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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第141話 胸の奥に詰まったもの

「はぁ〜。今日は挨拶回りばかりでしたので疲れちゃいました」


 部屋に戻ったアリスは腰を寝台に下ろし、枕を腕に抱くとパタパタと足を揺らす。

 さっきまで大勢の視線の中、玉座の中に収まっていた王女は、最も気を許せる騎士と二人きりになることで、これ以上ないほどにリラックスしていた。


「さぁ兄さんも!早くこちらへ来てくださいな」


 アリスは隣に腰をかけろと言うように、白の長手袋をつけた手で布団をぽんぽんと叩く。二人で話をしたいと言っていたのは部屋に戻るための建前だと思っていたが、本当にそのつもりだったらしい。


「それはいいけど、あれで良かったの?茶会に招待した本人が抜けちゃって。さっきの人達もアリスに話があって並んでたんじゃ…」


「もうっ、いいんです!私は兄さんとお話がしたいんです。それに、あの人達が話したかったのは王女であって私ではないでしょうし」



 彼らはアリスの言う通り、王女という地位に近付きたい一心でまとわりついてくる者がほとんどだ。勿論アリスの美しさに惹かれて純粋な下心で寄ってくる者もいるだろうが、やはりコネ目当てなどの無粋なものが多いだろう。


 アリスだって貴族や王族となればそんな生き方が正しくもあると理解しているし否定するつもりはない。けれどアリスは忘れていないのだ。


 自分がまだ幼く、醜さから虐げられていた頃に彼らが自分に向けていた目を。散々浴びせられた罵詈雑言の数々や、それすら注がない無意識な疎外。それらを彼らは気づいていないし覚えてもいない。


 今では皆が皆、笑って話しかけてくれるし贈り物だって毎日のように貰う。そんな変化に心が追いつく訳もない。別に恨んじゃいないが、姿が変わっただけでこんなにも変わる彼ら態度に、冷めてしまうのも仕方のないことだった。


「それに主役は私ではなく、あくまで自分達。私が居なくても茶会は成り立ちますし、問題なく進みますよッ」


「なっ」


 中々座ろうとしないノアに焦れったさを感じたアリスは、腕を引いてノアを強制的に布団に引き寄せ座らせる。そこには悪戯っ子な妹のような顔つきがあった。


(兄さんだけです。ずっとずっと、私を見る目が変わらないのは)













 ――――――――――――――――――――


 腕を引かれたノアは、抵抗することなくアリスの隣に腰を下ろした。アリスはその事にちょっぴり驚いていたが、普段から努力を惜しまない彼女の我儘は出来るだけ聞いておきたいと思っていたし、ノアも最初から話し相手になるつもりだった。何故だかわからないが、今は無性に誰かと話がしたかった。


「アリスは凄いよね」


「え?」


「この国のために色んなことをやってる。ホムラに聞いたよ。会議で案を出してアリスが国の仕組みとやり方をいちから変えていってるって。正直僕には何の事か、どれだけ凄い事をしているかなんて理解できないけど、アリスが頑張ってることだけは理解できる」


「か、からかわないでください」


「冗談なんて言ってないよ。さっきの茶会だってアリスが一番輝いてた。泣き虫でわがままで、いつも後ろで服を離さなかったあのアリスとはとても思えないね」


「もうっ、やっぱりからかってるじゃないですか!」


 アリスは恥ずかしそうに顔を背けたが、本当に同一人物とは思えないほどの立ち振る舞いを見せられ、感服するしかなかったのだ。


「……私、夢があるんです」


「夢?」


「はい。……私はこの国を一つにしたいのです」


 話が漠然としすぎて理解できなかったノアは首を傾げるが、アリスはそれでも夢を見るような遠い目で語り続ける。


「この国は、上界、中央街、下界に分けられています。その間には大きな壁や門で閉ざされ、阻まれ隔離されている。私はそんなもの全て壊してしまいたいのです」


「それって……身分の境目を壊すってこと?」


「はい。それにそれだけじゃないです。東区や西区、北区や南区、それらを四つに分けてる壁も全てです。ムスペルスヘイムやアルフヘイム、このニヴルヘイムもそう。本来は皆同じ一つの国なのですから。同じ国同士で争いがあり、憎み合うなんて間違っています。個性や誇り、違いはあってもいい。それでも皆が隔たり無く、隣同士で寄り添い合い平等に暮らしていける国にしたいのです」



 身分や生まれで分けられていること。これらを受け入れずに疑問を持てる者がいったいどれだけいるだろうか。しかも言い出したのは優遇されてこれから好きに生きていけるであろう王族である彼女だ。全てを平等にしても彼女にはきっと得はないはずなのに。

 茶会のしきたりを変えたのも、北区や西区などの境目を無くす準備だったのだろう。まるで違う国の王族同士のような関係だった彼らを、より近づけ会えるように。


「何でそこまで?アリスは確かに女王になった責任があるけど、今まで中央街や下界の人達の生活とは関わって来なかったし知りもしない。なのに、何でそんな大きな事をやろうと?」


「……わかりません、自分でも。……でも、私は好きなんですよ、この国が」


 アリスは幼い頃からずっと虐げられ、閉じ込められてきた。思い返してみても辛い思い出しかないだろう。なのに、彼女はこの国を好きだと言う。



 夢を語るアリスの表情があまりに眩しくて、ノアは目を細めた。


 何故好きになれるのか、好きとはどういうものなのか。今の自分にはわからない。



「さて!私も相談に乗って貰ったことですし、お次は兄さんの番ですよ。私に何に焦っているかを話してみてください」


「焦りって?僕が?……今は特に焦ってなんかないけど」


「いいえ、焦ってますよ」


 笑ってはいるがさっきよりも少しだけ真面目な顔でアリスにピシャリと言い切られ、ノアは首を傾げながら思い当たりそうなものを引っ張り出そうとする。


 今から任務に行くつもりも無いし、やる事も特に無い。そもそもロイとメアリィの怪我の治療や龍の事もあり、今は出来ることが何もない状態なのだ。


「やっぱり思い当たる節は……」


「それですよ。兄さんが焦っているのは。兄さんは出来る事が無い事に焦りを感じているんです。胸の辺りがむず痒いんじゃないですか?それが焦りですよ」


 アリスに胸を人差し指でそっとなぞられ、途端に()()を自覚する。胸の中で掻きむしりたくなるようなじれったさがムズムズと走っていたことに。


「これが焦り……」


 ノアは感情が無いわけではないのだ。ただ、わからなくなっただけ。その事をアリスは指摘しようと、気づかせようとしてくれたのだろう。彼女が夢を語ったのもこの話を切り出すためのものだったのだ。


「さぁさぁ、話してみてくださいな。この私が相談相手になりますよ?」


 無性に誰かに話たかった原因、今からどうすればいいのかという迷い。それらを一気に解消してくれるという確信をさせてくれる彼女に、ノアは素直に甘えるしかなかった。








 ―――空への道を阻む未知の龍や、大樹から溢れる触手達。一筋縄ではいかない遺跡の攻略状況。ノアは今まで体験したもの全てを話した。



「なるほど…。確かにそれは一筋縄ではいきませんね」


 形の良い眉を潜めて考えるアリスは、いろんな可能性を求めて頭を巡らせる。

 ノアから聞いた話やメアリィの傷を見た限り、龍の強さは本物であり城中の騎士達を集めても地に足をつけての戦闘ならまだしも、空中に留まる龍などお手上げだ。おびき寄せる囮作戦や対空手段はいくつか思いついたが、勝算の低さに提案することもできなかった。


「やはり龍の事は一度保留してもう一度大樹にある遺跡のほうの探索に専念してみるのがいいのではないでしょうか」


「……それなんだけど、実はそっちの方はあと一歩のところまで行けてるんだ。場所も多分わかってる。でも無理だった」


「どういうことですか?」


 妖精族が暮らしていたであろう遺跡。その最深部に行けるであろう道を、ノアは以前眼で見つけている。街にあった池の底に、もう一つ何かを隠しているような扉があったのだ。


 しかしノアにはその先に進む勇気が持てなかった。


「水の中にまだ機械生物が潜んで?それとも罠の可能性が?」


「いや、それは無いと思う。ちゃんと眼で隅々まで確認したから。でも……」


「ではどうして?」


 ノアが口を濁す理由がわからず、アリスは眉を下げる。もしかしてノアの過去が関係した言いにくい事情があるのかもと、心配げに顔を伺った。


 そんなアリスの顔を見たノアは、目を逸らしながら口を開いた。


「……泳げないんだよ」


「はい?」


「僕、泳げないんだ」

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