第三話:木漏れ日は見えずして
『見知らぬ森』のとある行き止まりの崖付近で体を動かすことに困難があるエンサを見つけた。そうコトに報告するポチ。その横では彼女に薬草を用いて手当てをしてもらっている本人がいた。彼は悔しそうに「もう少しだったのに」と嘆く。
「あと少しだったんだ! 日の光が見え出した! そのときに、手元が崩れて落ちたんだ」
「日の光が見え出したって……上までかなりの高さがあると言っていたよな? それ、木の高さぐらいしか登れていないんじゃないのか?」
「なかなか、崖登りは難しくてな」
「そりゃあ、命綱なしで登る時点で、登り切れるとは到底思えないからな」
「崖登りはここの崖より半分以下の高さでの訓練でしかしたことがないんだ! 仕方ないだろう!」
意外にもはっきりと自身の欠点を告げることができるエンサにコトは感服しながらも「無茶したらダメだよ」と心配をしていた。
「命綱していないなら」
「だが、登り切れば、脱出したことと同様になる」
なんだか話の噛み合わないエンサ。彼はコトに手当てをしてもらいながらも、周囲を見渡した。大きな木の葉っぱを利用した壁に雨漏りは防げそうにない葉っぱの屋根。痛む体をゆっくり起こしながら「貴様らの拠点はここか?」と訊ねた。
「なんとも粗末な造りだな」
「この森には一応、洞があるけど、危険な魔物の巣屈になっているからね」
「ふむ、これでは私の傷が癒えるのは時間がかかるな」
「しばらく安静にしていれば、完治するただの打撲だぞ」
「仕方あるまい。私の体力回復のための安息所、腕の筋力を上げるためには……きちんとした拠点を設置しなければ」
まだ傷が癒えていないというのに、エンサは立ち上がる。そして、周りの木々に手を当てながら、コトに「何か刃物の類はないか」と訊いてくるではないか。まさかとは思いながらも「ある」と、以前に見つけた死体が持っていた少しだけ錆びた鉈を渡した。それを見た彼は「錆びているではないか」とぶつくさ言いながらも、その切れ味の悪い鉈で木々を伐り始めるのだった
「あっ」
木を伐る前に、とコトは上の方を見る。
「安心しろ、この木には生き物はいなかった。ただ、巣があるのは知らん」
「えっ、それは可哀想……」
「問題ない、壊れてしまったら、それは貴様が造ればいいだけの話だろう。貴様は家を造ったことはあるのか? できないだろう? だったら、小動物の家を悪戦苦闘しながら造ればいい」
「そう言うお前は造ったことがあるのか」
「ない。が、建築技術は座学で学んだ。知識があれば、いびつだろうとも、その葉っぱの家よりは断然いい」
建築経験一切なしのエンサが家を建てる。それはできるのか、という不安はある。ポチは見て思う。本当に家を造ったことがないんだなって。だって、鉈の扱い方がちょっと怖い。いや、鉈よりものこぎりを使うべきであろうに。あれ、なかなか伐れないなと呟いている声が聞こえる。というか、その伐ろうとしている木は鉈で伐採できるかあやしい。
「全然伐れないな。だが、構うものか。しっかりとした木が欲しいのだから」
それでも諦めずに、今にも折れそうな鉈で倒木を目指すエンサ。その一方でコトは心配そうに木の上や伐採をする彼を交互に見ていた。生き物がいないとは言っていたが――。
「卵はあるだろうに」
「そうだよ!」
ポチの言葉に、思い出したようにしてエンサを止める。彼女は少しの間だけ待っていて欲しいと告げ、木に登った。そうしてみれば、やはり鳥の巣には卵があるではないか。危ないところだった。コトはその鳥の巣を移動させようとするのだが――。
「わわっ!?」
当然、コトへと攻撃を仕掛けてくる鳥たち。別に卵を盗むわけでもないのに。このままでは落ちかねない、はらはらと見ていたポチが一吠えする。そうすると、鳥たちの攻撃は止まった。ポチがもう一吠えする。すると、鳥たちは完全に攻撃の手を止めて、彼の頭へと止まるのだった。
「狼というより、犬だな」
「うるさい。コト早く下りてこい。こいつらが待っているぞ」
「うん、ありがとうポチ」
コトは卵を落とさないようにして、木から降りると、一時期の避難場所であるポチの頭に巣を乗せた。そして、エンサが切り落とさないような木の上を探し出し、巣を取り付けるのだった。そうしていると、ようやく大きな地響きが聞こえてくる。どうやら、彼は伐採に成功したらしい。そちらの方へと様子を窺ってみると、疲れた様子のエンサが倒木の上に座り込んでいるではないか。
「大丈夫?」
そっと、驚かさないように、エンサの顔を覗き込む。だが、彼は常に前向きなのか――。
「なかなかの伐り応えのある木だったぞ!」
これで自分の筋力は上がり、崖登りも楽になるだろう! なんて満足そうにするのだが――翌日、打撲の影響と筋肉痛で腕を動かしたくないエンサがそこにいるのであった。このまま、拠点造りは難色を示すだろうなとポチには見据えているようである。