32 〜もしも願いが叶うなら〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者志願のユリウス、メナス、フィオナたち一行は最終試験を無事に合格し、そのまま最近王国領を騒がす異変の報告会に当事者として参加した。 そして最期にギルドマスターの質疑応答を以って、いよいよ冒険者になれるのだ。
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
「それでは最後に【デスペラード】の件です」
ルシオラが告げると、部屋の空気が一瞬にして張り詰めた緊張感に包まれた。
以前から疑惑があったとは言え、今回明るみに出たベテラン冒険者パーティーの不正の数々は想像以上に目に余るものだったのだ。
「その言葉を全て信じるかはもう少し裏を取らないといけませんが…… これは由々しき事態ですな」
チーフ・オフィサーのマルモアが深刻そうに呻いた。
ルシオラ本人が聞いた彼らの言葉によれば、新人冒険者やクエスト依頼主への強盗、強姦、殺人、帝国への人身売買を日常的に行っていたと言うのだ。
【デスペラード】と言えば名の知れた【Aクラス】パーティーだ。 しかもリーダーの【純白のヴァイス】は【S-クラス】の冒険者なのだ。
いわばギルドの主力メンバーの一角であった事は間違いない。
それが、こんな非道な行為に身をやつしていたとは──
「前々から悪い噂だけは聞いてたんだがな。 俺自身まさかと思いたい気持ちがあって、今日まで来ちまった」
自分にも責任がある事は、彼自身が充分承知しているのだろう。 ギルドマスターのエルツは硬く目を閉じた。
「いずれにせよ、これから少しずすつ確認をして言って、可能なら行方不明者の消息を探す作業に移りたいと思いますが…… それも難しいでしょうなぁ」
「当の本人たちが、幸か不幸か全滅してしまっておりますしね」
研究調査員のハイメルが無表情に告げる。
「それにしても、あれほどの冒険者たちの末路が【腐肉喰らい】に喰われて終わりとはなぁ」
「すみません、私の注意が足りませんでした」
ルシオラは試験官としての責任を感じているようだった。
「いや、ルシオラさんのせいではないですよ。 穴の底にいたんですから。 あれはオレがもう少し慎重になっていたら──」
「いえ、そもそもあの穴に落ちたのが私の──」
「でもあの脇道って崩れて行き止まりだったんだよね…… なんで虫が集まってきたんだろ?」
「50cmの虫が通れるくらいの隙間があったとも思えないけどねー」
「まぁまぁ、今はそこの責任を問う場ではありませんので……」
マルモアが暗い空気を押し退けるかのように両手を広げた。
「ヴァイスか…… あいつには何度か稽古をつけてやったコトもあるが、なかなか筋のいいヤツだった。 残念だよ、本当に」
エルツが無念そうにつぶやく。
「それにしてもお前ら、よくあいつらに勝てたもんだな。 腐ってもヴァイスは【S-クラス】の冒険者だぞ」
「あー あいつらボクたちのコトをぐるりと囲ってたんだけどー 1人がボクを狙ったクロスボウが、ヴァイスって人に当たっちゃってー その矢に痺れ薬が塗ってあったみたいでー」
「奴らがそんなヘマをするかな」
エルツは訝しげに眉を顰める。
「薄暗かったし、あの距離では仲間が見えてなかったと思いますね」
言いながらユリウスも、この言い訳は少し苦しいと感じていた。
ルシオラは穴の底にいて見ていなかったが、確か最初はシンとヴァイスが戦っていたように感じていた。 何かおかしい。 やはりこの二人は何か隠しているのだろうか?
「……」
「それにあいつら、穴の底でフィオナとルシオラさんが素っ裸になってるって興奮してましたし」
「ちょっと、メナスちゃんっ‼︎」
フィオナとルシオラが真っ赤に頬を染めた。
「そ、それでですね…… この件に関しましては、まだ調査もスタートしたばかりですので、何卒他言は遠慮して頂けるようお願いしたいと…… その」
マルモアは言葉を濁したが、要するに口止めがしたいのだろう。
「わかります。 余計な憶測でいたずらに噂が広がるだけでしょうし、何よりこれ以上被害者は出ない筈ですしね」
「ご理解頂けると助かります」
もちろんマルモアが心配しているのは有名パーティーの醜聞によってギルドの評判が低下する事なのだが、冒険者全体のイメージが悪くなるのは、この国の治安にとっても決していい事ではないだろう。
「それじゃあそろそろ、俺の質問で締めるとするかな?」
ギルドマスターのエルツが深く座っていたソファから身を乗り出すように坐り直す。
「あー そう言えば何か言ってたね」
「おい、失礼だぞメナス」
「まぁいいって、いいって。 どうせ大したコトじゃねぇよ」
「大したコトじゃないんだ……」
メナスの天然のツッコミに、エルツがいつものように豪快に笑い声を上げる。
「あの、すみません…… その前に、私からも一つだけよろしいでしょうか?」
そこで申し訳なさそうにギルドマスターの話に割って入ったのはルシオラだった。
「何だ、他にまだ何か見落としがあったかな?」
進行を把握しているつもりのマルモアが意外そうに尋ねる。
「いえ、個人的なコトで恐縮なのですが── 私、本日付けでギルド職員を退職させて頂いてよろしいでしょうか?」
「何だね急に…… しかもこんなところで⁈」
当然驚いたのはマルモアだった。
ずっと無表情だった研究調査員のハイメルも意外そうに表情が動いた。
「え〜っ ルシオラさんやめちゃうのぉ〜⁈ せっかく仲良くなれたのにぃ〜っ」
「はい、大変勝手なのは承知しているのですが── もう一度冒険者になって彼らのパーティーに入れて頂きたいと思っています。 もし皆さんが許して下さるのなら……」
「何と……⁈」
「私は個人的な理由で冒険者になり、また個人的な目的のためにギルド職員にさせて頂きました。 その目的は── 昨日幸い達成してしまいました。 必ずしも望む結果ではありませんでしたが…… 彼らのお陰で」
そこでルシオラはひと息ついた。
「彼らのパーティには、まだ回復役がいません。 戦闘補助魔法の使い手も── 彼らが成長するまで、私の力が少しでも彼らの役に立てられればと思ったんです」
「きゃあぁぁぁ〜っ うそっ それって最高じゃないっ⁈ いいよね? シン、メナスちゃん⁈」
「それは…… こちらとしては願ったり叶ったりですが」
ユリウスはメナスの顔を見、次にチーフ・オフィサーのマルモアの顔を伺った。
「なるほど、そう言う事でしたか。 確かに彼らは今後が期待される冒険者たちです。 信頼できる経験豊かな回復役が付くのは私たちも望むところではあるのですが…… ルシオラさんは優秀な事務職員です。 失うのはとても辛いですなぁ」
「まぁいいじゃねぇか! 惚れちまったんだろ? その優男に!」
ギルドマスターが豪快に笑う。
「なっ……」
「そっ…… そんなんじゃありませんからっっ‼︎」
必死に否定するルシオラの顔は、火を吹かんばかりに赤くなっていた。 その様子を目を丸くして見守っていたフィオナが、目を閉じて何やら思案するような表情をしている。
「そっか、仕方ない。 それじゃあふたりでお嫁さんにしてもらおうよ。 わたしルシオラさんならいいよ!」
「「「えぇぇっ…⁈」」」
ユリウスとマルモアと、そしてルシオラの驚きの声がシンクロする。
「ボクもさんせーい!」
「じゃあ決まりだな!」
と、これはギルドマスター。
「ちょっ…… ちょっと待ってくださぁぁぁ〜いっっ……‼︎」
結局マルモアは、不承不承ルシオラの提案を受け入れた。
そしていよいよギルドマスター、エルツ・シュタールの質疑応答の時間になった。
「俺はギルドマスターになってから── いや、試験官になってからだったかな? まぁいいや、必ず冒険志願者にこれを聞くコトにしてんだ」
「それは一体……」
フィオナが、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「もしたった一つだけ、何でも願いが叶うとしたら…… お前らは何を願う?」
それは伝説の冒険者と言われた壮年男性の口から出るには、少し意外な言葉だった。
「それが質問なんですか?」
「おうよ! 意外か? だろうな。 だがな、たった一つだけ願うコト…… それがそいつの人間全てを表すと俺は思ってるんだ」
なるほど── 言われてみれば確かにそんな気がしてくる。 まして相手は、あの生きる伝説【鋼の剣エルツ】だ。 しかし、そんな風に言われて何と答えればいいのやら。
「じゃあまず、そっちの元気な嬢ちゃんから」
エルツがフィオナの方を向いて言った。
「わたし? わたしかぁ〜 う〜ん困ったなぁ…… 一番の夢は村を出て冒険者になるコトだったからなぁ」
「その先は考えてなかったんだ?」
なぜかメナスが横槍を入れてくる。
「ステキな仲間ももう見つけたし…… いつか引退して、なにかお店を開くとかは…… まだ考えられないかなぁ」
そこでルシオラがはっと顔を上げた。
「まぁいいさ。 答えられないって言うのもそいつの人間性だと俺は思ってる。 良い悪いじゃなくてな」
「じゃあお次は、兄ちゃん? どうだ」
エルツはユリウスに向かって顎をしゃくった。 ユリウスは黙り込んだ。 しばらくの間、応接室内を沈黙が支配する。
やっとユリウスが重い口を開いた。
「オレ…… 私は…… さっきも話した通り大病で長く伏せっていたんです。 その時に思い出すのは、子供の頃冒険者になるのを夢見て毎日泥まみれで友達と遊んでいた頃のコトでした。 私は遠回りをしてやっと自分の人生を取り戻したような気がしています…… 今はフィオナと同じで、これからの冒険者としての日々を精一杯楽しんでいきたいと思っています」
「そうか、まぁそれでいいだろう」
エルツは素っ気なく感想を言った。
気恥ずかしくなって隣を見ると、何故かフィオナが潤んだ目でこちらを見つめていた。 慌ててもう一方の隣を見ると、メナスは正面を向いたまま無表情に遠くを見つめていた。
「じゃあ最後だ。 お前はどうだ【SSS+】?」
思惑はそれぞれに、その場にいる全員の視線がメナスに集中する。
「たった一つだけ願いが叶うとしたら…… ボクの願い……? ボクの夢……? ボクの全て……」
そう呟いたきり、メナスは黙り込んでしまった。 遠くを見つめたままの瞳は、心なしか瞳孔が開いているようにも見える。
その沈黙は数秒のようでもあったし、数分間続いたようにも感じた。
「メナスちゃん……?」
最初に沈黙に耐えられなくなったのは、やはりフィオナだった。
「メナス、大丈夫か?」
流石にユリウスも心配になった。
最高傑作と言えども、メナスも【A・I】に違いはない。 もしあのゴーレムのように暴走でもしたら──
(いや、メナスに限ってそんなコトは絶対に起こらないっ‼︎)
「まぁいいさ! 今の反応も面白かったしな。 それにしても、三人とも即答出来る願いがないとはなぁ…… 時代も変わったもんだぜ」
メナスはまだ、無表情で遠くを見つめている。
「ちなみに、今のエルツさんなら何て答えるんですか?」
フィオナが無邪気に質問する。
「俺か? 俺は今さらなぁ…… 地位も名誉も金も興味はないし、可愛い女房も子供もいる。 オマケに後進の冒険者たちともこうして接することが出来るし…… これ以上何を望むってなぁ……」
伝説と謳われた元冒険者は、少年のように爪を噛んだ。
「いや── あったな、一つだけ」
今まで和やかな印象だったギルドマスターの表情が一瞬にして戦士の顔に豹変した。
「強いヤツと闘うコトだ」
「さぁ小僧、約束だ。 今から訓練場で試合をするぞ!」
【鋼の剣エルツ】は、メナスを睨みながら立ち上がった。
「いいけど── ボク女の子だってば」
そう答えたチタニウム・ゴーレムの少女は、いつものメナスに戻っていた。
晴れて冒険者になれたユリウスたち一行…… そこに突然、伝説の元冒険者でもあるギルドマスターから、メナスへと試合が申し込まれた! 果たしてその結着は……
─────次回予告─────
第33話 〜試合開始!〜
次回から第一章最終回までは全話クライマックスです‼︎
(※個人の感想であり、必ずしも効果を保証する物ではありません)
乞う御期待!




