VRから始まる不思議なラブストーリー
エモい音楽と共にお読みください。
「クッソ……あいつに彼女できるとかマジかよ」
二月十四日。
どこの企業だか知らないが、勝手にチョコレートを送らせるように仕向けたバレンタインとかいうイベントの日である。独り者には辛い一日だ。
いつもは一緒に傷をなめ合う親友が付き合い始め、いよいよ彼女いない勢は自分だけか、と彼は毒づいた。
「企業の戦略に乗せられおって。せいぜい売り上げに貢献するがいいさ」
自分でつぶやいて悲しくなる。高校時代までは義理でくれる聖人がいたものの、今では記録はゼロ。ちなみに母親のお情けはノーカン。
かといって告白する度胸もなし、モテる程容姿は良くない。
こうして愚痴るしかないのだ。
ふと街をふらふら散策していると、いたるところにカップルの影。
「……ケッ」
幸せそうに腕を組みながら歩く男女を見て舌打ちをする。正直うらやましい。好きな人が隣にいるのはなんともうらやましいことか。
彼女要らないとか、そんなより他に楽しみあるとか言う奴もいる。結局彼らも恋愛小説でリア充成分を摂取してるものだ。というよりそれで満足できるうらやましい人種なのだ。
虚しさに包まれながら通りを眺めていると、やたらと目立つのぼりが目に入る。
「そういや、フルダイブVR、体験できるんだっけ」
ニュースで話題になっていたVR技術。映画の様に仮想現実に入り込むことができる、ともっぱらの噂だった。
VR彼女とかいうアニメの延長が流行ったのはいつの事だったか。
暇つぶしに体験してみるのも一興かもしれない。
「――いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」
「いえ……」
「少々お持ちください――はい、空きがございますので、ご案内しますね」
バレンタインにこんなところへ来るなんてよほどの物好きだろう。
受付の女性に促されるまま奥の部屋へ入った。
「お荷物はこちらのロッカーへお入れください。お客様はVRを体験されるのは初めてですか?」
「ええ、まぁ……」
「左様でございますか。では簡単にシステムの説明をさせていただきますね」
なるほど、すでに潜在意識のどこかにある記憶を機械で呼び出し、それを脳内で再生させる、と。
例えば拳銃を見たことがあっても撃ったことが無ければただの張りぼてが出来上がる。フォアグラを食べたことが無ければ似た形の味無し料理を食べることになる、と。
明晰夢のような物みたいだ。
「意外としょうもないンすね」
「申し訳ありません。ただ、とてもリアルなせいか、現実と混同されてしまうお客様も多くいらっしゃいます。ですのでこちらの同意書にご署名をいただいております」
これはまるで悪魔の契約ではないか。
不利益を被ったとしても一切関知しない、と。いいじゃないか、雰囲気が出てる。
「はい、ありがとうございます。ではそちらの装置の上で横になってください」
棺桶のようなベッドだった。座ってみるとふよふよと柔らかく、ウォーターベットはこんなものなのだろうと思った。
「蓋が絞まった後しばらくすると大分開始となります。リラックスしてお持ちください」
さて、仮想世界で何をしようか。
空を飛んでみようか。車で爆走しようか。
それとも……。
・・・・・・・
―――――やけに頭が重い。昨日酒を飲み過ぎたせいか?
全く、先輩の酒癖も困ったもんだ。
どうにも昨晩の記憶がない。ちょっと飲んだくらいで記憶が飛ばないのが自慢だが、どうやら相当行ったのかもしれない。
スマホを見て――あれ、いつ機種変したんだっけ?――ラインの通知が来ていた。
“リン:ごめん、電車止まっちゃった”
危ない危ない。デートの約束だったのに、寝坊するところだった――デート?
彼女いない歴=年齢の自分に彼女なんて、って何年前の話だ。
いい加減二日酔いを直さなくちゃな。あいつが拗ねると色々と面倒だ、可愛いから許すけど。
“わかった。いつものとこで待ってる”
どこだっけ、と頭を捻る。
いい加減今日は調子が悪いな。駅近くのスタバだ、初デートの場所。
いや、あれをデートにカウントしていいのかわからないが。
ああ、そうそう。誕生日プレゼントを忘れちゃいけないな。これを渡して――なんて、気が早かったか。
――どうにも頭が冴えない。頭に鉛が入ったみたいに重い。
どんなに徹夜してもコーヒー一杯で復活するのに、今日ばかりは根をあげている。
右肩を叩かれる。あえて左に向かって首を回した。
「――ちぇ、引っかからなかった」
知ってる。遅れてくるときは決まってそうされるんだから――そうっだっか?
不貞腐れている彼女の姿を見た瞬間、とてつもないほどの既視感を覚える。
きっと自分はこの時を経験したことがある、そんな気がした。
「そりゃわかるよ――ほら」
あらかじめ買っておいた彼女の分を差し出す。猫舌のリンには丁度いい温度になってるはずだ。
「ありがと」
そういいつつ、反対側に座る。
この席、この位置関係。
「あの時と同じ」
「あの時と同じだね」
見事にハモッた。堪らず笑顔になる。
「じゃ同じついでに――はい。バレンタインのチョコ」
「お、さんきゅー」
なにも包装まで同じにしなくていいのに。
苦笑いしつつ封を開ける。星形の手作り。口に入れると、少しほろ苦くて、でもすっきりとした甘さが口に広がっていく。もうおなじみの味だ、なのに初めて食べたような気がした。
――気が付けば海沿いの道を歩いていた。何を話してたのかおぼろげだ。全く、今日の頭の鈍さには参る。
夕日が水面に反射して、少し肌寒いが気にならないくらい風情がある。
ベンチが丁度一つ空いてたから二人で腰掛けた。しばらくすると彼女が寄りかかってきた。
「ね、なにか忘れてない?」
「んーそうか?」
言いたいことは分かっていたが、あえてとぼけて見せた。
「今日、二月十四日だよ?」
「ああ、バレンタイン、ありがとう」
「ちーがーう! ほら、私に渡す物、あるでしょ?」
彼女は口をとがらせて両手を出してくる。
「誕生日プレゼント、だろ? 忘れちゃいないよ」
小さな箱を乗っけてあげる。片手に収まりそうなそれは、両手の上だとひどく小さく見えた。
すかさず蓋を開けると、お世辞にも豪華とは言えない指輪が納められていた。
「返事、聞かせてくれないか?」
目に見えて顔が真っ赤になる。伏せられた目は前髪で見えないが、口が半開きで、僅かに吐息が漏れていた。
偶然近くを通りかかった外国人が口笛を吹いてウインクしてきた。
しばらく沈黙して、やがて彼女は箱を閉じた。
「ね、ね……」
袖を引かれたので顔を近づける。
「――――よ」
よく聞こえなかった。
でも、聞かなくても分かった気がした。
柔らかい唇が触れ合った。とても暖かくて、どれだけ触れ合っていたのかわからなかった。
まるで、夢を見ているような――
・・・・・・・
「――――お楽しみの所、失礼します。以上でお時間は終了となります」
「え……?」
今のは、なんだったのだろうか。
まだ唇の感触が残っている。
「先程申し上げました通り、本プログラムは非常にリアルなため現実との混同が起こってしまうことがあるのです。しばらくしたら治まりますので今しばらく安静になさってください」
あれが、バーチャル?
彼女との楽しいひと時も、あの幸せな感触も、何もかも非現実……VRだというのか。
「夢、だったのか……」
幸福感が大きかったせいか、気落ちも同じくらい大きかった。
所詮、チキンな自分にあんな彼女などできるはずもないのだ。
でも、何であったこともない女性の顔を思い浮かべていたのだう? 記憶にない人物設定など、再現できるはずもないのに……
もう夕暮れ時だった。何時間体験していたのかわからない。もう一度あの幸せを味わうことができるのだろうか? すでに、あの時の内容を詳細に思い出せない。ぼんやりとしていて、それこそ夢みたいだ。
考えごとをしていたせいか、前から走ってきた女性とぶつかってしまった。
「きゃっ」
その拍子に彼女の持っていた箱が潰れてしまった。
罪悪感にかられ、手を差し伸べた。
「すいません、大丈夫ですか?」
「……は、はい」
手を握られた瞬間、強烈な既視感を覚えた。この人の手を、どこかで握ったことがある。
彼女は服の汚れを叩いている。
別にえり好みをするつもりはないが、とびきりの美人というほどではなかった。同じ教室にいたら見惚れてしまうくらいの可愛さだ。
それなのに、どうしてこの胸はざわついているんだろうか。
「あの、すいませんでした……あと、ありがとうございました」
涙声だった。何か辛いことがあったのかもしれない。
彼女は箱を拾わずに去っていこうとするので呼び止める。
「これ、忘れてますよ!」
丁寧に包装され――どこかで見たことがあった――ていたが、彼のせいで潰れていたそれを突き出す。
「いいんです……すっ、捨てておいて、ください」
今日はバレンタイン、つまり――プレゼントしたが拒否されてしまったのかもしれない。
「それじゃあ……」
このままでいいはずがない。
いまこの瞬間を逃してはいけない、そんな気がした。
「――ッ! 俺でよければ、話聞きますよ!」
心臓が口から飛び出そうだった。全身が真っ赤になっているのが分かる。これじゃあその辺とナンパ男と変わらないじゃないか。
やめておけばよかった。変な奴って思われてる。
なんでこんなことをしてしまったんだろう?
――きっとあのVR体験のせいだ。
分不相応にも、あんな幸せを願ったから。
「……スタバ」
「え?」
「あそこの、スタバに行きたいです」
それから一時間近く愚痴を聞かされた。
彼女は頼んだホットコーヒーのカップを握り締めながら、つらつらと元彼の悪口を淡々と言い続けていた。
「酷い人なんですね」
「ほんと、そう! なんであんな奴好きになっちゃったんだろ!」
ようやくそこでコーヒーに口をつけた。まだ飲めないのかフーフーしていた。
「猫舌、なんですか」
「ええ。チョコ作る時が大変で――」
既視感でくらくらしてきた。この話を一度、自分は聞いたことがある気がしてならない。
「――よかったら、食べてください」
彼は自分がずっと持っていた箱を恐る恐る開けてみた。
大半はぶつかったときの衝撃で粉々だったけど、一つだけ無事なのがあった。
丸みのある星形だった。
口に入れると、少しほろ苦くて、でもすっきりとした甘さが口に広がっていく。
初めて食べたはずなのに、どこか懐かしい味がした。