112 ~スキエンティア領〜
またまたご無沙汰しております
実は仕事が忙しくなってしまって、なかなか執筆に向き合える機会が持てませんでした……
実は今回の投稿も当時からあるストックになります
ユリウスたちは西へ向かって飛翔していた。 【飛行】の呪文を唱え、ルシオラとフィオナ、そしてメナスを伴っての空の旅だった。 今は軽く障壁を張りながら、馬車のおよそ十数倍の速度で飛行している。 これなら2時間くらいでスキエンティア領のルシオラの実家まで辿り着けるだろう。 念のため、誰かに目撃されてもいいように【認識阻害】の呪文もかけてある。
術者のユリウス以外は、自由意志ではなく他者に運ばれている感覚なので「飛んでいる」と言うよりも「吹っ飛ばされている」と言った感覚であまり心地のいい旅ではないかも知れない。 ルシオラはユリウスにしがみつくように抱きついていたし、フィオナもさすがに最初の頃は不安そうだった。 もっとも今では空から見下ろす大陸の眺めを楽しそうに堪能していた。
「すごい、すご〜い! わたし鳥になったみた〜い!」
侍の鎧から着替えた白のワンピースをはためかせながら、両手を広げて満面の笑みを浮かべている。 ルシオラは相変わらずユリウスにしがみつきながら、片方の手で眼鏡の縁を押さえていた。 少し遅れて殿を務めるかのように無表情のメナスが続く。
そろそろスキエンティア領に差し掛かる頃だろうか。 このまま行けば、夕方前には館に到着する筈だ。 ユリウスも二大都市から西側へはほとんど足を運んだ事がない。 だから【|《転移門》ゲート】の呪文が使えないのだが、これはこれで【飛行】の呪文に慣れてもらう良い機会かも知れない。
眼下を流れる景色を見ながら、ルシオラは所在なさげに下唇を噛んでいた。 しかしそれは、決して初めて空を飛ぶ体験の不安からくる物だけでは無かった。
「あっ……」 ルシオラが小さく息を呑んだ。
「どうした? ルシオラ」
「あんなところに畑がある── 私がいた頃は草原だったのですが…… あのすぐ先が、私の実家の筈です」
「……そうなのか」
ユリウスは飛翔の速度を落とし少しずつ高度を下げてゆくと、隣と後ろにいるフィオナとメナスにも聞こえるように声をかけた。
「そろそろ目的地だから、少し手前で降りて歩いて行くぞ」
「それなら、わたしはここで降ろしてもらおうかな。 下の畑を見てみたいんだけど」
「いいけど、どうしたんだ? あの畑に何かあるのか」
フィオナの申し出に、ユリウスは素朴な疑問を抱いた。 今はほとんど歩くくらいの速度までスピードを落としていたので、会話に支障はない。
「前にルシオラが作物が育ちにくいって言ってたから…… わたしの村も昔は苦労したらしいし興味があって」
見下ろすと、確かに耕した大地が広がっているが、それほどの面積ではない。 そして収穫した後なのか種を蒔いたばかりなのか定かでないが、今は何を栽培しているのか分からなかった。
「それに── 最初はルシオラとシンだけで行ったほうがいいんじゃないかと思うんだ……」
「……フィオナちゃん」
ルシオラとフィオナが視線を合わせた。
「それじゃあボクもフィオナと降りようかなー ふたりっきりにしてあげたいし、フィオナも心配だし」
「うふふ、ありがと」
これから婚約を報告しにゆく── しかも10年以上前に家を出たきり、ほほ絶縁状態の実家に。 さらに相手は行方不明の三賢人ときている。 なんとも気の重い話だった。 気を遣ってくれたのか面倒を避けたのかはともかく、ふたりの申し出はもっともだった。
「わかった。 それじゃあふたりはここで降ろそう」
ユリウスたちはそのままゆっくり降下して大地へと降り立った。 少し歩けば耕作地は目の前だ。 ユリウスは、ふたりの【飛行】と【認識阻害】を解除してやる。
「もし何かあったら【念話】で呼んでよ。 館を訪ねるにしても、このまま帰るにしても」
「あっそうか。 その可能性もあるのね〜」
後の事を全く考えていなかったらしいフィオナが呟いた。 ユリウスは頷くと傍に立つルシオラの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「それじゃあ行こうか、ルシオラ」
「はい、ユリウスさま」
ふたりは軽く抱き合ったまま、再び上昇してゆく。
「それじゃあ、がんばってね〜」
「ファイトー!」
足元で手を振るふたりを見下ろしながら、ユリウスとルシオラは軽く手を振り返す。 そのままゆっくりと速度を上げ、西へと進路を取る。 畑の上空で、ひとりの農夫が膝をついて土をいじっているのが見えた。 すぐにスキエンティア邸が見えてきた。
ユリウスとルシオラは、スキエンティア子爵邸の前に降り立っていた。 柵に囲われているが、それほど厳重な物ではない。
傍に立つルシオラの緊張がユリウスにも伝わってきた。 彼にも見に覚えがないではない。 7年ぶりにクラプロス男爵邸の門の前に立ったあの日は、つい数週間前の出来事だった。
そこでふと気が付いて、彼は【認識阻害】の呪文を解除した。
──────────
フィオナとメナスのふたりは、耕された土の上を通路沿いにゆっくり歩いていた。 フィオナが興味深そうに覗いてゆくと、ほとんど何も植えられていないか発芽前の中、まばらに作物が植えられている箇所が散見された。 どうやら実験的に作られた耕作地なのではないかとメナスは予想する。
「う〜ん したいコトはなんとなくわかるんだけどねぇ……」
いつになく真剣なフィオナの表情に、メナスは感心していた。 この燃えるような赤毛の侍の少女は、ほんのひと月半くらい前までは農家の娘だったのだ。
ずっと下を向いたまま歩いていたのでフィオナは気付いていなかった。 声を掛けられて初めてその老人の接近に気が付いた。
「見ない顔だね。 どこのお嬢さん方かな」
麻のシャツに厚手のズボン姿のその農夫は、日に焼けた肌に白くなった長い髭が印象的だった。 歳は分からないが、大柄で腰も曲がっておらず精悍な雰囲気を纏っている。 優しげな笑顔の老人だった。
「あっ ごめんなさい。 わたし畑に興味があって…… ちゃんと踏まないように歩いてますから──」
「わかっているよ。 ずっと気を遣って歩いてくれていたね。 ありがとう」
そこでフィオナは、最初の質問に答えていなかった事に思い至った。
「あっ わたしたちは── 友達の里帰りについてきたんだけど…… さいしょは家族水入らずがいいかなって思って。 ちょうど畑が目に入ったから…… ごめんなさい、おジャマでしたらすぐ行きます!」
フィオナの辿々しい言葉を、老人は目を細めて聞き入っていた。
「そうか、優しい子だね。 いや、淑女に子なんて言ったら失礼だったか。 でも友達の家族は、そんな事気にしないんじゃないかな」
「でも彼女、けっこう久しぶりの帰省みたいだから」
「ふむ、久しぶりの帰省……か」
自立して家を出た家族の事を重ねたのだろうか、老人は遠くを見るように呟いた。
「ところでどうだね、この畑は?」
「う〜ん、どうって聞かれてもこれだけじゃあなんとも言えないけど…… やっぱり土が良くないのかなって」
「ほう、お嬢さんは農業に詳しいのかな」
老人の目の色が微かに変わったのをメナスは見逃さなかった。 なんなら、最初の出会いからヒヤヒヤしながら様子を伺っていた。
「あっ わたし、こう見えても農家の娘なんですよ。 ずっと北の方にあるシュテッペ村って言うんですけど、聞いたことある?」
「……うぅん、すまない。 世間知らずなジジイなものでな。 そうか、農家の娘さんだったか。 それにしちゃあ仕立てのいい上等な服を着ているね」
「うん、実は家出して、いまは冒険者やってるの。 これでもけっこう強いんだから!」
そう言いながらフィオナは、右手を上げて力こぶを作って見せた。 真夏の空に浮かぶ積乱雲のような、大輪に咲いた向日葵のような眩しい笑顔だ。 老人は既に、自分がこの少女を好ましく思っていると認めざるを得なかった。 彼は照れたように顔を伏せると、そこに膝を付いて足元の土をすくい上げた。
「このスキエンティア領にはな、昔から特産品と呼べる物がなかったんだ…… ワシは時間をかけてでも何とかしてこの土地を、穀倉地帯に出来たらと思っているんだが──」
そこで老人は声を詰まらせた。
「なぁ、お嬢さん。 この畑は、どうしたらいいと思う?」
「この畑って、お爺さんがひとりでやってるの?」
「いや、いつもは人に手伝ってもらっているのだが…… この調子だしな。 今日はひとりで様子を見にな」
「みんな素人って……コト?」
背後で慌てたように手をバタつかせているメナスが、何とかフォローしようとタイミングを伺っている。 どうやら彼女には、導火線に火がついた爆弾でも見えているかのようだ。
「ははははっ その通りだな。 お嬢さんから見たら、みんな素人なんだろう」
怒るでもなく老人が笑うのを見て、メナスはほっと胸を撫で下ろした。
「う〜ん、それならさぁ…… ヒマワリ畑を植えるっていうのはどう?」
「ヒマワリ畑……?」
老人が虚を突かれたかのような表情を見せる。
「ヒマワリってね、とっても強い植物なんだよ。 それに深く根を張って土をやわらかくするし豊かにするの! 花が咲いたら刈り取って、タネは油か家畜のエサになるし、あっ炒めて食べたらオヤツにもなるよ。 株はそのまま畑に蒔いて堆肥にできるの!」
「そうか、そう言えば聞いた事があるような…… 確か、輪作とかいうヤツだな?」
フィオナの迫力に圧倒されながらも、老人が目を見開いてゆく。
「そうそう! おなじモノばっかりつくってると栄養がかたよって土が痩せちゃうから違うのを交代で育てるんだよ」
「……ヒマワリ畑か。 冗談かと思ったが、いやしかし──」
「うちの村って寒冷地……? っていうところだから、昔はみんな苦労してたみたい。 そういえば変わり者のお爺さんがいてね、キュルビスさんっていうんだけど、寒い土地でも育つ作物や小麦の研究をずっとしてたの。 いまでもしてるんじゃないかな?」
その言葉を聞くなり老人はいきなり立ち上がるとフィオナの手を取った。
「もし差し支えなければ、その方のお知恵を拝借出来ないだろうかっ⁉︎ ……そうだっ! よろしければ、この領地に滞在して頂いて、もちろん出来る限りの対価も支払おう!」
「えっ あの爺ちゃんを…… そんなコトきゅうに言われても──」
そこで老人は我に帰り、自分が泥だらけの手でフィオナの手を握りしめている事に気が付いた。 慌てて手を離すと気不味そうに後ずさる。
「すまなかった…… つい興奮してしまって。 せっかくの着物を汚してしまうところだった」
フィオナは土のついた手のひらを見てから、何事もなかったかのように微笑んだ。
「いいよいいよ、こんなの。 洗えばすぐ落ちるし。 それよりキュルビス爺さんのはなし── もし本気なら、シンに相談して会ってくるけど?」
「いいのかね?」
自分でも相当おかしな事を言っている自覚があるのか、老人は意外そうに聞き返した。
「うん、いま帰省している友達といっしょだから、あとではなしてみるね」
「そうか、それはありがたい!」
「それなら是非、我が家で手を洗って── 家族と一緒に食事でもしていってくれんかね? その友人とはどこで待ち合わせを……」
「いいの⁈ じつは少しおなかがへってて…… いいかな、メナスちゃん?」
満面の笑みで振り返るフィオナに、メナスは無言で頷くしかなかった。
「あー ボクもお邪魔していいんですか?」
「もちろんだ! すぐ近くだから今からおいで」
そう言うと老人は踵を返し西へ向かって歩き出した。 少し進むと振り返り、ふたりがまだ顔を見合わせているのを見て声をかける。
「さぁ、ついておいで。 遠慮はいらんから。 もう夕食の支度を始めている頃だろう」
フィオナとメナスは、老人の背を追って歩き出した。
またしばらく間が空くかも知れませんが、完結する意思はありますので、生存確認まで




