111 ~図書館と里帰り〜
ご無沙汰しております
風邪を引いて寝込んでいたり、それで遅れた分の仕事やら雑事やらに追われておりました
まだ取り戻せていないので、約週一のペースに戻せるかは未定です
結論から言えば、二班に分けてのハンデル、インドゥストリ両都市での情報収集は芳しくない結果に終わりそうだった。 ハンデル到着五日目の時点で、ずっとインドゥストリ側のキアラの住まいに寝泊まりしていたふたりがハンデルの宿に戻ってきたが、やはりと言うか新しい情報は何も掴めていなかった。 ユリウスたちにしても勝手の分からないハンデルで商店や流通業者、果ては情報屋のようなものにも頼ってみたが、内容が内容なだけに雲を掴むような話しか出てこない。
「それじゃあ私たちは、今日からハンデルの情報収集にあたりますね」
ずっと自分の工房に寝泊まりしていたのが後ろめたいのか、キアラが申し訳なさそうに宣言する。
「そうだな、オレたちもインドゥストリに行ってみるか……」
「工業都市ってどんなんだろ? なんか楽しみ」
浮かれるフィオナを横目に、キアラが不安気に進言する。
「正直インドゥストリは、観光には向かない場所ですよ。 うるさいし臭いし、空気も汚いですし」
「えぇ〜 そうなのぉ〜」
「いや、観光に行くわけじゃないから」
とは言え、元よりかなりの確率で徒労に終わると分かっていた任務だ。 観光を兼ねているから我慢出来る部分もある。 現にフィオナはハンデルの商店で珍しい雑貨や上等な衣類、珍しい食事の数々を思う存分堪能し、その内いくつかをお土産に購入していた。 シルクの純白のワンピースと赤いリボンの麦わら帽子は、取りわけお気に入りだ。
「念のため、スズメ蜂の出没や【彷徨える魔獣】についても当たってみましたが、最近はあまり見ないそうです」
「正直ユリウスたちがインドゥストリに行っても、何か成果があるとは……」
ラウラとキアラは、言いにくそうに顔を伏せた。 彼女たちも、ずっとキアラの工房で錬金術談義に花を咲かせていた訳ではないのだ。
「そうか…… オレも魔素機関とかには興味がない訳じゃないが── 今回は集中できそうな気分でもないしな」
「ねぇ、一週間くらいで切り上げて報告に帰ったら問題あるかなー?」
メナスの問いかけに、ユリウスたちは元ギルド職員のルシオラの顔を覗き込む。 しかし当の本人は、何やら物憂気な表情を浮かべて黙り込んでいた。 やがて一同の視線に気付き慌てて顔を上げた。
「ご、ごめんなさいっ! ちょっと今考えごとをしていて……」
「めずらしいねぇ〜 ルシオラがそんなに慌てるなんて」
ユリウスは、そんなルシオラの様子を見てふと思い当たる事があった。
「ルシオラ…… やっぱり、ご両親のところに挨拶に行かないか」
ルシオラが、はっと振り返る。
「で、でも…… 今回は重要な任務ですし……」
「それは充分承知の上だが、せっかくここまで来たんだし、1日くらい良いんじゃないかな」
今まさに思い悩んでいた事を見透かされ、ルシオラは戸惑いを見せると同時に、暖かい感情に包まれていた。
「そうだよぉ〜 せっかくだから会ってきなよぉ〜 あっ、わたしもルシオラのお家、見てみたいかも」
「そうして下さい! ハンデルでの情報収集は私たちに任せて」
ルベール族の領地とスキエンティア領は隣同士だ。 両親がもうないラウラには、どこか他人事とは思えないのかも知れない。
「……そうですね。 そう言って頂けるのなら」
そう呟くルシオラの瞳は、碧い海の水面のように揺れていた。
「それじゃあボクはお留守番? ついてってもいいのかな」
「是非一緒に来て欲しいわ。 メナスちゃんはユリウスさまの妹で、私の友達なんだから」
ルシオラがメナスの手を両手で包み込んだ。 メナスは、ぽかんと口を開けていたが、その後照れくさそうにはにかんだ笑みを見せた。
「でもスキエンティア領まで、どうやって行くんですか? 馬車で1日じゃ片道も難しいよ」
「私ならたぶん、ルベールの集落になら【転移門】を開けると思うけど……」
キアラとラウラの心配はもっともだ。 ユリウスもスキエンティア領までは行ったことがない。
「【飛行】の魔法で行くつもりだ。 たぶん、ここからなら2時間くらいで行けるだろう」
「えぇ〜 それって空を飛んでくってことぉ〜」
フィオナの叫びにはむしろ、驚きというより歓喜の響きが含まれていた。
【飛行】の呪文自体は、そんなに高位の魔法ではない。 しかしコントロールが難しく、制御を失うとそのまま死に直結する。 ましてや飛行中に他の呪文の詠唱など出来よう筈もなく、あまり習得に情熱をかける術士は少ないのだった。 しかもユリウスのようにパーティー全員を連れて行けるような技は、ただの【飛行】とは別次元の技術なのだ。
結局ユリウスたち里帰り組は、今から準備をして昼過ぎには出立する事にした。 キアラとラウラは、今日はゆっくり休んで明日からハンデルの調査に注力する予定らしい。
6人で細かい報告と確認をしながら昼食を囲むと、各々準備のために解散した。
準備と言っても、ユリウスたちは正装に着替えて必要最小限の手荷物を用意するだけの事だった。 一泊する予定も無いので、実質着替えるだけで完了した。
ルシオラはハンデルで購入したライトブルーのシックなドレスで着飾っていた。 上品で落ち着きのある、大人の女性の装いだった。
ユリウスは略礼服のスーツ、メナスはゴシック調の少女らしいドレスを新たに購入した。 白と黒を基調にしたそれはフリルとリボンもたっぷり付いていて、最近の彼女の服装からは大分かけ離れた印象だ。 店の試着室で袖を通したメナスは、皮肉にも「お人形さんみたい」と店員に感嘆されたのだった。
フィオナも買ったばかりの純白のワンピースを身に纏った。 しかし高級なシルクのそれはあまりに薄く、ちゃんと下に肌着を着込まないと大変扇情的な見た目になってしまう事が判明した。
「それじゃあ、行ってくる。 もし今夜帰れないようなら【念話】で連絡するから」
「わかった。 それじゃあルシオラさんも、がんばってね」
ユリウスたち四人は、キアラとラウラに声をかけると中央街道を西に向かって歩き始めた。
【念話】の呪文がそんな遠距離まで届くものなのか? 一瞬ラウラも疑問に思ったが(まぁ、ユリウスならば)と考えるのを放棄した。
部屋に残されたふたりは、ベッドの上に横になり他愛のない会話に耽っていた。
「今日はどうするの? このまま夕食までゴロゴロしてる?」
「私…… 図書館に行ってみたいんですが……」
ラウラは、ここハンデルに大きな図書館があると聞いて、ずっと気になっていたのだった。
流通の中心ゆえ、ハンデルには知識や情報も集まりやすい。 書籍なども例外ではなかった。 商業ギルドの古い役員たちが、せっかく集まった知識を一箇所に集め保存する目的から建てられたその図書館は、今では地上4階の大図書館へと発展していた。
「でもアレって、誰でも気軽に入れるところじゃないよ。 貴族の人たちとか、商業ギルドとか、工業ギルドとかの確かな身分証明がある人とか……」
そこまで言いかけてキアラは気付いた。 ラウラの金色の虹彩を散りばめた美しい黒瞳が、期待を込めて自分を見つめている。 その瞳が「あなたは、両方あるよね?」と言っていた。 キアラは、ひとつ溜め息をついて頭をかきながら上体を起こした。
「仕方ないなぁ…… もう少ししたら行ってみる?」
「そう言ってくれると思ってました!」
そう叫びながらラウラに抱きつかれ、ふたりはもつれあったままベッドを転げ落ちた。
「いった〜い…… 気をつけてよねぇ……」
「ごめんなさいっ 私うれしくって興奮しちゃって……」
そう言うふたりの表情は、何故かとても楽しそうなのだった。
今は残りの章を手を付けられるところから書いている状態です もうしばらくお待たせしてしまうかも知れません