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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
43/111

43 ~白いティータイム〜

──────前回までのあらすじ─────


 すみません、まだあらすじ書くほど話が展開しておりません…… (第一章のあらすじを丸ごと書くのはアレだし……)

いましばらくお待ちください。


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 少女の楽しげな鼻歌(ハミング)が聞こえる。


 ユリウスは広大な白い図書館にいた。

と言っても現実に存在している場所ではない。 【賢者の石】の中の、言わば仮想空間の世界にある例の図書館だ。


 ここには、この世の全ての知識が書籍の形態をとって並んでいる。 おそらくこの空間の広さは現実の地球よりも広い筈だった。


 中央の広い通路の一角に小さな白い丸テーブルと椅子が一脚。 ユリウスはそこに腰掛け本を読んでいた。 テーブルの上には、これまた白いお皿に白いティーカップが載っていて、白い湯気が立ち昇っている。


 テーブルのすぐ側に書棚用の階段梯子があって、少女はそこにちょこんと腰掛けて彼と同じように本を読んでいた。 一番上の段を背もたれとティーカップ置き場にして、二段目に小さなお尻を載せている。 いつも椅子に座るように勧めるのだが、少女はこっちの方が落ち着くからと聞き入れた試しがない。


 毎回このやり取りをするのが二人の間の約束事のようになっていた。


 白いワンピース、銀色のショートヘア。 透き通るような白い肌に、吸い込まれそうな黒い瞳。 少女の名はセイレーン。 7年前に、この広大な図書館の『蔵書目録ライブラリー・カタログ』を作るためだけ(・・)にメナスが生み出した彼女の別人格だ。


 ゆえにその姿はメナスと瓜二つである。


 メナスと言うのは、ユリウスたち三賢人が作り上げた【自立思考型自動人形インテリジェンス・オートマータ】の【タイタンの幼女(チタニウム・ゴーレム)】の事だ。


 少女はそれからずっと、ここで独りで本を調べ続けている──


 彼女の調べた知識がリアルタイムでメナスにフィードバックされる事はない。 不可能ではないが、常に膨大な量の…… しかも目の前の現実とは関係のない情報が更新され続けたら、それこそ日常生活に支障をきたしてしまうだろう。 どの程度の事態を想定していたのかは知らないが、メナスが最初に決めた『情報更新の条件』は、まだ一度も実行された事はないという。

 

 ユリウスは、あれからちょくちょくここを訪れては、こうして少女と共に読書をして過ごしていた。 何せここでの時間は現実の世界とは流れ方が違う。 一度測ってみたが、どうやら現実での1秒は、ここでの約10分間に相当するらしい。


 という事は、ここで独りで7年間過ごしている彼女の体感時間は──


 【A・Iアーティフィシャル・インテリジェンス】の考えた合理的な思考── それも自分自身に対する行為だったとしても、何と恐ろしい仕打ちだろうか。


 そういう理由もあって、少女とメナスの間にはすでに『個体差』とでも言うべき『性格の違い』が生じている。 例えば男性3人に造られ育てられたメナスの一人称は『ボク』だが、膨大な量の本を読んで過ごしてきた彼女の一人称は『私』だ。

 

 メナスはユリウスが眠っていた7年間の間に何故か『珈琲』に凝りだしたようだが、少女は三賢人のひとりウィリアム・グレゴール大司教の影響をそのまま引き継ぎ『紅茶』が好みのようだった。


 白いティーカップを手に取る「カチャリ」という音に、たまに目があって微笑む…… そんな穏やかな時間が、ここには流れていた。


 最近のユリウスはもっぱら、この7年間の王国や周辺諸国の動きを調べていた。 彼が眠っていた7年間に何があったのか、その情報量のギャップを埋めるのが責務のように思えたからだ。 ただこの作業は、あまりに多岐に渡り過ぎていて、未だ優先順位をつけ始めた程度の段階でしかなかった。


「いま読んでいるのは何の本だ?」


 たまにユリウスは少女に尋ねてみる。


「えっと…… 今読んでるのは深海の海流とか衛星の重力がもたらす潮位への影響とかそんなトコですね」

「そうか。 面白いか、それ?」

「楽しいか楽しくないかで言ったら…… 楽しいですけど、そう言う基準では読む本を選んでないですけどね」


 少女は嬉しそうに微笑んだ。

こうして誰かが一緒にいて、一緒にお茶を飲んで本を読む時間が彼女にはとても嬉しいのだった。 だからユリウスは少し心苦しかったが、本を閉じて最後の紅茶を口に含んだ。 この空間では、それはいつまでも冷める事はない。


「そろそろ戻るよ」


 少女ははっと顔を上げた。

手にした本を置いて立ち上がり、スカートの裾を直すと深々とお辞儀をする。


「はい、またいつでもお待ちしております」

「もちろん、すぐに来るよ」


少し間を置いてユリウスは尋ねた。


「なぁ、まだメナスに話したらダメか?」


 二度目にここを訪れた時、メナスにこの事を話していいか聞いてみたら意外にも少女は難色を示したのだ。


 条件に達してないから── それがその理由らしいのだが…… 人間の感情からすると、少女がメナスの事を恨んでいるようにも思えて不安になる。


「ここに、メナスを連れて来てもいいんだが?」


 姿形はそっくりなふたりが並んだらどんな感じだろう? 本物の双子の姉妹のように見えるのだろうか。 セイレーンは少しだけ首を傾げ、困ったように微笑んだ。


 ユリウスはいつものように両腕を広げる。

それは、この部屋に来た時と去る時のふたりの『儀式』だった。 少女はそっと彼の胸に身を寄せ彼は少女の背中を抱いた。


 そのまましばらく黙ってそうしている。


 彼が少女の白いうなじを見下ろすと、貝殻のような小さな耳が桜色に染まっていた。


 ユリウスはそっと瞳を閉じて── そしてまた開いた。


 目の前から広大な白い図書館の姿は一瞬にして搔き消え、宿屋の彼の部屋に戻っていた。


 彼は寝台に仰向けに横たわると、少しだけセイレーンの事を想った。 どこからかまだ、少女の鼻歌が聴こえてくるような気がした。


 それは楽しげで…… それでいてどこか寂しそうにも聴こえる、不思議な唄だった。


 次回、ようやくいつもの(?)のメンバーが戻ってきます。

このすぐ後、30日・深夜0時に投稿予定です。

それではよろしくお願いたします。


─────次回予告─────


第44話 〜砂岩の蹄鉄亭にて〜

 乞う御期待!

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