第23話 賞金首
1人の少女は、暗い暗い海の底に意識を沈めて漂っていた。
いつも集まってくる品定めをしているような下劣な視線。嫌なものを嫌と言えない自分の窮屈な立場。なりたいものにはなれたが、そこがゴールのようでそこから先何がしたいのかが自分でもわからない行き止まりの状況。疲れ果てた少女は、このまま意識を底へ底へと向かわせた。
だがそんな時、周りの景色が一転した。雲の上で手足を広々と伸ばして眠っているような清々しさを感じる。母親の腕の中で眠っている赤ん坊のような心地よさ、ストレスという体内の異物が分解されていくのを感じて身体が湯気になって溶けていく。
そのあまりにも心地いい場所から一生目覚めたくないと思うも、その正体が何なのか知りたかった。
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瞼を開くと、ぼんやりと視界が広がってくる。その視界に入ったものをまだ夢の中だと思った。
真っ白でふわふわとした羽で包み込み、自分の頭を撫でている人物の姿があったのだ。まだぼんやりとしか見えないが、その人物は羽と同化するような白い髪に、紅く輝いた瞳をしている。自分と同じくらいの歳の少年で、中性的な顔立ちではあるが何処か男らしさも感じる。
初対面である男の腕の中で、頭を撫でられながら眠りこけていた。そんな状況に陥っていたら、すぐさまその腕を振りほどくべきだろう。しかし少女はそうしなかった。
何故なら、その少年の表情があまりにも優しかったからだ。まるで子供が手のひらに落ちてきた雪を体温で溶けるのを惜しむような視線、大切で仕方がないものを見守る慈愛を含んだ表情だったから。少女もそんな顔で見つめられたことがなかったためどうするべきかわからず困惑した。
「……カナリア?」
「え?あ、あの」
少女がなんとか喉から声を漏らすと少年と目が合った。少女は何と言えばいいかわからず、戸惑いがちに声をだす。すると次の瞬間、予想だにしなかったほど少年は眼を見開き呆然としたように固まる。そして少年の瞳は次第に揺らぎ始め、泣きそうな、それでいて何かを失ったような悲痛な色に染まる。
「……私を助けてくれたの?」
よく見るとその少年は血だらけであった。白い羽も所々血で滲んでボロボロだった。
気を失う直前のこと。いつもしつこいあの男に一日中つきまとわれたあげく攫われそうになったことを思い出す。少女は少年に礼を言おうと口を開くが、その前に少年が少女に頭を下げた。
「ごめん………そんなわけないじゃないか」
最後に何か小さなつぶやき声を残して、ボロボロの身体を持ち上げると、少年はよろめきながらは姿を消していった。
わけもわからないまま、少女は1人ぽつんとその場に残される。
「手、暖かかったな」
首を傾げながらも、少女は自分の頭にそっと手を置いて呟いていた。
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ノアはタルタロスに戻るとユグドラの部屋へ向かった。
「……すみません、失敗しました」
ユグドラはノアの姿を見て面食らったような顔をするもノアの様子を見て不思議がる。今のノアはどこか虚しく乾いた笑みで何か遠くを見ているようだったからだ。
「ふむ、ボクの予想だとキミはちゃんとブツを持って帰ってこれるはずだったんだがね。何かあったのかい?」
「言われた箱は取れたんですけど訳あって壊れちゃいました」
ノアは申し訳無さそうに苦笑する。
ノアが懐から出したのは粉々に砕け黒い破片だった。ノアが入手した黒色の箱は少女を庇った際に男の異能、巨大な岩にノアの身体もろとも押しつぶされてしまったのだ。その後ノアはただひたすらに彼女を抱えて安全な場所へ連れて行くことだけを考え、死に物狂いで奮闘した。
呪われた人形のように、その一点だけを考えて行動していた。
そしてノアは彼女を安全な場所に連れて行き、傷を手当てした後、目覚めるのを今か今かと待っていた。
しかし、ノアは彼女が目を覚ました時に気づいてしまう。彼女はカナリアじゃないただの他人だったのだということに。目を覚ました彼女の瞳はカナリアの透明な瞳と違い瑠璃色の輝きを放ち、声色も確かに綺麗だったがカナリアとは異なっていたのだ。
過去にすがり幻を見ようと必死にもがいていた。あの時の自分のみっともなさといったら救いようがないほどだった。
ノアは大きな木の下で座り込み項垂れる。ユグドラに、今日は休めと言われたがどうしても感情が渦巻いて仕方なかった。
ノアは月を見上げて歌った。言い表せない感情が溢れ出しそうになったから歌った。
「……ん?」
ノアが何かが揺れた事に気づき顔を向けると、そこにはテトの姿があった。そういえばここはテトの縄張りの近くだったこと思い出し、夜中に寝床の近くで歌うのは迷惑だったなと口を閉ざした。だがそのままテトは近づいてきた。
テトは何も喋らずに仮面の下でじっとノアを見ているだけだった。それをノアは、今日の仕事の報酬を渡すのを待ってるのだと思い、愛想笑いを浮かべながら謝罪した。
「今日は仕事失敗しちゃって。ごめん、だから報酬は無いんだ。」
「……どうして泣いてるの?」
「え?」
ノアは自分の顔に触れてみるが涙は出ていないし、今も普通に笑っていたはずだ。だがその言葉を聞いて針を心臓にちくりと刺されたような痛みを感じた。
「わたしの……せい?」
テトは心配そうに尋ねながら深々とかぶっていたフードを脱ぎ仮面を取った。
仮面の下にあったのは、月の光に照らされ影がさしている弱々しい少女の顔だった。艶やかな小麦色の肌に、柔らかそうなふわふわとした黒い髪を肩まで伸ばしている。アーモンド型の銀の瞳に桃色の唇、そんな幼さと美しさを感じさせる少女の顔があった。そして一番目を惹くのは頭に生えている黒の猫耳。
「……その怪我、わたしが行かなかったから? 」
テトは何かに怯えているように唇を噛み、ノアを揺らいでいる銀色の瞳で見つめた。
「それは違うよ。今回は僕がミスをしたんだ」
テトがいきなり仮面を取ったことにも驚いたが何かを気にしているようなテトの様子を疑問に思う。しかし今はそんなことを気にする余裕はノアの心には無い。
「今度はちゃんと頑張るから、気にしないで」
ノアは今誰かと話したい気分ではなく、それ以上何も言わずに歩き出した。その後ろ姿を見たテトは、何か思いつめた表情で俯く。
―――次の日の夜、ノアは心の中にあった複雑な葛藤に蓋をし、いつも通り笑って昨日の事は全員分の食事を作っていた。テトはそのいつも通りすぎている表情を見て何かを言おうとしたが、結局は仮面をつけて黙ったままだった。
「おいノア、これ見ろよ!」
ノアはロイが握りしめていたのは紙だったようで見てみるとそれは手配書だった。
そこには黒い鳥のマスクを付け黒い翼を生やした少年の似顔絵が描かれておりその下にはこう書かれていた。
〈八咫烏・賞金5000ジェム〉
「これ、お前だよな?5000ジェムって」
「うーん、多分」
「お前何したんだよ。俺もバレた事はあるけど手配書なんて作られたことないぞ!しかもこんな高額」
ノアは昨日の出来事をロイに話した。勿論その後の少女の事は言わなかったが。
「ゴホッゴホッ。はぁ?貴族の屋敷に予告状出して正面から入った挙句に騎士の兜取って煽ったぁ?」
ロイは激しく咳き込むとまるで本物の馬鹿を見るような目でノアを見てため息を吐いた。
「お前な、一度失敗したからってそこまでしなくてもいいだろうが」
「全くだ新人。自分の立場をわきまえろ!お前はここでお世話になっている身なんだぞ。お前が有名になれば私達にも被害が及ぶだろ!」
「どうやったら予告状を出すなんて考えが思いつくんですか。私達は狙われるなんて御免ですよ新人」
近くで聞いていたアウルムとアルティナも呆れて肩をすぼめながらノアに腹を立てたように叱る。だがその表情はどこか満足そうであり楽しそうでもあった。




