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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
101/111

101 ~男爵邸での夕食会〜

101話です、この辺りからつい最近書いたものになりますので、いつかまた改稿するかも知れませんね


 冒険者ギルドから引き続き待機を言い渡されたユリウスたちパーティーは、翌日クラプロス男爵邸へと揃って訪問する事になった。 前回執事のアルブスと約束した通り、その日6名で夕食に訪れる事は事前に伝えてある。 


念話(テレパシー)】の呪文では、相手からの返事がないので心許ない。 また声もユリウスの物とは相手に分からないので怪しまれるだけだろう。 メナスとのように会話をするには双方が呪文を使える必要があるのだ。


 だから連絡には【伝言(メッセージ)】の呪文を使った。 これはまぁ、言ってしまえば魔法の郵便のような物だ。 ごく近距離に一葉のメモなどを送り届ける呪文だ。 途中で紛失したり誰かに奪われる危険性もゼロではないが、当たり障りのない文面にすれば問題はないだろう。


 そろそろ夕刻に近づく頃、一同は【砂岩の蹄鉄亭】のユリウスの部屋に集まり【転移門(ゲート)】を開いた。 行先は当然クラプロス邸の玄関ホール前だ。 ちなみにラウラとキアラのふたりは、意気投合した事も幸いしてか、ふたり仲良く【砂岩の蹄鉄亭】に部屋を取っていた。 都合よく隣とはいかなかったが、ユリウスたちと同じ3階に二人部屋が空いていたらしい。


 クラプロス邸の玄関ホールに黒い窓を潜って訪れると、既に執事のアルブスとその妻でメイド頭のフラウム、新人メイドのカエルラたちが一列に並んで待っていた。


「お待ちしておりました! 旦那様、皆様方」

「そういう堅苦しいのは、毎回はいいよ」

「そんなわけにはまいりません──」

「そうそう、この二人なんだけど──」


 話が長くなりそうな気配を察して、ユリウスは新しい冒険者仲間のふたりを紹介する。 まさか帝国の元皇女殿下とは思われないラウラとは対照的に、錬金術師ミュラーの孫であり子爵家令嬢でもあるキアラは熱心な歓迎を受けた。 ラウラは意に介した気配はなく、むしろ快適にすら感じているようだった。


 早速夕食会の準備が始まりテーブルが用意される。 ユリウスは庭師のルーフスも呼ぶように伝えたが、彼は休暇を取って娘夫婦の家に泊まっているらしい。 残念と言うより、むしろ喜ばしい事だとユリウスは思う。


 夕食はユリウスの希望で、肩の凝るようなフルコースではなく家庭的なメニューにしてもらった。 魚介類の入ったシチューにバケット、数種類のチーズにワイン、鶏のモモ肉の炙り焼き、ポテトとニンジンとコーンのソテーなどがテーブルに並ぶ。 一般的な家庭の物よりは幾ぶん豪華になってしまうのは仕方がない…… フィオナとラウラは蜂蜜酒(ミード)を、メナスはリンゴジュースを頼んだ。


「おいひぃ〜 わたし鶏肉だいすき!」

「もう、フィオナったら…… はしたない」


 美味しそうにモモ肉にかぶりつくフィオナを子爵令嬢のルシオラが嗜める。 同じ子爵令嬢でもキアラはと言うと、職人工房に長く勤めているせいか豪快な食べ方と言った印象だ。 それを横目で見ながら、ラウラが一生懸命フィオナの真似をしようとしているのが微笑ましい。 元皇女殿下は、その育ちの良さを隠そうと必死で勉強中なのだった。 鶏肉料理には一家言あるメナスは、使用したスパイスの種類をフラウムに尋ねていた。


「うん、シンプルだけど、これは中々いけるね」


 そこはかとなく微妙に上から目線なのが彼女らしいと言えば彼女らしい。


 和やかな雰囲気のなか食事が進んでいると、アルブスが恐る恐る口を開いた。


「ユリウス様、やはりまだ…… お戻りになる事は──」

「すまない、アルブス。 しかし王国のために動いていることは信じて欲しい」

「それは、もちろんでございます」


 彼の表情には言葉とは裏腹にやはり落胆の色は隠せない。 ユリウスも自責の念が無いではないのだ。 しかし今は、自由に動き回れる方が都合がいい。 フィオナたち仲間の事もあるし、()の襲撃がいつあるかも分からないこの状況では……


 まだ何か言いたそうにしている執事にユリウスは尋ねた。


「アルブス…… この屋敷には、客人用の馬車小屋はあったかな?」


 滅多に屋敷には帰らかった彼だが、その時ですら【転移門】を使用していたのだ。 あるとは思っていたが、馬車用の小屋の状態など知る由もなかった。 


「もちろん御座います。 この屋敷専用の馬車も…… お客様用の馬車小屋も」

「一度もご使用になられた事は…… 御座いませんが」


 だんだん落ちていく声のトーンに、ユリウスは申し訳ない気持ちを募らせてゆく。


「悪いんだが、そのうちの一つをしばらく貸してもらえないだろうか? あまり人目につかないようにしたい物があるんだ」

「もとよりここは旦那様のお屋敷で御座います。 それは構いませんが…… 一体何を……?」


 そこでフラウムとカエルラが、デザートのケーキを運んできてテーブルに並べ始めた。 女性冒険者たちから思わぬ歓声があがる。 生クリームをたっぷり使ったケーキに一同が舌鼓を打つと、そろそろ楽しい夕食会は終わりの時を迎えようとしていた。


 食後ユリウスたちはアルブスに案内されて、屋敷の裏にある馬車小屋を見せてもらった。 月明かりを頼りに薄暗い裏庭を進んでいくと、ちょうど湖に面した場所に客人用の馬車小屋が二つ並んでいる。 裏手には、うまい具合に広葉樹が何本か植えてあり、外からは見えにくいようになっていた。


「ねぇ〜ねぇ〜 こんなトコ見てどうするの〜 あっ! いよいよ馬車を買っちゃうとか〜?」


 フィオナが無邪気にアルブスが開いてくれた小屋の中を覗き込む。


「違うよ。 もし馬車を買っても、冒険者がここから通ってたら怪しまれるだろう?」

「あっ そっか〜」

「なぁキアラ。 良かったらあの【騎乗型ゴーレム】、ここに置いといたらいいんじゃないかな?」

「あー そういう?」


 メナスが納得の表情で頷いている。


「えっ それは嬉しいけど…… いいの? このお屋敷から、あんな目立つのが出入りして」


 フィオナとルシオラの顔にも、同じセリフが書いてあるようだ。 もちろんアルブスは、何のことやらさっぱりと言った表情だった。


「いや…… あの倉庫から、この馬車小屋の中に、直接【転移門】で移動するんだ」


 フィオナとルシオラが顔を見合わせる中、キアラとラウラの瞳は輝きを宿していた。


「そうすれば、もし地下迷宮や高い塔…… どんな侵入困難な難所でも【転移門】でここに取りに来れるじゃないか」

「あっそうか! な〜る さっすがシン! あったまいい〜!」

「天下の三賢人にそんなこと言えるの、フィオナだけだと思うよー」


 ツッコミと言うより、心底感心した様子でメナスが呟く。


 ユリウスたちはアルブスにも事情を伝えて、その夜のうちに例の貸し倉庫からキアラの【騎乗型ゴーレム】と機材一式を馬車小屋のひとつに運び込んだ。 念のため小屋には【防音】や【魔力検知阻害】の呪文をかけておく。


「ありがとう、これで安心して遠出できるよ。 倉庫代も浮くしね」


 悩みのタネがひとつ減って、キアラは本当に嬉しそうだった。


「私たちも訪ねて来ていいんですか? メンテナンスとか改良とか…… ちょくちょく触りに来たいんだけど」


 キアラが、アルブスとユリウスの顔を交互に伺う。


「旦那様がよろしいのであれば、もちろん我々に異存はありませんが……」

「私と一緒ならユリウスさまが居なくても来れるよ。 私も【転移門】使えるし」


 ラウラが金色の虹彩の混じった美しい黒瞳を輝かせて提案した。


「本当⁈ あなたって本当に凄い魔術士なんだねぇ!」


 これにはキアラも心底驚いた様子だ。 ふたりがウマの合う友達を見つけたようで、何だかユリウスまで嬉しくなる。


「もちろん構わないよ。 ただ緊急時以外は、ちゃんと玄関ホールに【転移門】を開いて、屋敷の者に挨拶してから小屋に行って欲しい」

「そうして頂けると安心いたします」


 どこまで理解出来ているのかはともかく、アルブスは深々と頭を下げた。


「それじゃあ、そろそろお(いとま)しようか」


 ユリウスたちは玄関ホールに戻ると、迎えてくれたフラウムとカエルラにも、礼と別れの言葉を告げる。 ユリウスはカエルラに、結婚退職したと言う彼女の先輩メイドが、今どこで何をしているかを尋ねた。 訝しがる彼女に「今はまだ秘密にしておいて欲しいが、いずれ必ずお礼がしたい」と告げると、若いメイドは我が事のように喜んでくれた。


「それじゃあまた、近いうちに帰るよ」

「旦那様に皆様、心よりお待ちしております」

「それじゃあ、まったねー」

「ごはん美味しかったぁ〜」

「小屋の件、ほんとうに助かりました」


 ルシオラとラウラは、無言で深くお辞儀をする。


「【転移門】!」


 ユリウスが呪文を唱えると、玄関ホールに黒い円形の窓が現れた。 一同はもう一度振り返り会釈をすると、順番に窓の中へと消えていった。


 門の先は、懐かしい第二の我が家【砂岩の蹄鉄亭】のユリウスの部屋だ。


なんとか週に一度は更新したいと思います

気長に見守って頂けると幸いです

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