活動記録 ⑤ お祓い部の「個性派」先輩達
更新遅れてすみません!
「ありがと!」
陽子は120円という、高校生の俺にとっては大出血サービスを手のひらで転がしながら、部活へと行ってしまった。
それにしても、あれは本当に美味しいのだろうか?
──激甘クリームたっぷりメロンドリンク。
考えただけで吐き気を催す名前のそれを、俺が自動販売機に大金をつぎ込んだ瞬間に陽子は迷わず押した。
本当にそれ飲むのか? ともちろん俺は聞いた。
その答えは「飲まない人は人生の9割損してるわよ」だった。
そんなわけあるか……?
まぁ、陽子が良いって言うのなら、いいんだろうな。
というか、あそこで反論してたら殺されてたし。
「あれ? またぬき君?」
後ろから、月城の声がした。
「わたぬき、な! 今からお祓い部にいこうと思ってた」
「ちょうど良かったぁ! 部室とか分からないでしょ? 付いてきて」
そうだった。見学すると言っておいて場所を聞いていなかった。
月城に付いていくと、どうやら旧校舎へ向かっているようだった。
──この学校には、校舎が2つある。
正門から入って右側、正面を全面ガラス張りにした、比較的新しくて大きい方が今俺たちが授業で使っている現校舎。
いわゆるホームルーム棟だ。
左側には学校創立からずっとあるとかなんとか、何度も立て直しをされたような見た目の旧校舎がある。
通称「0館」
この名前を聞いた時は、0番目の校舎ということだからかと思っていたが、月城によると、霊感が強いやつが集まる場所だから、という説もあるらしい。
ダジャレじゃねーか。
月城は納得のいかない様子で説明してくれていたが、上手いと思うのは俺だけか。
縦に長い5階建ての現校舎と違い、2階建てで横長、そして木製。
レトロを醸し出す雰囲気の0館では、現在授業は行われておらず、倉庫や部室として利用されているようだ。
ちなみに俺は初めて入る。
そんな0館の廊下は、靴は脱ぐが、上履きを履かずに靴下で歩くというのが普通らしい。
そこの廊下は歩くと、床板がギシギシと軋んだ。
階段のところまで来て、俺は異変に気付いた。
──なぜか、地下への階段がある。
「月城? なんで地下階段があるんだ?」
月城は立ち止まり、振り返って両手を合わせた。
「ちょ! ちょっと待って四月一日君。私も入部してまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないの。だから私に聞かれても、分からないことだってあるから……」
それもそうだ。
「ごめん」
2階へと上がり、一番奥の突き当たりの教室へと俺たちはやって来た。
「ここなのか?」
扉の向こうでは2、3人の男女の話し声がする。
「うん。部長と副部長はいるみたいだから自己紹介だや!」
──あ。
まただやって言った。
「自己紹介って……まだ入部するって決めたわけじゃないからなぁ……」
「へへへ……」
顔を見ると、月城はなんだか悪そうな顔をしていた。
「な、なんだよその顔は」
「もう遅いよ?」
悪い顔でそう言いながら、扉を横に開けた。
──案外広く、よくある大きさの教室を半分に割った大きさだった。
天井から床まで、思っていたよりも綺麗な木目調の部屋。
真ん中には長机が2本、「二」の字を書くように置かれ、その「二」の字の間に「コ」の字になるように、教室にある1人用の机が2つ挟まれていた。
「コ」の字の口の開いた側に黒板がある。
会議特化型の並べ方だ。
そこには、3人の男女が座っていた。
え? 3人?
そういえば、俺を助けてくれた柳生先輩の姿もない。
食堂の時は6人くらいいたような気がするんだが……
「おっ、来た来た〜」
「四月一日君、どうぞそこ座って」
既に俺の名前は知られているようだ。
俺は3人と向かい合わせになるように、月城は3人の側に腰掛けた。
俺に声をかけてくれたのは、3人の中で一番まともそうな、お姉さんキャラを醸し出す人で、制服の胸に付いている校章は3年生を表す赤色だった。
面と向かうと、本当に優しいお姉さんのような姿の人だった。
黒く長い髪を後ろで一本にまとめ、おっとりとした、眠っている猫のような顔立ち。
すらりと長い体に控えめな胸。
なんというか、女子にモテそうな人だと、俺は思う。
そういうのは俺は知らないけど。
その人はゆっくりと口を開いた。
「……私はお祓い部副部長、椎名 春香、よろしくね」
そしてこっちは……と右に座っている茶髪のチャラ男を指差した。
チャラ男とは言っても校章が赤色なので、一応は先輩のようだ。
顎はすっと引き締まり、鼻が高く、唇は薄い。
髪は目のすぐ上まで伸びていて、ワックスでそれを固めている。
そして、とても目立つオシャレな丸眼鏡と、両耳に開いたピアスの穴。
はっきり言ってイケメンだが、軽そうな雰囲気が出ている。
「……って、光輝は自分で自己紹介しなさいよ」
「えぇ……またぬき君初めまして、俺はこのお祓い部部長八木崎 光輝だよ〜よろしく〜」
「えっ?!」
ぶ、部長?!
この、茶髪で耳にピアスの穴が空いていて制服をラフに着崩している人が……?!
ふふ、と俺の唖然とした顔を見た椎名先輩は微笑んで言った。
「やっぱり、そう思うわよね。このチャラいのが部長?って。奏ちゃんも、そしてもう一人の1年の子も同じ反応してたわよ」
「奏ちゃん……?」
「私だよ私。名前は覚えていてくれなかったんだね……」
月城が手を挙げた。
その顔は少し悲しげだ。
あれ?
俺、今とんでもないミスを?
「……って八木崎先輩、俺はまたぬきじゃなくてわたぬきです。そこんところ、よろしくお願いします」
「はーい」
なんとも言えない気の抜けた返事をした八木崎先輩だが、確か食堂で真面目に作戦を伝えていた人もこの人だったような……
「私も自己紹介いいかな?」
もう一人、小さな小学生くらいの女の子が手を挙げていた。
座高からしても、良い意味で異質だった。
八木崎先輩の隣に座っているが、その八木橋先輩の半分しか無いように見える。
顔もひと回り、ふた回り小さく、人形のようだ。
サラサラのポニーテールは少女の首ほどある。
目はくりっと開き、薄ピンクの頬に、小さな豆しか食べられなさそうな小さな口。
一番驚いたのは、背の高そうな椎名先輩よりも胸が大きいということだ。
ううむ。現実は平等に見えて実は不平等、といったところか。
……違うか。
…………
って、高校に小学生がいる?!
「せ、先輩方の妹ですか?」
「あっ、四月一日君──」
月城が何かいいかけた途端、
「は?! 私、高校生だから! あんたの先輩だから!! ほら見て、青い校章見えるでしょ?!」
は?
小学生は椅子の上に立ち上がり、顔を真っ赤にしている。
う、ウソーーッ?!
先輩(?)が見せる胸の校章は確かに2年生を示す青色。
しかし、椅子の上に立ち上がった時にやっと八木橋先輩の座高プラス頭一つ分の身長だ。
この人が先輩だなんて、まったく信じられないのだが、ここは謝るのが礼儀だろうな。
「す、すいません」
「分かればいいよ!」
いいんだ……
先輩(?)はどかりと力強く座った……つもりなのだろうが、実際は「ぽすっ」という軽い音がしただけだった。
座った姿も相当チビだ。
「あ! 今! チビだ、とか思ったでしょ!!」
「思ってません」
「むうううう!」
「あ〜、やっちゃったね〜、四月一日君」
「まぁ四月一日君の言いたいことは分からなくはないわね」
3年の先輩2人は笑いながらウンウンと頷いた。
「ちょっと?! 春香?! 光輝?! 私馬鹿にされたんだよ?! …………はぁ……いいよもう……私は衣笠 小鞠。高校2年生だから」
「高校2年生」の部分を部屋中に響き渡るくらい強調した衣笠先輩は長机越しに手を差し伸べてきた。
俺も立って差し伸べたが、元々机同士に距離があったので、まっっっったく届かなかった。
「ほら見て!! また四月一日君私のこと馬鹿にしたぁ!!」
は?!
「ええええっ?! 今の完全に自爆じゃないですかっ! ですよね先輩!」
3年の先輩に助け舟を出したが、椎名先輩は目を瞑って上を向き、手を額に当てているし、八木崎先輩はその椎名先輩ごしに月城に話しかけていた。
逃げんな!
あっ、と閃いたように椎名先輩が口を開いた。
「四月一日君だとこんがらがるから、これから蓮君と呼ぶわね〜」
話を逸らすな!
……なんてことは言えず、衣笠先輩の睨みつけを横目に、俺は思いっきりの笑みを浮かべて言った。
「分かりました……って、待ってください。俺はまだ入部するとは決めてないんですけど」
ここまで来ておいて入部するかどうか、迷いが出てきてしまった。
このドロッドロに濃いメンバーでやっていけそうな気がしない。
「入部するなぁぁ」
チビ……じゃない衣笠先輩のストレートな嫌味が聞こえたんですけど。
「そうだったの? それはごめんなさい。てっきり入部するものだと思って、入部届けを書いてしまったけど」
「え?!」
そう言ってバッグの中から一枚の入部届けを出して、俺の所へ持ってきた。
彼女の立ったところを見ると、やはり背が高く見える。
「あ、あまりジロジロ見られるのは嫌なんだけれど……はい、これ」
顔を赤くした椎名先輩から手渡された入部届けを見ると、俺の字が書いてあった。
どの欄も俺の文字とそっくりだ……
……待った! 入部希望部活の欄は「お祓い部」となっているが、どこか違和感があるような……
「分かった! これ、俺が硬式テニス部に入部する時に書いたやつですよね?」
「バレちゃった? まあでも、そういうこと。顧問から流してもらったのよ」
顧問から流してもらった?
新入生の入部届けを管理するのは、その入部届けを出した生徒の担任だ。
ということは……
「……顧問ってもしかして。千間台先生ですか」
「よく分かったじゃない。千間台先生は嫌?」
「そういう訳ではないんですけど……」
「あの人の授業どう?」
「まあまあって感じですねー。あまり怒らない人なので、授業中にスマホ使ったり駄弁ってるやつもいますよ」
「やっぱり……」
「……?」
椎名先輩はいつの間にか遠い目をしていた。
「いや、ね。私も前にあの人が担任だったことがあるのよ。蓮君の体験した通り、スマホ使い放題話し放題の崩壊度でね。その時は学級崩壊寸前まで行っちゃったの〜」
「それって結構危ないですよね?!」
「ええ。でもその時はなんとかなったから良かったけど、蓮君も気をつけてね」
「な、何にですか」
「千間台先生を救うのよっ!!」
再び俺の目を捉えた椎名先輩はゆったりとグッドサインを俺に突き出した。
「えっ?!」
「冗談よ…………さてどう? お祓い部に入る気になった?」
随分と急な……
「明日まで考えさせてください」
「そう。じゃあこの入部届けはあげるから……って、元々君のものよね〜。入る気になったら千間台先生に渡してね」
「分かりました。それじゃあ今日は帰ります」
「活動見ていかないの?」
「あんな化け物と戦う時に見物なんてしてたら邪魔になりそうなんで、やめておきます」
「まぁ、確かに、今日の活動は無理かもしれないわね……それじゃあ、また明日ね、蓮君」
「はい。お疲れ様でした」
後ろで八木崎先輩、衣笠先輩と何かを話していた月城が立ち上がった。
「え?! わた……蓮君帰っちゃうの?!」
「おう、今日は帰るよ。案内してくれてありがとうな」
「う、うん。また来てね……?」
「分かった」
「来るなよぉぉ」
すかさずチビ笠先輩のストレートな愛情表現に、俺は苦笑いしか出来ず、その部屋を後にして帰路についた。
──お祓い部。
入部するべきだろうか?