活動記録 ⑥ 迷いの活動開始
日の傾き始めた帰り道。
淡い柿色の斜光が海を差し、独特な煌めきを放っているのを背に、俺は例の階段を上っていた。
「お祓い部、なぁ……」
あれだけドロッドロに濃いメンバーでいられれば大変だろうが楽しいのは間違いないだろう。
ただ、なあ。
不安点といえばこないだ遭遇した化け物と戦わなければいけないということだ。
怖すぎる!
脅かすために存在するような奴らと戦うなんて正気の沙汰じゃない。
間違いなくあの熊幽霊は俺を襲ってきていたし、多分先輩達が来てくれなかったら俺はどこかに連れ去られていただろう。
そんなことを思いながら、階段途中の踊り場にある赤くボロボロの木材で出来たベンチに特に意味も無く腰掛けた。
そして、意味も無く目を瞑ってみる。
……
…………
……………………
「……何しているの」
「……わっ!!」
突然の声に驚いて飛び起きると、そこにいたのは階段を上ってきていた柳生先輩だった。
相変わらず通学カバンのもう片方の手に木刀を手にしている先輩は、ベンチを指差した。
「そのベンチ……よく座る気になったわね」
俺ではなくベンチを見つめて言った彼女の目は、少し嫌悪を抱いているようだった。
俺を見てその目をしてるんだったらちょっと酷すぎませんか?
「まぁ、気分ですかね……あっ、それより、言いたかったことがあるんですよ!」
「……何?」
「あの放課後の時、助けてくれてありがとうございました!」
面倒臭そうにため息をついた柳生先輩は思い出すように言った。
「あぁ……あの時の。礼は別に要らないのだけど。そういえば、お祓い部に入りたいらしいわね」
「いえ、まだ入ろうか迷ってるんです」
「そう」
柳生先輩はため息をついて、くるりと階段を上って行ってしまった。
「先輩!」
呼び止めると、先輩は止まって振り返ってくれた。
「何? 私これから忙しいの」
「先輩は、お祓い部をやっていて怖くないんですか?」
「どういう意味よ」
先輩の顔が険しくなる。
今のは俺の言葉が悪かった。
言い直そうと思ったが、先輩が先に口を開いた。
「あなた、怖いの?」
「えっ?」
「もしも怖いのなら、アドバイスをあげる」
「は、はい」
「強くなりなさい」
それだけ言い残し、先輩は階段を小走りで行ってしまった。
「強くなりなさい……?」
またまた今夜は眠れなさそうだ。
──次の日、俺は入部届けを持ってお祓い部の部室へ向かった。
入ると、たくさんの視線を浴びた。
八木橋先輩だけ黒板の前に立ち、椎名先輩、衣笠先輩、すごい嬉しそうに手を振る月城の他に、こちらに視線どころか興味すら示さない柳生先輩、そして見知らぬ顔の二人が長机を囲むように座っていた。
なにやら、黒板に書いてあることで議論していたようだ。
八木橋先輩が手を振った。
「おっ、蓮君来てくれたんだ。皆、紹介するよ、こちら新入部員のまたくに君」
「先輩それ絶対わざとですよね……ごほん。四月一日 蓮です。よろしくお願いします」
「丁度今から作戦会議するとこだったから、空いてるとこに座ってね〜」
空いている席……は月城と、柳生先輩の間か。
「ここ座ってもいいか?」
「いいよ!」
「…………」
月城は快く承諾してくれたが……柳生先輩は無視か……
とりあえず座った。
すると、目の前のハーフの男子と目が合った。
なんといってもまず、雪のように美しい白い肌に青い目。
まるで砂浜と繋がる海のようだ。
フッサフサの金髪に、小さな耳、ちょっぴり高い鼻。
……本当に男子? と思うような幼い女子のような顔立ちは俺を変な気持ちにさせる。
「やぁ。僕は2年4組の工藤 カイ、見ての通り半分アメリカの血が流れてるけど、嫌じゃなかったら仲良くしてくれると嬉しいな。よろしくね」
声はか細い……彼は今、小さな衣笠先輩の隣に座っているのだが、身長がそこまで変わらないように見える。
なんだか、2人揃ってマスコットみたいだ。
「もちろんです! よろしくお願いします」
もう一人の女子は俺の隣の月城の向かい側にいるのだが、先程から、その方向から視線を感じていた。
興味では無く、殺気を感じる……
「あの、よろしくお願いします」
向くと、殺気を放つ女子は月城の後ろに隠れた。
「……私は社みなみ。同級生だから」
「そうだったんだ、何組?」
「1組」
素っ気なく返され、会話は終わった。
というか、同級生だったのか。あまり見かけない顔だが。
八木橋先輩が手を叩いた。
「それでは、会議を始めるよ」
「……?」
八木橋先輩の丸眼鏡の向こうの目つきが大きく変わった。
見た目はチャラ男そのままだが、纏っているオーラが先程までとは全く違った。
緩い春のようなオーラから、冬の凍てつく寒さのようなオーラへ、他の皆も真剣な表情に変わった。
……気がする!
「それではまず、小鞠ちゃん。今回の依頼の紹介を」
あっ、そこはちゃん付けなんですね。
「はい」
衣笠先輩はカバンを持って立ち上がり、黒板の前へ立った。
カバンの中から取り出したのは、縁が四角い眼鏡とノートパソコン。
普通に衣笠先輩はノートパソコンを起動したが、この学校の校則では電子機器(電子辞書を除く)の使用は禁止されているはず。
衣笠先輩はその小さな顔に不釣り合いな普通サイズの眼鏡を掛け、息を大きく吸った。
「今回は、この校内の生徒の依頼です。依頼主は男子バスケットボール部の部長である、3年2組佐々木 翔太さん。内容は放課後の体育館に出る、謎の人影のお祓いです」
「人なんですか?」
あれ? 化け物は?
思わず水を差してしまった俺を睨む衣笠先輩がとても怖いです。
「はぁ……そうよ。そして、今のところバスケットボール部の練習中にだけ確認されています。物理的にも被害は無いそうなので、本件は幽霊側の依頼があるとだと推測されます。しかし……」
幽霊側の依頼?
人間を祓ってくれ! なんて言われるんじゃないだろうな。
流石に俺は人を祓う部活にはいたくない。
はっ……!
もしかしてこの中の何人かはすでに手を汚しているのでは……
椎名先輩がふと口を開いた。
「バスケ部3年は最後の大会が近い……から早期の解決が必要、というわけね」
「そういうことです。なので、今回は少人数で遂行するべきかと」
目を瞑って聞いていた八木橋先輩は頷き、目を開いた。
「分かった。今回のメンバーは奏ちゃん、カイ君……そして蓮君に行ってもらうよ」
「ええええええええええええええええ?!」
俺を指名した先輩その顔は真面目そうだが、冗談を言っているのではないか?
「マジですか?」
「大マジだよ。みんな、異論は?」
誰も手を挙げないどころか、笑顔で頷いていやがる、こいつら……いや、皆様方。
しかし本当にいいのか……?
「異論は……無いみたいだね。じゃあ、決定! 3人とも頑張ってね。一応僕たちはバックアップとしてサポートするから」
皆何の不平不満を言うこと無くばらばらの行動を取り始めた。
先輩や社は勉強を始めたり、本を読み始めたり、他愛も無い話を始めたりと、様々だった。
工藤先輩が、じゃあ、と立ち上がった。
「行こうか。奏さん、蓮君」
「はい!」
「……は、はいっ!」
──俺は戸惑いながらも、2人と一緒に体育館へと向かった。