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第七話:新しい法律は古い約束を終わらせる

 突然とファインが居座ることになり、ケンコもセイレイも困惑していた。というよりも、城にいる者のほとんどが、彼女をどう扱っていいかわからないようである。とにかくは丁重におもてなしをしなければならない客として、存在していた。


 彼女はエンサが城へと戻ってくることを信じて、モヒトツ王国で待つと宣言。それには、ファインの父親である西方の国の王も認めていた。この異例ともなる事態に、ケンコたちは頭を悩ませることとなる。


「国王様、ファイン王女様の件はいかがなさいましょうか」


「どうにも、こうにも。今の政策を新たに見直したくても、大臣はあまり動けないだろう? 僕だってそうさ。西方の係争地帯で、軍をどのようにして動かそうか頭を抱えているんだ」


「王女様の存在は少しばかり厄介ですからね。彼女はまだ西方の国の者としている。まだこの国の者ではございませんので、間者ではないとわかっていても、動かしづらいでしょう」


「できれば、彼女を人質に取りたくはない。そんなことをすれば、西方の国とも戦わなくてならないだろう。向こうはおじい様が結んだ同盟の話を棄却してくるに違いない。このまま、現状が長引けば、漁夫の利で土地を狙う他国も現れるということもあり得るのだから……」


 なかなか齢十一とは思えない頭の回転っぷりだ。そうセイレイは感心していた。流石はエンサの弟とも言うべきか。あの若き天才将軍がいなくとも、様々な可能性を自分の頭で導き出しているではないか。


「同様に、我が国の政も大仰には動かせないでしょう。ですから、どうでしょう? いっそのこと、ケンコ国王様がファイン王女様と結婚するというのは」


 そんな提案を持ち出してみた。これにケンコは悪い話ではないとは思っているが、果たしてファインは自分と結婚することを納得してくれるのだろうか。いや、それはない。ずっとエンサとの結婚を夢見る乙女なのだ。毎晩、星に語り掛けるほどの頭がぶっ飛んだお嬢様なのだから。昨日なんて、ゲストルーム前を通りかかったとき――。


【ああ、お星さま! わたくしは、いつになれば、エンサ王子とご結婚ができるのでしょうか!? わたくしはずっと待っているのですよ! モヒトツ王国建国記念日のパレードがあったときから!】


 なんて大声で叫んでいたのだから。それも、廊下にも響くほどの大きな声で。これは場内にいる誰もが聞こえているのではないかと思うぐらい。


 ファインの思いはわからなくもない。だが、いつまでも彼女がエンサを待っていたとしても、彼は――。


「兄上はあの森の中にいるんだ。どう足掻いても、抜け出すことのできない場所だし、魔物もうようよいる。おそらく兄上はもう……」


「そうですね、仮にあの箱を開けることができたとしても、エンサ王子様は――」


 死んでいるはずだ。そうケンコが言いづらそうにしている言葉を、セイレイが口にしようとするのだが、その先は言わせない。


「エンサ王子は生きておりますわ! わたくしはそう信じています!」


 ファインが割って入ってきた。唐突に出てくるものだから、あまりの神出鬼没さに心臓が止まるほど。肩を強張らせる二人は執務室へと勝手に入ってくるな、と怒鳴りたいその口を思いとどめさせて――。


「い、いかがなされましたか、ファイン王女様」


 話を誤魔化そうとした。


「何か御用があるならば、使用人たちに言ってくださられば、こちらが動きますが」


「ええ、動いてくれるのであれば、わたくしの話を直接聞いてもらいたくて」


 自分のドレスを翻しながら、ファインは窓の外を見た。遠くに見える城下町は活気に満ちているようである。その視線の先と様子を鑑みるならば、お忍びで城下町に行きたいのだろうか。なんて、そのようなことを考えていたのだが――。


「わたくし、モヒトツ王国に新たな法律を提案したく思います」


 突拍子な発言にケンコもセイレイも互いに顔を見合わせた。これは空耳ではないよな? いや、現実だ。ファインが自ら自分の口で発言したものだ。


「王女様がですか? 申し訳ありませんが、国の法律とはその国に住まう者が決めることで、それはどこの国でも同じ決まりがあります。ですので、西方の国に住まうファイン王女様にそのような権限は――」


「あるわ。だって、わたくしはエンサ王子と結ばれた婚約者ですもの!」


「し、しかしですね……」


「あら、これでもモヒトツ王国の法律に関わる文書を読ませていただいたわ。わたくしが提案するのは、追放者の処遇についての改善だけよ」


 そう言う彼女から提案書を受け取ったケンコ。それを覗き見るようにして、セイレイは記載されている文章に大きく目を見開くのであった。


「……ファイン王女様、あなた様のお気持ちは十分にわかります。もちろん、この内容に我々も賛同いたしたいのは山々なのですが――エンサ王子様は犯罪者なのですよ。先代国王様を殺害した罪に問われています。ですので、追放された王族のみ帰郷が可能という都合のいい条件は、下手すれば民衆から顰蹙を買うことになるでしょう」


「だから、なんなのです? そもそも、わたくしはエンサ王子が実の父親を殺害したとは思えませんのよ? 第一に、彼が殺人犯である理由は証拠はあるというの?」


「もちろんございます。ですが、本来は死刑のところを軽めに設定して、追放としたのですから」


「それならば、教えてくださる? わたくしがとことん否定してあげるから」


 そのように断言するファインに、ケンコは眉根を寄せた。一方でセイレイはあくまでも冷静な様子で「王子様は先代国王様の返り血を浴びていました」と理由を述べた。これに対する彼女の言い分はというと――。


「自分の父親が血まみれでしたら、抱き上げたり、触れたりすることだってあります。それならば、血が付着することは正当であると言えますわ」


 次にケンコも自分の指先を見つめると――。


「父上が殺されたときに使用されていた得物は兄上の短剣だった」


 そうどこか悲しそうな目で言うのだった。


「兄上の短剣だという理由ももちろんある。国一番の腕利き鍛冶職人と装飾職人に作らせた唯一無二の一品なのだ。それを僕は兄上から聞かされていたし、城の者のほとんどがその自慢の短剣を目にしていた」


「誰かが、その短剣を盗んで使用したとは考えられないの?」


「あれはいつも兄上が肌身外さず所持していた。もちろん、遠征のときも持っていっていたはずだから、誰かが盗むなんてありえない。それに、兄上はこの短剣は勝利の剣だって言って、見せることはあっても、誰にも触らせたり、持たせたりはしていなかった。もちろん、この僕にだって」


「それで、その短剣は今、どこにありまして?」


 もしかしたら、使われた武器で何かわかるかもしれない。そう考えたファインであったが、「残念ながら」とセイレイは淡々と答えるのであった。


「もう処分いたしました。王殺しの短剣とも呼ばれるような、呪いの武器がこの城にあるのは相応しくありませんので」


「処分場所は?」


「国の西側にある峡谷の森の中です。まさか、そちらへ行こうというお考えは止めてくださいよ」


 行くなと言われたファインはなぜなのか、と問い詰めた。これには理由が勿論あるからだ。


「あの森に入口は存在しません。もちろん、出口さえも。ですので、魔法使いに依頼をしない限りは脱出が不可能です」


「……この国に、魔法使いなんていないんじゃなかったかしら?」


「ええ、おりませんとも。ですから、先代国王様が亡くなった直後に法律を改訂いたしまして、幾人かの魔法使いを今は雇っております」


「だったら、そこにわたくしとお供してくださる魔法使いをお借りしてもよろしいかしら。無理ならば、わたくしの国から派遣を寄越してもらうけど」


 そう言うファインであったが、ケンコはそれを断固として拒否をする。彼は、それはダメなんだ、と彼女に悲しそうな目を向けた。


「兄上の罪は追放することによって、償われる」


 彼は言う。エンサの帰郷は絶対に許されないことだ、と。


「申し訳ないけど……僕は家族というものを壊す人が許せない。だから、あなたもあまり首を突っ込むならば、僕はあなたの国との戦争に大賛成だ。この言葉の意味、わかりますよね?」


 ケンコの言う言葉、それはまさしく、ファインを人質に取ると言っているようなものだった。もう同盟なんてくそくらえだ、とでも言いたげに。


――僕が望む戦争を始めるいい機会だ。

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