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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第1章 壊れ続ける日常
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第2話 白い羽

 少年が目が覚めると、そこは大自然に囲まれた森だった。生き物がいる様子はなく静寂に満ちている大森林。木の枝や葉で空は覆われており、日の光が差し込む隙間などはほとんどないはずが、やけに明るく側で流れる小川も光を反射しているように眩しいくらい。


 そこはまさに、神秘的な森だった。



 起き上がって体の調子を確かめながら自分の置かれている状況を確認しようとする。確か荒野を歩いていたはずだ。


『大丈夫?』


 頭上から聞こえる鈴の鳴るような声、少年は空を見上げると目を見開き口を開いたまま硬直した。

 永遠のような一瞬。今この世界には自分と目の前の少女しか存在しないと錯覚させるような未知な世界にいるようだった。


 真っ白なサラサラとした長い髪を空になびかせ、まだ幼さを残すがとんでもない美貌をもつ女の子。どこまでも透き通る瞳、そしてなにより目を引くのは髪と同じ真っ白の大きな羽だった。


 女の子はこちらを見つめて微笑みながら空から降りてきた。


 荒地で力尽き、気がつくと自分は不思議な森に寝ていて、起き上がると空から羽を生やした真っ白な女の子が空から微笑んで降りてきた。こんな状況に出会った時、自分は死んで天使が迎えに来たと確信してしまうのも無理はなかった。


(ああ、..死ねたのか...)


 なんとも言えない気持ちにはなったが少年は死ねたという謎の達成感に浸る。


「ふふっ大丈夫よ、ここはあの世じゃないわよ?あなたは死んでないわ」


 まさに考えていた事を当てられ驚愕する。その言葉を飲み込むのにどれだけ時間がかかったかはわからない。目の前の少女は天使でないのか。ここはあの世ではないのか。

 少女は微笑み、目の前に手をかざして振ったり声をかけたりしているが、少年は意識を割く余裕もなく固まったままだ。自分が生きていることは信じれなかった。否、信じたくはなかった。本当はわかっていた。自分が死ぬわけがないことを、まだ生きていることを。ただ現実から目を背けたかっただけだった。


「……………ぅ」


「どうしたの?どこか痛い?ひどい怪我は無さそうだったけど、もしかしてあなた喋れないの?それとも言葉がわからない?」


 呆然した表情で少年がポツリとこぼした音に、少女は整った顔立ちをきょとんとした表情に変えた。生まれた時からずっと閉じ込められていた少年は言葉を覚えておらず、少女の言葉だけでなく現状すらも理解できない。


「まぁいいわ。ここはグローリアの森。荒地に隠されている泉の中に存在する場所よ。とりあえず…」


「………」


「どうしたの?やっぱりどこか悪い?」


 少年は塞ぎ込む。

 またあの長い長い虚無感に、喪失感に、孤独感に。悩まされ、飲み込まれ、蝕まれて生きていく。それは言い表せない笑ってしまいそうなほどの絶望だった。


「うるさい!だまれ!」

 

「あら!喋れるんじゃない」


「なんなんだお前は」


 少年は言葉を知っていた。ただ使う機会が無かっただけで、知る機会はいやというほどあった。狭い村のため、周りの会話や自分を蔑み罵る者達の言葉でも10年以上たてば脳は飲み込んでくれていた。

 気分と機嫌は最悪で、見知らぬな場所に連れてこられて混乱しているうえに、どうせ説明したところであの目で醜いものを見るような目で見られるだけだろうという恐怖が少年を襲った。


 しかし少年に突き放すような言い方をされても少女の笑みは崩れなかった。


「ねぇ、何かあるなら聞くわよ?」


「ほっとけよ……」


「ほっとけないわ」


 少女が頭を抱え始めた少年を心配して顔を覗きこんだ。すると少年は、自分の気も知らずにきょとんとしている少女に苛立ちを覚えた。人生でちゃんと会話をした経験がないせいか、あるいは一度死ねたと思えた安心感と勘違いとわかった時の裏切られたような失望感のせいか、精神が不安定になっていたせいか、少年の中でどろどろとした感情が溢れ出す。


「関係ないって言ってるだろ!お前は誰だよ、なにがしたい!」


「わたしはただあなたが倒れてたから……」


「余計な真似すんじゃねぇ!なんで助けたんだ。どうして俺は産まれてきたんだ!なんのために生きてきたんだ!なんで俺は死ねじゃないんだ!………なんで俺はずっと一人なんだよ」


 少年は少女に向かって顔を歪めて叫んだ。助けた理由を聞きたかっただけなのに余計な言葉までもが喉からでてくる。こんな自分を助けるような少女の存在が信じられなかった。それはただの八つ当たりでしかなかった。

 少年は、自らの行いに気づき嫌悪した。自分の体を確かめた時、傷だらけの足や腕に布が巻かれていたり、自分の側に水や枕がわりの物が置いてあったことから、少女が倒れていた自分を思って看病してくれたのだろうということは分かっていたはずだった。純粋に助けてくれただけだとわかっていたはずだった。

 自分に生まれて初めて自分に優しくしてくれた人に出会った。なのに、それなのに、少年はいきなり自分勝手に八つ当たりし、怒鳴りつけた。


 もうだめだ 自分の存在に絶望する。もう無理だ 自分はどうしようもないやつだと失望した。もう嫌だ やはりあの部屋の中から出るべきではなかった。


 だんだん少年は目の前の景色が灰色になっていくのを感じる。


 そんな時、頰に柔らかく暖かく優しい感触がした。ハッとして顔をあげると少年の目を見つめて痛みを我慢するように笑っている少女の顔があった。


 神秘的な森の中、少女が白い羽で、黒い翼を生やした少年を優しく包み込む様子は幻想的な光景だっただろう。


「あなたは一人じゃないわ、死なせたりもしない」


 少女は、少年の頰に手を添えて微笑んではいるが、有無を許さないと言わんばかりに強く言い切った。自分を見つめる少女に少年は驚き硬直していたが、我にかえると少女を手を振り払い押しのけようとする。しかし、その手には力が入らず声を出すのが精一杯だった。


「……一人じゃない?ずっと一人だ!産まれた瞬間からくたばれまで俺は一人だ!テメェになにがわかる!?なんでそこまでする!!」


 顔は歪み、声は震えてみっともない姿だった。だが少年はその言葉を受け止める心が育っていなかった。今までの人生で育った感情の中に、今のような気持ちが存在しなかった。自分が自分でわからない。救いの手を求めていた時期もあった。だがもう遅い。全てを諦めたはずだと自分に言い聞かせた。


「わたしもあなたと同じ羽があるわ。一緒よ?」


「……は?」


 いきなり少女が言い放った言葉の意味がわからず間抜けな声がでる。「一緒」。ずっと自分が求めていたもの。だが羽があるだけで一緒じゃないのだ。彼女は天空族と呼ばれている種族だろう。天空族は羽と透明な瞳が特徴で彼女も透明な瞳なのがその証拠だ。自分は天空族にもなれず獣族にもなれない半端者の異端者だ。


「俺は天空族じゃない……」


「ええ、そうね。でもそんなの関係ない。種族が違うだけ、それだけじゃない」


「獣族でもないんだ……誰とも違う。どこにも属せない、居場所もないただの気持ち悪い異端者だ」


「じゃあ居場所をわたしが作るわ。私があなたを求めるわ。ここがあなたの居場所、それでいいじゃない」


 めちゃくちゃだった。少女の言葉はあまりにめちゃくちゃで、少年にとって都合が良すぎる心地のいい言葉だった。甘い甘い猛毒だ。自分の心に染み込んでくるのがわかり、それが怖く突き放す言葉を並べようとする。しかしそれはでてこない。


「なんで赤の他人の俺にそんなに構うんだ…」


「それがわたしだから、わたしの存在を示すものだから」


 その少年にとってその言葉の重みも意味もわからない。だがその言葉を言う少女の姿は少し儚げに見えた。しかしすぐに少女は笑みを作ると手を差し出す。


「あなたに何があったか知らないけわ、それでもあなたをわたしは助けたい」


「みんな俺は消えろって…産まれてくるべきじゃなかったって……俺が出てきたから人が死んだって…」


 少女の言葉を、少女の存在を、否定しようとするが言葉は弱々しく散っていく。忘れたかった自分の故郷のことを無意味ながらも思い出してしまい、弱音のように口から漏れる。


「それなら私はここに居て欲しいって言い続けるわ。産まれてきてくれて、ここでわたしに出会ってくれたことに感謝する」


「生きたいなんて思ってない……。生きる理由なんて俺にはない……」


「それならあなたが生きる理由にわたしがなるわ。わたしがあなたに生きて欲しいと思う。それがあなたの生きる理由。生きたい理由なら一緒に探していけばいいじゃない」


「めちゃくちゃだ、なんでそこまで……」


「あなたが悲しくて辛いって、助けを求めてる顔をしてたから」


 少年は気づいた。気づいてしまったのだ。自分は救われたかったのだ。誰かにちゃんと見てもらいたかった、聞いてもらいたかった。自分を、受け入れて欲しかったのだ。

 得体も知れない少女の言葉に少年の心は染み付き形を変えさせた。黒色のキャンバスに白色のインクをこぼしたように、色は滲んで消えていく。いきなり知らない人に理不尽なことを言われても、普通は耳も貸さずに突き放すだろう。だがその少女の言葉は魔法のように、呪いのように少年の心を溶かしていく。理由はわからない。だがその言葉には力が宿っているのを感じる。心が変えられていくことに抗えなかった。


「産まれてきた理由なんて存在しないわ。産まれてきてよかったと思える理由を探していきましょう?」


 少女は変わらず微笑んでいる。


「やっぱりめちゃくちゃだ。」


 涙は流すまいと日々努力をしていた。どんなに辛くても涙だけは流さないようにしていた。だが少年は産まれて初めて涙を流す。こんなにいい気分で涙を流す日が来るとは思わなかった。


 喜びという感情を知らなかった少年は、しばらく少女に背中をさすられながら泣きじゃくった後、恥ずかしい気分になりながらも少女に笑い返した。



 この日、少年の運命は大きく動き出した。




「わたしはカナリア、あなたのことを教えて?」

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