第六話:燃える祈りでハートを強くする
どこか生臭い、何か焼けたにおいがする。思わず気付いたエンサは目を開いた。目の前には赤々と燃える炎が。その炎の奥には――。
「あっ、起きた」
そうか、自分はあのとき眠っていたのか。焼けた何かの肉を頬張るコトに目が行く。そして、同様にむしゃぶりつくポチもいた。
火で焼いたのか。そうとあらば、どのようにして着火剤を手に入れたのか。気になるエンサは「火はどうしたのだ?」と訊ねてみれば、コトが「あのね」と焼けた肉を差し出してくれた。
「ポチが私に炎魔法だけを教えてくれたの」
「そうなのか」
「……お前たちが必要最低限生きるための知恵を教えただけだ。これ以上の魔法なんて教えたりしないからな」
「王狼はやはり知っていたのか」
「ああ、知っていたとも。王子がモヒトツ王国の人間でなければ、教えていたかもな」
「そういうところだよね、ポチって。結構ケチ」
「物によって、態度を変えやがって」
コトを軽く睨みつけるポチであったが、あのことについてはもういいと言わんばかりに、エンサに「早く食べろ」と促した。
「今日も拠点造りの続きをするのだろう? 早くしろ」
「ああ」
受け取った焼けた肉。エンサは久しぶりだな、と頬を綻ばせながら、一口食べようとするのだが、妙に生臭いと感じた。一瞬だけ手が止まるのだが、食べたいという欲求に負けて食べてしまう。
――不味い!?
あまりにも不味いこの肉。肉自体が不味いというわけではない。知っている味ではあるから。だとしても、毛が! 妙な塊が! こんがりと美味しそうに焼けているのに。よくよく見てみれば、これは本物の丸焼きというものではないか。流石に料理をしないエンサであっても、動物の肉を調理するときは下処理である毛などを取り除くという認識があるのに。
「これは一体、誰が作ったのだ?」
想像はできる。ポチはあんな手足だから。料理をするということは些か――いや、普通に考えて無理ある話。どこの世界に料理をする狼がいるのだろうか。いや、いたらいたでそこは認めなければならないだろうから、認めるけど。というよりも、ポチの場合は人間にとって肉は焼かなければ、食べにくく思っているということを鼻で笑っていたはずだ。であるならば、これを作ったのはコトである。
粗方の予想に当然のようにしてコトが「私だよ」と自然な答えを返してきたから一安心。なぜか、安心をしてしまう自分がいた。その理由はよくわからない。だが、ほっとしたのも束の間。気になることがあり過ぎて、ため息が出そうだ。
「料理したことがないのか?」
「あるけど、そのままの肉は初めてだよ。どうやったらいいかわからなかったから、とりあえずは火にぶち込んでみた」
それならば、普通に丸焦げになるはずでは? そんな疑問を抱いていると、ポチが察してくれたようで――。
「言っておくが、魔法で調理するものは基本的に美味いはずだからな」
「とは言うが、普通に臭みもあるし、毛も残っているぞ」
「じゃあ、あれだ。初めての魔法だったから、ちょっと失敗しちゃったんだな」
「いや、そもそも魔法は普通に料理をするためのものじゃ――というか、ちょっと待て。できるの? すごくね?」
「王子は魔法使いを舐めて見ていたようだな。ダメだぞ、それは。吾輩はな、一人のとある魔法使いに魔法で焼いた肉をもらったことがあるが、それはもう美味しかったぞ。これまでのものとは比べ物にならないくらいのな」
「それ、この肉が不味いと認識しているということだよな?」
「だが、これはコトが作ったのだ。美味しいと言わざるを得ない……」
なんて言うポチは一口食べたところで咽始めたではないか。これにはエンサも「無理するなよ」と心配そうである。この言葉に甘えるようにして――。
「……のがつらい。コト、頑張って魔法を上達させて」
「調節が難しいんだよね、火力の」
「魔力じゃなくてなのか」
「そうだよ、火力だよ。やっぱり料理は火力が命だからね」
「いや、そうなんだろうけども……」
とにもかくにも、今は下手くそなだけ。そのうち上達するからと言うコトではあるのだが、ここでエンサに一つの疑問が生まれた。
「ところで、貴様はこれまではどのようにして生き延びていたんだ? 栄養関係からして、どう考えても何かしらの肉を食わなければ生きていけないだろうに」
しかも、この調理された肉たちの元の姿を見て恐れていたことは記憶に新しい。ということは、彼女は狩りなどせずして、ずっと野草や果物類を口にしていただけなのか。改めてコトの方を見てみた。ぼさぼさの長髪に、細身の体系。筋肉はあまりなさそうだし、血色もよくなさそうだ。
エンサの質問にコトは「果物とか」とこれまでの食事について語ってくれた。
「あとは……ガッツさんかな」
「ガッツさん? なんだ、それは」
初めて聞く食べ物のようだ。というか、人の名前のようだが?
「あれ、あんまり美味しくないんだよねー。でも、ポチが食べないとダメだっていうから、我慢して食べているんだよね。あっ」
そうだ、とコトは近くに生えている植物に目を向ける。なるほど、ガッツさんとはあまり美味しくない食材なのか。であっても、どういう存在なのかをなかなか理解できないでいるエンサはポチに訊いてみると――。
「この森に自生している、たんぱく質を多く含むジャガイモみたいなものだ」
コトはガッツさんを見つけたのか、それを採るために、土を掘り返しているようだ。ポチはそんな彼女の後ろ姿を見つめる。
「コトはガッツさんを生で食べるのに、いつもしかめっ面をしていたからな」
「それでも食べさせるつもりなのか」
「コトのためだしな」
「ならば、今回王狼が狩ってきたのは何かしら理由があるのか?」
「もちろん。王子が魔法を使えなくとも、着火法ぐらいなら知っていると思っていたからな」
ポチはエンサが国の軍人としての使役があるはずなら、知っていてもおかしくないと思い込んでいたようだ。だが、結局は思い込み。何も知らないようだ。
「着火石以外に火をおこすことも知らないお坊ちゃんのようだったな」
「それは悪かったな。だが、最初から彼女に魔法を教えてあげればいいものを」
「魔法を使えば、寿命が縮まるという噂がある。そして、吾輩はそれを信じている。だからこそ、可愛いコトの寿命を縮めたくなかった」
魔法を扱うこと。それは使い手の寿命を減らすから、ポチはコトに魔法を教える気はなかったのだという。すなわち、これは最終手段とも言うべき話。それに、エンサの父親も魔法嫌いだから、その話を知っており、彼にも聞かされているならば、習う気などないと思っていたりもしていた。だから、消去法で彼女に教えたというのだった。
「そうだったのか」
エンサがポチにどこか申し訳なさそうな思いを抱いていると、ここでコトが「見つけたよ」とこちらに何かを差し出してきた。
「焼けばいけるかも」
その差し出したものは――。
栄養足りているか、坊主。なんて口走る両手が生えた人面植物がコトの手の平にいた。満面の笑みで、こちらの栄養状況を気にしてくれている素敵な食べ物の「ガッツさんだよ」
「美味しくないけど」
「それは魔物だよな?」
「みたいだね。でも、たまに食べないと、力が出なくなるってポチに言われたよ」
「これを王狼は彼女に勧めたのか」
「吾輩も最近は食べていたぞ。コトのためだ」
それでも、ポチの視線は地面の一角。ということは、相当な不味さなのだろう。というよりも、魔物を食べるという認識はかなりのえぐさではないだろうか。存在が植物とも言えるものだから、どうにかマシなのかもしれないのだが――。
「今回はあぶってみようかな」
コトはガッツさんの腕を食べやすいようにもぎ取った。その腕を取られてしまったガッツさんは、ああああああああああ! と叫ぶ。大きな声ではないにしろ、耳に来るような叫び声だから、顔をしかめてしまう。というよりも、腕を取られたガッツさんの表情が悲しそうなのはなぜだろうか。ああ、そうか。魔物だから、一応は生きているということか。
「ちなみに顔は種になるから、地面へお帰り」
なんて地面の方に放り投げられたガッツさん。先ほどよりも悲しそうな顔をしていた。見ているこちらが悲しくなりそうなほどまでに。もぎ取られた腕が痙攣しているから、逆に怖く思う。
「それとも、オーソドックス的にジャガイモみたいにして、茹でた方が美味しいのかな?」
顔も食べてくれ。心なしか、悲しそうな顔をしているガッツさんが訴えてきているものだから、気になって仕方がない。こういうのを無視できるほどできた人間ではないエンサは「なあ」とガッツさんの顔を拾ってあげた。
「食べられないことはないんじゃないかな?」
「そっか。そうだね。もったいないもんね」
エンサからガッツさんを受け取ったことは煮沸した水の中へと――。
「耳でも塞いでおけ」
一瞬で、ポチの忠告が聞こえた。どういう意味なのか、と思っていると――アツアツのお湯に入れられたせいか。腕をもぎ取られたときよりも大声を上げていた。熱い、熱い! とこちらの良心が痛むような悲鳴が森中に響いているようだった。というよりも、ポチはなぜにそういうことを早めに言ってくれないのだろうか。
「茎とか葉っぱも入れてみようか」
ガッツさんの断末魔が聞こえるというのに、コトは何事もなかったかのようにして調理中。あれだけ、動物の死体には怯えていたのに。
この現状に困惑するエンサに「理由を教えてやろうか」とニヤニヤ笑うポチ。彼の言う理由とは? どういうことなのか。気になるからこそ「教えてくれ」と頼むと、ポチはまだニヤニヤと笑っていた。
「実はガッツさんはな、男にしか声が聞こえないんだ」
「男にしか?」
「そう、それも人間の男だけな。これにはちょっとした逸話があり、昔ガッツさんは人間の男に憧れていたんだ。マッチョというのか、特にその体になりたいと願っていた。だが、あるとき神様の気まぐれかはわからないが、ガッツさんはしゃべられるようになった。ただし、人間の男しか聞こえない条件付きで」
「なんか、嫌だ」
「安心しろ。胃袋に入れたら、本人の声はもう届かんよ。多分」
そうガッツさんの話をしていると、コトが「できた!」とニコニコ顔で茹でたガッツさんを持ってきた。ほかほかと湯気が立ち込める鍋の中で、ガッツさんは白も悪くはないな、と口走っていた。
その様子にエンサは、案外ガッツさんは皮をむいたら美白になるんだな、と一つ勉強になったという。ちなみに、ふかしたガッツさんの味に関してはこれまた別の話である。