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第四話:夢に現れるだけの婚約者たち

 腹は減っては戦ができぬ。そう断言するエンサであるが、彼は昨日の打撲の影響と筋肉痛で動けないでいた。現在、彼らの拠点造りでは一本の木を伐り倒したところで終わっており、倒木が虚しく加工されることを待ち侘びているようだった。


 エンサの発言におそらくはお腹が空いている。そう考えるコトは近場に生っていた果物を二つ三つ取ると、それを彼に差し出した。エンサはさっそくそれを頬張ると――。


「甘くて美味しいな」


 そう目を輝かせて、口にした果物を見ていた。そして、その視線は果物から倒木によって姿を現す日の光が。


「これだっ!」


 何かを思いついた様子のエンサ。彼は果物を口にいっぱい頬張りながら、そのかすを飛ばしながら「保存食だ!」と同じ果物を採る。


「崖を登らずとも、保存食料がいくらかあれば、どこか抜け道ぐらいは探す時間があるのかもやしれん。それだけならず、この森に畑を作るのだ。確実にここを拠点とすれば、遠出の準備も万全だ!」


 俄然やる気が出たエンサ。彼はあれだけ腕が痛いと嘆いていたのに、再び鉈を手にしてしっかりとした木を伐り倒し始めた。もちろん、今度は鳥の巣がないのを確認しながら。それに伴い、彼はコトやポチに指示を出す。


「これより、貴様は保存食を作るのだ。最初はそこら辺に生っている果物からでもいい。そして、私が家を造っている間、畑を耕すのだ」


 そうすれば、食料に困ることはあまりないだろう。エンサのこの提案に食いつくのが意外にもポチだった。


「どうやって耕すというのだ?」


「知らん」


「畑の肥料は? 種は?」


「なんだ、それは」


「……農民のことを理解していない国はその内滅びる運命にあるぞ」


「大丈夫だ。彼らが田畑を耕してくれたら、野菜や麦はきっちり収穫できるさ」


 そういうことだから、よろしく。エンサは痛む体に鞭を打ちながらも、鉈で伐採を目指した。


 さて、彼に畑のことを任されたコトは「どうすればいいのかな?」と土の耕し方を模索していた。その二人の様子に呆れるポチは「畑は後回しだ」と彼女にアドヴァイスをする。


「先に保存食を作りながら、種を手に入れていこう」


「ありがとう、ポチ」


 こうして、二人と一匹は、しばらくの間拠点造りに勤しむこととなるのだった。


     ◆


 場所は変わって、モヒトツ王国城王の間にて、戴冠式が行われていた。これより、先代国王の死去から新たに一人の王が生まれた。頭に冠を乗せてもらう一人の少年。まだ齢十一というものだから、周囲の貴族たちや城の外にいる民衆らは不安でいっぱいだった。あの冠を被った瞬間から王となった少年はこの国を治めなければならない。それも、政治に疎いはずの幼い子どもがだ。


「セイレイ大臣が上手く政治を動かしてくれたらばいいのだが」誰もがそう願っている。子どもが政治をするよりも、大人がするべき。それを心配しているようで――戴冠式を終えた後、セイレイ大臣は新たな王ケンコに「ケンコ王子様」と呼びかけた。


「少しお話が」


「僕はもう王子ではない。王だぞ。セイレイ大臣、なんだ?」


 子どもであるからなのか、背伸びをするケンコの頭に飾られた王冠は今にも床に落としそうではらはらとする。それでも、心には多少の余裕があるようで――。


「ご無礼をお許しください。国王様、政治に関してですが……」


「もちろん、セイレイ大臣に任せる。ただ、僕には軍のことだけを任せてくれたらいい」


「元将軍であるエンサ王子様の跡を継がれるのですね! 素晴らしい! それならば、エンサ王子様に関しては悲しい話ですが、ケンコ国王様。政治は私にお任せあれ!」


「うむ、期待しているぞ」


 そのように、自分の位に満足する二人は国王の執務室へと入った。もちろん、彼ら以外の入室は禁止と伝えて。


「さて、あの渓谷の下にある森へと追放した兄上のことだが……」


「ええ、それについて詳しく教えてちょうだい」


 そうだ。この部屋は自分たち以外、入室禁止にしていたはず。それなのに――。


「ファイン王女様!?」


 そこには煌びやかなドレスを身に纏った女性の姿があった。セイレイの言うファイン王女、ケンコは初めて目にする人物だ。名前だけは知っている。確か、西方の国の王女だと。そして、本来はエンサの婚約者であるということを。


「な、なぜにこのような場に……?」


「エンサ王子の行方についてよ。今、ケンコ国王様は渓谷の下にある森に追放したと言ったわね? その森ってまさか、入口のない森のことを言っているの?」


「はい。兄上は父上を暗殺したから、それなりの処分をしないと、国民に示しがつきませ――」


「そんなことを言って! エンサ王子が自分の父親を殺す!? ありえないわ! あの人はね、優しいのっ! なんだったら、あなたが就寝なさる時間まで彼との出会いから現在に至るまでの文のやり取りをお教えしましょうか!? ほら、こんなにたくさんあの人から文の返事が届いておりますのよ!」


「え、ええー……」


 読め、と強引に渡されるエンサからの手紙。それをケンコは渋々と読む他なかったという。この様子にセイレイは大変だな、と実は他人事のような目で見るのであった。


     ◆


 二本目の倒木に成功したエンサは腕に限界が来たようで、地面に寝転がっていた。その様子を見たコトはこれが王子様かと少しだけ幻滅する。こういうのを嫌っていそうだと思っていたが、案外そうでもないらしい。


「エンサ王子は泥の汚れとか気にしないの?」


 気になるものだから、訊いてみた。これにポチも興味を示しているのか、エンサの方を見ていた。彼は状態だけを起こすと「気にはならない」と真顔で答えた。


「私は王子ではあるが、軍人でもある。戦いにおいて、服の汚れを一々気にしていられないからな」


「の割には非力だな」


「私だって、命がけで戦う兵士たちと共に戦いたいのだ! しかし、それを部下たちは許してくれなくてな。だから、私はさほど強くない」


「まあ、王子様なら戦いに参加させたくないとは思うけど」


「それこそ、差別だ。私だけのうのうと勝つか負けるかの勝敗を知るというのは全く戦争に勝った気などしない。こんな私と結婚するはずだったファイン王女は幻滅するだろうな……」


 まさかの婚約者がいたことに驚きを隠せないポチは「どんな人なんだ」とファインという女性が気になる様子。


「王子に婚約者がいたとはな」


「ファイン王女と顔を合わせたことはないんだ。ただ、文のやり取りしかしたことなくて。文面を見れば、とても美しくて気品あふれる女性なんだろうとわかる」


「会ったこともない人と結婚するつもりだったの?」


「ああ。だが、彼女が私を選んでくれたんだ。きっといい人に違いないさ」


     ◆


「エンサ王子との出会いは……それはもう、今でも思い出すだけでもドキドキしますわぁ。なんて言ったって、あの横顔! かっこ良すぎて、ああ、気絶しそう! でも、ケンコ国王様の記憶にある強くてたくましいエンサ王子を思い出してもらうためにもまだまだお話はありましてよ! ほら、この文章を見てくれません? 『あなたに会いたい』ですって! きゃー!」


「……誰か、この人を連れ出してくれ……」


 ケンコの気だるげな声は虚しくセイレイの耳を通り抜けるだけである。

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