第92話 勝利の味
組織は警戒心の強さから転々と拠点を移動させていた。今は何処にでもありそうな倉庫を選んでおり、ひっそりと息を潜めている。組織のメンバーも少数精鋭、つけられることもなくひたすら闇に徹していた。だが、唐突に終わりはやってきた。突如屋根が抜け、空から人影が降ってきたのだ。その人影は真紅の瞳で闇から覗くと、三日月のように口を歪めた。
何故バレたのか。どうしてわかったのか。そんな予想外の事態で頭が染められ、その一瞬の迷いが命取りとなった。
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今回の任務は中央街東区にある、市場の裏で巣を張り巡らせている組織を潰すこと。その組織は商品のルートに手を回して金額の操作をしているらしく、放っておけば被害は重なる一方だ。そして今回の任務は簡単に言えばその組織を壊滅させればいいだけ。しかし問題は、組織の拠点を見つけることが一番の難点だということだ。組織の規模は大きくなく、それがかえって捜索を困難にさせて尻尾が掴めない状況だった。
「今回の任務は市場を裏で操る組織の殲滅だ。 その組織は市民を今も苦しめている。 そのような行為は一刻も早く潰さなければならない! それが我らの使命だからだ!」
ニコラスは大勢の部下を見下ろしながら、剣を天高く掲げた。夜の街という別名の通り、ここには夜しかない。しかしニコラスが太陽となって皆を照らし、市民達も救世主を見るかのようにニコラスを見上げていた。透き通る声が部下に注がれ、闘志が湧きあがっていくの感じる。
ニコラスの怒号に続いて全員が吠えるように叫んで剣を掲げた。この人について行けばいい。そう感じさせる立ち振る舞いに心が動かされ全員が拳を固く握った。
「今から正義を執行する!」
それからは淡々と進んでいった。大勢の部下達に細かい指示を的確に下していき、聞き込みや情報屋のツテなどから、組織の情報をあっという間に収集していた。一つ一つは小さい手がかりでも、大勢の部下達が懸命に拾い集めた情報を組み合わせて可能性を絞っていき、ついには特定することに成功していた。その時間は僅か3時間。今まで困難を極めていた捜索をこの短時間でこなす器量、他にも迅速な判断力や決断力。ニコラスは騎士隊長としての器が既に完成されていた。
ニコラスは敵の拠点を包囲する形で近づいていき、確かに強者の気配を中に感じて壁に張り付くように息を潜めた。
(そういえば、あの罪人と勝負をしていたな。まぁ今になってはどうでもいいことか)
ニコラスは市民が困っているという事しか頭に無く、ノアとの対決の事を忘れていた。というよりも最初から本気ではなかったのだ。ノアを隊長として実力不足だと判断したニコラスにとって、眼中にも無かったのだ。
ニコラスは任務中には不要な雑念を払い、部下達に突入の合図をする。呼吸を挟んだ後、扉を開けると同時に少数の部下と共に滑り込むように侵入して声を張る。
「動くな! 俺はニヴルヘイムの一番隊隊長、ニコラスだ。武器を捨てろ、抵抗しなければ手荒な真似はしないと約束する」
怪我人を出さずに丸く収めるためにも、ニコラスは威圧するように声を荒げて剣を向けた。だが組織の先鋭達は動く気配を見せない。
それもそのはず。何故なら本来ニコラス達が倒す筈だった者達は全員、座っているノアの尻下で山積みにされていたからだ。
ーーーー4時間前ーーーー
「絶対俺達が先に捕まえましょう!」
ロキはやる気満々な様子で鼻息を荒くしている。ノアがニコラスとの対決の話をしてからずっとこの様子で、今すぐにでも出発しようと息巻いていた。
ロキは焦っているのだ。こっちはたったの二人に対して、ニコラスの部隊は百を超える人数で構成されている。この理不尽な対決に勝つためにもロキは気合いで補おうとしていた。無謀だと思える勝負だが、それ以上に隊長であるノアが勝つことを信じていた。
「ところで、その女の人は誰ですか?」
ロキは、ノアの後ろに立っていたメアリィがずっと気になっていたようで、おそるおそるという風に問う。
「あー、まぁ新人だよ。実力は問題無いから心配しなくていい」
自分以外にも部下ができたことは嬉しいことだ。しかも後輩がこんなに綺麗な女の子で、しかも艶やかな脚や膨らんだ胸など、芸術品のようなプロポーションを持っていることに、ロキは鼻の下を伸ばさずはいられない。しかし女の子が一人増えただけだという事にやはり苦しさを感じる。所詮は三人。どうあがいても効率では勝ち目はない。
そんなことを考えて眉間にしわを寄せているロキを、安心させるようにノアは笑った。
「なぁに、焦ることはないさ。 こんなもの最初から勝ってるようなものだ」
ノアには眼がある。人数や時間なんてどうとでもなるのだ。眼を燃やし、ノアは街を覗けば、建物内にいる人影の数、怪しい行動や挙動を見せる者が瞬く間にわかってしまう。そこから絞って動き全てを観察すればいいだけなのだ。
「じゃあ俺は市場で聞き込みをしてきますね」
「いや、その必要もない。 もう見つけた」
「え?」
ただ安心させるためにノアが大袈裟に言っただけだと思っていたロキは首を傾げる。しかしノアを見ると、目的地が明確だと言わんばかりに迷いなく歩き始めたため、ロキも困惑しながら黙ってついて行くしかない。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
豊かな胸を揺らしながら元気よくついてくるメアリィだけが、ノアの心配していることだった。また余計なことをしないように繋いでおかなければと肝に刻む。
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ニコラス達は目の前の光景に口を開いて立ち尽くしていた。
「なっ、何故貴様がここに!? あり得ない!」
あまりに早すぎる。気を失っている男達で作られた山や戦った痕跡などから、自分達が此処へ到着する前にノア達が任務を終えていたことを理解させられる。しかも僅かな差などではない。数十分、もしかしたら数時間も前から拠点の場所を特定していたのではないだろうか。
「遅かったね」
山の上からこちらを見下ろし、にこりと笑うノア。その後ろでは、勝ち誇った笑みで立っているロキと正座をさせられたメアリィの姿があった。
「貴様、最初からこいつらを知ってたのか?」
「まさか」
ニコラスには、ノアが元々この組織とグルだったとしか思えてしまう。だがノアにはこの組織と組んでもメリットもないし、そんな偶然こそあり得ないだろう。
「ッ、信じられない。こっちは百を超える人数だぞ!? そっちは三人、運が良かったとしても早すぎる」
「だから言っただろ? 僕達が早いんじゃない。君達が遅かったんだよ」
実際はノアがこの場所を発見するのが早すぎただけだ。文字通り、瞬きをする間に終わらせたのだから。
くつくつと笑うノアに、唖然としている一番隊の部下達。背後で正座をさせられた奴隷の少女。それらがニコラスの心を逆立てた。
「やり方が荒いんじゃないか? たかが市場の裏組織にそこまでする必要があったのか」
ノア達の下敷きになっている男達は皆ボロボロで、少なくない血を流してた。
だがその指摘を受けてロキは吹き出した。
「あの一番隊隊長が負け惜しみかよ。 それにたかが、なんて言うけど市民達は困ってたんだぞ。正義の味方なんじゃないのかよ。 いや、アンタはただ悔しいだけだね!」
その言葉はニコラスの多大な衝撃を与えた。ロキの言う通り、ニコラスは悔しさのあまり感情のままに口を動かしたのだ。自分は確かに市民に対する影響を軽んじた発言をした。そんな事を口走った自分がショックだった。
自分の手を見つめて固まったニコラスの肩に、ノアは手を乗せて呟いた。ありったけの同情を込めた笑みを優しく注ぐ。
「じゃあ、約束通り言う事を聞いてもらうからね」
ノア達が立ち去った後も、ニコラスはしばらく固まったままだった。
「存外、気分が良いものだね」
一度は勝った相手に嫌でも敗北を味わせようとするのはノアの悪い癖である。だがこの清々しい爽快感を味わえるからやめられない。そんなノアを、ロキはキラキラとした目で見つめ、メアリィは上目づかいで見つめていた。
「ねぇ、もう反省したよ? ほんとだよ?」
メアリィはノアに叱られることを嫌い、胸を押し付けながら懇願する。だがノアにとってそんな鬱陶しい誘惑に価値は無く、問答無用で払いのける。
「僕は突っ込むなって言ったよね?」
「だって〜」
ノアが、特定した拠点にどうやって乗り込もうか悩んでいた時、メアリィは一人で突っ込んでいった。メアリィは戦闘狂な一面もあり、ノアが止める隙もなく走り出し突っ込んでいったのだ。血槍で暴れ狂う少女は、ノアが追いついた頃にはほとんど組織を壊滅させていた。
ロキはその様子に青ざめ、ノアは頭を押さえた。幸い一人は意識が残っていたので、残党がいないか聞き出して確かめられたからよかったものの、メアリィには反省させるためにずっと正座をさせていた。
「だってじゃない。 今日は血あげないから」
「え!? そんな! 」
血を貰えなくなったメアリィは涙を浮かべて、体を押し付け、ノアが折れるまで泣きつくのをやめなかった。
その日は解散し、ロキとメアリィは騎士の舎へと帰っていった。最初、メアリィはノアと同じく塔の中で寝ると言って聞かなかったがアリスの近くに居させるには不安な点が多すぎたため、大量の血と引き換えに首を縦に振らせた。
ノアが二人と別れ、アリスのために食材を買い行った帰りに、ホムラと鉢合わせ軽い雑談を交えていた。ホムラは割と市場に顔を出すことが多く、よく駄菓子を大量に購入している場面が見られた。
「そういやお前知ってるか? 最近食堂にすげぇ可愛いメイドちゃんが入ったんだよ」
「へぇー」
「なんだよ、反応薄いな。 なんかこう、可憐って言うのか。 愛想は無ェんだけど、表情が無いところがまた人形みたいなんだよ! お前もちょっと見てみろって」
「いや、僕は…」
「良いから来いって」
ホムラに肩を組まれて、否応なしに連れて行かれる。ホムラが言う食堂は騎士達が使用する方で、いつもノアが使わせて貰っている使用人専用の方ではないため、他の目もありどうにも気分が乗らなかった。
「それに何と言ってもあの耳だな。なんで猫耳ってあんなに心が癒されるんだろうな」
「猫?」
「ああ。 猫耳メイドだ」
食堂の中にノアが足を踏み入れたと同時に、一人の少女がピコンと猫耳を立てた。




