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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
52/111

52 ~バーン・トラバント〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者試験に合格して一週間。 帝国の不穏な動きが王国に影を落とす中、そんな事は露ほども知らないユリウスたちは、次のクエストに向け冒険の準備を進めていた。 ユリウスが盗賊の師範に合格の報告に行く間、四人の乙女たちは魅惑の女子会を開催し……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 一方ユリウスは、メナスやフィオナたちと別れて一人ギルド本部へと向かっていた。


 時間が昼を大きく回った頃なのもあってか受付ロビーは閑散としていた。 みんなクエストに出発したのか、待ち合わせや情報交換も終えて目的地へと散って行ったのだろう。


 受付で尋ねると、彼の盗賊(シーフ)の師範役、バーン・トラバントは幸い出勤していると言う。 冒険者ギルドの職業師範は、それほど毎日仕事がある訳でもないので、新人研修がある時だけ呼ばれるのが普通なのだ。 受付に連絡を入れてもらい、二階にある研修室の一つに通された。


「よぉ、(あん)ちゃんか。 確か、シン…… だったかな?」


 猫背でくたびれた風貌の中年男が、眠そうな笑顔で出迎えてくれた。


 彼は引退した元冒険者で、実は他のギルド職員にも『はずれ』と陰であだ名を付けられている人物なのだが、実はそうではないとユリウスは知っている。


 彼には盗賊という職業に『仲間の命を預かる重要な仕事』という確固たるプライドを持っているのが感じられた。 そして冒険に夢見がちな若者を一人でも多く死なせないために夢のない話を言い聞かせ、結果として彼らに煙たがられていたであろう事も。


 しかし彼に教わる盗賊として技術(スキル)、身のこなしや歩行術、パーティー内での役割、立ち位置など。 鍵の開け方、罠の種類や発見法、解除法などは、豊富な経験と技術に裏打ちされた確かな物だった。


 ユリウスは、そんな彼に尊敬の念を抱いていたのだ。


「はい、シン・イグレアムです。 その節は大変お世話になりました」


 ユリウスは軽く頭を下げた。


 すると次の瞬間、ユリウスの目と鼻の先にいつの間に抜刀したのか片手剣(ショートソード)の切っ先が突き付けられていた。


「ほら言ったろうが。 挨拶をする時も相手から目を逸らすなって」

「はぁ、すみません……」


 謝ったもののユリウスは釈然としなかった。 もちろんその教えは覚えていたが、まさか師範が敵になるとは考えていないし、失礼にあたるとさえ思ったのだ。


「兄ちゃんが何を考えてるか分かるぜ…… だがな、自分や自分の大切な物を護りたいならそれくらい用心深くなきゃいけないって事なんだよ」


 言いながら男は片手剣を鞘に納める。


「英雄譚にだってあるだろ? 親友に後ろから刺された英雄王とかな…… 俺が言いたいのはそう言うことよ」

「分かりました。 肝に命じます」


 それは彼の言う通りだと思う。 ユリウスは苦笑いを浮かべつつ頭を掻いた。


「聞いたぜ、実技試験合格したんだってな」

「はい、お陰様で。 今回はそのお礼がてらご挨拶に伺いました」

「そりゃあ律儀なこったな…… 最近の若いヤツには珍しい。 おっと兄ちゃんは29歳だったかな? はっはっは」


 ユリウスは再び苦笑いを浮かべた。


「そうだ、戴いたこの短剣(ダガー)── 役に立ちましたよ」

「そうかい、早速役に立ったかい! そりゃあ良かった」

「スライム・ピットに落ちた時、この【腐蝕耐性(レジスト・アシッド)】の短剣(ダガー)がなかったら、どうやってスライムの核を壊せたか分かりません……」

「はっはっはっはっ…… なんだよお前、あの落とし穴に落ちたのかよっ… はっはっはっはっ こりゃあケッサクだ!」


 ユリウスは三度、苦笑いを浮かべた。


─────────


 一方『砂岩の蹄鉄亭』では、女性陣四人に

よる魅惑の女子会が絶賛継続中だった。


「ねぇ、今頃シンさん…… どんな顔して師範に挨拶に行ってるんだろうね」


 シャウアが無邪気に口にした一言を、ユリウスに気があるフィオナは複雑な思いで聞いていた。


 メナスが持ってきたカストリ雑誌を子細に渡り分析し彼の性癖について語り合う乙女たちの会議は、既にちょっとした論文が書けるレベルに到達していた。


 『それ』と【A・Iアーティフィシャル・インテリジェンス】であるメナスの見解とでは若干の相違は否めなかったが、そこは敢えて口を挟まない。 彼女の目的は、あくまでふたりをユリウスとくっ付ける事なのだから……


「ふふふふ…… 知らぬは本人ばかりなりってね」


 少し蜂蜜酒(ミード)が回り始めたルシオラが悪戯な微笑みを浮かべる。 彼女の手元には、もう何回読み直したか分からない修道女モノのカストリ雑誌が開かれていた。


「そう言えば、シンの盗賊の師範ってどんな人? わたし会ったコトないや…… ひょっとして女の人? 美人⁈」


 こちらもすっかり蜂蜜酒が回っているフィオナがルシオラに尋ねる。


「いいえ、男の人よ。 確かバーン・トラバントさん…… 引退した元冒険者の方よ」

「ふ〜〜ん、それならよかった」


「まぁ、ちょっと良くない噂のある人だけどね…… あ、こんなコト言っちゃいけなかったかしら?」

「え〜〜っ そんなコト言われたら余計気になっちゃうじゃな〜い! 教えて教えて〜!」

「ううん、悪人って訳じゃないの。 やる気がないって言うか…… 腕は確からしいんだけど、すぐ若者に説教して煙たがられたり」

「あ〜〜 いるよね〜 歳を取るとやたら説教臭くなる親父…… わたしの村にもいっぱいいたわ〜」


「それで、ギルド職員の間でも陰で『ハズレ』なんて呼ばれててね……」

「それはそれで、なんかヒドイな〜」

「そうよね、私も聞いていて良い気はしなかったわ」


 それならここでも言っちゃあダメでしょう…… と、メナスは心の中でツッコミをいれる。


「そう言えば職業師範で思い出したんだけど──」


 そこでフィオナが唐突に話を変えた。


「もしメナスちゃんが、忍者(ストライダー)を選んでたら、誰が研修してくれてたの? そもそも師範とかいるの?」

「あーそれ、ボクも気になってんだー 秘伝の巻物とかあったりして?」


 シャウアは興味がないのか、それとももう眠いのか、両手にジュースとクッキーを持ってもくもくと口へ運んでいた。


「えぇ、実は忍者だけは特殊なのよ…… 幸い現在は一人だけ、ギルド所属の忍者がいてね…… 彼が最低一ヶ月の研修をして初めて忍者を名乗れるようになるの」

「へぇ〜 そぉだったんだ〜 その忍者ってどんな人なの?」

「それがね…… 彼の正体は誰も知らないのよ」

「えぇ〜〜っ そんなコトってあるの〜⁈」

「確か職業適性検査の時【魔道具(アーティファクト)】で名前とか年齢とか出ちゃってたよねー?」


 実はその検査結果を偽装しているメナスがヌケヌケとのたまう。


「そもそも忍者自体が特殊な存在だからね…… うちのギルドにも歴代で二人、その内の一人が今ギルドに所属しているノーヴァ・シュヴァルツなのよ」

「ノーヴァ・シュヴァルツ…… さん?」

「もちろん偽名と言うか……『忍者名(コードネーム)』なんだけどね」


「かつて東方の島国から流れてきた一人の忍者が、現在のヴェルトラウム大陸全ての忍者の始祖と言われているわ……」


「いま大陸に忍者が何人いるのか分からないけれど、先代のノーヴァ・シュヴァルツ氏が、このギルドの初めての忍者で、現在のノーヴァさんは先代の薫陶(くんとう)を受けた二代目と言うコトになるわね」


「初代はもちろん二代目の時でさえ、適性検査の【魔道具】はなかったですから」

「へぇ〜〜 本当にレアだったんだね〜」

「だからチーフ・オフィサーの人も、あんなにがっかりしてたのかー」


 メナスが興味なさそうに呟くと、フィオナの脳裏に小太りで口ヒゲを蓄えたマルモア・エルフェンバインの姿が浮かんできた。 かつて冒険者になりたくてなれなかった彼は、冒険者に対しまるで少年のような強い憧れを抱いているのだ。


「それじゃあ、どうやってその人に連絡を取るの? まさかギルド本部にクエストの掲示板を見に来たりはしないんでしょう?」

「えぇ、そうね。 研修を含めて彼に仕事を頼みたいときは『特別な連絡法』があるの。 それを受けて、彼が仕事を受けるか受けないか返信をくれるようになっているわ」


 そこでルシオラは一息ついて、手にした蜂蜜酒の杯を一口あおった。 


「もっとも彼に研修を受けたモノの、忍者になれた志願者は、まだ一人もいないんだけどね……」

「へぇ〜〜 忍者ってほんとにすごいんだねぇ〜」


─────────


「ところで今日はどうするんだ? 折角だから何か一つ習得していくか?」


 ひとしきり笑った後、くたびれた中年男にしか見えないその盗賊がユリウスに言った。


「今からですか? そんな簡単に覚えられる物があるんですか?」


「あるぜ。 剣術とかスキルとか、そう言うのじゃなくてな…… なんて言うか、ゲームだな」

「ゲームですか?」


 意外な返事にユリウスは顔をしかめた。 それに気を悪くするでもなく、男は楽しそうに話を続ける。


「そうだなぁ…… もし、(あん)ちゃんが野外で大勢の敵に包囲されたらまず何を考える?」

「それは、戦わない── という前提ですか?」

「それも含めてだけどな。 じゃあもう少し条件を絞ろうか」


 猫背の中年男は椅子に腰掛け、テーブルの上に紙と羽根ペンを出した。 羊皮紙ではなく、庶民の娯楽雑誌などに使われる安いパルプ紙だ。


 そこに男はすらすらと図を描いてゆく。 まずは一筋の二本線、これは道だろうか? その中央に四角い箱のようなモノ。


「まず(あん)ちゃんたちパーティーは── そうだな、要人の警護をしているとしようか。 要人は馬車の中、(あん)ちゃんたちはまた別の馬車かな」


 そう言いながら男はもう一つ四角を書き足した。 どうやらこれは馬車だったらしい。


「そこに追い剥ぎたちの襲撃にあったとする…… 一本道でその両脇は丘になっている。 まず正面を塞がれ馬車が止まり、気がついた時には丘の両側から弓矢が狙ってるって寸法よ」


 バーンは紙の上に、弓矢の賊を道の左右に五つずつ丸印で描き加えていく。


「勝利条件は要人を守る事。 戦うかどうかは問題じゃないな」


 ユリウスも、この手の思考実験は嫌いではなかった。 自分でも気付かない内に、いつの間にか紙の上の作戦に集中していた。


「それじゃあ追い剥ぎの目的は金品ですか? それとも要人の事を知っている?」

「おっ 乗ってきたねぇ…… そうだな、この場合は『要人が目的』の方が難易度が高くて面白ぇな」

「その場合も…… 目的が要人の命か、要人の生け捕りかで対応が変わってきますね」

「分かってんじゃねぇか! (あん)ちゃん、意外に賢いねぇ…… 確か(あん)ちゃんの『知力』は『8』じゃなかったか?」


 ユリウスは意表を突かれた。 そうか、この男は適性検査の結果を当然知っているのだ! そこまで考えずに思い付くまま喋ってしまった。


「まぁ、いいや。 そうだなぁ…… この場合どっちが面白いかなぁ……」

「ちょっと待って下さい、結局これって答えがあるんですか? ゲームにしろ作戦会議にしろ、不確定要素があまりにも多すぎる!」


 その時、男の眠そうな目が一瞬鋭く光った気がした。


「そうだ。 だが現実ってのは、元々そう言うモンだろ?」

「──それは、そうですが……」


「つまり、俺が言いたいのはな…… 日頃から常にあらゆる事態を想像しておけって事だ」

「……!」


 ようやく合点がいったようにユリウスが頷く。


「なるほど…… それが今回の本当の教えなんですね」

「そう言うこった。 ほんとはもう少し、意地悪く色々やりたかったんだけどな。 もう陽が傾いてきちまいやがった」


 研修室の窓から空を見ると、もう陽が西に傾いて空を茜色に染め上げていた。


「じゃあこれは、今度会う時までの宿題だな。 何が最善策か、自分のため、要人のため、そして仲間たちのため…… 次までによぉ〜く考えときな」


 そう言ってユリウスにパルプ紙を渡すと、猫背の中年男は部屋を出て行った。


──────────


 結局ユリウスが定宿の『砂岩の蹄鉄亭』に戻ったのは夕食の頃だった。

 まだ女子会を続けていた女性たちに声をかけて食堂に向かう事になった。


 ユリウスはフィオナの報告とやらが結局どうなったの気になったが、当然自分からは聞くことは出来ない。 メナスに今すぐ【念話(テレパシー)】で聞くのもちょっと気まずい。


 フィオナとルシオラは既に何杯か蜂蜜酒を飲んでいたらしく、頬がほんのりと朱に染まり瞳が潤んでいた。


 少しだけ女性たち全員の自分を見る視線が()だったような気もするが…… その真の理由を彼が知る事はついになかった。


 女子会の後半戦も終わり、ようやく次回から本編…… というか、新しいクエストの始まりです! 盛り上がるといいなぁ……


─────次回予告─────


第53話 ~初クエストの依頼〜

 乞う御期待!

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