第32話 パートナー
月が雲で覆われ闇で静まりかえった夜に鴉と猫が中央街にある旅館に掛け軸を盗みに侵入し、そよ風のように駆け回っていた。その旅館は貴族の屋敷に比べれば警備の数も質も当然劣っているため、誰にも見つからず物の一つや二つ盗み取ることなど容易であったため侵入してから数分後、既に鴉達の手には丸められた掛け軸がしっかりと握られていた。
「お疲れ様」
ノアは中央街を抜けてタルタロスに戻るとマスクを脱いでパートナーに労いの言葉をかけた。
「いつもあんなやり方?」
テトはノアにジト目を向けて小さなため息を吐く。
テトは出来るだけノアの側にいようと仕事についていったのだが、今日初めて仕事を見たテトにも流石にノアのやり方が無茶苦茶だということはわかる。建物の見取り図を調べたり敵の数を確認もろくにせずに大胆に部屋の中央を駆け抜けている。しかしそれでいて警備がいるところはしっかりと避けているのだから文句も出せないのが困ったところだった。
側から見たらただ走り続けているだけにしか見えないその行動にテトは驚きを隠せなかった。だが、驚いたのはノアも同じだった。ノアが旅館の中を凄まじい速度で駆け巡っている時もテトはすぐ後ろに余裕を持ってついてきていたし、何より足音がすぐ近くでもほとんど聞こえないのだ。本当に猫のようにしなやかに走るテトに見惚れてしまいそうになったほどだ。
ボスに今回の目当ての物を渡した代わりに貰った報酬をテトに分ける。今回はボスとの話し合いでテトを気遣い貴族達の街を避けて中央街で慣れさせようと今回の場所を選んだがテトはノアが思っていたより強く、ノアが初めて盗みに入った時のことを思い出すと流石に情けなく思えてくる。
「じゃあおやすみ、今日は本当にお疲れ様」
いつものように身体を鍛えるためドームに向かおうとするとテトがノアの袖を軽く引っ張った。
「何処に行くの」
「いつものドームだけど。もう少し体を動かしておきたいから」
「・・・私も行く」
今はもう夜明けごろ普通なら既に眠る時間、だがノアはその時間帯も毎日鍛錬に励んでいる。そして今日もそれは変わらずいつものドームへ足を運んだ。しかしその日から、いつもに変化が起きた。テトもノアについて行くようになったのだ。
テトはドームの天井に空いた穴からノアを見ている時があったがその日からはテトは毎日近くでノアの修行を見始めた。たまにドームの隅で寝てしまうこともあったがノアの側を離れることはなかった。
テトが毎度寝床で寝ずにドームに来て硬い床で寝るのをノアは不思議に思うが、どうせならテトからも何か技術を盗めればいいなと思った。テトは明らかにノアにはない強さを持っている。それを手に入れるためにノアはテトに教えを請い、テトもノアの役に立てるならと真剣に出来ることを精一杯教えようとした。
テトに教えて貰ったものは投擲術、つまり投げナイフだ。ノアの異能の才能では戦闘に役立てることができないため遠距離の攻撃手段をノアは持っていなかった。
テトはお手本に自らがナイフを投げて見せた。テトのナイフは毒ナイフで尻尾から毒の物質を発生させ、それを刃のように尖らせると流れるように壁へと突き刺した。その毒ナイフは壁を貫通し外の木に突き刺さると、途端にその木を腐らせていた。
ノアには毒がないため流石にそれほどの殺傷力を込めることは出来ないだろうが隙を作ったりと色んなことへ応用出来そうなナイフ術は十分覚える価値のあるものだった。
腕の動きは眼で捉えていた。あとは再現するだけ、そう思っていたのだが思っていた以上にそれは難しく、何度投げてもナイフに回転力がかかってしまい壁に真っ直ぐ刃が突き刺さらない。
「ナイフの刃の部分を指で挟んで、手首は固定したまま腕を振る。回転がかからないように、かつ速度を殺さないように。・・・あとは突き刺すようにイメージしながら投げる」
テトは丁寧に説明しながら何度も見せるようにナイフを投げてノアが出来るようになるまで続けてくれた。
数時間後、ノアが投げたナイフは風を切るように飛び綺麗に刃を壁に突き立てられるようになっていた。男と女ではやはり筋肉のつきかたが違うのか同じように身体を動かして再現しようとしても上手くできなかったがテトの丁寧な説明もあり実戦でも通用するくらいには仕上げることができた。
「これは使えるな」
テトは役立てたことを嬉しく思い尻尾を揺らすが流石にここ数日間、ノアが寝ていないことに心配しそれとなく鍛錬をやめるように言ってみる。
「疲れ溜まるのよくない。 ・・・休憩も大事」
「そうだね、でももう少し練習したいんだ」
だがノアは笑ってその言葉をあやふやにして流すだけだった。
テトはノアの覚える早さと集中力にも驚いていたがそれよりも驚いたのはノアの圧倒的な執念に近いほどの努力だ。投擲術を覚えたノアはそれに満足することなく、次の日からも何度も何度も何度も繰り返し壁に向かって投げていた。息ぎれを起こしている時、体勢が崩れている時、身体が空中に浮いている時、様々な状況でも常に100%の技を繰り出せるようにまさに狂ったように技を磨きあげていった。
「ノア、テト。そろそろ飯が出来るぞ」
朝日が昇り木の葉の隙間から光が漏れ出す頃、キュプラーがノア達を呼びに来た。あれからノアにたいして丸くなったキュプラーは毎日朝食の時間になるとノア達を呼びに来てくれている。ノアはすぐに行くと返事をして広場へと向かった。
「おい、アルティナ!朝からそんなに唐辛子を入れるな!」
「いいじゃないですか。目が覚めますし何より美味しい」
アルティナとアウルムが鍋の前でわいわいと騒ぎながら料理を作っていた。アウルムは辛いものが苦手でそれをわかっていながらも唐辛子を入れようとしているアルティナ、それをノアが木に腰掛けて眺めているとそこにもう1人が加わった。
「・・・私も手伝って、いい?」
アウルムとアルティナは2人揃って目を丸くしてテトを見つめた。今まで何度も声をかけても返事はするが関わろうとしなかったテトが自分から話しかけてきたことに驚きを隠しきれなかった。
だが猫耳を伏せて指をもじもじとさせているテトの姿を見て2人して口角を上げてニッと笑った。
「あ、ああ。もちろん。ただし唐辛子は入れるなよ」
「ええ、いいですよ。その方が私達も助かりますしね、テトは辛いもの食べれます?」
「えー!皆んな何してるの!テトちゃんまで!」
そこにもう1人、匂いに釣られてきたニーナまでそこに加わり和気藹々と話しながら鍋を囲んでいた。
「変わったな、テトのやつ。それもお前のおかげだよ」
キュプラーはその様子を見ながらしみじみとしたように呟きノアの横に座る。テトのことは長年の間全員気にかけていた、しかしそれを解決することは出来なかった。だがそれをノアという新入りが変えたことを皆んなは驚きつつも何処か納得している部分もあった。全員がノアの不思議な力、周りを変える力を認めていた。
「そんなことないさ、僕は何もしてない。特に最近はテト自身がすごく頑張って変わろうとしてるから」
「そのきっかけを作ったのがお前だろ、俺もそうだ。お前に言われてどこか変われた気がするよ」
キュプラーはケラケラと笑いながら話していたが次第に笑みを消して小さな声で呟いた。
「後で少し話がある」
「僕に?何かあったのか」
「ちょっとロイのことでな」
4人の少女達が賑やかに料理を作っている景色を眺めながらキュプラーは真顔でのノアにそう伝えた。ノアも最近ロイを見かける回数が極端に減ったことを気にかけていたので今は黙って頷いた。
そこにテトが耳をしょんぼりと伏せて尻尾をだらりと垂らしながら近づいてきた。どうやら料理が完成したようでおずおずと二つの皿をキュプラーとノアに渡した。ノアはテトの態度に首を傾げるもあまり気にせず礼を言って料理を口に入れた。と言っても味などわかるはずもないので食べ終わった後に適当に美味しいとでも伝えようと思っていると、隣でキュプラーが盛大に口から食べ物を吹き出した。
どうやらテトは料理が下手らしい




