25 〜デスペラード〜
──────前回までのあらすじ─────
冒険者志願のユリウス、メナス、フィオナたち一行は、ギルドの試験官ルシオラと共に『試練の洞窟』に足を踏み入れた… しかし第二層へ降りた一行は落とし穴の罠に落ち、あまつさえ強酸性のスライムの襲撃に合ってしまう… さらにそこへ何者かの影が忍び寄り……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
三つの人影は何の躊躇いもなく真っ直ぐこちらへと向かってきた。
「こりゃあまた…… 見事にマヌケが引っかかったモンだなぁ。 あんまし期待してなかったんだが」
「まぁ罠を停止してる筈っていう油断が一番効いてるよな」
「ひとりは落ちなかったみたいだが── ん? こいつが例の【SSS+】か?」
流石に警戒したのか、メナスの立つ5〜6mほど手前で立ち止まった。 素手の僧兵相手ならばそれで充分と思ったのだろう。
(全然ボクの間合いの中なんだけどねー)
「その声は……⁈」
ルシオラの顔色が変わった。
「貴方たちっ! 【デスペラード】ねっ! 何故こんな所にっ⁈」
「いいザマだな、ルーシー。 そっからじゃ得意の【神の拳】も届かないかな…… ん?」
男たちの位置からは穴の底のルシオラの姿は見えない。
「おっ臭えな。 この匂いは『スライム・ピット』か? まさかまだ機能してたのか」
「てことはアレか? いまそん中でお嬢さま方は生まれたまんまのおヌードさんってコトかよ!」
「そいつぁはいいや! 脱がす手間が省けるってもんだ!」
「バーカ! 脱がすのが楽しいんじゃねぇか」
その言葉に改めてルシオラとフィオナは自分の姿を見下ろした。 緑色の粘液はいつの間にか股下辺りまで引いていた。 捕食のために意志の力で穴に流れ込んできた粘塊は、命を失いただの液体となった今、あの小さな穴から排水されつつあるのだろう。 しかし一旦は強酸性の粘液に首まで浸かっていたのだ、三人はほぼ全裸と言って過言ではない状態になっていた。
「きゃっ!」
「やぁんっ……」
二人の乙女は仲良く両手で胸と股間を隠した。
「この罠の封印を解除したのは貴方たちですかっ⁈ 一体何のつもりですっ⁈」
「まぁ理由は── ひぃふぅみぃ…… 4つくらいあるけどな。 知りたいか本当に?」
「当たり前ですっ! こんな事許されるとでも思ってるの⁈」
「思ってねぇから、まぁ…… 無事には帰さないんだけどな」
「……なっ⁈」
【デスペラード】のリーダーである禿頭の大男は指を折りながら数えた。
「まずひとつめ。 【SSS+】判定の冒険志願者なんざ気にいらねぇ。 ホントにしろ嘘にしろな」
「そいつぁ今から確かめられるぜ」
クロスボウを手にしたローブ姿の男が合いの手を入れる。
「そしてふたつめ。 こいつらは例のクエストで商人の馬車に乗っていた。 ある事無い事言いふらされたら敵わねぇからな」
「それは後ろめたいコトがあるからだよね?」
メナスが言い返した。
「みっつめ。 ルーシー、お前は前々から気に食わなかったんだよ。 あのガキの件で俺たちの事をずっと嗅ぎまわりやがって…… あんなガキ一匹の事でいつまでも疑われ続けたら堪らねぇんだよ!」
ルシオラの肩がびくっと震えた。
「よっつめ。 これが、まぁ本題だけどな。 お前たちは気に食わねぇから男は殺して、女は奴隷として帝国の奴隷商に売り飛ばしてやる」
「もちろんその前に俺たちで楽しませてもらうけどな」
ルシオラの顔色がみるみる青ざめてゆく。
「やっぱり…… やっぱり貴方たちなのね…… シャウアも貴方たちが…… 他にも何人もの冒険者や依頼主を……」
「シャウア? あぁ、あのガキか? いちいち細かい事は覚えちゃいねぇけど大勢犯して殺して売り飛ばしてやったぜ。 冒険者の稼ぎだけじゃ、やってけねぇからよ」
「ずっと…… 何人も…… 大勢……?」
ルシオラは怒りのためぶるぶる震えていた。
「しんじらんない…… そんな、そんなコトする冒険者がいるなんて……」
フィオナも真っ青になって震えている。
「もうひとりは確か【A+】判定の小娘だったよな。 お前も後でたっぷり可愛がってやるからよぅ…… へっへっへっ」
「あぁ、あのガキも乳がでかかったな!」
フィオナは両手で胸を隠したまま緑の粘液の中にうずくまってしまう。 ユリウスは彼女の肩に手を置いて囁いた。
「大丈夫。 そんなコトは絶対させない。 大丈夫」
「シンんん……」
見上げたフィオナの顔は、すでに涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「あの子も── シャウアも帝国に奴隷として売ったのっ⁈ あの子はまだ生きているのっ⁈ お願いっ…… 教えてっ‼︎」
ルシオラが叫んだ。
「あのガキか。 馬鹿なガキだったぜ」
「どういうコト?」
「あの小娘はなぁ…… 裸にひん剥いてこれからって時に舌噛んでおっ死にやがったんだよ。 胸糞悪いったらありゃしねぇぜ」
「そうそう、そんで地割れに投げ込んでやったんだよな」
「あぁ〜 もったいねぇ」
「ぎゃははははっ‼︎」
「ゆるさないっ……‼︎ あんたたち全員っ……! ぜっっったいにっ…… ゆるさないっっっ‼︎」
ルシオラが泣き叫んだ。
「はいはい、それじゃあどうするよ?」
「ここまで登ってきて俺を殺してみるか?」
「せいぜい舌噛んで死なないでくれよ? 生きてる限りは復讐の機会もあるってもんだ」
「俺はずっとお前を玩具にする日を楽しみにしてたんだ。 今からお前のその澄ました顔がどう崩れていくか楽しみでしょうがねぇ!」
(マスター、もうこいつらやっちゃっていいですか?)
しかしメナスの【念話】はユリウスに届いていなかった。 彼はいつの間にかメナスの横に立っていた。
「初めて出会った冒険者が── まさかこんな奴らとは…… 流石に、オレも…… 少し…… な」
(マスター⁈)
ユリウスは落ちていた自分の上着を拾い上げると気怠そうに腰に巻きつけた。
「なんだぁ、てめえ? どうやって上がってきた?」
「こいつは確か盗賊だった筈ですぜ」
「じゃあ不思議でもないか」
実際ユリウスはあの小さな穴に手足をかけて這い上ってきたのだが。
「シン……⁈」
フィオナが叫んだ。
「まさかお前が俺たちの相手をするってか? まぁ、もともと男は殺すつもりだけどよ」
「あれからギルドでお前たちの【適性検査】を見てたってヤツを捕まえたんだ。 確かお前は【D-】の盗賊だったよな?」
「それも、29歳とか言ってなかったか?」
「言ってた言ってた…… ひょろひょろの勘違いジジイが今さら冒険志願にきたって!」
「ぎゃははははっ‼︎」
「メナス、残りの三人は頼む。 オレはこいつをやる」
ユリウスは禿頭の大男をまっすぐ見据えたまま宣言した。
「……わかりました」
大男の表情がすっと真顔になる。
「面白い……【D-】判定の志願者風情が、この俺……【S-クラス】冒険者である【純白のヴァイス】さまに勝つ気とはな…… 武器を拾え」
「お前なんかこれで充分だ」
ユリウスは盗賊の師範に貰った銀の短剣を握りしめた。
(メナス、気をつけろ)
(わかってます)
キン!
その時メナスの足にクロスボウの矢が当たり、そして跳ね返った。
「なんだ⁈ 今どうなった?」
確かにあった筈の手応えに、クロスボウを撃った男が狼狽える。 彼の名は【薄紅のロゼ】。【A】ランク冒険者で職業は暗殺者の男だ。
彼の左手には、しびれ薬の毒壺が握られていた。
「念のため、そいつらを見くびらない方がいいですぜ…… リーダー」
ユリウスとメナスの背後から声がした。
「そいつは、他の三人は、と言った。 本当だとしたら、俺のコトを最初から気付いてた事になる」
暗闇の中に痩せた革鎧の男が立っていた。 彼の名は【群青のブラウ】。
【A+】ランクの冒険者で職業は盗賊。 ヴァイスとは一番付き合いが長い、彼の片腕だった。
「まぁ確かに【SSS+】判定を舐めてかかるほど馬鹿じゃあねぇ…… おいオランジェ、弓はロゼに任して投網かなんか別の武器を用意しとけ!」
「わかったぜ!」
長弓を背に担いだ男が返事をした。 彼は【橙黄のオランジェ】。【A-】ランクの冒険者で職業は猟兵だ。
「お望み通りに相手してやる── 来い」
そう言うと、禿頭の大男は背中の両手剣を片手で抜き放った。
彼は【デスペラード】のリーダー【純白のヴァイス】。【S-】ランクの冒険者で職業は狂戦士だ。
男は全身に殺気を漲らせながら、刀身が1.5mを優に越す大剣を上段に構え真っ直ぐにユリウスを睨みつけた。
『試練の洞窟』地下二層でスライムの落とし穴に落ちた一行… そこへ現れたのは例の怪しい冒険者グループだった… 未だ穴の底で装備も溶かされた一行は、果たしてこの窮地を乗り越える事が出来るのか…⁈
─────次回予告─────
第26話 〜鬨の声〜
乞う御期待!




