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星空の堕天使

 ガシャン、バサッ


 銀色の翼を広げ、力一杯羽ばたく。


 脇に意識の無い少女を抱えながら、ぐんぐん高度をあげていく。

 地面はみるみる内に遠くなり、あっという間に拠点がコメ粒くらいの小ささになっていく。 


 そうして、カリンは雲を突き抜け、月明かり照す雲の海を泳いでいく。

 黒く長い髪は、夜風にたなびき、冷たい空気が頬をかすめる。

 カリンは、夜の空を飛ぶのが少しだけ好きだった。


 どんよりと、重く、暗い夜、瞬く星の下でカリンは遠い過去に思いを馳せる。


──緊急応答、┗┣‐=〃を強制解除しました。

C¥:ui>エラー、アーカイブの損傷87%

C¥:ui>魔素第十三術式解放

C¥:ui>マギルハートより記憶結晶(メモリークリスタル)を再構築します……


「k-6500N起動、貴方が私のマスターですか?」


 私は、目の前にいるポカンと間の抜けた顔をした男性に向かってそう言った。それが、この先、自分がこの世で最も愛する人物との初めての会話になるなんて、わかるはずもない。


 男は呆気(あっけ)にとられていた。


 目前にあるのは、真っ白で透き通るような肌、守ってあげたくなる華奢な体つき、やたらと主張の激しい双丘、光を吸い込むかのように黒く長い髪、その上にはふわりと浮かぶ光の環。


(困ったぞ……、こんな場所に女が居るなんて聞いていない! それになんだ、その見た目は、少々童貞には刺激が強すぎやしないか!?)


 あまりにも想定外のこと、どうしてしかるべきか、男は決めかねていたのだ。


「とりあえず、服を着てくれ…目のやり場に困る」


 そう言って、男は羽織っていたローブを投げつけた。


 少女はそれを受けとり損ね、顔に覆い被さったローブに「むわっ」なんて声を上げる。受け取ったローブに袖を通しながら、こう付け加える。


「貴方が私のマスターでないならば、いったい誰がマスターなのでしょう? 扉の向こうの方々ですか?」


「……っ! まずい、もう気付かれた!」


 ガン! ガツン! ガン!


 扉が物凄い勢いで叩かれているのがわかる。魔王軍のやつらは俺を見逃がすつもりが無いらしい。人一人分くらいの普通の扉だ、隠し扉だし多少頑丈かもしれないが、そろそろ壊れるだろう。


(ほっておけば、敵が増えるだけか……)


 男に選択肢は無かった。もう少し裸ローブを鑑賞したかったが仕方がない。


「そこの君! いいか! 俺が、君のマスターだ。異論があるならあとで聞く。その機械っぽい耳、君はマドールだろ? 戦えるか? やつらをここで迎え撃つ!」


 耳が通信機のような機械と一体にになっているのはマドールの有名な特徴だ。


「承知しました、ご主人様。名前を……名前を呼んでください。それが、貴方との契約になります」


 ガン! ガン! ガッシャーン!


 派手な音をたてて、扉がひしゃげる。レッサーオーガ、トロール、ワーウルフ。ざっと10はいるだろうか? 無数の赤い目がこちらを睨み付ける。


「……行くぞ! カリン!」


「契約、完了です。カリン、参ります!」


 カリンの両手が光輝き、そこに大きな槍が出現する。


「炎志一貫」


 カリンはスキルを発動させた。背中から、大きな翼を舞広げると、一直線に、廊下の魔物達に向かって突進していった。それはもう、もの凄いスピードで。


「ぁ……な……なんて、強さだ。あの数の魔物を一撃で撃破しやがった……」


「これでよろしいですか、ご主人様?」


 カリンが顔色一つ変えずに、こちらを振り替える。


「あぁ、上出来だ、と言いたいところだが、カリン、君はあいつらを後何体相手に出来る?」


 岩壁に空いた穴みたいな窓、男はそこから外を指差してそう言った。


 ここは、戦争の町、アノード近郊対魔王軍第三防壁。


「名前を名乗っていなかったな、俺は、ルーダカ。この防壁の見張り役だ。既に状況は上に伝わっているはずだが恐らく援軍が来るまで持たないだろう。逃げるしかない、そう思って隠れていたんだが、とんだ運命を引いちまったようだな」


「眼下に見える魔物は、おおよそ100は超えるでしょう。私のスキルでは10体前後が限界です。もっともあのような広い荒れ地では、その後、袋叩きにあってしまうと思われますが」


 ルーダカは、少しの間うーん、と頭を抱える。


「……10体ね。ふぅん、もし、あの魔物を半分位減らせたらこの防壁はどれだけ耐えられる?」


「わかりません、少なくとも今より長くなるのは間違いないかと」


「半分の魔物から俺を守れるか?」


「ご命令とあらば命を賭してでもお守りしましょう、ですが、本当に半分倒すおつもりですか?」


「守り手がいないなら逃げていたさ、でも出来るなら救いたい」


 カリンは訳がわからないという風に首を傾げたが、お構いなしにルーダカは続けた。


「こっちだ、屋上に出よう」


「はい。ご主人様」


 屋上への螺旋階段をかけ上がる二人。その下ではいくつかの先行部隊が防壁にたどり着いていた。


 勢い良く屋上の扉を開ける。見上げれば少し眩しいくらいの青空、見下ろせばぞろぞろと連なる魔物の軍隊が見渡せた。


「よし、俺はカリンに賭ける。後は任せたぞ!」


「えぇ!? ご主人様、何を……!」


 屋上の端から助走をつけて思いっきりジャンプする。こうなったら完全にやけっぱちだ。


「導くのは万象の門、呼び出すのは6つの輝き」


 ポケットから6色の宝石をとりだし宙に浮かべる。


「混沌を極めし者達よ、彼の者に衝撃をもたらせ!」


 それぞれの宝石から小さな妖精が飛び出し、ルーダカの周りをくるくると飛びながら、少しずつ輝きを増していく。


 魔物からみれば、まるで暗闇の中に落ちていく一筋の流れ星のように見えただろうか。


 ルーダカは、着地する寸前に呪文を完成させる。


「カオス・インパクト!」


 辺りに6色の光の渦が弾ける。それが弾ける度に、ポコンとかパコンとかやたらファンシーな音をたてて次々周りを巻き込んでいった。


 辺りは大量のクレーターが出来上がっていた。


「これだけやれば、団長も許してくれるかな。ははっ、らしくない。もう、限界か……」


 力を使い果たしたルーダカは、その地に倒れた。もうもうと立ち上る砂煙の向こう側から仲間の大半を失った魔物達がこちらに近づいているのを感じながら。


 

「ご……ご主人様ー!」


 カリンはあわてて飛び出した。

 銀色の翼を広げ、ご主人様の元に一直線に飛んでいく。


 魔物の一匹、オークが、ルーダカに向かってこん棒を振り上げたその瞬間……


「ご主人様に……手出しはさせません!」


 ガキン!


 振り下ろされるこん棒をすんでのところで受け止めたカリンはそれを凪ぎ払い、オークの胸を手に持つ槍で貫いた。


「グガァァァ! ギャルル……!」


 何か叫んでいた気がするが、今はそんなことはカリンにとってはどうでもいい。


 魔物の大群からルーダカを守るように向き、叫ぶ。


「ご主人様は、カリンが必ずお守りします!かかってきなさい、魔物共!」


 その時だった。魔物の大群の向こう側から声が聞こえる。


「随分と威勢の良いお嬢さんがいるみたいだねぇ! 良いね! ボク、そういうの好きだよ!」


「誰!?」


 殺気だっていたカリンには気がつかなかったが、砂煙の先に、ずらっと並んだ人影が見える。


「全く、珍しくルーダカ君が動いたと思えば、こんな美少女をたぶらかして……いや、お説教は後にしよう。行くよ! 野郎共! ボクらの力、魔王軍に見せつけてやろう!」


 ようやく援軍が追い付いたのだ。それから程なくして、魔物の大群は、カリンとその団長達によって一匹残らず駆逐された。


 その翌日。


「うーん」


 ゆっくりと目を開ける。まだ、使いすぎた魔力が回復しきっていないのか体が鉛のように重たい。横には、半裸の少女がすよすよと、寝息をたてて眠っていた。


(……ん?少女?あぁ、そうだ確か……)


「昨夜はお楽しみだったようだね。ルーダカ君?」


 ベットの横に座っていたドワーフの少女に話しかけられる。少女と言っても外見の話で、中身がいくつなのかは謎なのだが。


「団長、冗談は勘弁してください。疲れてるんですから」


「戦場に裸の女の子を連れていく人に言われたくないんだけどねー、何か理由があるんだろう?」


 この物分かりの良さが、団長の良い所だ。


「団長こそどうなんですか。私は、あの防壁にこんな子を派遣したなんて聞いていませんが、いったい何故?」


「まぁまぁ、落ち着きなよ、ルーダカ君。ボクは君のいる対魔王軍第三防壁に追加で人材を派遣したりはしていないさ」


 ルーダカは目を丸くしていた。誰も来ていないはずの防壁に勝手に人がいるなんてあり得るのか。


「あそこは、太古の遺跡をそのまま防壁として転用してるんだ。だから、まだ見つかっていない、古代の遺物が眠っていても不思議じゃないんだ」


「つまり、彼女自身が古代遺物だと? ただ者ではないと思ってはいましたが普通のマドールではないのですか?」


「違うよ、ルーダカ君。君も知ってるだろう? マドールに羽なんて生えてないよ。それに、事情は彼女から詳しく聞かせてもらったからね。君の活躍に免じて、逃亡未遂は見逃してあげるけど……」


「ありがとうございます団長、もう良いですかね? ちょっと旅行に行って来る用事が出来たんだ」


 団長は俺の肩をガシッと掴む。


「逃がさないよ、ルーダカくーん?」


「いやぁ、厄介事に巻き込まれる予感がしたもので」


「君も知っての通り、我等の軍は戦力的にギリのギリだ、君の横で寝てる彼女、カリンといったかな、相当な強者のようだし、君になついてるじゃんか。この意味がわからない訳じゃないよね?」


「カリンと一緒に魔王軍と戦えって言いたいんですよね?」


「その通り、君は物分かりが良くて助かるよ」


 ルーダカは団長の「してやったり!」といわんばかりの顔に苦笑いで返すしかなかった。


 かくして、ルーダカとカリンはこの魔王軍迎撃隊の援護を引き受けることになった。


 彼女との日々は二度と忘れることが出来ないだろう、記憶のなかったカリンがエンジェル・ギアと呼ばれる古代兵器であったことや、その昔、エンジェル・ギア達の暴走によって滅んだ国があること等が、冒険を続けていく内に明らかになっていった。



 ある夜、カリンと空を見上げる。


 カリンは星に興味があるらしかった。だからこうして時折一緒に夜空を眺めるのだ。


「ご主人! ご主人ー! 見てください、今日も星が綺麗ですよ!」


 もう既に出会ってから長い時間一緒に戦い抜いてきた俺達は、確かな絆が結ばれていることを自覚しつつあった。今日は何があったとか、晩御飯が美味しかったとか、他愛ない会話をすると、なんだか心が明るくなった。


 ある夜、カリンと空を見上げる。


「マスター! マスター! 流れ星です! 明日は良いことがあるかも知れませんね」


 良いことってどんな? と問いかけると彼女は笑って答える。


「美味しいお肉が食べたいです!」


 明日はいい稼ぎが期待できそうだ。丁度依頼も来ていたな、確かめてみるか。


 ある夜、カリンと空を見上げる。


「マイマスター! マイマスター! 見てください。今日は星の河に願いを馳せる日だそうですよ。マイマスターはどんな事を願いますか?」


「そうだね、これからもずっと君とこうして空を眺めていられたらなぁ」


 そんなのろけた事を口走る位にはもうすっかり一緒にいることが当たり前に感じていた。


「えへへー♪ マイマスター! 私もです! ずっと一緒ですよ! 魔王軍なんてとっとと消えてしまえば良いのですよー!」


 彼女もまた、彼と共に過ごすことに幸せを感じていた。それが、例え、魔王軍との激戦の中だったとしても。



 ある夜、カリンは空を見上げる。


 シンとした魔王城のバルコニー。その頭上には、27本の流星が流れ落ち、新たな世界の秩序を作り出そうとしていた。


「マイマスター……」


 そう呟いたカリンの手には、ルーダカの記憶結晶(メモリークリスタル)がぎゅっと握り締められていた。

 あの時、彼らを止められていなければ、これすら残らなかったかも知れない。そう思うと未だに背筋が凍りつく。

 あの黒いフードが何者なのかは知らないが、ここは感謝しておこう。

 それよりもまずは、彼をもとに戻せるという器とやらを見つけなければ……


 それから長い、長い旅が始まった。


 この夜、カリンは空を見上げなかった。


 目下には、標的。魔動人形工場がそこにある。冷たい目で、槍を構える。


 「炎志一貫」


 遥か上空から一直線に、それは、まるで、悲しみが落とす黒い涙のようだった。


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