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第一話:箱の中の王子様

『見知らぬ森』の中で見つけた、人一人が入れそうなほどの箱。その中身を確認してみれば、目や耳、口を塞がれ、身動きが取れないように拘束をされた青年がいるのだった。彼は何かに怯えるようにして、暴れ出す。自身がどうなるとも、相手が立ち去るまで続けたがるようにして。


 コトやポチが「助けるよ」と声をかけても、青年は耳を完全に塞がれているせいで、聞く耳を持っていなかった。どうしよう、と彼女が悩んだ末――。


「も、もう一回閉め直す?」


 余程、暴れる青年が怖いらしい。開けたはずの箱の蓋を手にしてポチの意見を訊いてみた。これには流石のポチも「可哀想だろ」と鼻白む。


「同胞だろ。助けてあげろよ」


「でも、怖い」


「目隠しぐらいは取ってやれ。もしかしたら、大人しくなるかもしれん」


「そんな、鶏と真逆なんて」


 それでも、ポチの提案に賛同するコトは暴れる青年の目隠しを取ろうとするが――。


「怖い、取って」


「この足でどうしろと」


 コトに見せるポチの肉球。わあ、可愛い――じゃない。確かに、それではどうすることもできないだろう。だからこそ、彼女は意を決して、箱を開けるのに使った木の枝で目隠しを取ることにした。それを見ていたポチは青年が不憫だなと思うしかない。


 木の枝がそっと青年の目隠しを取る。正確には、目隠しの位置がずれただけだが、それでも青年の目は完全に光を取り戻したようだ。こちらに視線を向ける彼の目は憎悪に満ちており、あまり近付いてしまえば、殺すぞと言わんばかりの雰囲気を漂わせていた。


 このオーラに察したコトは「あなたの敵じゃないですよ」と落ち着かせようとするが「聞こえないだろ」とポチにツッコミを入れられた。


「これは、耳栓も取らないとダメだな」


「よ、よし」


 ポチの言葉にコトは再び木の枝を持ち直して、耳栓を取ろうと試みようとする。そして、それを「止めろ」と言わんばかりに首を振る青年。かなりの抵抗があるらしい。それもそうだ、とポチは呆れていた。


「普通に手で取ってやれよ」


「じゃあ……」


「吾輩のこの足で取れると思うなよ」


 再び肉球を見せるポチにコトは「うう」と小さな嗚咽を漏らすと「取りますよ」と青年の耳に触れようとするのだが――。


 自分には触れさせないと大暴れする青年。あまりの暴れっぷりに入っていた箱が転倒。その勢いで、彼は箱の外に出ることができた。しかしながら、体中拘束をされているため、芋虫のようにして這うことしかできないでいた。どうにかしてコトたちから逃げようとするのだろう。地面に体を這わせながらも、離れようとしていた。


「わあ、すごい」


 それに感心を抱くコトではあるが、ポチが「いや」と彼女を青年のもとへと向かわせようとする。


「助けてやれって。あいつ、目だけじゃ生きていけんだろ」


 そのように言われて、コトは思い出す。なぜにポチと一緒にこの森を歩いているのかを。この森は危険だからだ。弱肉強食とでも言うべき自然界に放り込まれ、生きて帰れるかはかなりの低確率とでも呼べるからだった。彼女には拠点というものはほとんどない。ポチと一緒に一日一日を森の中で放浪し続けているだけだ。出口の見えない、日が入らない薄暗い森。そこら中に忍び寄る血肉狙いの肉食動物や魔物たち。そんなデンジャラスな場所で、目だけで生きようとする青年の命はそう長くないだろう。


 コトは「わかった」と頷くと、青年の目の前に立った。それに彼はギラギラとした目つきで彼女を睨みつけていた。どうにかして、この青年に敵意がないことを伝えなければ。


「ええっと……」


 青年は目だけはきちんと機能できている。それならば、とコトは目線を合わせるようにして屈むと、ジェスチャーで伝えることにした。まずは彼を指差し、次に自身の耳を差した。自分に指で耳栓をして、それを取る素振りを見せる。このとき、重要なのは笑顔だ。敵意や悪意の一切ない純粋そうなニコニコ顔を見せながら、ジェスチャーで意思疎通を謀る。すると、どうだろうか。まだ警戒心は高い様子ではあるが、このジェスチャーを理解したようだ。少しは大人しくなった青年。これにコトは「ありがとう」と言うと、彼の耳栓を取った。


「ついでに口も利かせてやれ」


「そうだね、お話は大事」


 その後、青年の口も自由に利かせてやると、彼が真っ先に口を開いた。


「貴様は処刑執行人か」と。


「え?」


「そうなんだろう? こんな人気のない森で、国王殺しのレッテルを張られた私を殺すために遣わされた薄汚い執行人め。死んだら絶対に呪い殺してやる!」


 大人しくなったかと思えば、青年はコトに歯向かおうと噛みつこうとした。だが、すぐにポチが間に入ってくれたおかげで、彼の戦闘意欲はだだ下がりである。


「……ははっ、魔物を利用して殺す気か。それはそれは、貴様の手も血で汚れずに済むだろうな」


「コトはそのようなことをせん。そして、吾輩だってお前みたいなやつを食う気にはならないね。もっと脂肪が多ければ、美味しくいただいている」


「じゃあ、なぜ貴様らはここにいる!? 私を処刑するためにいるのではないのか!?」


 なぜに自分たちはここにいるのか。それをポチが答えようとするのだが、先にコトが「森から出られないから」と発言。これに青年は意表を突かれたようにして、顔を青くする。


「だったら、なぜに私は……」


「だって、ポチが生きた人間が入った箱があるって教えてくれたから」


 そう言うコトにポチはどこか甘えるようにして「コトの言う通りだ」と青年を見下していた。


「コトに感謝するんだな。お前を助けようとしているんだ」


「そうだよ。だから、体も自由の身にしてあげる」


 青年の拘束具を外そうと近寄るコトであるが、ポチに止められた。ポチは「待て」と青年を威嚇していた。


「まずはこいつの正体を知らねばならん。コトはお人好し過ぎだ。自由にして、お前が何されるかわからんのに」


「森の出口の案内とか?」


「ああ、そうだな。コトには無理な話だ」


 拘束を解いて欲しければ、身の上の話をしろ。ポチはそう青年に告げる。これに青年は視線を動かしたりして、口ごもらせていたが――ややあって、話すしか選択肢はないと覚ったのか「私はモヒトツ王国の第一王位継承者エンサだ」と身分を明かした。


「遠征から戻って、父上のもとへと遠征報告をしに行ったのだが……何者かに暗殺されていて、それで第一発見者だからと言われて、無実の罪に着せられたのだ」


 何かの間違いだとしか思えなかった。しかしながら、無実と証明できる証拠は不十分。むしろ、現場に残されていた短剣に触れてしまったのが間違いだった、と青年――エンサは歯噛みしていた。


「誰も信用してくれなかった。唯一の信頼できる弟のケンコも大臣も私が犯人だと信じているようだった。情けとして、追放なのか。こんな見たことのない森の中へ置き去りにされたようだ」


「追放者か」


「じゃあ、ポチと一緒だね。前に言っていたよね、追放されたって。あれ、盗み食いでだっけ?」


「違うし、一緒じゃない。こいつは自分の父親、それも王を殺したのだぞ。吾輩はそのようなことはしない。だって、後が怖いもん」


「私は父上を殺してなどいないっ!」


 エンサの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。それはありえない、と感情的になっていた。


「なぜに愛情をもらった相手を殺さなければならないというのだ。なぜに家族を殺さなければならないというのか」


「権力が欲しかったからじゃないか?」


「権力だって!? 私には生まれつき十分にあった! これまでにない、召使いたちの信頼や父上の家族愛にはいつだって敬服してきたつもりだ!」


「それでは、お前は自由の身となれば、何をする?」


「無論、父上を暗殺したやつへの復讐と無実の罪を訴える裁判をする」


 ポチはそれだけ聞けば十分だとして、視線をコトに向けた。彼女には「だそうだ」とどこか興味なさげに発言する。


「吾輩の足ではこいつをどうすることもできん。できるのはお前だけだ。こいつの拘束を解くか解かないかはコトの自由だがな」


 そう言われ、コトはエンサへとゆっくり近付くと拘束を解いてあげることにした。彼を解放する気のようだ。体中に縛られた拘束具を解くのだが――。


「痛い!?」


 コトは間違えて、さらにきつく締めあげてしまっていた。これにエンサは悲痛の叫びをあげる。そんな彼らにポチは困惑しているようだ。


「あ、あれ? 逆に閉まっちゃう……」


「あっ、それ逆にしてる」


 止めようにも、コトを止められるだろうか。ポチは自身の肉球を眺めながらそう思っていた。


「えっ、こう?」


「もっと閉まっているから!」


 結局、エンサの拘束具はポチの牙で引きちぎることで解決するのだった。


 どうにかこうにか、三日ぶりに自由の身になったというエンサは「貴様は」とコトの方を見た。


「貴様もここで迷っているのだろう? 森を出るまでならば、同行しないか?」


「怖いのか」とポチ。


「違う。先ほど、貴様が出られないと言っていたからな」


「うーん、でも……いいかな。何気にこの生活も慣れたし」


「そうか。それでは、また逢う日まで」


 なんて、カッコつけてコトとポチのもとから離れていくエンサ。まさか、こんな森の中で王子様と出会うとは思いもよらなかったのか、彼女はまだ驚いているのだった。そして、その傍らポチは「明日かな」と呟くのだった。その明日というワードの意味が理解できなかった彼女であったが、それは翌日に気付く。なぜならば、行き倒れになっているエンサを発見したからである。

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