活動記録⑧ 猿渡&猿渡
「まあ、名前のことは置いておいてだな。とある日から俺はずっっっと後悔しながら生きてきたんだ。高校を卒業して、働いて、結婚して、子供が産まれて、いろんな幸せを手に入れたが……その絶望だけが忘れられなかった」
「……それが、未練なんですね」
「そういうことだ。流石のお前達にも、この依頼は難しいだろう。いいんだ、諦めるさ」
「……待ってください」
「なんだ」
「俺たちが叶えます、その未練を」
俺は何を言っているのか、自分でも分からなかった。
しかし、そうしなければいけない。
そんな気がした。
「ちょっ、蓮君?!」
工藤先輩が驚きの声を上げる。
それもそうだろう。
これは一種の賭け。
成功する可能性はゼロに等しい。
「俺たちがなんとしても、あなたの望みを叶えてみせます」
これには流石に猿渡さんも驚いたようだった。
しかし、ありがとうとだけ言い残して体育館から消えて行った。
お祓い部の部室に戻ると、他の皆はまだ残っていた。
「どうだった?」
八木橋先輩の問いに、月城が反応した。
「幽霊側からの依頼型でした! 今回は相当ですよ1980年です!」
「マジ? ちゃんと古語で話した?」
「えっ?」
月城は反応に困ったような顔で、俺や椎名先輩を交互に見た。
椎名先輩がため息をつき、助け舟を出した。
「光輝、1980年ではそこまで言葉は変わらないわよ……」
「あーそうなんだー」
脳の活動を停止したようなやりとりを苦笑いで眺めながら、工藤先輩は俺と月城の肩を叩いた。
「今回の件を整理しようか」
「「はい!」」
──最初に、例の影の依頼内容から。
依頼内容というより、未練内容かな。
まず影の名前だが、俺たちはその名前に驚いた。
──猿渡 勲だ。
そう、バスケ部マネージャーである猿渡みちるの父だったのだ。
さらに調べてみると、猿渡勲の所属するバスケ部は当時、全国大会に出場したという記録があり、強豪チームだったらしい。
しかもそのチームのキャプテンが猿渡勲。
ボロボロになりながらも書類の奥底に残っていた調査書によると、成績は悪くなく、友人との関わりも周りの人よりはあったらしい。
ちなみに、人の個人情報を覗くのは禁止というか、普通に考えてダメだが、お祓い部はこういう件に限って許可されている。
もちろんこれは顧問の千間台先生の監視下にあるが。
完璧な人に未練なんてあるのかと俺は最初疑問に思ったが、話を聞いていると、それはあまりに悲惨なものだった。
──1980年8月2日土曜日のことだ。
高校三年生だった猿渡勲は次の日の全国大会に向けて、厳しい練習をしていた。
この時代の部活は体罰当たり前だ。
その時代における、厳しい、だ。
明日の大会を控え、その日最後のシュート練習をした時だった。
彼はチームが放っておいたボールに気付かずに踏んづけ、足を捻り、地面に肘を打ち付けたのだ。
そのまま立ち上がれず、病院に送られた。
腕をギプスでぐるぐる巻きにされた挙句、言い渡された結果は、肘の骨折。
彼は絶望した。
全てを賭けた試合に出ることが不可能になってしまったからだ。
今までこの日のために練習してきたのに、それが全て水の泡となった。
彼は試合会場に行くことすら許されず、それが原因でバスケを辞めてしまった。
自分のチームの大会の結果すら知らないという。
「ずいぶん思い切ったねぇ、またぬき君」
書類やメモをまとめていると、八木橋先輩が俺の椅子の真後ろに立っていた。
「四月一日です。確かにこれは大きな賭けです。失敗すれば信頼を失うことになりますね」
「失うのが信頼だけならいいけどね〜」
八木橋先輩が意味ありげに言ったので、気になってしまった。
「どういうことですか?」
「さぁて何かな」
言いながら、八木橋先輩が工藤先輩をちらりと見たような気がしたが、気のせいだろうか。
工藤先輩には何かあったのだろうか?
俺が工藤先輩を見つめていると、視線付いたのか、メモから困った顔を上げた。
「蓮君、タイムマシンでもない限りこの依頼の達成は無理だよ」
「だからって、諦められません」
「どうするのかな? タイムマシンを使わなかったとしても、これから行われる最後の大会に猿渡さんを出すとか? 無理だよ」
そんなこと分かっている。
──だからこれしかない。
「俺たちが猿渡さんとバスケをしましょう」
「そ、それは意味があるの?」
月城が眉を寄せて首を傾げた。
「分からない。無いかもしれない。けどやらないよりはマシだと思う。だから完全に賭けなんだこの件は」
「でも、依頼主で賭け事をするのはどうかと思うな……」
「ロイヤルストレートフラッシュを出せばいいんです」
「ポ、ポーカーか……か、簡単に言うなぁ……僕は反対しておくよ」
「えっ……!」
意外だった。
悪いが、知らずのうちに先輩のことはのほほんとした甘い人だと思い込んでいた。
まさかその工藤先輩に反対されるなんて。
だが反対するのももっともだ。
これは失敗すれば取り返しのつかないことになる。
よくは分からないが八木橋先輩の言っている「何か」も起こりうる。
しかしながら俺には、引き下がってさしあげる理由も義理もない。
「ぼしゅっ……」
「募集しまーす。依頼主とバスケしてくれる人、挙手!」
言いかけたところを八木橋先輩にごっそり持っていかれた。
俺を合わせて8人の中で、挙げたのは八木橋先輩、月城、そして意外にも柳生先輩が挙げていた。
意外だったので、じっと見つめてしまい、目が合った。
「な、何? そんな変な目で見られると少し嫌悪感を抱くわ」
「いや、意外だなと思ったんで」
「失礼ね。私は幽霊関係だったら何でもするわ。私の目的のために」
「目的って──」
八木橋先輩はわざとなのか、話を遮られた。
「またぬき君、一人足りないや」
「え? あ、は、はい。誰かもう一人、やってくれませんか?」
チビ笠先輩を見た。
「うーん、ごめん。私今日は塾あるから無理! さよなら!」
悩むふりをした完全拒否ですね分かります。
しかし急にバスケしようと言われてもそれはそれで難しいのも事実か。
次は椎名先輩を見た。
「ごめんなさい蓮君。私もバイトがあるのよ」
「大丈夫ですよ」
そして社。
期待はしていない!
「……無理」
「ですよねー」
無理を承知で工藤先輩に悲しげ(演技)の目を向けた。
「僕もやめておくよ。元々バスケが得意じゃないし──」
「あの事件がまだ怖いんだ」
八木橋先輩が呟いた。
「え?」
椎名先輩がテーブルを叩いた。
「光輝!!」
椎名先輩のその声に怒気は含まれていなかったが、十分起こっているように聞こえた。
「……っ!」
そして一年生組の空気が凍った。
にも関わらず八木橋先輩はへらへらと笑っている。
不気味だ。
「ごめんごめん〜」
……あの事件というのがよく分からないけど、先ほどからのこの異様な空気。
もしかしてこの部活、人1人くらい殺してるのではないか……?
こんなお通夜みたいな時に強いのか、月城があっと思い出したように言った。
「みっちーはどうかな?」
「みっちー? もしかして猿渡 みちるか?」
「そう! バスケ部マネージャーの! 協力してくれるかもよ!」
「確かに。明日の放課後にでも聞いてみよう」
「よし決まり! 解散!」
いつのまにか隣の椎名先輩に頬を思い切りつねられていた八木橋先輩は手を叩き、その日の部活は終わった。
春なのに外が真っ暗になる時間まで活動していた。
書類を近くで見つめていたせいか、目頭に痛みがあった。
なかなかハードな部活なのかもしれない。
──次の日の朝、まだほとんどの生徒が来ていない頃、俺は同じクラスだと言っていた猿渡みちるを探した。
「流石にこんな早くには来ていないか」
席に座ろうとした時、欠伸をしながら月城が教室に入ってきた。
「蓮君おふぁよう。みっちーは朝練習だと思うよ、さっき玄関で会って、体育館に行くのを見たから」
「マジ? なら体育館行かないとな」
「がってん承知!」
月城は腕をこぶを強調する時の仕草で言った。
体育館に行くと、昨日、工藤先輩と話していた方のバスケ部マネージャーが顔を出した。
「猿渡みちる、いるか?」
「え? みっちー? なになに? 告白? 待ってて今呼んでくるから!」
「あ、ちょっと!」
とんでもない勘違いをしたまま、その人は猿渡を呼びに行ってしまった。
こういう時は猿渡と仲のいい月城に頼むしかないな。
「月城、頼む、なんとかして」
「へへへ、面白そうだから嫌!」
ニヤニヤしながら月城は体育館の影に隠れてしまった。
「おいっ、月城っ! 待って!」
追いかけようとしたその時、体育館の扉が再び開き、顔を赤くした猿渡みちるが出て来てしまった。
「えっ……? も、もも、もしかして告白しに来たのって、四月一日君……?」
──ちがぁぁぁぁぁぁう!
やはり、この部活の活動は一筋縄ではいかなそうだ。