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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
49/111

49 ~黒装束の追撃者たち〜

──────前回までのあらすじ─────


 再び『帝国の皇女』のパートです。 やがて王国側と言うか、ユリウスたちのストーリーと合流いたしますので、もうしばらくお待ち下さい。


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 ヴェルトラウム大陸の中央を南北に走り、人の勢力圏を事実上東西に分断しているザントシュタイン山脈。 その南端がクラールハイトの森の中に消える辺り── 森林の只中を切り開いて作られた街道を、二台の馬車が疾走していた。


 先頭を行くのは四頭立ての大きな馬車で、目立たないように擬装しているがよく見るとかなり立派な馬車のようだ。 そのすぐ後ろを、さらにひとまわり大きな馬車が追う。

 こちらはどうやら軍用の馬車のようだった。


「姫さま…… どういたしましょう?」


 完全に怯えきった年若い侍女が青ざめた顔で主人(あるじ)の顔を伺う。 とはいえそう言う彼女も、主人にこの事態をどうにか出来るなどとは思っていない。


 アウレウス帝国の第17皇女、ラウラ・フロイデ・アルゲンテウスは、帝都を出てから先ず帝国領の最西端にあるアドゥストゥス辺境伯の居城を訪れた。 そこで旅の支度を整えてさらに南西の国境を目指す。 国境付近にはツェントルム王国の砦が関所のように建っていた。


 本来は近くにアウレウス帝国側の砦も建造されて然るべき所だが、アドゥストゥス辺境伯の居城自体がつい数年前までツェントルム王国の城だった場所だ。 形式上はあくまで友好的に割譲された領地である手前、急いで砦を建設する事は(はばか)られたのであろう。 もとより城自体が堅牢な砦なのだ。


 そこで帝国から護衛についていた兵の半分は別れて、新たに報せを受けて迎えに来ていた王国側の護衛と合流した。


 先頭を王国の護衛の馬車、続いてラウラと侍従、次女たちの乗る馬車…… 最後に帝国から護衛についてきた兵たちの馬車の三両で王国領内に出発した。


 現在ラウラの乗るこの馬車には、彼女の他に初老の侍従の男と二人の侍女…… それに王国側の副兵士長が乗り込んでいた。


 始めはただ穏やかな馬車の旅が続いた。

王国の護衛の兵たちは、張り詰めた緊張感を漂わせていたが、それはラウラに向けた敵意ではなかった。 ラウラは馬車の窓から流れる景色に心癒され、久しぶりに眺める大海のどこまでも続く青い水平線に心躍らせた。


 ザントシュタイン山脈の東側から南端に向かい、クラールハイトの森に差し掛かった所で異変が起きた。


 先ず森の中で殿(しんがり)を護っている筈の帝国兵の馬車が見えなくなった。 狭く曲がりくねった森の道を走りながら、先頭の王国兵の馬車にそれを伝える手立てはない。 その代わりに、後方から馬に乗った黒装束の集団が追撃して来たのだ。 敵か味方かを悩む必要はなかった。 その集団から炸薬を仕込んだ矢が(つぶて)のように射かけられてきたのだ。


 馬車の周辺で炸薬による小さな爆発が次々と起こった。 これは破壊のための攻撃ではない。 馬車を止めるための示威行動だとラウラは理解した。 爆音で異変に気付いた先頭の王国兵が馬車の後ろの扉を開いて顔を覗かす。 その時ラウラたちの馬車の御者が、声の限りに叫び声を上げた。


「敵襲〜〜っ‼︎ 後方から敵襲〜〜っ‼︎」


 その声を合図にしたかのように頭上の木々から雨のように矢が射かけられた。 たまらず前方の馬車の王国兵も扉を閉める。


 どうやら敵は、木々の間を猿のように飛び回りながら矢を射かけているようだ。


──────────


 森を抜けた直後、王国の馬車が脇に反れて停車する。 後方の扉が再び開き先ほどの兵が声を張り上げた。


「先をお急ぎ下さいっ! ここは我々が食い止めます!」


 それは確か先ほど砦で紹介された、王国の兵士長の男だった筈だ。


「それではあなた方がっ──」


 思わずラウラは、窓から顔を出して叫んでいた。 しかし御者は止まる事なく馬を急がせ王国の馬車を追い越して行く。 それを見届けると停車していた馬車から王国の兵士たちが飛び出すのが見えた。


「大丈夫ですっ ここは我々、王国の兵に任せて下さい!」


 姫の向かいに座る、王国の副兵士長の男が自分に言い聞かせるように押し殺した声で言う。


(ああ…… 恐れていた事がついに起こってしまった)


 ラウラは決して愚かな娘ではなかった。

自分が王国領内へ向かうことで何か起こるか充分に理解していた。 その上で彼女は、悲壮な決意をもってこの旅を決行したのだった。


 使者や手紙では駄目なのだ──


 己の命の危険と、開戦の危機を孕みながらも、どうしても直接王国に伝えなければならない事が…… 帝国の恐ろしい計画があるのだ‼︎


 はるか後方で兵士たちと襲撃者の戦闘が始まった。 金属がぶつかり合う音や炸裂音、気合いの咆哮とも断末魔の悲鳴ともつかない叫びが飛び交う中、ラウラは振り返らずに正面を見据えた。 その瞳は決意と哀しみに燃えていた。


 それからどれくらい馬車を走らせたろうか…… 後方の窓からずっと後ろの様子を伺っていた侍女が驚愕の声を上げた。


「ひっ…… 姫さま、あれをっ!」


 ラウラと副兵士長が窓を覗くと、黒装束の者たちが三人…… 恐ろしい速度で疾走してくる所だった。


「なんなのあれは…… 馬よりも速く走れるなんて」


 侍女の一人が怯えた声を引攣(ひきつ)らせる。


「あれが噂に聞く忍者(ストライダー)なのでしょうか?」


 侍従の老人が誰にともなく呟く。


「いや、おそらく違うでしょう。 忍者は広い王国にさえ現在一人しかいません…… あんなに大勢出てくる訳は」


 王国の副兵士長、ヴェルデが答えた。 しかし目の前の追撃者たちが脅威である事に変わりなかった。 謎の追跡者たちは馬車との距離をどんどん詰めて、あと数メートルの所まで迫っていた。


 そこで彼らは一斉に懐から何かを取り出すと、それを頭上で回し始めた。 どうやら先端に金属製のフックを付けたロープのようだった。 これを車輪にでも絡ませて馬車を止めるつもりなのかも知れない。


「あぁ、あぁ…… 姫さま…… もうあんな所に」


 若い方の侍女は完全に冷静さを失っていた。 その時さらに追い討ちをかけるかのように御者が何かを叫んだ。


「どうしたっ……⁈」


 王国の副兵士長が御者席の小窓に駆け寄った。


「そっ、それが…… 正面にも黒尽くめの人影がっ」

「何だとっ⁈」


 副兵士長が小窓から目を凝らすと、街道の正面、100mもない距離に確かに黒装束の人物が一人、腕を組んで直立不動で立っている。


(あれは…… まさか……)

「どうしましょう? このままでは……」


 後方では今この瞬間にも追撃者たちのロープが放たれるかも知れないのだ。


「いや、大丈夫だ! そのまま行け!」

「しかし──」


 その時、目の前の黒衣の影がふわりと宙に舞ったかと思うと、そのまま馬車の天井に音もなく着地した。 と同時に両腕を交差してから翼を開くかのように一気に広げると、全ての追撃者たちが一斉に倒れた。


 馬車の中からは伺い知る(すべ)もなかったが、彼らは棒状の手裏剣という武器で一瞬にして絶命していた。 彼らとて革や板金製の防具を身に付けていない訳はない。 しかしその手裏剣は、追撃者たちの鎧の隙間を縫うように、ことごとく首筋や脇腹などの急所に突き刺さっていたのだ。


 馬車の屋根が二回ノックされる。 その後に無機質な低い声が続いた。

「もう心配いらん。 このまま行け」


 すると男は音もなく屋根から飛び降りると馬車の後方に背を向けて降り立った。 その男は少しだけ首を向けて馬車の安全を確認すると、先ほどの王国兵の馬車が止まっていた戦場の方角へと流星のように駆け出して行った。


「あれは、味方…… なのですか?」


 誰に問うでもなく、独り言のようにラウラが呟いた。


「そうです! あれが我が王国の誇る伝説の忍者── ノーヴァ・シュヴァルツです!」


 副兵士長が誇らしげに声を上げた。 何故だかラウラも、全身から張り詰めた緊張が解けてゆくのを感じていた。


 その後数時間、皇女たちの馬車が王都ミッテ・ツェントルムに辿り着くまでの道程、敵に遭遇する事は一度としてなかった。


 次回は再び(?)主人公たちのパートに戻ります。 もう少しだけ日常回が続きますが、今しばらく辛抱して目を通して頂ければ幸いです。

 それではよろしくお願いたします。


─────次回予告─────


第50話 ~赤備え板金甲冑〜

 乞う御期待!

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