36 〜嵐の予感〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者の最終試験を無事に合格したユリウス、メナス、フィオナたち一行。 そしてギルドマスターとメナスの真剣での訓練試合は、マスターの勝利で幕を閉じた。 一方ユリウスは何故かフィオナに逆プロポーズを受けて……
──────────
※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
メナスとフィオナが泊まる部屋を後にして自室に戻ると、ユリウスは着替えもせずに寝台に座り仰向けに倒れこんだ。
彼の胸には様々な想いが去来していた。
長い忘却の眠りから目を覚ましてわずか一週間、本当に色々な事があった。
子供の頃の夢だった冒険者になる──
その想いだけで狂気の闇から抜け出し辛うじて正気を保っていた。 だが今は決してそれだけではないと知っている。
わずかな期間に様々な人との出会いがあり、そして絆があった。
初めて会う冒険者の姿に失望したりもした。
自分たちが闇に隠れていたせいで不幸になってしまった人たちの存在も知った。
世界に異変が起きつつある兆候にも触れた。
しかし今日は、素晴らしい冒険者たちの光輝く栄光を感じさせてくれる出来事があった。
そして何より…… 失いたくない、ずっと側にいたいと思える人たちとの出会いがあった。
まさか自分に、25歳も歳の離れた婚約者が出来るとは思わなかったが。
彼女にはいずれ自分の正体を伝えなければならないだろう…… 許してくれるかは別として。
結局自分は…… 学問と研究に明け暮れて本当の人生を生きてこなかっただけなのかも知れない。 そう今は思えるようになっていた。
そんな事をつらつらと考えている内にすっかり夜も更けてきた。
(マスター、起きてますか?)
(どうした、メナス?)
メナスが【念話】を送ってきた。
(やっとフィオナが寝就いたんで…… 聞きたいですか? 興奮した未来のお嫁さんがどんな風だったか)
(そういうのはいいから!)
なんとなく想像はつくが、具体的に聞いたら今度はこっちが平静を保てなくなってしまうかも知れない。
(冗談はさて置き、やっと少しですが解析結果が出たのでご報告しようかと)
(あれか? ゴーレムの『集積回路』か)
(はい、それと…… ワニとカエルの頭部から採取したサンプルも)
(ワニとカエル? お前それで…… そんなコトもしてたのか)
(えへへー ボクって有能でしょう?)
(それで、何か分かったのか?)
(少しは褒めてくれてもいいんですよ?)
(分かったよ、よくやってくれたな)
(まぁ、いいでしょう。 まず『集積回路』の方ですが、誰かが【A・I】のプログラムを上書きした形跡がありますね)
(何だって⁈ それじゃあ──)
(経年劣化による暴走とかではないです。 人為的なモノでしたね)
(誰が、何のために……? いや、そもそもミュラーの作ったプログラムを上書き出来る奴なんているのか)
(それは何とも言えませんが…… 不可能ではないと思います。 ミュラー師は【A・I】の専門家ではありませんでしたし、マスターやウィリアム大司教なら可能でしょう?)
(うむ…… だが、しかし……)
ヴェルトラウム大陸が誇る三賢人を引き合いに出されても、すぐには納得出来ない。
(それで、ワニとカエルのサンプルの方なんですが)
(そのサンプルってのは一体何なんだ? 頭部から何を取り出した)
(はい、実は【ジャイアント・グラストード】を潰した時に気が付いたんですが…… どちらも脳の中にスズメバチのようなモノが入ってましたね)
(スズメバチ⁈ ……のようなモノ?)
(はい、形は全長6cmくらいのスズメバチなんですが…… これは超小型の『自律思考型自動人形』でした)
ユリウスは絶句した。
(なん…… だって⁈)
(恐ろしく精巧な『絡繰り仕掛け』でした。 『集積回路』の解析はまだ始まったばかりですが、どうやら対象の脳に潜り込んで大雑把にですが行動を操れるようですね)
(そんなモノが本当に…… にわかには信じられないな)
(流石に人間には大き過ぎるみたいで、3mのカエルとか、7mのワニとかに限定されるみたいです。 脳の構造も単純ですし)
(そうか…… もし人間にも使えるんならパニックになるところだった)
そんな物がもし大量に作られたら、世界は一瞬で崩壊してしまう。
(でもコレの最終的な目的は人間でしょう…… 何が目的にしろ人間を操るに越したコトはないでしょうから)
(今まさに、それを造っている可能性があるわけか……)
(……ですね)
まったくもって予断を許さない状況なのは間違いない。
(他に何か気付いたコトはあるか?)
(……それが)
(何だ? 何かあるなら言ってくれ! 取り返しがつかなくなる前に)
(分かりました…… どうも、このプログラム何ですが…… ボクの気のせいかも知れませんが……)
(言ってくれ……!)
【A・I】のメナスに『気のせい』などあり得ない。
(例のゴーレムの『集積回路』を上書きした人と…… クセが似てるっていうか)
(同一犯の可能性があるって言うのか⁈)
(ボクの気のせいかも…… ですが)
ユリウスは、あらゆる可能性を精査しようと試みる…… しかし7年間のブランクは大きく、周辺各国の国家情勢、政治的な背景、宗教間の対立、各分野の最新の技術など、原因となり得る要素の情報が圧倒的に足りなかった。
(くそっ…… オレたちがあんなコトをしてたばっかりに)
(気に病んでも仕方ありませんよ。 個人が負える責任なんてたかが知れてるんです。 自分の身の回りの親しい人たちを精一杯守れれば、それでいいじゃないんですか)
しかしメナスの慰めもユリウスの心には届かなかった。
(よく教えてくれた。 これからも解析の方、頼んだぞ)
(お任せを! それで…… マスターにちょっと提案があるんですが……)
(提案? 何だそれは)
(実は、ルシオラさんの───)
──────────
深夜のギルド本部、その地下にひとつの人影があった。
それは暗い廊下を明かりも灯さずに歩き、ある部屋の前で立ち止まった。 明かりを灯さないのに人目を気にする様子もない…… それが逆に不審と言えた。 鍵を取り出し中に入る。
その部屋の扉には『保冷室』と書かれていた。
人影は、とあるサンプルの前で何かを調べ出した。 それは、一昨日運び込まれた【タイラント・アリゲーター】の屍体だった。 それはあまりに大きかったため、分解されて運び込まれバラバラに保管されていた。 人影は、どうやらその頭部を調べているようだった。
「まさか…… 誰も気付くまいと油断しすぎたか」
若い男の声が悔しそうに呻いた。
「何故気付いた? 偶然なのか…… それとも…… いや常に最悪を想定して動かねば」
「……まずはマスターにご報告だ」
人影は踵を返すと、足早に深夜の地下室を後にした。
ようやく晴れて冒険者になれたユリウスたち。 そしてユリウスには、早くも大切な仲間たちとの絆が芽生え始めていた。 しかし一方、王国内には不気味な影が忍び寄りつつあって……
─────次回予告─────
第37話 〜たったひとつの願い〜
乞う御期待!




