35 〜羊肉の串焼きの味の……〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者の最終試験を無事に合格したユリウス、メナス、フィオナたち一行。 そしてギルドマスターとメナスの真剣での訓練試合は、ギルドマスターの勝利で幕を閉じたのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
ユリウスが医務室に戻ると、メナスはもうすっかり歩けるまでに回復していた。
傷跡もほとんど目立たない。 ギルド職員の司教トロイもその回復ぶりに驚いていた。
一行は治療してくれた初老の元冒険者に繰り返し感謝を伝えて部屋を後にした。
「あの…… ギルドマスターの話って何だったんですか?」
「あぁ、今度みんなでご飯を奢ってやるってさ」
「ほんとっ⁈ やったぁ〜〜っ‼︎」
フィオナの無邪気さが今のユリウスには救いだった。 一応メナスには、後で一言注意しておかねばならないだろうが。 ユリウスは念のため、メナスをおんぶしてやる事にした。
「いや、ボク歩けるし」
「いいんだよ、あんな大怪我してたんだから人目につくと色々面倒くさいコトになるだろ?」
「そんなもんかねー」
実際街中では、すれ違う人に度々声をかけられた。
「試合見てたぞ! すげえな小さいのに!」
「惜しかったなっ! お前さんに賭けてたけど全然後悔してねぇよ!」
「怪我はもう大丈夫かい?」
メナスは声をかけられる度、無表情にピースサインで応えていた。
「いいなぁ〜 メナスちゃん、わたしもおんぶして欲しい」
「大怪我すればいつでもおんぶしてくれるんじゃない? ね、お兄ちゃん」
「ん、あぁ…… まぁ」
「なにその返事? なんか引っかかるなぁ〜」
「あなたたち、本当に仲がいいわね」
ルシオラが微笑ましそうに目を細めて呟いた。
「何言ってんの! ルシオラさんとももう仲良しですよ! ねぇ〜シン。」
「ん、あぁ…… まぁ」
「何その返事⁈」
「あはははははっ」
ルシオラは楽しそうに笑みをこぼした。 そう言えばこんな風に笑ったのはいつ以来だろうか。 ルシオラの胸を小さな棘がチクリと刺す。 もう無理だと思う反面、心の奥底ではどこかで生きていてくれているのではとも期待していた。
もうシャウアは、こんな風に笑う事も出来ないのだ。
そんな事を思っていると、いきなりフィオナがルシオラの腕を掴んできた。
「ねぇっ ルシオラさんっ! 今日一緒に泊まろうよっ! 私たち二人部屋、二部屋取ってるからっ そうしようっ!」
「えっ、それだとお兄ちゃんは誰と寝るの?」
フィオナとルシオラが何故か同時に頬を真っ赤に染めた。
「もし本当に泊まるなら、お前がオレの部屋だろう」
ユリウスが背中のメナスをたしなめる。
「あっ見て! 羊肉の串焼き屋さんっ!」
フィオナがまた屋台へと駆け出して行った。
「はい、ルシオラさん! 一本でよかった?」
「え、えぇ…… ありがとう」
ルシオラは串を受け取ると、まじまじとそれを眺めた。 隣を見ると早くもフィオナが大口を開けてかぶりついている。 それにしても何て美味しそうに食べるんだろう。
おそるおそる囓ってみる。
屋台で焼きたての串焼きはまだ熱く、どちらかと言えば猫舌のルシオラは驚いた。 そのあと口の中に甘辛いタレと焦げた肉の香ばしい香り、旨味と熱い肉汁が広がり、思わずほふほふと変な息が出た。
「熱っ…… あっ…… おいひ……っ」
「えぇ〜〜〜っ ルシオラさん、ずっと王都に住んでて、この串焼き食べたコトないのぉ〜っ⁈」
貧乏貴族の三女だったルシオラは、10歳で修道院に入ってからずっと王都で暮らしている。 しかしそもそも買い食いなんてした事自体、今日が初めてだった。
「ぜったい人生損してるよぉ〜っ!」
羊肉の串焼きひとつでそこまで言われることはないだろう。 そう思う反面、理屈では割り切れない感情も感じていた。 ふと横を見ると、シンにおんぶされているメナスが両手に一本ずつ串を持って、シンに食べさせながら交互に自分も食べていた。
それはとても幸せな光景に思えた。
そしてふと、いま自分もその光景の一部なのだと気が付いた。
ルシオラの胸に暖かいものが湧き上がり、目の端に涙の粒が滲んだ。
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結局ルシオラは、その日はギルド本部へ帰る事にした。
「部屋を片付けたら、なるべく早く宿に合流しますから」
「わたしと二人部屋ってコトでいいの?」
フィオナが尋ねる。
「それは…… 追い追い考えましょうか?」
「そ、そうだねぇ〜」
「うふふふふっ」
ふたりは謎の微笑みを交わし合った。
今夜はメナスの怪我もあるので、夕食は下の食堂ではなく部屋に持って来てもらう事にした。 メナスを抱っこしてフィオナとの二人部屋に連れて行くと寝台の上に降ろしてやる。
「ほんとはもう歩けるんだけど、たまにはこんなのも悪くないね」
実際メナスの体はとんでもなく重いのだが、その質量を活かして攻撃などをする時以外は、自動的に【軽量化】の魔法が発動していた。
「まぁ、たまにはな。 それじゃあ── ふたりとも、おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
すると突然帰り際に、フィオナがユリウスの袖を掴んだ。
「どうした、フィオナ?」
短い沈黙。
「シン、あのね…… もし…… ルシオラさんがシンのお嫁さんになりたいって言ったら、わたしはそれでも構わないから」
「何を言って──」
「わたしも…… いっしょにシンのお嫁さんにしてもらえる? してもらえるんだと、このまま思っていてもいい……?」
──そうなのだ。
メナスとギルドマスターの試合でうやむやになってしまっていたが、あの席でフィオナははっきりと「シンにお嫁さんにしてもらう」と宣言していた。
あれはプロポーズではなかったのか。
突然の告白にユリウスは頭が真っ白になった。 最初からあからさまに好意を示してくれる娘だったが、このタイミングで、しかも一夫多妻承認のプロポーズをしてくるとは…… この部屋にはメナスもいるのだ。
「お兄ちゃん、男ならハッキリしないと」
「い、いや……」
ここでもし断ったらどうなる? パーティーは維持出来るのか? 出来なければフィオナはどうなる? ひとりで他のパーティを探す?
いや違う! もうフィオナに会えなくなる⁈
ユリウスは、フィオナの顔を見た。
頬を上気させ瞳を潤ませてこちらを見つめている。 メナスは無表情に氷のような瞳でこちらを見つめている。
ユリウスは覚悟を決めた。
「オレは…… 君より倍以上歳上だ」
「そんなの関係ないよ…… 4倍以上歳上の領主のお妾さんにされるトコだったんだから!」
「実際、お兄ちゃんは歳より若いし長生きすると思うよ」
(そしてマスターと結婚したら、フィオナも超長生き確定だしねー)
メナスが【念話】でもダメ押しを入れる。
「君は…… 初めてシュテッペ村を出て冷静な判断が出来ていないだけかも知れない。 恋に恋しているだけかも知れない」
「そんなコト── ないもん。 シンは優しいしカッコいいし、頭も良いし…… わたしの命を助けてくれたし」
(ボクに言わせれば、恋なんてみんな勘違いだと思うし)
「オレはまだ…… 君に言ってないコトが、たくさんある」
「そんなのわたしだって同じだよっ!」
(全てを理解し合うなんて最初から無理な話だと思うけどね)
(メナス、お前ちょっと黙ってろ!)
(了解でーす)
「シンはどう思うの? わたしのコト…… 好き…… じゃないの?」
「君が側にいるだけで…… 心が暖かくなって幸せな気持ちになる…… こんなコトは、いままでなかった…… 出来ればずっと側にいて欲しいと思う」
フィオナははっと顔を上げた。
「ちゃんと…… ちゃんとお嫁さんにするって言って!」
ユリウスにはもう…… 道は一つしか残されていなかった……
「今すぐは無理だ…… けれど、いつか必ずオレの…… 妻になって欲しいと思っている」
「シン、大好きっっ!」
フィオナはユリウスに抱きついてその胸に顔を埋めた。 皮のシャツ越しに、やわらかな体温が伝わってくる。 ユリウスもフィオナの背中にゆっくりと両手を回した。
「今夜はボクがひとりで寝ようか?」
メナスが今まで見た事もないような表情でにやにやしながら言った。
「いや、それは……」
「うん、これからルシオラさんと合流するのに、その直前にシンとそんなコトになっちゃったらなんか気まずいし」
(ルシオラさんも…… たぶんシンのコト)
フィオナは艶っぽい表情でユリウスの顔を見上げながら言った。
「これから冒険者としての新生活が始まるんだし、しばらくして色んなコトが落ち着いてから…… ね?」
「あぁ、うん、そうだな……」
「でも、チューだけ今して欲しいかも」
「……⁈」
「……んっ」
フィオナは瞼を閉じてから、唇を突き出した。 しばしの逡巡の後…… ユリウスは、そっと彼女の唇に自分の唇を重ねる。
初めてのキスは── 羊肉の串焼きの味がした。
本当はこんなに早くくっ付けるつもりはなかったんです本当です。 勝手に登場人物が動いて筆者の思惑を外れるってコト、よくあるよね…… ていう回でした、いやマジで……(汗)
─────次回予告─────
第36話 〜嵐の予感〜
乞う御期待!




