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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
45/111

45 ~二人の辺境伯〜

──────前回までのあらすじ─────


 すみません、まだあらすじ書くほど話が展開しておりません…… それはそれとして実は今回、二人の辺境伯が登場します。 しかも二人とも太ってます。 大変ややこしくてすみません…… 王国側の辺境伯が味方で、帝国側の辺境伯が敵だと思って頂ければまぁ間違いはないです、ハイ……(汗)


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 そこは豪華な装飾が施された領主の執務室だった。

 おそらくは部屋の主人であろう、(きら)びやかな衣装に身を包んだ太った中年男性が座る豪奢(ごうしゃ)な椅子。 その(かたわら)にはローブ姿の初老の男性が控えている。


 その正面に大きな机から更に5mほど離れその男は立っていた。


 男の名は、ウィリディス・プルプレウス。

5年前までこの城の城主だった男だ。 一見小太りで人の良さそうな無害な中年男性に見える。


 正面の男はこの城の現在の城主、アクィルス・アドゥストゥス。

 アウレウス帝国の最西端を治めるアドゥストゥス辺境伯だ。 この領地も現在は、アウレウス帝国領アドゥストと呼ばれていた。   


 芋虫のような太く短い指を組み合わせ、テーブルに肘をついて顎を乗せている。 横に控えているのは文官のギルウゥス・フルウゥスという男で、確か錬金術士だと聞いたことがある、とプルプレウスは思い出した。 どこか身体が悪いのか、骸骨のような骨と皮ばかりの不健康そうな風貌だ。


 ヴェルトラウム大陸の中央を南北に走り、人の勢力圏を事実上東西に分断しているザントシュタイン山脈。 その西側には広大で歴史も古いツェントルム王国が広がっている。


 しかし東側は近年アウレウス帝国が近隣の小国な侵攻、併合を繰り返し急速にその領地を広げていた。 


 帝国の南西の端、アドゥストゥス辺境伯が治めるアドゥストゥス領も、5年ほど前にはツェントルム王国領だった土地である。


 当時王国は三賢人失踪という非常事態に直面して混乱が生じていた時期であった。 その隙を突くようにして更に勢力を拡大した帝国は、いよいよザントシュタイン山脈南端をも領地に含む、プルプレウス領へと迫っていた。


 そこで争いを好まない王国の領主プルプレウス伯爵が自ら防波堤となるべく、国王に自らの領地の約半分を帝国に割譲するよう進言したのであった。


 何故ならプルプレウス領は、ザントシュタイン山脈東部に唯一張り出しているツェントルム王国領だったからである。


 東西にくっきり分けられた大陸の東半分に唯一はみ出した王国領…… その半分ずつを帝国と王国で分け合えば、国境近辺で続いていた小競り合いも収まる。 まさか帝国も大陸最大のツェントルム王国を── ザントシュタイン山脈に護られた鉄壁の防御を誇る王都ミッテ・ツェントルムを相手に全面戦争を目論んでいるなどとは夢にも思っていなかったのだ。


 もちろん貴族たちの中には反対意見も多数あったと聞く。 しかしいざ戦争が始まれば進軍する敵の唯一の通り道になるのがプルプレウス領だ。 ウィリディス・プルプレウス辺境伯の覚悟を思えば、誰もそれ以上反対は出来なかった。


 それが約5年前の出来事である。


 この日、ウィリディスはアドゥストゥス辺境伯の呼び出しに応じ、かつての居城に赴いていたのだ。


 本来は同格、むしろ国の歴史や規模を考えればウィリディスの方が格上と言ってもいいだろう。 しかしアドゥストゥス辺境伯は、急ぎ内密にお伝えしたい事があると言って彼を呼び出した。 そんな彼に椅子すら用意していないのは、明らかな悪意があると言わざるを得ない。


「それで、間違いないのですね? 【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】で【漆黒の暴竜ルイン】の動きが観測されたと言うのは……」


 これは傍の文官に向けられた言葉らしい。


「はい、かの洞窟にて異常な魔素(マナ)の集中が観測された後、確かに【ルイン】と思わしき反応が現れて、直後に消失しました」

「消失というのは?」

「分かりません。 再び眠りに着いたのか…… 何処かへ立ち去ったのか」


 ウィリディスは俯いたまま黙ってふたりの会話を聞いていた。


「かの竜が住まうは伝説の【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】に他なりません。 つまり伝承は真実であったと言う事ですか」

「さようで」


 それは驚くべき内容だった。 御伽噺に登場するような伝説の竜が目覚めた⁈

 自分の領地だった【死の谷の洞窟】で⁈

しかも【ドワーフの大洞窟】だって⁈


【ドワーフの大洞窟】と言えば、古代のドワーフたちが作ったとされるヴェルトラウム大陸を東西に横断する巨大迷宮遺跡群である。 と言っても、その存在は伝承に残されるのみで『ここが確実にそうだ』と断定される遺跡は未だかつて発見された例はない。


 それが【死の谷の洞窟】にある……⁈


 ウィリディスには、竜よりもそちらの方が衝撃的であった。 何故ならば───


「どちらにせよ、このまま看過する事は出来ませんね。 調査隊…… いや、そのまま戦闘になる可能性もあるでしょう。 それなりの数の兵を送る必要がありますね」

「仰せの通りです」


「という事です、プルプレウス卿。 かの洞窟とその周辺に近々調査の兵を送る事になると思いますが、決して王国領に侵攻する意図などないので誤解なきよう」


 いきなり声をかけられてウィリディスは言葉に詰まった。


 これは最初から自分に聞かせるための報告か…… 帝国の辺境伯は知っている内容をわざわざもう一度報告させたのだ。 だとしたら目的は何だ? 未探索の古代遺跡。 それも【ドワーフの大洞窟】ともなれば、一体どれほどの財宝や【魔法遺物(アーティファクト)】が眠っているか分からない。 それと知らず長年お宝の上に座っていた自分を無能だと(わら)うために呼んだのか? もしそうだとしたら、とんだ茶番だったという訳だ。


「了解しました」


 ウィリディスは顔を上げて言葉を絞り出した。


「それでは急ぎ王都に報告せねばなりませんので私はこれで」


 そう言って彼が立ち去ろうとした時、アドゥストゥス辺境伯が片手を上げて制した。


「ちょうど良い── 実はもう一つ、王都に届けて欲しい親書がありまして」

「それは……?」


 部屋の隅に控えていた従者が前に出て、ウィリディスに(うやうや)しく羊皮紙の筒を差し出した。


 それは、皇帝の紋章で封蝋(ふうろう)が施されていた。


「実は近いうちに、さる貴人(・・・・)が王都に出向くことになっておりまして……」


 ウィリディスは手元の親書に落としていた視線をはっと上げた。


「こんな時期です…… もし貴国の領内でその方に何かあれば一大事となる。 くれぐれも気を付けて頂きたいと、皇帝陛下に代わり私からもお願い申し上げます」


 ウィリディスは羊皮紙の筒を両手で持ち深々と頭を下げた。


「必ずやお伝えさせて頂きます」


その額には珠の汗が浮かんでいた。


(何という事だ…… 帝国は…… これを機に王国領に侵攻を開始するつもりなのだ‼︎)


 ウィリディスはかつて自分の城だった場所の廊下を歩きながら、これから訪れる嵐の予感に(おのの)いていた。


──────────


「行きましたか……」

「行きましたな」


 ウィリディスが去った執務室には、アドゥストゥス辺境伯と文官のギルウゥスが残っていた。 アドゥストゥスは改めて執務室内をきょろきょろと見回した。 既に警護の兵や従者たちも退がらせている。


「如何なされました?」

「いや、何となく視線を感じるような気がしてな……」

「気のせいでしょう。 この部屋には盗聴・透視を防ぐ【魔法障壁】が張り巡らしてあります」

「……そうだったな」


 本来は小心者なのだろう…… 太った中年の辺境伯はハンカチを取り出すと額に滲む汗を拭い取った。


「それで…… 間違いないのですね? かの竜が何者かに倒されたと言うのは?」

「はい、状況から見て間違いないかと思います」

「そうですか…… いよいよですね」

「いよいよです」


「それにしても、何者があれを倒したと言うのでしょう?」

「それはまだ不明ですが…… 魔素の動きから見て【転移門(ゲート)】の呪文で訪れて、また去って行ったと思われます」

「【転移門】の呪文を使える者は大陸に五人もいないと聞きます。 見当はつかないのですか?」

「まだ何とも…… それにそう言われていたのは10年も前の話です。 おそらく現在はもう少し使い手が増えていてもおかしくはありません」


 辺境伯は、目を閉じたまま話に耳を傾けている。


「何にせよ、その者の正体も目的も分からない以上、心配しても仕方ありません。 今回の件(・・・・)に関しては」

「そうですね。 遺跡の財宝にも手を付けずに立ち去るとは全く解せませんが…… こちらとしてもその方が好都合です」


 そこで辺境伯は、もう一度執務室の中を見回した。 使用人はおろか、猫の子一匹いない。


「【漆黒の暴竜ルイン】の護っていた財宝となれば、どれほどの価値か見当も付かん…… これで私の帝国内の地位も跳ね上がるでしょう」

「仰せの通りです」

「もしかしたら、私が次期皇帝…… なんて事もあるかも知れませんねぇ…… ぐふっ ぐふっ ぐふふっ」


 今まで言葉を選んでいたのが、つい本音を漏らしてしまった。 いくら着飾っていても、この下品な笑い声が彼の本性なのだろう。


「それで、あちら(・・・)の方はどうなっておりますか?」

「『奴隷姫』……ですな?」

「………」


「お任せを。 彼女には予定通り、王国領内でご不幸に合われて頂きます」

「まさか皇帝陛下が、あの娘を捨て駒にするとは思いませんでしたねぇ……」

「まったくです」


 アドゥストゥス伯爵家は、代々奴隷商で財を成した家系だ。 この地位すらも金にあかせて数代前に手に入れた物だと噂されていて、事実その通りなのだ。


 アクィルスも何度か赤銅色の王妃とその娘の皇女を目にした事がある。 その時以来ルベール族の女性たちの、この世のものとも思われぬ程の美しさに、ずっと胸に(くら)い欲望の炎が(くすぶ)り続けていたのだった。

 まさかあの娘をこの手に出来るかも知れないチャンスが訪れるとは…… 彼は興奮を抑えきれず、芋虫のような指を震わせながら水の注がれたグラスに手を伸ばした。


「それで…… 例の手配は?」

「はい、皇女殿下と同じ年頃のルベール人の奴隷を既に用意してあります」


 ローブ姿の初老の男は黄色い歯を見せて不気味に笑った。


「可能なら、暗殺される前に皇女殿下と入れ替わって頂きましょう」


──────────


 その日のうちに王国の国境砦から王都ミッテ・ツェントルムへ向けて、二通の親書が早馬で送り出された。 一通は皇帝直々の物。 もう一通はウィリディス・プルプレウス辺境伯の(したた)めた【死の谷の洞窟】への帝国の調査に関する報告の。


 しかし── 何故かその内の一通は、決して王都まで届けられる事は無かった。


 本編に合流したのも束の間、また帝国編ですね。 お話が軌道に乗るまで今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

 それではよろしくお願いたします。


─────次回予告─────


第46話 ~ルシオラとシャウア〜

 乞う御期待!

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