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夜間の仕事着

 カリンが工場の屋根を突き破る数時間前。


 夜間の工場で働く一人の男がいた。その名はレグゥという。


 レグゥは夜間スタッフの仕事が好きだった。


 夜間にくる客は、昼間のそれとはまた違う。ある種の特別な事情を抱えたお客さんであることが多いのだ。

 例えば、駆け落ちしてきたカップルだとか、マドールと人間のカップルなんかが子供を向かえにきたり、どこかの国の王様がお忍びで王子を向かえに来ていたこともあっただろうし、寂れたエルフが養子を持っていった事もある。

 いずれにしても、各々が非常に興味深い物語を持っていった。

 それが途方もない大恋愛だったり、真っ黒な政治戦略だったり、脈々と受け継がれた民俗文化だったりするわけだ。


 レグゥはこうした、物語のその一端を垣間見る事の出来るこの場所で、受付が出来るこの時が幸せだった。


 とはいえ、深夜に人が来ることは希である。この日はやけに暇だった。暇なときでも大抵は掃除やら資料作成なんかの雑務があるもので、それを坦々とこなしていたのだが、ついにやりきってしまった。


「さぁて、仕事も一区切りしたし、見回りがてらトイレでも行ってくるかな」


 座席を立ったレグゥに先輩が声をかけてくる。


「レグゥってさ、休憩する時いっつもそれ言ってるよな? 口癖?」


「え、そうかな? 全然そんなの気にしてなかったよ」


 実際気にしてないのだから仕方ない、たぶんこれからも使うだろう。そして、レグゥはその場を後にした。


 それからしばらくして、休憩を終えたレグゥは持ち場に戻ろうとしていた。


 その時だった。


 施設に大きな音が轟いた。それと同時に、施設がズンと揺れた。


(わわっ!?)


 近くで爆発でも起きたのだろうかという程の衝撃と共に近くの扉が勢いよく凹む。

 その余波でレグゥは軽く吹き飛ばされ、廊下の壁に打ち付けられる。


「あ痛っ……」


 体に久々の痛みが走った。


(いったい何が起こった? あの部屋は搬入用のスペース……今日はもう集荷は無いはずなんだが)


 確かめなければならないと、レグゥは思った。恐る恐るひしゃげた扉に近づき、そっと中を覗きこむ。


 部屋の中はひどい有り様だった。屋根に穴が空き、床はひび割れ、搬入用のカートや置きっぱなしの荷物なんかが散乱してしまっている。

 そこに、黒髪の巨乳メイドが、死んだように動かない少女を抱えて立っていた。


(……!?)


 中に入ろうとしていたレグゥは、とっさに扉の影に身を隠した。


(なんなんだあれ!? こ……怖い!)


 額に変な汗が滲んだ。一目見ただけで恐怖を感じた。おかしな点はいくらでもあったが、状況に怖い要素があるようには思えない。たが、あのメイドの存在そのものが、恐怖の対象であることを全身が訴えていた。

 一刻も早くこの場から逃げ出そうと思ったが、足がすくんで動かない。


「出番ですよ、デキソコナイ」


 扉の向こうから声が聞こえた。たぶんメイドの方が何かを話しているのだろう。ひょっとすると、例によって何かの事情を持った特殊な客なのかもしれない。そうだとしても、施設を破壊するのはちょっとどうかと思うのだが。

 レグゥは様子を見る事にした。どのみち、足は震えて動かないし、逃げ出そうにも逃られる気がしなかったからだ。


 中ではメイドが少女を放り投げていた。床に打たれた少女が、小さく呻き声を上げる。


「ふむ、きっちり自我は無くなってるみたいですね?」


 こっそりと覗いて見てみると、鱗がボロボロの竜人の少女が虚ろな目でどこか遠くを見ていた。メイドは独り言を続ける。


「それじゃ! 仕上げ、やっちゃいますかー!」


 メイドが懐から取り出したのはどこにでもある銃だった。


 その瞬間。


 部屋の空気が一変する。


 レグゥは焦った。自分でも、心臓の鼓動がおかしいのがわかる。これは不安か? それとも恐怖か? その嫌な空気の理由をレグゥは考えた。


(違う、何かが違う。ただただ嫌な感じ……)



 その時、メイドの持っている銃に取り付けられた宝石が目に写った。レグゥは目を丸くした。


(……わかった、わかったぞ! これは違和感だ! あの銃から出る魔力の違和感だ!)


 レグゥは理解した。あのメイドがマドールならば、この漂う"妖精の魔力"は明らかに場違いだ!


(マドールは、妖精の力を扱えない。妖精の姿も形も声ですら認識できない機械の癖に、彼らと心を通わせることなんか出来るはずがない!)


 なのに、辺りに妖精の魔力が充満している。これは、妖精使いが魔法を使うときのそれとほぼ一緒だった。

 メイドはそのまま銃口を少女へ向け、言い放つ。


「バイバイ、マイマスター。次はもう少し似せられるよう頑張りますねー!」


 レグゥはメイドの持つ銃に取り付けられた宝石から、うっすらと魔力の鎖が延びていることに気がついた。そして、あろうことかその鎖は自分の方に向かって地を這うように延びてきているではないか。


(あの宝石、もしかして妖精の門か?! ということは……)


 レグゥが自分の足元に目を落とす。そこには、よろめきながらなんと地を這ってきたのだろう木の妖精、ドリアードの姿があった。その膝丈にも満たないほど小さな体は幽霊よりも透けている。

 異常だった、ここまで透明度が高いということはおそらく姿を維持するための魔力がほとんど維持できていない状態だということだろう。そんな妖精が涙目で訴える。


「……うぐぁ……いやぁ! やめて! もうやめて! 私、死にたくない、死にたくないです! 助……けて……助けて下さい!」


(妖精がこんなボロボロに……いったいあいつは何者なんだ? なんでこんな事を……)


 レグゥには答えられるはずがなかった。声を出せばあいつに感づかれる。それに、実行へ移せる度胸など、ない。


 レグゥが答えに躊躇した刹那、ドリアードは力なくその場に崩れ落ちた。


「ぅ……くぅ……ごめんなさい。私はもうダメみたいです。せめて、あなたは……あなたはここから逃げて」


 気が付いたときには、妖精は見えなくなっていた。妖精がいたはずの場所には空になった魔力鎖の繋ぎ目だけが残されている。


(どうする……俺はいったい、どうすれば?)


 扉の向こうの天使から声がした。


「失敗作を処分ついでに利用するなんて、すっごくエコでしょ?」


 もしかして? と思ったのは、その声がわざとこちらに聞こえるように放たれたような気がしたからだ。

 その声に、レグゥは体を引きずる様に後ずさる。


「ねぇ? 聞こえてないの?」


 ふと、自身の状態に目をやった。


(今、自然と体が後に? ……足が動くぞ!)


 レグゥがその場から走りだす。


(とにかく、誰か……助けを呼ぶんだ! あの天使に立ち向かえる誰かを……)


 振り向くことなく、全速力で階段を降りる。今は一刻も早くこの場から離れることが先決だ!

 遠くから声が反響して来たのが聞こえた。


「それとも気付いて無いとでも思っちゃいました? ざーんねーん! バレバレですね! あっはははっ!」


 足はまだ、動いている。止まるべき場所はここではない!

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