揺が走った。
「な〜に、その奴隷姫って?」
こう言う時に遠慮なく聞いてしまえるのがフィオナの強みでもある。
「ごめんなさい…… それは後で説明するから」
ルシオラはバツが悪そうにフィオナに謝った。
結局、二チームの馬車から遅れる事約一時間後、ユリウスたちのチームも出発した。
それ程大きくない四頭立てと、二頭立ての馬車で計二台。 四頭立てに商人役のグループが乗り込み、兵士長のヴェルデが御者を引き受ける。 もう一台に護衛役のユリウスたちが乗り込み、御者はもう一人王国の兵士が担当した。
王都の南門を出て、ザントシュタイン山脈に沿って街道をゆっくりと南下して行く。 このまま進み続ければ、大陸南端の港町へと辿り着くので、表面上はそこを目指している商人を装う事になっていた。
先頭は護衛役のユリウスたちの馬車だった。 向かい合う御者側の席にユリウスとメナスが座り、対面にフィオナとルシオラが座っている。 後ろの小窓からは後続の馬車の様子を伺う事が出来た。
「なんか、コーレさんの馬車を思い出すね〜」
窓から見える景色を眺めながら、フィオナが呑気に呟いた。 コーレと言うのはユリウスとフィオナが出会うきっかけとなった旅の商人だ。 ユリウスもフィオナも彼の馬車に乗って王都のミッテ・ツェントルムにやってきたのだった。
「そうだな、コーレさんも奥さんも元気にしてるかな……」
「元気だと思いますよ、先日もギルドの冒険者を護衛に雇って出発したそうですから」
ルシオラがそんな事を教えてくれる。
「あれ〜 そう言うのって、プライバシーで教えられないんじゃなかったっけ〜?」
珍しく鋭いフィオナがルシオラを茶化す。
「そうだったわね、つい……」
ルシオラも珍しく戯けた表情を見せた。 もしかしたら二人とも、いつになく緊張しているのかも知れなかった。
こうしてしばらくは何事もないまま馬車の旅が続いた。
このままの速度を維持すれば、日没には港町ハーフェンに到着するそうだ。 何事もなければそこで一泊してから、早朝に国境付近の砦に向かって出発する予定だった。
2番目に出発した兵士たちの馬車は、最速で国境砦を目指している。
日没前には往路で敵の襲撃を受けたと言うクラールハイトの森に侵入する筈である。 森を抜けたところで、国境砦から手配された兵士たちと合流して馬を交換し、そのまま休みなく砦を目指す算段だ。
何か起こるとすれば、その前後が怪しいと見るべきか、それとも──
「わたし海を見るの初めて…… すっごい大きい湖なんだよね〜 想像もつかないや!」
「むしろ海の中にヴェルトラウム大陸があるんだけどな」
「うっそだ〜 いくら田舎者だからって、そこまではバカじゃないからね〜」
今はただ、フィオナの無邪気さが癒しであった。 メナスとルシオラも、そんなやり取りを温かい目で見守っていた。
「ボクは港町のシーフードが楽しみだよねー 本当に何事もなく一泊出来ればいいんだけど」
「本当にな」
(マスター、ちょっといいですか?)
メナスの【念話】だ。
(どうした?)
(多分敵ではないと思いますが、王都を出てから馬が一騎、一定の距離を保ってずっとついて来てますね)
(敵ではない根拠は?)
(根拠って言うか、ボクなら絶対付けると思うんですよねー おそらくギルドか王国兵の見届け役ってトコかと思いますけど)
(そうか、分かった。 これからも引き続き警戒頼んだぞ)
(了解でーす)
そう言うとユリウスは静かに目を閉じた。
精神を統一して、すぐ近くに感じる『それ』に意識を集中する。
すると眼前に広大な白い空間とどこまでも続く書架の列が広がった。
そこは【賢者の石】の内部に広がる仮想空間だった。
最初の方こそ魔素を流して『石』を起動してやる必要があったが、今では意識を集中して瞳を閉じるだけでアクセス出来るようになっていた。
これもセイレーンの言う、『縁』が繋がる── という事なのかも知れない。
もっとも、近くに『石』がなければならないし、どれくらい離れていても大丈夫かまでは検証していなかったが……
いま『石』は、メナスの演算回路兼動力源として、彼女の心臓の位置に収納されているのだった。
「いらっしゃいませ、マスター」
少し歩くと、すぐにセイレーンが出迎えてくれた。
「そろそろいらっしゃると思ってました」
「こちらの状況が分かっているのか?」
「まぁ…… 大体は」
セイレーンは、メナスと瓜二つの顔で少し困ったような表情を浮かべた。
「そう言えばお前、前に言ってたよな…… また忙しくなるとか何とか…… これのコトだったのか?」
セイレーンはまた困ったような表情を浮かべる。 それについては、どうやらあまり言いたくないようだった。
「今回は特別だ、事情も分からないまま国家間の陰謀の矢面に立たされたくない…… というかアイツらを巻き込みたくないんだ。 知ってる事を教えてくれ!」
「そう仰ると思って準備してました」
そう言うとセイレーンは白いテーブルと椅子を出し、ユリウスに着席を促した。
マスターが着席するのを確認してから、その対面の椅子にちょこんと着席する。
「帝国側の事情は、まだ『縁』が薄いのであまり調べていません。 7年前は── 当時は優先順位も高くありませんでしたので」
「そうだろうな……」
ユリウスは静かにため息を漏らした。
「ですが、王国内の事は比較的アクセスが容易でしたので…… 一昨日、彼女が国王と謁見した時の様子を記録してあります」
「そんなコトが出来るのか⁈」
「王宮内は比較的『縁』が濃いですから──」
確かにユリウスは、7年前まで筆頭宮廷魔導師だったのだが……
「どうやってご覧に入れようか考えたんですが、これが一番分かりやすいかと思います」
そう言うと彼女は、どこからともなく手の平にすっぽり隠れるくらいの小さな水晶球を取り出した。 透明な水晶球の中央に虹色の光が揺らめいている。
「記録水晶か!」
「はい、これは現実の物ではありませんが、馴染みのある媒体の方が理解しやすいかと思いましたので」
これは短時間の出来事を立体映像で記録・保存・再生するという【魔導器】で、ユリウスには馴染みがあると言っても一般人には存在すら知られていない希少アイテムだった。
セイレーンはそれをテーブルの中央に置くと、小さな声で再生の暗号を囁く。
するとその小さな水晶球は複雑な色の光を帯びて輝き出し、上方向に王宮謁見室内の立体映像を描き出した。
それはちょうど水平線の向こうに見える幻の街── 蜃気楼に似ていた。
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「なるほどな…… これで少なくとも彼女の目的と、何となくだが帝国の思惑も読めたな」
「お役に立てましたでしょうか?」
「充分だよ」
そう言いながらユリウスは、少女の頭を優しく撫でてやった。
セイレーンは満足げに微笑んだ。
こんな何もない空間に独りで7年間…… 彼女の主観では実に4000年以上、孤独な時間を過ごしてきたのだ。 彼女の自己承認欲求が多少過剰なものになっていたとしても、誰がそれを責められるだろうか。
「ところで…… これって、例えば現実の記録水晶にも焼き付けたり出来るのか?」
「はい、出来ると思います」
「すごいな、流石は情報管理の専門家…… 有能だな」
セイレーンがはにかんだ笑みを見せる。
彼女には、いくら褒めてやっても褒め足りないとユリウスは考えている節があるのだが、流石に最近は彼女も薄々気づいているようだった。
「それじゃあ、そろそろ戻るぞ。 また近いうちに来ると思うが」
「はいお待ちしております、マスター」
ユリウスが立ち上がると彼女も急いでそれに続く。
「ん、どうした? そんなに慌てて」
セイレーンは頬を膨らませ少しむくれたような表情を見せた。
「マスター、何か忘れていませんか?」
ユリウスはちょっと考え込む。
そこではっと思い至って、いつものように両腕を広げる。 それは、この部屋に来た時と去る時のふたりの『儀式』だった。 彼女はそっとユリウスの胸に頬を埋めた。
「今回は、いらっしゃった時のを忘れてましたから倍くらいこうしていて下さいね」
「分かった分かった……」
そう言ってしばらくふたりは何も言わずにただ抱き合っていた。
「それじゃあ、そろそろ本当に──」
「あ、マスター! レディに失礼がないように、一つだけご忠告を」
「何だ?」
「はい…… 97.512%の確率で、今夜宿屋のユリウスさまの部屋に彼女が訪ねてきます…… 眠ったり酔っ払ったりしないようお気を付けて」
「──分かった」
彼女とは一体誰の事を指すのか?
その時のユリウスには確信はなかった。
ユリウスはゆっくりと目を開いた。
こちらでは、まだ数秒しか経っていない筈だ。
「さあて…… 困ったコトになったな」
そう言うとユリウスは後ろの窓から覗いて見える、皇女殿下の乗った馬車に視線を移した。
要人警護の依頼を受けたユリウスたち一行は、中継地点の港町ハーフェンで一泊する事になるが……
─────次回予告─────
第57話 ~港町ハーフェン〜
乞う御期待!




