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第二話:現在地はどこですか

 不覚、と歯噛みをするエンサはコトから分けてもらった果物を頬張っていた。あれだけカッコよく別れたはずが、行き倒れで再会するとは思いもよらなかったからだ。少しばかり恥ずかしいと感じている彼はほんのりと顔を赤らめながら「すまない」とコトとポチにお礼を言うのだった。


「三日間、何も口にしていなかったのを忘れていた」


「お前、三日ぶりに自由の身になれたとか言っていたのに忘れていたのか?」


「私はお前ではないっ。エンサ・グレーテンドルグ・リヒャイ・ニマーラ・アリア・イゥス・モヒトツだ! 貴様らの目の前にはモヒトツ王国の次期国王がいるのだぞ!」


「長いから王子でいい?」


「普通は誰もがそう呼ぶがな」


 名前などどうでもいいと発言するポチはエンサに「それで」と訊ねる。


「これからどうするんだ? どうせ、また行き倒れになるだろうが」


「簡単な話だ。あまりの空腹で頭が回らなかったが、大事なのは生きること。それはすなわち、食料の確保だ。貴様、ここで採れる食料について教えてくれないか」


「今食べている果物かな」


「それは見ればわかる。できれば、他のものを教えてくれるとありがたい。必ずしも、この果物が実っているとは限らないからな」


「虫や動物が食べるようなやつは最悪でも嘔吐下痢するぐらいだよ」


「もっと、具体的に実物を見せていただけたら嬉しいのだが」


「じゃあ、地面にあるものを見つけたらいい。なるべく、綺麗そうなのを見繕ってな。熟しているから、食べ頃なのもあるだろう」


「せめて、木に生っていたりしているものを教えてくれるとありがたいのだが」


「わがままなやつめ」


 ぼそりと呟くポチではあるが、エンサにとっては腹が立つことだった模様で、すぐにでも残ったヘタを彼に投げつけたい気持ちに駆られるのだが――あの鋭そうな牙や爪で怪我されたらひとたまりもないだろう。実際にポチの種族である王狼を見たのは初めてだから。初めての存在に喧嘩を吹っかけるほどエンサは個人が強いとは自負していない。負けるときは負ける。その考えがあるのは当然だった。自身の力に過信を抱いてはならない。それこそが戦争に負けるつながりとなる。これでもエンサはモヒトツ王国の若き将軍だ。己の力を過信せずして参謀役や部下たちの意見を取り込み、軍事策略を練る。それが彼のやり方だった。だからこそ、この森に滞在する先輩である彼らに話を聞きたかったのである。


「じ、じゃあ、食料に関してはどうにか確保するとして……貴様らはどのようにしてこの森に来たのか? というか、この森はどこなんだ?」


 そう訊ねるも、知らないの一点張りの一人と一匹。彼ら曰く、長らくこの森を彷徨い続ければ、方向がわからなくなると言っているではないか。


「試しに王子がここを出ようとしたとき、どこへ向かえばいいかわからなかっただろう?」


「それに関しては、否定しないが……」


「そういうことだ。吾輩もコトも随分前にこの森へとやって来たのだが、出口というものを見たことがないのだ」


「…………」


 この森を出るのは不可能に近い。そう告げられるが、エンサは可能性を信じたかった。なぜならば、箱に入れられた自分を誰がどのようにして運んだかという疑問があるからだ。箱を通して運んだとならば、その者たちはこの森の地理を知っているということになる。


 少しでも情報を得たい。エンサは彼らに「事情は話さなくてもいい」とどのようにしてこの森に入ったのかだけを訊いてみた。


「吾輩は崖に追い詰められて、落ちて三百年経った今現在」


「私も崖に追い詰められて、落ちて一年経った今現在」


「何、その事情。すっごく知りたい」


 両者とも崖から転落し、森の中へと入ったという。だが、三百年もこの森に住まうポチの証言によると、数十年に一度ぐらいは人間の姿を見ているらしい。ということは、普通に人間が出入りできるような場所があることと言えるが――。


「あるいは、その人間は魔法使いなのかもしれないな」


 ここにいるエンサとコトは魔法が使えない人間だ。確かに、魔法を使う者は世界中を探せばいる。ありえない話ではない。ポチが言うには、その魔法使いは魔法を使って飛んで入ってきたかもしれないというのだ。だが、エンサにとっては入口から徒歩で入ってきたという可能性を捨てたくなかった。理由はある。


「うちの国じゃ、魔法使いはいないからありえない」


「いないのか?」


「父上が魔法を快く思っていないからな。魔法使いは追放されるんだ。私みたいな感じではないが。追い出されるという方が正しいかもしれない。無論、軍に魔法戦士も存在しない」


「でも、王子の父親は何者かに殺されたのだろう? それこそ、魔法使いの恨みとかではないか?」


「なるほどな」


 なかなかこの王狼とは議論ができる相手だ。そう思うエンサはコトにも意見を訊こうと、彼女の方を見るのだが――話についていけない。そんな表情で困惑していた。それでも、何かしらのヒントが聞けるかもしれない。彼女に訊くのだが――。


「魔法使いって、物語の中の存在じゃないの?」


 コト自身、見たことがないらしい。ともなれば、彼女はモヒトツ王国の者なのか――ではないらしい。


「エンサ王子は私の事情が気になるって言っていたよね? 話すよ」


 彼女の事の発端は、とあるアンティークショップにあった鏡だという。


「商品じゃないらしいけど、触らしてくれるからって触ったら、いきなり吸い込まれるようにしてさ。で、いつの間にか大きな鏡の前に立っていて……それで、どうも人の家だったから家の人に見つからないように外に出たんだけど……」


「出たんだけど?」


「夜でさ、幽霊に追いかけられてさ。町の中、幽霊がいっぱいで驚いたよ。森にはいないから、超安心」


「そりゃあ、夜の町は幽霊でいっぱいになるだろうに」


「えっ、そうなの!?」


「常識だろう? それで、その町はこの森に近かったのか?」


 それがよくわからないらしく、コトは首を捻って必死に思い出そうとしていた。


「えっとね、足で逃げるより馬の方が早いと思って、ちょうど馬がいたから乗って逃げたの。それでも追いかけてくるから、必死になって逃げたよー」


「家の中に入ればいいものを」


 呆れるエンサにコトは意味を理解しておらず。その代わりにポチが「家の中まで幽霊は入ってこないぞ」と教えてあげた。


「やつらは夜分遅くに、人の家に上がり込むのは失礼だと考えているからな」


「幽霊ってそんな礼儀正しい人たちだっけ?」


 そもそも幽霊ってそんなことを気にするような存在ではないだろうに。困惑するコトではあるが、しっかりと彼女の事情を聴いていたポチはエンサに「何かしら覚えているか」と話を振った。


「コトが言っていた大きな鏡。王子の国にそれはあるか?」


「ちなみに、その鏡は地下の丸い部屋にあったよ」


「地下の丸い部屋……大きな鏡……あっ」


 エンサは何かを思い出したようにして、コトを見た。そう、彼女の言う大きな鏡のある人の家とは――モヒトツ王国の城のこと! そして、それが一年前の話だというから――。


「貴様が地下にいた侵入者か! 城の者たちから聞いたぞ! 見知らぬ格好をした女がものすごいスピードで走って逃げたと!」


「ひどい! わざとじゃないのに!」


 だが、これで謎は解けた。コトはモヒトツ王国の方から来た者だということを。ということは、自分が住まう国の付近で崖の下にある森とあらば――ああ、あの場所か。


「……そこの王狼の言う、魔法使いは本当なのかもな」


「どういうことだ?」


「この森に出口は存在しないということだ」


 エンサ曰く、自分たちがいるこの森は巨大な渓谷の中に存在しており、森へと入るならば、崖の上から入らなければならないところである。そして、その崖はかなりの高さがあり――。


「よく二人はあんな高いところから落ちて死ななかったな」


 自分は魔法で下ろしてもらったのだろうから外傷は見当たらない。二人もどこか体を引きずって歩いているわけでもない。それだからこそ、エンサは素直に驚いていた。であっても、彼の衝撃的事実である出口のないこの森にコトは食いついた。


「私たちはここから出られないの?」


「方法がないわけではない。王狼が言っていた魔法使いに出会い、崖の上へと連れてもらうぐらいしかないだろうな」


「長い話だ」


「それでも、ここが渓谷に挟まれた森であることを証明できたんだ。上へ登ってみればわかる。だから、今からちょっと登ってくるから。もし、登り切ったら、貴様らも助けてやるから安心しろ」


「王子の癖にして、意外にもアグレッシブだな。生身で登るのか」


「それ以外の方法は魔法使いを待つ以外ないだろう!」


 もっともな意見にポチは何も言えず、黙る。そして、崖を上るというチャレンジ精神が旺盛なエンサは二日後、全身打撲によって動けない状態でポチに回収される羽目となるのだった。

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