第38話 和やかな朝
朝の陽射しが顔を照らし、ぼんやりとしたその眩しさに目を覚ましテトは瞼を開く。
「……私の部屋?」
まだ寝ぼけているようで頭の中に靄がかかっており、辺りを見回すことで初めて自分の寝床であることがわかった。
「………あっ」
テトはかけられたシートを剥ぎ取り、ベッドか降りてノアの姿を探した。
昨日の記憶がはっきりと思い出された。テトは夜中にノアの側にいたのはいいが、そのまま眠ってしまったのだ。
何で自分はここに寝ていたのか、もしかしてまた自分を置いてノアは一人でどこかへ行ってしまったのか。また何かに巻き込まれて怪我をしているんじゃないか。
そう考えると猛烈に不安に襲われ、テトは寝癖のついた髪など気にかけることなく扉を開けて外へ飛び出す。
だが、その心配も杞憂に終わった。なぜなら勢いよく開けた扉の先には、今姿を確認したかったその少年の顔があったからだ。
「おっと、朝ごはんを落とすところだったじゃないか」
お盆のバランスを崩して朝食を落としそうになったノアは、朝から慌ただしいテトに呆れたような視線を送っている。だがテトはそんな呆れた表情を見ただけでも安心でき、さっきまでの動揺が嘘かのように心が落ち着いた。
「おはよう、朝ごはん持ってきたよ」
自分の先ほどまでの動揺を知らずに柔らかい笑みを浮かべてるノアを見て、テトは思わず抱きつきたい衝動に駆られたが流石にはしたないと思いぐっと我慢した。
「……おはよう」
自分はいつからこんなにも寂しがり屋になってしまったのだろうか。いつからこんなに温もりを求めるようになってしまったのだろうか。
だがそんな変わった自分が嫌ではなく、テトは挨拶の言葉を返しながら唇をほころばせた。
「…またそれしか食べないの?」
「うん、りんごが好きだからね」
ノアは朝食を持ってきてくれたが、ノアの分はいつもりんごだけだった。心配ではあったが、りんごを食べている時は他の物を食べる時よりノアの表情が柔らかく、本当に好きなんだなと横で見ていてもわかる。
「勝手に小屋の中に入ってごめんね。ロイに床で寝かせるはあまり良くないって言われたからさ、ちゃんと寝かせたほうがいいと思って」
「んーん……ありがと」
ノアは自分を気遣って運んでくれたのだから謝ることなんてない。けれど何故か顔が少しだけ熱くなった。
ここまで抱えられても起きずに眠りこけていたことがきっと恥ずかしいからだろう。
でも不思議だ。いつもは何か物音がするだけで目は覚めるはず、なのに昨日は起きるどころかあんなに心地よく眠ってしまっていた。
「テト、寝癖ついてる」
「……ん」
ノアにされるがままに髪を撫でられながらテトは耳を伏せて尾を揺らす。
他人に触れられても怖くないどころか、安心してしまうほどノアには気を許してしまっている。
「今日、ギルドに行くの?」
「うん。とりあえず情報を集めてみたいから」
行ってしまうのを止めたいと思うけど、それ以上にノアの願いが叶うことを想ってる。
それでも、できるだけ早く帰ってきて欲しい。それくらいのわがままは許してくれるだろうか。
「わかった。……待ってる」
ーーーーーー
ノアはギルドに顔を出していた。相変わらず酒場は賑やかで、様々な人達が昼間から酒を浴びている。
ノアはそのまま酒場を通り抜け、ギルドのカウンターへと向かった。そこでハンターとしての説明を聞いているうちに重大な問題を知ってしまった。
「え?じゃあまだ遺跡には行けないんですか?」
「ええ、それは決まりなんです。遺跡に行くには高ランクのハンターになるか、高ランクのハンターにパーティーに入れてもらう必要があります」
ランクはC・B・A、そしてSランクと上がっていき。Sランクほどにもなれば単体でも遺跡を守る古代兵器とも戦える実力者だと言う。
遺跡に入れるのはAランク以上の称号がいる遺跡の中は迷宮になっており、こことはまるで違う世界。そしてなにより遺跡の中には大昔に作られた化学の結晶、古代兵器がうろついている。
古代兵器は恐ろしく凶暴で、そこらのハンターだと見つかった時点で即死は免れないほだの強さだと言う。
そのためランクが低いハンターは国の外から生活のために必要な素材を集めて来たり、時々遺跡から紛れ込む小型の機械生物を殲滅していた。
「遺跡の中は本当に危険なんです。あなたみたいな子供が入ればもう帰ってはこれませんよ」
受付嬢は本当にノアの身を案じてくれているらしく、いかに古代兵器が恐ろしいかをノアに語った。だがノアはそんなことで諦めるわけにはいかなかった。
(くそっ、どうする。僕は一刻も早く……いや、落ち着け。一直線だけが近道じゃない、確実に進んでいけばいい)
「そうですか、わかりました。地道にランクを上げていくことにします。何か手頃な依頼はないですか?」
受付嬢は遺跡に行きたいと言い出す新人ハンターには慣れていた。だからこそ、ノアがすぐに説明を飲み込んで諦めてくれたことに驚いた。
そして誰もが嫌がるような初心者用の依頼を気軽に笑って持っていくノアに、受付嬢は好感を抱いた。
ノアは焦燥感に駆られるも心を落ち着かせ、冷静に考えた。ここで無理に押し通そうとしても逆効果だろう。高ランクのパーティーに入れてもらう、それはあまり現実的ではない。危険な場所で見ず知らずの子供に背中を預けるような人はいないだろう。
そこでノアが選んだのは地道にギルドから信頼を勝ち取り、出来るだけ早急にランクを上げてもらうことだった。
どんな依頼を押し付けられようが嫌な顔せず受けてやる。
その微笑みの裏には、赤黒く燃える信念の炎が宿っていた。
「よかったわ、素直な子で。みんなあんな風に素直だったら良いのに」
受付嬢、ソフィはノアがギルドを後にすると疲れを取るように肩を鳴らす。
ソフィから見たノアは、どう見たって強そうには見えなかった。多少は鍛えているようだが並の子供、という印象でそれ以上の評価はできなかった。
そしてそういう半端に鍛えているハンターに限って自信過剰でギルドの決まりに文句をつけてくるため、最初はノアもその類だと思っていた。
だがノアからはそんな自信さえも感じられず、ただ弱々しい笑みを浮かべているだけだった。
「ちょっと応援したくなっちゃうかな」
そう膝をついて小さく呟いていると、何やらギルドの入口が慌ただしくなりだした。
それだけで自分の親友が帰ってきたということがわかる。
「ただいま、依頼こなしてきたわ。遺跡は初めてだから緊張してたけど案外平気だったみたい」
「…この子はこの子で素直なんだけど、危なっかしいのよね〜」
「?」
顔を合わせた途端に漏らしたソフィの小さな愚痴に、宝石のように輝いていた少女は首を傾げるばかりだった。




