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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
55/111

55 ~前夜〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者試験に合格して一週間。 帝国の不穏な動きが王国に影を落とす中、そんな事は露ほども知らないユリウスたちは、次のクエストに向け冒険の準備を進めていた。 

 そしてついに初クエストを受注するためギルドを訪れた一行は、何故かギルドから直接依頼を受けて……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 会議室での説明も終わり、夜になってユリウスたち一行は兵舎の3階にある小部屋に宿泊する事になった。


 本来は兵士用の宿舎なのだが、常に非常時の増員用に空き部屋がいくつか用意してあるようだった。 ユリウスと兵士長のヴェルデ…… そしてメナス、フィオナ、ルシオラが四人部屋をそれぞれ使い、冒険者パーティーの【エンジェル・ファング】が六人部屋を一つ割り当てられた。


 兵舎内を出る事は許可されず自由に歩き回る事も出来なかったが、食堂兼休憩室には入る事が許されていた。


【エンジェル・ファング】のメンバーとはそこで改めて顔を合わせ互いに自己紹介をした。 新たに紹介されたメンバーは、黒いローブ姿の小柄な魔術師と妖艶な雰囲気の僧侶(プリースト)の女性だった。 しかし彼女たちは朝が早いので、就寝のため早々に部屋に戻ってしまった。


 食事時にユリウスたち一行は、今後について相談とも言えない相談をしてみる。


 会議内容は要約するとこういう事だった。

帝国の要人の主発は明日の早朝。

これは思ったよりもずっと早かった。


 まず最初に、旅商人の馬車に偽装したチームがゆっくりと南に向けて主発する。 大陸の南端にある港町を目指すという(てい)だ。

 これを冒険者パーティー【エンジェル・ファング】が護衛しているという設定になる。


 実はこの馬車に、商人の使用人に扮した『帝国の要人』が乗る事になっているのだ。


 そして殆ど時間を置かずに、一番大きな馬車がニ両建てで出発する。

 これには、今回の主力となる兵士たちがみっちりと乗り込んでいるらしい。 しかし、あくまで通常の兵員の移動と思える最小限の人数という事だった。 それらは先に出発した馬車を追い抜き、最初から国境の砦を最短時間を目指して道を急ぐ。


 これがメインの『囮』となる。


 そして最後に少し時間を置いて、また商人の馬車に偽装したチームが出発する。

 それがユリウスたちのパーティーだ。

 商人とその使用人役の者が用意されていて、使用人の中にはその要人と似た年格好の少女も用意されているらしい。


 一体どういう話で連れてこられた少女なのか、その娘は仕事の危険性を理解しているのか。 ユリウスたちには、不満に思わないでもない作戦だった。


 そして兵士長のヴェルデも御者の役で同行する事になっていた。


 もし賊に襲撃されるとしたら、一番最後になる筈だ。 だからこそ、一抹の不安が拭えない。


 ユリウスは、それをフィオナとルシオラに言うべきか悩んでいた。 ルシオラはともかく、フィオナは緊張するだろうし顔に出てしまうような性格だ。 しかし、黙っているのも不誠実な気がする。 ユリウスが逡巡(しゅんじゅん)している間に、結局その場では言い出せないまま夕食の時間は終わってしまった。


「ルシオラさん、もしさっきの会議で出なかった話を知っているなら教えて頂けませんか?」


 ユリウスは思い切って尋ねてみた。

ルシオラは、少し思い詰めたように俯いてから口を開いた。


「そうですね…… 私も具体的なコトは何も知らされていないんです。 ただ……」

「ただ……?」


「国が冒険者ギルドに直接依頼をするのは余程のコトだと思います。 それは間違いないです」

「ギルドマスターは── エルツ・シュタールは何と言ってるんですか?」


 ギルドマスターのエルツは、かつて伝説と謳われた【SSランク】の元冒険者だ。


「はい、彼もまたこの件でいま動いています。 これは噂ですが…… あの忍者(ストライダー)のノーヴァ・シュヴァルツ氏も動いているという話もあります」

「へぇ〜〜っ なんか総戦力(オール・スター)って感じじゃない?」


 フィオナが無邪気に感心する。


「ただ一つだけ── 実は私たちのパーティーをこの任務に推薦したのは、ギルドマスターなんです」

「エルツ氏が……!」

「えぇ〜〜っ すご〜い! なんかそれうれしい!」


 これはユリウスも意外だった。 彼はメナスが『人間ではない』と気付いた、この世でただ一人の人間だ。 彼はユリウスやメナスの正体をそれ以上詮索せずに『勘』だけで二人を信用してくれたのだった。


「そうですか…… エルツ氏が……」


「それじゃあ…… そろそろ私たちも休みましょうか?」


 そう言いながらルシオラが席を立つと、皆も立ち上がり寝室へ向かった。


 ユリウスが部屋に戻ると同室のヴェルデはまだ起きていた。 軽く会釈して隣の寝台に腰を下ろす。


 それとなく横目で様子を伺うと、やはり相当に緊張しているようだった。 無理もない…… 自分の命は既に国家に捧げる覚悟があったとしても、その国家の大事なのだ。 緊張するなと言う方が無理な話だろう。


「兵士長…… やはり任務の前日とかは酒は飲めないのですか?」


 何となく居たたまれなくなって声をかけてしまったが、すぐに返事はなかった。


「あ、あぁ…… すまん、酒か……? そうだな、厳しく制限されているわけではないが、オレは呑まないんでな……」


 そう言ってから男は、両手で自分の顔を包み込んだ。


「オレは…… オレは…… つい先日まで副兵士長だったんだ……」


「そりゃあ、いつかは兵士長になりたいとは思っていたさ…… でも…… だけど…… まさか…… こんな形で……」


「こんなの…… あんまりだ……」


 彼はそのまま、声も出さずに泣き出したようだった。


 そうだったのだ…… 確か彼の話によれば、彼以外の仲間はこの任務で全滅しているのだ。 平静でいられる方がどうかしているだろう。


 彼にとっても長い夜、長い一日が始まろうとしていた。


──────────


 結局ユリウスは寝付けずに、かといって部屋にも居づらくて廊下に出る事にした。 用を足すと言って部屋を出てから、この廊下のバルコニーで中庭の景色をぼんやりと眺めていた。


 まったく…… ようやく冒険者になれたと言うのに、初仕事からしてどうしてこんな事になっているのか……


 そんな事を考えていると、後ろから廊下を近付いてくる人の気配がした。


「シン……?」


 それはフィオナだった。

薄い夜着一枚の姿で、月明かりに白い肌が透けて見えるようだった。


「シンもトイレなの……?」

「いや、なんだか寝付けなくてな……」

「よかった…… わたしも寝付けなくて」


 フィオナもユリウスの隣に並んで中庭の景色を見下ろした。

 自然に肩と肩が触れ合う。


「フィオナ…… そう言えばアレ…… どうなったんだ?」

「え〜 アレって?」


 ユリウスは戸惑った。 はっきり言わないと思い出して貰えないのか……


「アレだよアレ…… オレとお前がその、婚約したコト…… ルシオラさんに話したんだろ?」


 ヴェルトラウム大陸にその人ありと謳われた三賢人の一人が、何をしどろもどろになっているのか…… ユリウスは、自分でもそれが可笑しくて情けない。


「あ〜あ〜 アレねぇ〜〜っ!」


 なんとも軽いフィオナの反応である。


「うん、ちゃんと話したよ。 シンと婚約したって!」

「あぁ、それで……?」

「う〜ん、これは言わない方がいいかな〜って思うんだけど……」

「何なんだ? そんな言い方したら気になるだろ?」


「うん、実はルシオラさん…… 気になる人が二人いるんだって! 一人はもちろんシンだよ?」

「……⁈ そうなのか」

「うん、だから…… しばらくは保留ってコトで。 あ、これは二人でシンのお嫁さんになる話ね」


「…………そうか」


 何とも複雑な心境のユリウスだった。

ルシオラに『ふたり』気になる男性がいると言われて、喜んでいる自分と落胆している自分、両方がいる。 自分が何を期待していたのか、自分ですら分からない。 確かにルシオラは魅力的な女性だが、素直に好意を認めてしまうとフィオナに対する愛情が嘘になってしまうようで怖い。 しかし彼女たち二人が納得して望むのなら── などとムシのいい考えも無かったとは言えないのではないか……


 どちらにせよ、これでしばらくは悩まなくて済みそうだったが……


 いつの間にか二人は手を繋いでいた。

小さくて柔らかくて温かい手だ。


「そう言えばシン、見てよわたしの手!」


 突然フィオナが手の平を差し出した。


「畑仕事と水仕事をしなくなったら、二週間でこんなにキレイになっちゃった!」

「そうか…… 二週間前まで毎日畑仕事してたんだもんな」


 ユリウスは、しみじみと少女の手の平を眺めた。 すべすべで滑らかだが、刀を握る所だけマメが出来て固くなっている。 ふと顔を上げると上目遣いのフィオナと目が合った。


 瞳を潤ませ頬がピンク色に上気している。

彼女がいま何を考えているかは、流石のユリウスにも理解出来た。


 ふたりはそっと唇を重ね合わせた。

薄い夜着越しに少女の柔らかい身体が押し付けられる。


「わたしね…… まだシンに言ってないコトがあるって言ったの、覚えてる?」

「あぁ……」


 それは、元を正せばユリウスが言い出した事だったが…… 誰にでも秘密の一つや二つくらいはあるだろう。


「たぶんわたし…… いっぱい赤ちゃん産んじゃうと思うけど…… それでもいい?」

「それが…… 言ってないコトなのか?」


 ユリウスは呆気に取られた。


「だってわたし…… お父さんもお母さんも子沢山の家系なんだもん。 お嫁に行ったふたりのお姉ちゃんも、もう何人か産んでるし」

「お前…… 一体何人兄弟なんだ?」


 フィオナは恥ずかしそうに指を折った。


「わたしの上に、お兄ちゃんが二人、お姉ちゃん三人でしょう…… それから私の下に弟が一人と妹が二人で…… 私を入れて、九人かな?」


 ユリウスは思わず吹き出してしまった。 この少女は今までずっとそんなコトを気にしていたのだろうか?


「いいよ、好きなだけ産んだらいい…… フィオナは沢山欲しいのか?」


 正直まだ子供など実感出来なかったが、彼女の人生を背負うと覚悟したのだから、彼女の願いは出来得る限り叶えるつもりだった。


「うん、わたしも赤ちゃん大好きだし…… シンの赤ちゃんいっぱい産みたい」


 ユリウスはフィオナを抱き寄せてもう一度唇を重ね合わせた。 今度は二人の影が離れるまでに少し時間が必要だった。


「そろそろ寝なくちゃな……」

「そうだね……」


「シン…… 大好き」

「オレも…… 愛してるよ」


 ふたりはもう一度だけ唇を重ねてから、互いの部屋に戻って行った。


 ようやく本編が始動(?)します。 『赤銅色の奴隷姫』と合流しつつ冒険者初クエストの始まりです! 次回ユリウスは、再びあの場所を訪れます。


─────次回予告─────


第56話 ~記録水晶~

 乞う御期待!

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