活動記録 ⑦ 体育館の幽霊とバスケ部
「蓮君は、こういうことは初めて?」
体育館への道中。走りながら工藤先輩に問われた俺は、そりゃそうですと頷いた。
「だよね。そういえば、こないだ結衣さんと共闘したんだって?」
「結衣先輩……柳生先輩ですか? まあ、戦ったというか……俺は見てただけですけど……」
「何言ってるの! 四月一日君私のこと助けてくれたじゃん!」
月城は走りながらも胸を張って強調した。
「月城が自慢して言うことじゃないだろ……」
「うっ……」
「さあ着いたよ」
我が校の体育館は、正門から見て新校舎の裏側にある。
大きさはごく普通。
新校舎と同時期に建て直されたらしく、比較的新しい。
扉の向こうからは、大勢の男子の掛け声が響いている。
ここで俺は疑問を持った。
「そういえば工藤先輩、幽霊は怖くないんですか?」
「怖いよ。けど、好きだね。皆それぞれ、悩みを抱えているから、それを解決してあげなきゃいけない、昔から何かの世話をするのが好きなんだ」
「解決しないとどうなるんですか?」
「…………」
「……っ?!」
背中に悪寒が走り、俺は一瞬立ち止まった。
覗き見た工藤先輩の目ががとんでもなく怖かったような気がしたから。
「せ、先輩?」
扉に手を掛けた工藤先輩は、普段通りの顔で俺を見た。
「とりあえず、今日は見ていてね。月城さん、行こうか」
「はい!」
見間違いだったのだろうか……?
きゅっ、きゅっと絶え間無く響く音と、ボールの弾む音。
そして鼻をつく独特な汗の香り。
「佐々木先輩いますか?」
「おっ、来た来た。とりあえず入っちゃってくれ」
出迎えてくれたのは、背が高い男子だった。
多分3年生だろう。軽く工藤先輩の2倍はあるように見える。
……それは言い過ぎか。
今コートで練習をしている背の高い先輩たち(佐々木先輩を含む)は皆、頭を丸刈りにしていて、表情や飛び交う怒号から、最後の大会に向けて真剣に挑んでいる様子が分かる。
今日の気温は寒い方だが、青いユニフォームは汗で湿っていて、紺色に染まっている。
体育館の端にある体育教官室に招かれた俺たちは、佐々木先輩、なぜか来たマネージャー、バスケ部顧問に囲まれて座った。
月城と話している様子から、マネージャーの1人は(自己紹介が無かったので、以降はAさんと呼ばせてもらいます)、月城の友人だろう。
もう1人は(以降はBさんと呼ぶ)、工藤先輩に釘付けだ。
……なんというか、人を見る目ではなく、人形を見るような目だが。
佐々木先輩はタオルで頭を拭きながら話を始めた。
「依頼の内容は?」
「ほぼ伝わってます。何か他にもありますか?」
「いや、それならいい。そっちの2人は新入生だろ? 工藤大先輩、腕がなるなぁ?」
「ちゃ、茶化さないでくださいっ」
工藤先輩は顔を赤らめて俯いた。
か、可愛…………いや危ない危ない。
俺にはそういう趣味はないので。
「……アレが出てくるのは丁度部活が終わった後、俺らが自主練を始める頃でな。最後の大会が近いってのに、皆怖がって自主練が出来ないんだよ。かろうじて今やってる全体練習は落ち着かせているんだけどなぁ……」
「そうですか……」
「後十分くらいで全体練習は終わるから、ここで待っていてくれてもいいし、いなくてもいい。とにかく、頼んだ」
「分かりました」
佐々木先輩は体育教官室から出ていった。
その瞬間には、マネージャーA、Bは工藤先輩と月城にそれぞれ話しかけていた。
楽しそう、ってもしかして俺今ぼっち?
そう思っていた矢先、哀れみを向けてくれたのか知らないが月城と話していたマネージャーが話しかけてきた。
この高校指定のジャージに身を包み、肩にタオルを掛け、見た目は完全にはっちゃけ大好き系女子だ。
女子は何か悪いことを考えていそうな顔で俺に近づき、尋ねた。
「またぬき君って言うの?」
「四月一日だ」
反射的に返すと、そのマネージャーは吹き出した。
揺れる濃い茶色のミディアムヘアーから良い匂いがする。
「あははははっ! 本当だ! 奏の言う通りだ! ごめんね四月一日君! ちなみに同級生……というか同クラスだよね?! 覚えてない? 猿渡 みちるだよ?!」
自分を穴ぼこだらけになるくらいに指差してアピールする様はなんだか衣笠先輩に似ている。
「ごめん、まだほとんどクラスメイトを覚えていないんだ」
目を細めて苦笑いをした猿渡は相当ショックを受けたようだった。
まさか、それだけ自分に自信があるのか……?
「悲しいねぇ……悲しいよぉ、奏ぇ!」
猿渡は奏に抱きつき、頭をぐりぐり押し付けていた。
とても元気な人だな……
月城、頑張れ。
俺は心の中で手を振った。
そんなこんなで時間を潰していたら、あっという間にバスケ部の全体練習の終了時間になっていた。
「待たせたな」
先程よりもさらに汗で濡れた佐々木先輩が教官室に来て、案内をしてくれた。
既に体育館からは佐々木先輩とお祓い部以外は帰宅している。
電気は点いているが、夜の広々とした静かな体育館は、どこか微妙な孤独感があった。
「ここだ」
そこは2面ある内の、ステージに近い方の反面バスケットゴールの真下だった。
「写真に写るんですか? それとも、実際に目で見えるんですか?」
工藤先輩はその壁を触ったり、光を当てたりしながら尋ねた。
「目だ。影は作っていないはずの場所に、真っ黒い人影が見えるんだ、最初は怖かったぜ……」
「今は怖くないんですか?」
俺はふと思ったことを聞いてみた。
「ああ。だが、何も危害を加えてこないし、変な話、バスケの練習を毎日見られてる気がするんだ。逆に新入生のお前らは怖くないのか?」
「怖いですよ! いやでも……幽霊に連れ去られて4次元や冥界に行けるのであれば、興味はないと言えば嘘になりますし……」
「分かるよ! 4次元に行けた暁には、ヘテロティック弦理論の証明にも繋がるもんや! そんな体験したら、私たち謎の組織に狙われちゃうね!」
月城また「や」って言っているし、それに気付いていないのは月城だけだ……というか、工藤先輩と佐々木先輩は俺らのオカルト話に思いっきりドン引きしている。
……これ以上は自粛することにしよう。
「…………あっ!!」
佐々木先輩が急に壁を指差した。
その方向に黒い人影が佇んでいた。
「あ、出た」
「お、お、おおお落ち着いてわわわ、ま、四月一日君」
「工藤先輩……」
身長は俺と同じくらい。
黒い影なので顔や性別が全く分からない。
幽霊にありがちな、足がないこともなく、至って普通の人に光を照らして出来た影だ。
「……君たちは……バスケ部ではないのか?」
影は掠れた声で細々と言った。
「しゃ、喋った?!」
「わ、四月一日君っ!」
驚きを声に出した俺の口を月城は押さえた。
ちょ、ちょちょ待って!
幽霊よりもこっちの方がドキドキするんだけど!!
「失礼だな……僕は元々人だったんだぞ……話せて当然だろう。それより、バスケ部の練習はもう終わってしまったのか?」
「お、終わったけど」
佐々木先輩が落ち着かない様子で答えると、影がため息をついたように聞こえた。
「そうか……邪魔したな」
「待ってください!」
やっと気を取り直した工藤先輩は胸からメモ帳とペンを取り出し、消えかけていた影を呼び止めた。
「なんだ」
「僕たちはお祓い部という、この世に出る幽霊たちの未練を果たす活動をしています」
「お祓い部ね。懐かしい名前を聞いたもんだ。今も続いているなんてな」
「懐かしい?」
「今は2019年だろう? 俺がこの学校にいた、高校3年生の時は1980年だった」
1980年だって?!
い、いやいや、いくらなんでもそんなの信じられないだろ!
学校はそれよりも昔からあったのは聞いていたが……
「そこの、一年か? 信じられないって顔しているな。まぁ、無理もないか」
影は俺を指差して言った。
流石に顔で悟られてしまったようだ。
「すいません」
「いや、いいんだ。しかし、どうしても信じられないって言うのなら、教師にでも頼んでこの名前を聞いてみな」
影は名を告げた。
「なっ……」
──俺たちはそのついさっき聞いた名前に、いや、その名字に開いた口が塞がらなかった。
影の名は。
……なんつって。