第87話 真の英雄
火花を散らしながら崩れていく数々の機械生物。最後の鉄亀も、重砲を無理やり捻じ曲げられ腔発を起こして崩壊した。筒の中で行き場を失った砲弾のエネルギーが内部で爆発し、甲羅ごと粉々に砕け散ったのだ。
ロキは、破壊された巨大な機械生物の山の上に一人立ち上がるノアの姿を、頰についた泥を拭っている黒い翼を生やした男の姿を、目の奥までしっかりと焼きつけた。
物語に出てくる主人公、英雄の姿を重ねて。
「か、かっけぇ……」
ロキは、英雄の姿が見えないと言わんばかりに邪魔な銀の兜を脱いだ。兜の下には炎のような赤髪に蒼い目。そして子供のように晴れた表情があった。
ロキには初めて憧れができた。あんな風になりたいと、表情で想いを語るように一人の騎士が目を輝かせた。
(想像してたよりきつかった。 流石に4体同時は厳しいものがあったか)
ノアは剣を納めてひと息つく。鉄亀の甲羅の硬さは尋常ではなく剣がまるで通らなかった。そのため全ての重砲を曲げて自爆させるしか手段がなかったのだ。しかも部下の目があるため『虚飾』の力は使えない。その結果ノアは必死こいて殴るしかなく、力技でどうにか少しづつ曲げていった。ノアは速度や瞬発力には自信はあるが、パワーや決定力に欠けている。
(これも新たな課題だな)
そして、違う問題が顔を出したことにノアは苦笑する。
「隊長、 本当にありがとうございます。俺、何て言ったら…。でも凄かったです。鳥肌が立ちました」
目をキラキラと輝かせているロキ。英雄の素質に感化され、先程のノアの動きを真似るように体を動かしている。
だが実は、ロキが機械生物達に囲まれて危険な目に遭ったのもノアの思惑通りであった。詳しい説明をせずに不安を煽り、一度霧の中に置き去りにして行くことで精神を不安定にさせた。そしてそれからは焦らし、焦らすように霧の中をゆっくりと歩き続けてロキが痺れを切らすのを待っていた。そして計算通りの方向にロキは突っ走って死区へと足を踏み入れてくれたのだ。
その英雄は実に悪党であった。ノアは、自分の信頼度はゼロなことはわかっていた。媚を売り環境を作らなけらばならない。そのためには手段を選ばない。手っ取り早く信頼してもらうためにも自分の有能性を見せつけたのだ。あえて危険に晒し、華麗に救ってやったのだ。本当はもう少しスマートに助けたかったものだが。
しかしその結果、力は認めてくれたのだから上々だろう。
「ノア隊長! 一生ついて行きます!」
しかし部下の憧れが、その勢いがノアの想定外だった。背筋を正して敬礼をしている始末だ。
(まぁ、これも利用できそうだ)
苦笑に濁りを混ぜてノアは笑う。
それからロキは、ノアが指示の通りに動いた。足元の見えない深い霧の中でも走れと言われれば全力で走れた。
「右に40歩、前に137歩」
「はい!」
言われた通りに進めば、濃い霧の中でも機械生物を見つけられた。冷静になれば、動きの遅い鉄亀にやられることはない。ノアの指示で重砲の向いていない背後から仕掛けることに成功し、ロキは剣を振り下ろし鉄亀を破壊する。
「や、やった。 倒せました!」
「うん、僕の指示は絶対だからね」
「はい!流石です!」
ノアは指示の的確さも秘めていると、部下に認識させようと企んだ。だが存外驚かされたのはノアのほうだった。それはロキのパワーが並ならぬものだったからだ。ロキは鬼族だ。鬼族は他の種族より筋力が勝ると言われている。そしてそれを証明するかのように、毎日筋トレをかかしていないノアでさえ数発攻撃しなければ凹ませることができないほどの強度の重砲を、ロキはたった一撃で壊してみせた。これは期待以上の収穫だ。これほどの力があれば、ノアが上手く使えば強靭な矛になるだろう。
そんな事を考えていたノアは、ある事に気付き一瞬で表情を曇らせた。その様子を見たロキは、自分に落ち度があったのかと不安になった。
「……あの」
「ロキ、すぐに戻ろう。 何か来てる」
ノアは眼ではなく感覚で捉えていた。機械生物を駆除した証拠である核を素早く回収すると、霧の中を颯爽に駆け始める。ロキも、ノアの背中を懸命に追いかける。するとノアが言った存在に気づいた。というよりも気づかされたというべきだろう。まず伝わってきたのは地鳴り。進めば進むほど大きくなっていく地鳴りにノア達は焦りを覚える。そして霧から抜けた時、驚愕に顔を歪ませた。
「なんだよ、あれ」
ロキがぷるぷると震える指を伸ばして声を上げる。だがその気持ちはわかる。何故なら、立ちこめる霧の中から頭が露出するほどの超巨大な機械生物が歩いていたからだ。地鳴りを起こしている正体はこいつだ。しかし機械生物は何もしていない。ただ歩いているだけだ。歩くだけでも巨大な鋼鉄の足で大地を揺らし、地面を波だたせる。空にも届いていると錯覚するほど圧倒的な大きさを誇る機械生物、それは古代兵器だった。
「なんでここに古代兵器が」
「ノア隊長! あいつ俺たちの国に向かってます!」
超巨大な古代兵器は四足歩行のマンモスと呼ばれる獣の形をしており、ロキが言ったようにまっすぐ国の方向へ足を進めていた。
古代兵器は重い機械音を響かせて極太の鼻と穿つ牙。それを地面にめり込ませた。
「まさかあいつ! 外壁に突っ込むつもりですよ!」
古代兵器は地面に頭を擦りつけながら加速し始めたのだ。鋼鉄の足で大地を踏み抜いて地割れを起こし、体のあらゆる場所から蒸気を発して進んでいる。古代兵器はどんどん加速していき、頭部で地面も岩石も何もかも砕きながら進んでいく。
あれを止めることはノアには不可能だ。自分の何百倍もの大きさの鉄の塊を壊すほどのパワーはない。空間を捻じ曲げたとしても、あんな巨体をずらすことなどできはしないだろう。
ロキは止められない絶望に負けてヘタリと座り込んだ。
そしてそれは門の前に居たハンター達も同じだった。
「なんでこんな所に……あれが、極像・ギガンテス!」
「お前ら、撃ちまくれ!」
「俺達の異能なんて効くわけないだろ! しかもあんな巨体のどこに当てればいいんだよ!」
古代兵器・ギガンテス。その存在に気づいたハンター達が必死に止めようと異能を放つ。だがギガンテスの前ではそよ風や雨と変わらない。そして乗り込んで核を破壊しようと考えてもこの振動の中、まともに動けはしないだろう。
「飛べるやつは背中から乗りこめ!」
「無理だ! 蒸気が噴出されてて近づけない!」
「もうダメだ、 壊される!」
誰もがそう思っただろう。ノアだって壁が破壊される未来を思い浮かべていた。だが結果は一人の男によって変えられた。
「みんなは下がってな、俺一人で十分だからさ」
地面を捲り上げながら突っ込む超巨大な古代兵器、その前にぽつんと天空族の男が立った。余裕の笑みを浮かべた男は古代兵器に向かって手のひらを伸ばし、ただ立っていた。
「潰れるぞ!逃げろぉ!」
「あいつ何やってんだ!馬鹿か!?」
ハンター達は逃げようにも、地響きの振動で走ることができずにパニックになりながら叫んでいる。その中でも、男は余裕の笑みを崩さない。
ーーーズドォォオンッ‼︎‼︎
爆撃が行われたような凄まじい衝撃波が広がり、ここにいる全員が破滅を恐れて目を瞑った。
「…………おい、嘘だろ?」
最初に目を開けた誰かが声を漏らした。その声に反応した者達が目を開いて驚き、また隣へまた隣へと驚愕の色が広がっていく。
「あいつ……あのデケェバケモンを片手で止めやがった……」
なんと男は猛スピードで突っ込んできた超巨大な鉄の塊を片手で受け止めたのだ。男は筋肉質でもなんでもない。むしろ細身のように見える。そんな男が一寸も動くことなく力で止めている。その異常性にただ驚くことしかできない。
金髪の男は盛大に砕けた古代兵器の頭部から片手を引き抜いた。古代兵器、ギガンテスは立ち上がろうとするが、頭が割れて部品が散らばっている。
「俺がいる限り、この国には指一本触れさせない」
男は手に持つ剣を豪快に割れ目へと差し込み、ひび割れた古代兵器の頭部を真っ二つにした。
「このニヴルヘイムの一番隊隊長、ニコラスがいるかぎり!」
男はニコラスと名乗り、金の羽を広げて剣を空高く掲げる。その瞬間、どっと歓声が沸き起こった。騎士だけでなくハンター達までもが喝采の雨を降らせる。その神々しく仁王立ちする姿、これが本物の英雄であった。群衆に認められるほどの凄みを放ち、ここにいる全員がニコラスを見上げている。
一人の部下に憧られただけのツギハギの英雄とは、育ち、才能、輝きの色まで、全てが違っていた。




