34 〜鋼の剣エルツ・シュタール〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者の最終試験を無事に合格したユリウス、メナス、フィオナたち一行は、最近王国領を騒がす異変の報告会に当事者として参加した。 すると何故か、ギルドマスターとメナスが真剣で訓練試合をする事になったのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
訓練場内のギャラリーたちは固唾を呑んで対峙するふたりを見守っていた。
「ほらかかってこいよ、遠慮はいらねぇぜ」
伝説の剣聖【鋼の剣エルツ】は、肩に抜き身の大剣を担いだままだらりと立っていた。
「どうぞ、お気遣いなく」
どこか人を食ったような、すっとぼけたメナスの返事である。
「こう言う時は、目上の者からは動かねぇモンなんだ」
「あれぇ…… こういう時って先に動いた方が不利なんじゃなかったかなぁ?」
「む。 実戦では確かにそうだけどな。 ていうかお前、ほんとに変わってんなぁ…… 流石は【SSS+】ってコトなのか」
「じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく」
メナスが身を低くした瞬間、足元から激しい土埃が舞った。 ふたりを結ぶ最短距離を弾丸のようにメナスが跳ぶ。
ガイィィィ……ンッ‼︎
それは右の拳だった。
エルツは担いでいた大剣の刀身の根元の部分でそれを受けていた。
ほんの一瞬目が合い、次の刹那メナスが屈んで足払いを放つ。 しかし刀身から拳が離れた瞬間既にエルツは後方に飛び退いていた。 再び激しい土埃が舞う。
着地したエルツは正面を向いたまま無造作に右側に剣を振るった。
ギイィィィ……ンッ‼︎
いつの間にか側面に回り込んでいたメナスが籠手の手の甲の部分でその剣を弾いて防ぐ。 そのままお返しとばかりにエルツが地を這うような強烈な回し蹴りを放つがメナスも後方に飛び退き再び距離を取った。
「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」
静まり返っていた訓練場から歓声が湧き上がる。 時間にしてほんの数秒── 辺りにはまだ、もうもうと土埃が舞っていた。
「今のはよく躱したな」
「剣の方? それとも蹴り?」
「どっちかってぇ〜と、剣だな」
「それを言うならお爺ちゃんもよく気が付いたよね? 土埃も舞ってたし気配は消してた筈なのに」
「恐ろしいコトをさらりと言うなぁ…… まぁこればっかりは何でかよく分からん。 長年の経験と『勘』ってヤツだ」
「経験と…… 勘、かー」
「しっかし、身体能力はともかく病気のアニキの看病してたってだけのガキが、この戦闘センスってのはちょっと信じ難いな。 ほんと何モンだお前ぇ?」
「大変だったからねー したコトある、看病?」
「あるぜ。 娘が小さい頃熱出した時にな…… あれは大変だった」
風に土埃がさらわれ、ふたたび視界が開けてきた。
ふたりはお互いにゆっくりと歩きながら距離を詰める。
あと一歩で大剣の間合いに入るところで、メナスが立ち止まった。 静かに睨み合うふたり。
突然メナスの体が宙に舞うと、エルツの頭部めがけ回し蹴りを放った。 エルツはそれを瞬きひとつせず紙一重で屈んで躱しながらその脚を大剣で斬りつけた。
キンッ……!
風を斬る刃が何かを弾く感触── ガードした籠手に掠ったか……
背後に着地したメナスを振り向きざまに剣で薙ぎ払うが、メナスもまた同時に跳躍して蹴りを放っていた。
今度は躱せない── メナスの蹴りがエルツの左肩に命中した。 しかし薙ぎ払う剣を警戒したのか手応えは浅い。 さらにもう一撃、返す刃で薙ぎ払われた剣を避けメナスが後方へ飛び退いた。
「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」
ギャラリーから大歓声が湧き上がる。
「あの籠手はワシが作ってやったんじゃっ!」
ふと見ると、ギャラリーの中にあの防具屋の店主ブライの姿が混じっていた。 メナスは片手を上げて初老のドワーフに挨拶してやる。
膝を着いていたエルツがゆっくりと立ち上がり「ダメージは無い」というアピールなのか左肩を何度か大きく回して見せた。
「やるな小僧」
「お爺ちゃんもね。 それとボクは女の子だって!」
「はっはっはっはっ 面白くなってきたな!」
「そうだね、今なら分かるよ。 強いヤツと闘いたいって気持ち」
「そうかい。 そいつぁ、うれしいねぇ」
「それじゃあ次は俺から行かせて貰うぜ」
「どうぞどうぞ」
エルツは大剣を片手で逆手に持つと、背後に真っ直ぐ剣先を伸ばして身を低く構えた。 左手の平を広げメナスに向かって突き出している。 彼女の位置からは刀身が全く見えない。
「ほんとは人前で見せるモンじゃないんだが── まぁ見たって誰も分からんだろう」
エルツは小声で自分に言い聞かせるように呟いた。 次の刹那エルツはメナスに向かって低い姿勢のまま弾丸のように突進してきた。 ちょうど開幕直後のメナスのように。
これはエルツからの挑戦状だ。 そう彼女は理解した。 飛び退く事も出来るが、メナスはその挑戦を受ける事にした。 低く構え胸の前で拳を交差させる。
エルツの右腕が袈裟懸けに振り下ろされ、それをガードすべくメナスが拳を上げる──
ズバァァァ……ッ‼︎
迎撃を決意した筈のメナスは、次の瞬間なぜか飛び退いていた! 後方に8〜9mほど跳躍し、壁際のギャラリーのすぐ前に着地して転がった。
「おぉぉぉ……」
ギャラリーの一部から低く感嘆の声が漏れる。 驚く事に下から上に振り抜かれたエルツの大剣は、何と彼の左腕に握られていたのだ。
「まさか【月牙朧月】まで躱すとはな…… ん、どうだ立てるか?」
メナスは辛うじて片足で立ち上がった。
「いや、これはもう無理かなー 残念だけど。 ていうか、殺す気だったでしょ…… これ?」
そう言うメナスの右足ふくらはぎには、深い傷跡が付いていた。 止めどなく鮮血が流れ出している。
「いやいや、お前なら足一本くらいで何とかなると思ってたぜ!」
「しっ…… 試合終了ぉ〜〜〜っ‼︎ メナス・イグレアムの戦闘不能によりっ 勝者エルツ・シュタールッ‼︎」
「「「うおぉぉぉおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」
「「「エルツ! エルツ! エルツ!」」」
「回復役っ! 早く傷の手当てをっ‼︎」
「「「メナスちゃあぁぁぁ〜んっ‼︎」」」
「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」
「「「エルツ! エルツ! エルツ!」」」
「早くっっ‼︎」
「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」
まさに怒号と悲鳴と歓声の熱狂の渦だった。
訓練場内のギャラリーたちは、しばらくの間興奮し狂ったように叫び声をあげ続けていた。
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訓練場一階にある治療施設にメナスは運び込まれた。 三階で観戦していた、ユリウス、フィオナ、ルシオラもすぐに駆けつける。
「いやぁ、負けちゃったねー」
三人の顔を見るなり、メナスはバツが悪そうに頭を掻いた。 寝台の上で司教の男性に治癒魔法をかけてもらっているようだった。 この初老の男性にはユリウスも見覚えがあった。 昨日、彼の左手の平を治療してくれた男だ。
「大丈夫なのか、メナス?」
それに応えたのは司教の男性だった。
「こう言っては何ですが、とてもキレイな斬り口です。 これなら傷跡も残らず治癒するでしょう」
「……よかった。 ありがとう、トロイ」
ルシオラがほっと胸を撫で下ろす。 トロイと呼ばれた初老の男性は、元【S】クラスの冒険者でギルド最高の治療師らしい。
「それにしてもすごかったね〜 わたし、勝っちゃうんじゃないかと思ったよっ」
フィオナが鼻息も荒く興奮気味に言う。 そこで治療室のドアが開いた。 入ってきたのは、エルツ・シュタールとマルモアだった。
「よう小僧、その分なら大丈夫そうだな!」
「だから、ボク女の子!」
「はっはっはっはっ 実に楽しい時間だった。 礼を言うぜ!」
「まぁ、ボクも楽しかったけどね」
「ところであの、最後の剣は何だったの?」
「おおぅ、それを聞くか? 若いってのはいいなぁ…… 真っ直ぐで。 まぁいい、特別に教えてやる!」
「うんうん……」
驚いた表情でマルモアとトロイが顔を上げた。
「あれは俺の編み出した『奥義』のひとつ【月牙朧月】だ」
「朧月……」
「剣を背後に隠し太刀筋を隠す── これ自体は色んな流派にもよくある小技だ」
「うんうん……」
「そこで左手の平を相手に向けて注意を引きつける。 これには間合いを測らせない意図もある。 これが言うなれば『雲』だ」
「雲…… だから朧月なのか」
「そうだ、そして太刀筋が『月』って訳だ」
「でも右手で袈裟懸けに振りかぶったと思ったら、いつの間にか左で下から斬り上げられてたよ。 あれはどうして?」
「それが『奥義』よ! 知りたいか?」
「うん、知りたい知りたいっ!」
これはフィオナだった。
「背後でな、走りながら左脇から剣を前方に投げるんだよ。 そしてそのまま右手で振りかぶって斬り下ろすフリをしつつ、左手で剣を掴んで逆手で斬り上げるんだ」
「え…… それだけ?」
「それだけだ。 だが今日まで、初見で躱せたヤツはひとりもいないぞ」
「なるほどねー 聞いちゃえば単純なコトだけど、実際やるとなると……」
「まぁそう言うこったな」
「いいんですか、それ…… 私たちも聞いちゃって?」
マルモアも興奮気味に聞いていたようだ。
「まぁ、一応口止めしとくか? いいな、みんな?」
「はぁ〜い、言いませ〜ん!」
フィオナが元気よく手を上げた。
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メナスの治療は無事終わったが司教の強い勧めで少しだけ休ませてから帰る事になった。 すると、なぜかエルツがユリウスに声をかけてきた。
「よう優男、ちょっと話があるんだが…… いいか?」
「はい、構いませんが…… 何でしょう?」
「ここじゃ何だから上で話そう」
ルシオラとフィオナにメナスを看てもらう事にして、エルツとユリウスは三階の応接室に向かった。
部屋の中は二人だけだ。
「率直に聞くぜ? お前らは何なんだ?」
エルツ・シュタールの鋭い視線が突き刺さる。 ユリウスの背中を冷たい汗が流れた。
「何なんだ、とは…… どう言う事でしょう?」
「すっとぼけんじゃねぇ! 俺の目は節穴じゃねぇぞ! あんな小僧にいきなり俺の剣が躱せてたまるかっ! お前らは最初から色々不自然だったんだよ! 俺の『勘』は昔っからよく当たるんでな。 だがさっきの手合わせで確信に変わった。 あの小僧は人間じゃあねぇな?」
「なぜ…… そんな……」
ユリウスは言葉に詰まった。
「小僧に蹴りをもらった時確かに俺の剣はヤツの剥き出しの足に掠った。 だが小僧には傷ひとつ付かず手応えは『金属』のそれだった」
ユリウスは珠のように汗が吹き出し止めどなく頬を流れ落ちるのを感じた。『この世の真理』に辿り着き、絶望し、闇の底から這い上がった自分が、何故この程度の事でこんなにも動揺しているのか──
それは今の状況が気に入っているから。 今の生活を失いたくないと思っているからに違いなかった。
ユリウスが答えられずにいると、エルツが腰の大剣の柄に片手を添えながら、低い声で重ねて尋ねた。
「お前らは何だ。 一体何を企んでいる。 この王都で何をしようとしている?」
ユリウスは顔を上げた。 その質問になら嘘をつかないで済む。
「私と、メナスは…… 冒険者になるためにこの王都にやってきました。 それ以外に何もありません」
伝説の冒険者は、じっとユリウスの目を覗き込み、瞳の奥を射すくめた。 それは数秒のようでもあり、数分間のようにも感じられた。
「嘘は…… 言ってねぇようだな」
「参ったなぁ…… 俺の『勘』も、お前たちが悪い奴らじゃねぇって言ってるんだ」
さっきまでの緊張感が嘘のように、エルツは目を閉じてガリガリ頭を掻きむしった。
「分かったよ。 俺もせっかく出来た遊び友達をその日の内に失くしたかぁないからな。 取り敢えず信じてやるよ」
「……感謝します」
「だが、いいな! もしこの王都で何か悪さしやがったらそん時は──」
「うっかり財布を忘れて食事も出来ませんね…」
ギルドマスターは目を丸くした。
「はっはっはっはっ 気に入った! 今度お前ら全員メシを奢ってやるからな!」
そう言って生きる伝説は、ユリウスの肩を何度も何度も叩いた。
伝説の元冒険者エルツ・シュタールと、チタニウム・ゴーレムの少女メナスの試合は、エルツの勝利で幕を閉じた。 そして今日からいよいよ冒険者としての生活が始まるのだった……
─────次回予告─────
第35話 〜羊肉の串焼きの味……〜
勝手に登場人物が動いて筆者の思惑を外れるってコト、よくあるよね…… ていう回です……(汗)
乞う御期待!




