28 〜一難去ってまた一難〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者志願のユリウス、メナス、フィオナたち一行は最終試験の『試練の洞窟』で疑惑のベテラン冒険者たちからの襲撃に遭い、逆にこれを捕える… しかし彼らは法の裁きを受ける事なく、モンスターによって命を奪われてしまうのであった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
一行は直ぐに上の層に戻る事にした。
せめて【デスペラード】たちの冒険者票だけでも回収していこうかという意見もあったが、もう人の形すらしていない遺体もあり、身元確認のため申し訳ないがそれも断念させてもらった。
まずユリウスが先に梯子を昇って周囲の様子を確認する。 次にフィオナ、ルシオラときて最後にメナスが梯子を昇ってきた。
ユリウスは腰に巻いた革の上着と背嚢、片手剣と短剣、あとは松明を片手に持っている。
しかし、フィオナは全裸に革の胸当てと背嚢と刀だけ…… ルシオラも全裸に眼鏡と革の胸当てと背嚢と戦鉾だけという、何とも心許ない格好だった。 ランタンは穴に落ちた時壊れてしまっていたので、今はメナスが自分の松明を出して持っていた。
ユリウスは先頭に立って、なるべく女性たちの裸身が目に入らないように配慮した。
「それじゃあ、直ぐに洞窟を出ましょう」
「はい、それしかないですしね」
「早く出よう、こんなところ」
「異議なーし」
4人は慎重かつ足早に出口を目指した。
「あ〜 体中べたべたするぅ〜 早く体を洗いたい〜!」
フィオナが至極当然の不満を漏らす。
確かにまだ強酸性の粘液が体に付着している筈だった。 かなり薄くなっているが流石に【強酸耐性】の効果が完全に切れたら皮膚がただれてくるかも知れない。
「大丈夫、そこの湧水で水浴びしていきましょう」
「やったぁ〜! 水浴び最高〜!」
「あ、でも…… シンさんも一緒に入るコトに?」
「今さら恥ずかしがってもねぇ…… 今もほとんど素っ裸だよ、わたしたち」
「それも…… そうですね」
「だってさ。 よかったね、お兄ちゃん」
「いや、別によくはないだろ」
──すぐに通路の先に地上の光が見えてきたので、すっかり気が緩んでしまったのかも知れない。 今日は一日散々な目にあったので、これ以上は何も起こらないだろうという油断もあったかも知れない。 洞窟を出るとすぐにメナスが警戒を発した。
「泉の方っ! 何かいるよっ! 人間じゃないっ! 複数!」
【デスペラード】たちは、居るのが分かっていたから泉の茂みに潜んでいても探知出来たが、本来洞窟内から外の様子を伺うのは、メナスのセンサーでも難易度が高いのだ。 その直後に茂みの陰から巨大な生き物が飛び出してきた。 距離にしておよそ7〜8m。
「【ジャイアント・グラストード】っ⁈」
ルシオラが叫んだ。
それは次々と飛び出して来て三匹になった。 全長3m、体高1.5mはある巨大なカエルの魔獣だった。 姿形はずんぐりむっくりでイボのあるヒキガエルのそれだったが、彼らはとにかく巨体でその体は『ガラス』のように半透明で内臓が透けて見えた。
「うえぇ…… 小さいのは可愛いけど、大きいカエルは苦手」
「一見柔らかそうに見えますが、巨体に比例して分厚いゴムのような外皮を持っています! さらに毒性の粘液で守られていて、剣にも打撃にも耐性が高いです! こいつらも普段こんなところにいる魔獣じゃありません。 やっぱり何かおかしいですっ!」
「それはこいつらを何とかしてから考えましょうか」
「そんならボクがチャチャっと──」
(待てメナス、なるべくこいつらを一匹ずつ分断させてくれないか?)
ユリウスが【念話】で呼びかける。
(マスター、なぜですか?)
(このまま帰ったら、きっとフィオナは酷く落ち込むと思う…… だからもっと彼女に活躍させてやって欲しいんだ)
(……なるほど、了解しました。 でもアレですね。 マスターもう、あの娘のコト完全に好きですよね? 好きになっちゃってますよね?)
(なっ──)
ユリウスの答えを待たず、メナスは魔獣に踊りかかった。 先頭の大ガエルを軽く蹴り飛ばし後方にボールのように転がした。 続く二匹目のカエルを軽いジャブで挑発して茂みの脇におびき出す。 瞬く間に三匹の【ジャイアント・グラストード】は離れ離れになった。
ユリウスは自問自答した。 確かにフィオナがとても気になっている。 可愛らしい顔や14歳とは思えない豊満な肉体を差し引いても彼女は魅力的な女性だった。 出会って僅か一週間なのに、自分の中で何と大きな存在になってしまったのか…… 彼女が不幸な目に会うのは見たくないし悲しい顔もして欲しくない。 もし彼女に会えなくなったら、考えただけで心が落ち着かなくなる…… しかしこれが果たして恋愛という感情なのだろうか? ユリウスには分からなかった。
2番目の大ガエルが、ちょうど刀を構えたフィオナの正面に立ちはだかった。 威嚇するように頭を低くし睨みつけている。
「フィオナさんっ、奴らは動くものに反応し長くて素早い舌で獲物を捕らえますっ! 気を付けて下さい!」
「わかった、動くと襲ってくるのね!」
フィオナは剣先をユラユラと揺らし、カエルの攻撃を誘った。 侍の師範に教わった技のひとつだ。 しかし大ガエルは微動だにしない。
ふと彼女の大きな白いお尻が視界に入り、ユリウスは慌てて視線を逸らした。 メナスは茂みの向こうで一匹目の大ガエルと戦っているようだ。
ルシオラが小さな声で早口に囁いた。
「奴らはそれなりに知能が高いです! 人間が棒状の物を持っていると、それが武器だと認識しています! だから武器を持っていると舌を切りつけられるので警戒すると言われています」
「それじゃあ、このままにらみ合いじゃない」
すぐ後ろからは、最初にメナスに蹴られたもう一匹の大ガエルが、よたよたと迫って来る。
「フィオナさん、私が合図したらしゃがんで下さい。 攻撃魔法で奴の顔を狙います。 奴が怯んだ隙にトドメを」
「わかった!」
「今ですっ!」
声と同時にフィオナは片手を地面についてしゃがみ込んだ。
「【神の拳】‼︎」
フィオナの頭上を越えて目に見えない巨大な空気の塊が大ガエルの顔面を撃った。 衝撃が伝わりゴムのような外皮と体内に波紋が広がってゆく。 すかさずフィオナは、しゃがんだ姿勢のまま一歩踏み出しカエルの喉元を下から切り上げる。
グウエェェェ……ッ‼︎
大ガエルの首にぱっくりと傷口が開き、それは水風船が裂けるようにゆっくりと広がってゆく。 流石は『侍の刀』だ。 カミソリのように鋭利な刃が分厚い外皮をやすやすと切り裂いた。 さらに一撃、フィオナは大ガエルの頭頂部へ兜割りの斬撃を加えた。 開いた傷口から緑色の体液がとめどなく溢れ出す。
ふたりの美女の見事な連携と刀の切れ味に、思わずユリウスは舌を巻いた。
「うわ……っ 汚い!」
フィオナが慌てて飛び退る。 それからカエルはぐったりと地に伏して、数秒の後完全に動かなくなった。
「やりましたね、フィオナさん!」
「いぇ〜い!」
フィオナは振り返ってルシオラに手の平を向けた。
「え……?」
少女の意図を理解したルシオラは、戸惑いながらも片手を掲げる。
「いぇ〜い‼︎」
フィオナは勢いよく、ルシオラは恐る恐る、仲良くハイタッチをした。 たわわに実った四つの果実が弾んで揺れて、ついユリウスも意識が逸れてしまった。
「危ないっ! 上だっ!」
後から迫っていた大ガエルが死骸を飛び越えて前に出てきたのだ。 フィオナはすんでのところで後方に跳び退き、すかさず前方に刀を構える。 思った通りこの大ガエルも攻撃を躊躇った。
「ねぇ、ルシオラさん! さっきのヤツもう一回撃てないの?」
「ごめんなさい!【神の拳】は私には高位呪文だから、今日はもう使えないの」
「そっか。 じゃあ自分で何とかしなきゃだね」
しかしこの大ガエルはさっきの奴とは少し違った。 頭を左右に揺らし舌を素早く短く出し入れして、まるでジャブのようにフィオナの剣先を牽制してくるのだ。
「こいつ、わたしをからかってるの⁈」
「フィオナさん、焦らないで!」
茂みの向こうを見ると、メナスはまだ最初の大ガエルと格闘しているようだった。 打撃を加えては後退して距離を取る── を繰り返しているように見える。 頼んだ通りに時間稼ぎをしてくれているが、ちゃんとこちらの状況を把握しているのかどうかまでは分からない。
ユリウスは念の為、気配を消して【バック・スタビング】の準備に入った。
【バック・スタビング】と言うのは盗賊の技術で、完全に気配を消した状態で敵の背後に回り込み、致命的な攻撃を加える必殺技だった。 このまま大ガエルの背後に回り込み、フィオナが危ないようなら助けてやるつもりだった。 しかしそこで不測の事態が起こった。
「ねぇ、シン! 出来たらアイツに短剣投げつけたりとか── あれっ…… シン⁈」
ユリウスがいない事に気が付きフィオナが動揺してしまったのだ。
「あれっ どこにいるのっ⁈ 向こうのカエルんトコ⁈ まさか逃げたりとか──」
(馬鹿!【バック・スタビング】のコトも説明しといたろっ)
しかし念話ではない彼の心の声は少女には届かない。 その隙を大ガエルは見逃さなかった。
「フィオナさんっ、前っ‼︎」
ルシオラが叫んだ時にはもう遅い。 カエルの長い舌が鞭のようにしなってフィオナの右手を打った。 完全に不意を突かれたフィオナは堪らず刀を地面に落としてしまう。 彼女が足元の刀に気を取られた瞬間、大ガエルの舌がフィオナの腰に巻きついた。
「きゃあぁぁぁ〜……っ‼︎」
「フィオナさんっ‼︎」
大ガエルが舌を引き戻そうとするのを腰を落として足を踏ん張り抵抗する。 ルシオラが前に躍り出て戦鉾で舌を打とうとした瞬間、大ガエルは一気に仰け反ってフィオナの体を宙に巻き上げた。
「きゃあぁぁ〜っ いやあぁぁぁ〜〜っ‼︎」
その時やっと大ガエルの背後に辿り着いたユリウスは、カエルの尻に一気に片手剣を突き立てた。【強化】の呪文を付与してある片手剣は分厚い外皮を物ともしなかった。 40cmほどの刀身を根元まで刺し込む。 それでも足りずに鍔の部分ごと手首まで押し込み、これでもかと捻りを加えた。
グゥエェエェェェ……ッ‼︎
堪らず大ガエルが悲鳴を上げる。 宙に引き上げた獲物を舌で口内に巻き込むつもりが、そのまま仰け反って仰向けに倒れてしまった。 体内に埋まったままの片手剣が内臓をかき混ぜ、それが結局彼の致命傷となった。
すんでの所でカエルから離れたユリウスが見上げると、ちょうど頭上をほぼ全裸の少女が降ってくるところだった。 咄嗟に出来たのは両腕を広げ全身で少女の体を受け止める事だけだ。 強い衝撃を感じて一瞬視界が黒く染まる──
仰向けに倒れたユリウスが目を開けると、ほんの目と鼻の先に大きく脚を広げたフィオナの下半身があった。 頭の中が真っ白になってしばらく思考が停止してしまう── ちょうど後ろにあった最初の大ガエルの死骸がクッションになって奇跡的に怪我ひとつしていないようだ。 少し遅れてフィオナも気が付いた。
「いったぁ〜っ」
「フィオナ、大丈夫か?」
「えっ…… シン……っ⁈ ふぇ……っ‼︎」
すぐにふたりの体勢に気付いて体を起こす。
「そうだっ…… カエルはっ……⁈」
辺りをきょろきょろ見回して背後に仰向けになって倒れている【ジャイアント・グラストード】の死骸を見つけた。
「これ…… シンがやってくれたの?」
ユリウスの足元にちょこんと座り込んだまま、フィオナはしおらしく彼の顔を見つめた。
ユリウスは上体を起こして片手をフィオナの頭にぽんと乗せ、やれやれとゆっくり首を振って見せた。
「お前なぁ…… 説明しただろ?【バック・スタビング】だって。 戦闘中オレの気配が消えても慌てたり辺りを見回したりするなって── オレがメナスやお前を置いて逃げる訳ないだろう」
フィオナの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。
「ふえぇ…… ごめんなさあぁぁ〜い……!」
少女がほとんど半裸なのも忘れてしがみついてくる。
「だって、だってわたし怖くなって…… シンがわたしを置いて逃げるはずないって信じてたから…… よけいにビックリして……」
「もういいから…… これで最後にしてくれよ?」
「ごめんなさあぁぁ〜い……!」
ユリウスは自分の腕の中で泣きじゃくる少女が、ただただ愛しかった。 ずっと彼女を守りたいと思う。 だが自分には果たしてその資格があるのだろうか──
現実から目を背け、彼女に身分を偽り、己をも偽って、冒険者ごっこに逃避している今の自分に。
最後の【ジャイアント・グラストード】を倒したメナスが、ルシオラと一緒に帰ってきた。
どうやらこちらの無事を確認してすぐメナスの様子を見に行ってくれたらしい。 もしかしたら、彼女なりに気を利かせてくれたのかも知れない。
「こちらも終わりましたね」
「仲良く1人一匹ずつ倒せたみたいだねー」
汗ひとつ掻いていないメナスのセリフが白々しい。 その時ルシオラが、わざとらしく咳払いをした。
「あれー ふたりとも…… ひょっとしてお邪魔だったかなー?」
そこでふたりは、自分たちがほとんど全裸のまま抱き合っている事を思い出した。
「ちっ…… ちがうのっ これはっ…… ごめんなさいとありがとうともうしませんのごめんなさいって言うか──」
慌ててフィオナが立ち上がる。
「うえぇぇぇ…… 何これ、身体中ぬるぬるでべとべと……」
ふと見ると、フィオナとユリウスは全身緑色の粘液に塗れている。 確かこの粘液にも毒性があった筈だ。
4人はすぐに、洞窟の入り口付近にある、湧水泉へと向かった。
疑惑の冒険者グループを退け王都に戻るべく地上へ向かった一行は、今度は大ガエルのモンスターに襲われた……‼︎ 泉で体を清め、今度こそ王都への帰路に着くのだが……
─────次回予告─────
第29話 〜一難去ってまたまた一難〜
ぶっちゃけ──… すみません……(汗)
乞う御期待!




