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天使の研究室

「エンジェル? 天使ですって? そんな種族聞いたこともないわ! あんた、頭のネジでも外れちまったんじゃないの?」


 自分の事をマイマスターと呼ぶこの頭のおかしな自称天使に龍人の少女は戸惑いを隠せなかった。


 頭のおかしな自称天使は心底それが面白いらしかった。


「あははは! ご主人様マイマスターは何もご存知無いのですねー。やーいバカマスター!」


 少女はその様子を見て、ますます頭を抱えたい気分になった。


(指を指して笑い転げられるのは余り気分のいいものじゃないのよ! この人形と話をしてるとイライラしてくるわね……!)


 ひとしきり笑いきった後、メイドが口を開いた。


「かわいそうなマスターさんの為に! 私から特別に教えてあげちゃいます! 誰にも喋っちゃダメですよ?」


 メイドが声を弾ませてそう言うと、ずいっと顔を覗き込んでくる。


(……本当うざい)


 それが、少女の純粋な感想だった。それでも手足はまだ動かせないのだから、助けを求められるのはこのおかしなメイド以外にいなかった。


(今は、とにかくうなずくほかないみたいね……)


 なにやらよく相槌を打ってくれる少女をみて、メイドは気分よく語り出す。


「魔機天使はねー! オーパーツなの!」


「旧式ってこと?」


「違いますよ! そーじゃありません! 魔動人形がこの世に生まれるずっと前、今の人類がまだ生まれるその前の時代、古代人類が私達魔機天使を作り出したんです……秘密兵器として!」


 ばばーんと両腕を開いてドヤるメイドに対して、少女は必死に驚くふりをした。


「へぇー。そうなの! 随分な古代兵器なのにちっともすごそうに見えないわね!」


(あーもう! ちゃんとおだてて出してもらわなきゃいけないのに、あたしったら……)


 そんな少女の気持ちも知らずにメイドは少女に背を向けた。


「だーいじょうぶ! マイマスター、これを見て!」


 ガシャン! バサバサ…


 背中の機械が展開し、開く。


 そこから現れた鋼鉄の翼。


 それはとてもしなやかで、

 それでいて大空に飛び立たんとするほど力強い大きな鳥の羽のように見えた。


 メイドは羽を羽ばたかせて浮かぶと、空中でご機嫌にクルリと一回転してみせた。


 機械の羽、それがまさか羽ばたいて空中を舞うなんて、少女は信じられないと言う顔をしていた。


「どーです♪ ひょっとして見とれちゃいました?」


 メイドが目の前に降り立つ。


「まぁ、別に信じてもらえなくっても良かったんですけどね…よかったね♪ 最後にカワイイ私を見つめることができるなんて……」


 少女ははたと気がついた。今、最後って言わなかった?と。いったい何の最後だというのだろうか?


「もうそろそろちゃんとマイマスターになってもらわないとだもんね!」


 その言葉を聞いて、少女はようやく閃いた。このメイドは自分のことをご主人様扱いして雇われたがっていたに違いない。


(そうか! このメイド、初めからそのつもりで……)


「あたしにメイドなんか要らないよ!? よそに行きなさいよ!」


 その言葉に、メイドはうーんと首をかしげていた。


「何を言ってるのかしら? あ! そっかぁ♪ あなた、まだ自分がどうなってるのか気がついてないのね! いいよー、折角だからみせてあげるー!」


 どこからともなく大きな鏡が引っ張り出されて目の前に設置される。


 その鏡に写っていたのは手足が縛られて手術台にくくりつけられている自分の姿……













 腕が、足が、体が。


 まるで黒くネジ曲がった木の幹のように複雑に絡み合う。


 それはまるで一本の樹木に埋め込まれてしまっているかの様に彼女の体を支配していた。

 指先に力を込めるとギシギシと鈍い音がして、這い出ている触手の様な枝がわずかに揺れた。


(今すぐここから抜け出さなければ!)


 どんなに必死に力を込めても、ついさっきまでと同じようにギシギシと軋むような音をたてて枝や根が揺れ動くだけだった。


「あ……あんた、あんたがあたしをこんな……こんな……正気じゃないわ! 戻して! 戻してよ!」


 メイドは笑顔だったが、今はそれがとても恐ろしいものに見えた。


「安心してていいよ? あーんな子供騙しな罠に引っ掛かる人なんて、きっと世界は欲していない、大丈夫、貴方はこれから私の愛しのマイマスターになるの……だから、ね? あなたの記憶、ぜーんぶ私にちょうだいっ!」


 そう言うとメイドは突然少女を抱きしめた。

 大きな胸に、少女の小さな顔はすっぽりと埋められてしまう。

 突然顔にむにっとした感触が伝わってきて、少女はつい先程までの恐怖をほんの一瞬忘れかけた。


(……でかい、しかも柔らかい……わかった、こいつは女の敵だ…!)


「ふふふ……いい匂いでしょ? 力がどんどん抜けて、流れ出て…もう何も考えなくていいからね~♪」


 メイドの手がそっと動く。本来であれば、少女が例え大人になっていたとしても経験することはないであろう感覚に思わず声が漏れる。


「ひゃん!」


「クスクス、とってもお声カワイイですよマイマスター♪」


 ポキッ、バキバキ、ミシリ。


 折られていく枝、むしられる樹皮。


(ダメ……頭の中空っぽになっちゃう…気持ちいい……)



「ぜーんぶ出しちゃえー♪ 貴方の生きた記録、ぜーんぶ流しちゃえー♪」



(あぁ、綺麗な山、透き通る湖、煌めく町明かり……気持ちいい……)


全部なくなった、もう何も思い出せない……


自分が自分でなくなっていくのがわかる……



「うぁぁあぁぁぁぁ!」



 ガクン



 少女はうなだれるように意識を手放した……。

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