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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
48/112

48 ~クラプロス男爵邸にて〜

──────前回までのあらすじ─────


 前話に引き続き、前章からの引き継ぎ回、主人公編です。 あらすじに関しては、ストーリーが軌道に乗るまで、もうしばらくお待ち下さい。


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 フィオナが冒険者ギルドの職業訓練に通い、ルシオラとシャウアが王都での新生活の準備を進めている間、ユリウスとメナスは以前王都にいた時世話になった人たちに挨拶に行く事になっていた。


 もちろん表向きには── という話である。


 実際に王都には知人や世話になった人が大勢いるが、ユリウスとして会うつもりのある人物は一人としていない。


 ユリウスとメナスは王都の東側にある湖のほとりの路地を歩いていた。 中央の王城を境に北側に貴族の屋敷や別荘が並び、南側には大商人や成功した冒険者などが屋敷を構えていた。


 ふたりは今、その北側の貴族の屋敷や別荘地が建ち並ぶ山の手のエリアを散策していた。


「確かこの辺だったよなぁ……」

「確かって…… 自分の家じゃないですかマスター」

「そうだけど…… お前も知ってるだろ? オレは研究ばっかでほとんど家には戻ってないんだ」


 そうなのである。 ユリウスが国王に一代爵位としてハインリヒ・クラプロスの姓と男爵位を拝命した時に、同時に下賜されたのがそのクラプロス男爵邸だった。


 この湖のほとり(レイクサイド)の一等地では決して大きいとは言えない屋敷だったが、それでもユリウスが独りで住むには大き過ぎる豪邸だった。


 なので当時は、国王陛下が自ら執事夫婦とメイドと使用人をそれぞれ数人、住み込みで雇い入れてくれていた。


「それ【転移門(ゲート)】とかで行ったらマズいんです? 行ったコトある場所なら繋がるでしょう?」

「そうだけど…… 今もあるか分からんし、そもそも別の家族が住んでる可能性だって低くはないだろ?」

「それもそうですね」


「何だってそんなトコに行かなきゃならないんですか? 聞いたところ、あまり思い入れも無さそうですし」

「ちょっと置いてきた物があってな…… 大した物じゃないんだが、もしまだあるなら回収しておきたいんだ」

「へぇー」


 たいして興味もなさそうにメナスが相槌(あいづち)を打つ。


 ふたりが他愛のない事を喋りながら歩いていると、ユリウスにも見覚えのある路地に差し掛かった。


「おっ、この辺じゃないかな? あの赤い屋根には見覚えがあるぞ」

「そうですね、たぶんすぐそこですよ」


 というか実は【A・Iアーティフィシャル・インテリジェンス】であるメナスは、当然ユリウスの屋敷の場所を覚えていた。 急ぎでもなさそうだし、このまま何となくマスターとの散歩を楽しんでいたかったのだ。


「……あれか」

「あれ、ですね」


 ちょうど湖が小さく入江のように切れ込んだ土地に、この辺りでは珍しい白い屋根の邸宅が立っていた。 庭の中に湖の一部が引き込まれている、と言えば風情があるが…… 結局土地としては不便で人気がなかったというのが実情だろう。


 屋根はもちろん壁も扉も塀までもが純白で、経年で汚れている気配はない。 庭を覗き込むと雑草のひとつもなく最近も人の手が入っているようだった。


 どうやら誰かが住んでいるのは間違いないだろう。


「……さて、どうしたものか」


 ユリウスが立派な鉄門の前で思案しかけたところだった。 敷地の中にいた庭師の老人と目が合った。 驚いて顔を上げる老人。 不審者だと思われても面倒なので声をかけようとすると、老人は慌てて玄関へと走り去った。


「これ、まずくないですかー もう逃げちゃいます?」

「うーん…… 出来ることならここの荷物がどうなったか確認したかったけどなぁ」


 だが次の瞬間正面の大扉が再び開き、燕尾服を着た初老の男性とメイド服を着た女性ふたりが飛び出したきた。 面食らうユリウスの姿を認めるや否や、初老の男性は跪いて(こうべ)を垂れた。


「お帰りを信じてお待ちしておりました…… ユリウス様っ!」


「オ…… 私が…… 分かるのか⁈」


 初老の男性は顔を上げると既にその頬には涙が溢れ出していた。


「もちろんです! ロビーの正面のユリウス様の肖像画も私が毎日埃を払っておりますから」

「そしてそちらは…… メナスさんでしたかしら?」


 メイド服を着た品のいい初老の女性が微笑んだ。 確かにここには何度かメナスを連れてきた事がある。 クラプロス邸に訪れた数少ない客の一人なら、覚えていても不思議はないだろう。 7年振りに訪れたにしては年齢が幼な過ぎる気もしないでもないが、まさかゴーレムとは思わないだろうし、小さな違和感なのかも知れない。

 

 そう言えばこの初老の執事夫婦には何となく見覚えがあった。 胸の中に何とも言えない温かい想いと、申し訳ない感情が同時に溢れかえってきて彼は混乱した。


(あの庭師の老人でさえ、伸ばし放題だった髪と髭も剃り、7年の月日が経ったオレを一目で気付いたと言うのに…… オレという奴は)


 ユリウスとメナスは屋敷の中に迎え入れられ応接間に通された。 彼はまず、屋敷にいる者を全員呼ぶように頼んだ。


 しかし現在屋敷で働いているのは、初老の執事夫婦と若いメイドの娘、庭師の老人の四人だけだという。


 初老の執事の名は、アルブス・エブル 。

60代半ばの口髭を蓄えた銀髪の男性だ。

メイド頭は彼の妻で、フラウムといった。

庭師の老人はルーフスといって、ユリウスは覚えていなかったが彼もまた当時からこの屋敷で働いていたらしい。


 最後の若いメイドだけは、ユリウスが失踪してから一人だけ残ってずっと勤めていたメイドが結婚退職し、代わりに新しく雇った娘だと言う。


「お目にかかれて光栄です、ユリウス様! カエルラ・パレンスと申します」


 少女は深々と頭を下げた。

栗色の髪と黒い瞳、そばかすが印象的な小柄な少女だ。


「ありがとう、カエルラ。 私も君に会えて嬉しいよ」


 少女は俯いたまま頬を赤らめた。


 彼らを前にユリウスは言わねばならない事があった。


「すまないが、まず最初に断っておきたい…… 私が帰ってきたコトは、まだ誰にも言わないで欲しい」


 初老の執事を始め四人は戸惑った顔をしていた。


「そ、それは…… どういう?」

「実は私は…… 7年前のある事件がきっかけで姿を隠さなければならなかった」


 ユリウスは言葉を選んで説明を始めた。


「しかし…… その事件の事も、私たちがどうして姿を隠さなければならなかったのも、国家の安全に関わる事で話すことは出来ない」


 決して嘘とは言えないが、王国の平和を建前に追及を断念させるのは卑怯に思えて心苦しい。


「そして今日ここに私が現れた事も、今は誰にも話さないで欲しいのだ」

「そ、それは…… 国王陛下にも、という事でしょうか?」


「そうだ、陛下にはいずれ私から挨拶に伺うつもりだ」

「そう…… ですか……」

「本当にすまない」


 執事たちの表情にも明らな当惑と落胆の色が見て取れた。


「しかし、私は正直驚いているよ。 あれから7年間、ずっと私の帰りを待っていてくれたとは…… ここの維持費は陛下が?」

「もちろんです! あれからずっと陛下が私どもの給金も屋敷の維持費も賄って下さっております」


 ユリウスの脳裏に何度か謁見した事のある国王の面影が浮かんだ。 親しく話した事はないが、何度かお声をかけていただいた事がある。 最初にお会いしたのは、ユリウスが王都に来たばかりの…… 確か8歳頃の事だった。


「お前には期待しているよ」


 会う度に国王はそう声をかけてくれた。 ユリウスは今更ながらにその言葉の重みを実感していた。


(これは…… 本当に陛下にはご挨拶しなければならないかも知れないな。 許して貰えるかは分からないが…… ここの人たちの為にも)


 ユリウスとメナスはふたりで屋敷の中を歩いて回った。 メイドのカエルラだけが、そっと後から影のように付き従う。 流石に二人だけにしてくれとは言い辛かった。 ふたりには、それ程思い出のある場所ではなかったが…… それがまたユリウスには申し訳なく思えた。


 ユリウスたちは三階にある彼の書斎に入った。 全く埃臭くなく綺麗に掃除されているにもかかわらず、驚く事に室内は当時のままだった。 例えば机の上の置きっ放しの羽根ペン、開きかけの本まで当時のそのままなのだ。


 ふと興味を引いてその本を手に取り、中を覗く。 どうやら錬金術に関する、三賢人のひとりミュラーの著書のひとつらしい。 ユリウスは本を閉じて机の上に戻した。


「あっ……」


 メイドの少女が小さく声を漏らした。 ユリウスが視線を向けると恥ずかしそうに顔を伏せる。 どうやら机を綺麗に掃除した後、細心の注意を払っていかに元の状態に戻すかが、彼女が先代(・・)から受け継いだ重要な任務だったらしい。


 こんなところにも自分の身勝手が生んだ弊害を感じ取り、ユリウスは罪悪感を覚えた。


 もっとも彼女たちにとっては、それは主人に対する尊敬の念であり悦びでもあったのだが。


(その先代のメイドにも、いつかお礼をしなければならないな……)


 ユリウスは机の引き出しをひとつ開くと、奥の方から小さな箱を取り出した。


「それが探し物ですか?」


 メナスが興味深そうに覗き込む。 後ろに控えているメイドのカエルラも、その表情に少女らしい好奇心が隠せていなかった。


「あぁ、母の形見なんだ」


 そう言ってユリウスは箱を開いてふたりに見せてやった。


「あぁー……」

「まぁ……」


 ふたりは少しだけ腰を折ってそれを覗き込んだ。



 陽が傾いて夕食の時間か近付いて来た。

屋敷内を散策している時から準備を始めているのは気付いていたので、帰るとは言い辛くなってしまった。 食堂の長いテーブルに、ユリウスとメナスの食事が用意されていた。 しかしユリウスは、全員分用意させて「みんなで食べよう」と宣言した。


 驚いたのは執事のアルブスだった。

メインの魚料理は六等分にして貰い、足りない分は新たに少し鶏肉を用意してもらった。 何とこれには、自分から言い出してメナスも手伝った。 彼女の得意料理、チキンの猟師風(カチャトーラ)だ。


 6人は家族のように食卓を囲んだ。


「ところで、アルブス…… 君は胃が悪いのかな?」

「は、はぁ…… 確かに最近、時々痛む事がありますが…… 何故それが」

「フラウム、貴女は膝が少し痛むね?」

「はい、この歳ですので、それは仕方がありません……」


 これは、彼女が歩いているのを見てすぐに分かった。


「ルーフス、君は腰痛が酷いようだ」


老人は大きく何度も頷いた。


 ユリウスは席を立つと、まずフラウムの横に跪いた。 驚いたメイド頭が立ち上がろうとするのを手で制する。


「動かないで…… いま治してあげるから」


 そう言うとユリウスは【高位治癒(ハイ・ヒール)】の呪文を唱えた。 白く暖かい光がフラウムの膝を包む。


「さぁ、立ってみて」


 促されるままメイド頭は恐る恐る立ち上がってみる。


「痛く…… ありません……」


 メイド頭は何歩か歩いてみて、そこで小さく跳び上がって見せた。


「痛くない…… 全然痛くない‼︎」


 その表情は、まるで少女のように無邪気な笑顔だった。


 ユリウスが順番にみんなに治療を施してやった。 老いた庭師はユリウスの足にすがりついて涙を流した。


「すまない…… 私が留守にしていなければ、こんな事いつでもしてやれたのに」

「とんでもない! そのお心遣いだけで充分です!」


 次にユリウスは、その様子を驚いて見守っていたカエルラの方を向いて言った。


「君はどこも悪くなさそうだね。 何か望みはないかい?」


 少女は慌てた様子で首を横に振った。


「遠慮することはないんだよ。 私の感謝とお詫びの印なんだから」

「そんな…… お詫びなんて滅相もないです」

「何度も断るのは、逆に失礼になるよ」


 アルブスが少女に頷いて見せた。


「あの…… お母さ…… 母が…… 肺の病で臥せっておりまして…… 王都の下町の方に住んでるんですが……」

「分かった、少し待っておいで」


 そう言うとユリウスは【亜空間収納(アンテラウム)】の呪文で何もない空間に開いた黒い窓から、澄んだ水色の液体の充たされた小瓶を取り出した。


「これを飲ませてあげなさい。 多分良くなると思うから」


 それは【高位治癒】の魔力が込められた『ポーション』だった。


 それを受け取る少女の両手は、ぶるぶると震えていた。 小さな瓶を大事そうに胸に抱き感謝の涙を流していた。


「念のため、この屋敷にも何本か置いておこう」


 そう言うとユリウスは、同じ瓶を1ダース程取り出して机に並べた。 アルブスは深々と頭を下げて感謝の意を表した。


 そろそろ別れの時間が近付いて来た。


「また帰って来て頂けますか?」


アルブスが不安そうに尋ねてくる。


「もちろん、また戻るよ」


「その時は、屋敷の中に直接これ(・・)を開くから驚かないで欲しい」


 そう言ってユリウスは、玄関前のホールに【転移門】を開いた。


 室内の中ほどの何もない空間に闇のように黒い円形の窓がぽっかりと開いた。 執事夫婦と若いメイドは、固い表情でただ頷くことしか出来なかった。 ユリウスは片手を上げて別れを告げると、メナスを伴い黒い空間に吸い込まれて行った。


 ふたりが去ったあと、屋敷の中で執事たちはしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


 少女の胸にしっかりと抱きしめられた小瓶が、これが全て夢ではなかったと言う証だった。


 次回は再び『赤銅色の奴隷姫』のパートになります。 まだ彼女のキャラクターや新章のストーリー展開が掴めていない感も無きにしも…… ですが、今しばらく辛抱して目を通して頂ければ幸いです。

 それではよろしくお願いたします。


─────次回予告─────


第49話 ~黒装束の追撃者たち〜

 乞う御期待!

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