27 〜因果応報〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者志願のユリウス、メナス、フィオナたち一行は最終試験の『試練の洞窟』で疑惑のベテラン冒険者たちからの襲撃に合う… しかし彼らの企みは、ユリウスとメナスの前にあっけなく崩れ去ってしまうのであった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
「殺してないな、メナス?」
「もちろん、前回より加減が上手くなったという自負すらありますね」
「それは朗報だ」
ユリウスは足元に転がる男たちを見下ろし、あらためて溜め息をついた。
「こんな連中が【Aランク】冒険者とはな」
「シン! シン! だいじょぶなのっ⁈」
穴の底からフィオナが不安そうに呼びかける。
「あぁ、待たせたね。 もう大丈夫だよ。 いま引き上げてあげるから」
「ヴァイスたちは…… 彼らはどうしたんですか⁈」
ルシオラが呆気に取られたよう声で尋ねた。
「みんな気絶してますよ。 やったのはほとんどメナスですけどね」
「えっへん!」
「そうですか…… ほんとうに彼らを」
流石は【SSS+】判定の冒険志願者と言う事か…… それでもまだルシオラは狐につままれたような気分だった。
「彼らが目覚めると面倒なんで手足を縛って隅にでも運んでおこうと思いますが、引き上げるのはそれからで大丈夫ですか?」
「えぇ、彼らが目覚める前に速やかに拘束して下さい! お願いします」
フィオナは少し不満そうだったが、こればかりは納得して貰うしかない。
「メナス、このロープだけで足りそうか?」
「どうですかね? みんなを引き上げる分も残しとかないと。 こんなの想定してませんでしたし」
その時メナスが足元の壺に気が付いた。
「仕方ないからこれ使っちゃいます?」
「それって、お前…… 奴らの使ってた麻痺毒じゃないか」
「文句はないでしょ? 自分たちで使ってたくらいなんだし」
「うん、まぁ…… そうか。 仕方ない」
物事を合理的に捉えるのは【A・I】の特性ではあるのだが、この一見可憐な少女が口にすると何か恐ろしく違和感を感じるのは仕方のない事なのか。
結局ふたりは、メナスの提案通り少量の麻痺毒をすでに意識のない男たちに経口摂取させた。 そのための適量も、ちゃんとメナスが毒の成分を分析してから計算して割り出した。 その後念のため武装を解除し、メナスが脇道の1つに彼らの身体を放り込んだ。
彼らの身体を担いで上の層に登り、ましてや街まで連れ帰るのは不可能だ。 これから直ぐに街に戻ってギルドに報告すれば、おそらく彼らを無事に連行してくれるだろう。
ユリウスはロープの先に輪を作り、それを穴の底に垂らして呼びかける。
「これに身体を通して両手でロープを掴んで下さい! そうしたら引っ張り上げるから」
「腰に巻くんじゃなくて、輪っかにお尻で座るようにするといい」
フィオナとルシオラは互いに顔を見合わせた。 その視線がお互いの胸元から足元を往復する。
「どうせ上がっても着るものないし、今だけ目をつぶってもらってても意味ないよね〜」
「どうぞ…… お先に」
「ううん、わたし後でもいいよ!」
「いえ、私は、しっ…… 試験官ですし」
「えぇ〜 それって関係ある〜?」
結局フィオナが先に登る事になった。
もともと彼女は身体能力が高いので苦もなく登り切った。 流石に漏斗状の部分は足が滑ってしまって、ユリウスに手を掴んで引き上げて貰わねばならなかったが。
問題はルシオラだった。
彼女は運動はあまり得意ではないようで、足を滑らせたり大きく揺れたりして手間取った。 結局漏斗状の斜面のところでも足を滑らせそうになり、ユリウスとフィオナが両手を掴んで引き上げた。
ユリウスとメナスの前に、一糸纏わぬふたりの美女が所在なさげに立ち尽くしている──
目のやり場に困ったユリウスは腰に巻いていた上着を渡そうかと思ったが、すぐにひとつしかない事に気が付いた。
「それはシンが巻いといてよ」
「私たちも…… 目のやり場に困りますから」
その代わりフィオナは自分の革の胸当てを。 ルシオラはユリウスの革の胸当てを。 それぞれ裸の胸に取り付ける事にした。
「下着だったらボクの代えがあるけど、フィオナもルシオラもお尻でっかいからなー」
「もぉっ メナスちゃんったら!」
「流石にメナスさんのは、入りそうにないけどね」
メナスの下着への謎の拘りが、こんな所で役に立つかと思ったが、そんな事はなかった。
思わずユリウスも2つ並んだお尻を見比べてしまった。 どちらもメナスの倍はありそうなボリュームだ。 ふたりは最初こそ申し訳程度に手で股間やお尻を隠していたが、それもすぐに面倒になったようだった。
「それで彼らはどこに?」
「あぁ、それならあっちの──」
その時メナスが叫んだ。
「大変だっ! 奴らの身体に【腐肉喰らい】がたかってるっ‼︎」
「何だってっ……⁈」
ユリウスは脇道の入り口まで駆け寄ると松明の火を掲げた。 男たちの身体を積み上げた辺りに黒い山がモゾモゾと蠢いている。
「何故だ…… こっちの通路は崩れて行き止まりだった筈⁈」
その時松明の炎に反応し、虫たちがユリウスに気付いた。 食事を邪魔されて怒ったのか、7〜8匹の甲虫が一斉に羽根を広げて飛びかかってきた。
「すまんっ…… ヘマした! メナス、フィオナ、虫がくるぞっ‼︎」
メナスは直ぐにユリウスの前に立ちはだかった。 フィオナも床に落ちていた愛刀【ヒマワリ丸】を拾い上げ通路に向かう。 ルシオラも同じく鎚矛を拾い上げて身構えた。
最初に飛び出してきた虫をメナスが飛び蹴りで叩き落とす。 その虫にぶつかってもう一匹の虫が地面に叩きつけられた。 脇をすり抜けてきた一匹の虫に、ユリウスは片手剣を叩きつける。 両断までは出来ないものの、地面に叩き落として直ぐにブーツで踏み潰す。 しかしメナスのようにはいかず、何度も何度も踏み付けなければならなかった。
一方、メナスはもう次の虫を蹴り落としてた。 さらに脇をすり抜けた虫を、駆けつけて来たフィオナが上段から斬りつける。
「えいや〜っ!」
60cmはあろうかと言う巨大甲虫が真っ二つに両断される。 ユリウスが振り返ると、もう一匹の虫をフィオナが叩き落とす瞬間だった。 革の胸当ての中で、たわわに実った果実が大きく弾む。
「どんなもんよっ!」
半裸で刀を振り回していたフィオナが、シンに向かってドヤ顔で胸を張って見せる。 もともとほぼ暗闇という事もあってか、もう羞恥心は忘れてしまったようだった。
最後の虫をメナスが踏み潰し瞬く間に【腐肉喰らい】たちは全滅していた。
「それで…… 彼らは?」
ルシオラがおそるおそる尋ねた。
「オレが見てきます」
ユリウスは松明を掲げ通路の中に足を踏み入れた。 すでに濃密な血の匂いが立ち籠めている。
「どぉ……? シン……」
背後からフィオナがおそるおそる尋ねる。
「だめだ! 見るな!」
目を離したのほんのわずかな時間だったが、迷宮の掃除屋には充分な時間だったようだ。 もう男たちは息をしていなかった。 彼らに盛ったのは、あくまで麻痺毒だ。 麻酔薬や睡眠剤ではない。 最初の激痛で意識が戻った可能性もあるだろう。 指一本動かせず、声も出せないまま虫たちに啄まれた可能性もないとは言えない。 虫唾が走るような咎人たちではあったが、その最後はあまりに悍ましい物となってしまった……
ユリウスは複雑な心境だった。
「すみません…… 他の犠牲者たちのためにも彼らには法の裁きを受けさせたかったんですが……」
「貴方のせいではないわ…… シンさん。 彼らの自業自得…… 因果応報なんだと思います」
そう言うルシオラの顔は決して晴れやかなものではなかった。 長年追い続けた友達の行方と疑惑の冒険者たち── やっとそれらが解決したと言うのに、それは決して後味の良い望んだ結果とは言えないものだった。
ルシオラは通路の入り口に跪き両手を組み合わせて祈りを捧げた。 それは単純に【僧侶】としての役目だからなのか── 疑問に思ったメナスがつい口に出した。
「なんでこんなヤツらに?」
ルシオラは直ぐに答えなかった。
ふと見ると、彼女の肩が小刻みに震えていた。 彼女は泣いているようだった。
「彼らにも…… 彼らにもあった筈なんです…… 母親に抱かれてその愛情を一身に浴びた日々がが…… 冒険者に憧れて、胸を焦がした少年時代が…… 陽が暮れて真っ黒になるまで友達と遊んで…… 母親に呼ばれ夕食の待つ家に帰った…… そんな時間が…… 彼らにも必ずあった筈なんです!」
「どうして…… それがどうして…… どこで間違えてしまったのか……」
薄闇の中でも、彼女の頬を大粒の涙をぽろぽろと零れ落ちるのが見えた。 必ずしも彼らにそんな幸福な時があったとは、ユリウスには思えなかった。 けれども彼はルシオラの横に跪き彼女を真似て祈りを捧げた。 例え形だけでもそうするべきだと思った。
気が付くと、メナスとフィオナも隣で静かに祈りを捧げていた。
疑惑の冒険者グループは、その罪を償う事なく冥府へと旅立った… しかし、王都に戻るべく地上へ向かった一行を待ち受けていたものとは……⁈
─────次回予告─────
第28話 〜一難去ってまた一難〜
乞う御期待!




