第140話 2回目の茶会
前話の終わり方を少しだけ修正しました。
席に座り紅茶を口にしながら熱心に語り合う者や、くるりくるりと衣装と共に楽しげに踊り合う男女。口を動かしながら目で語り合い、足を動かしながら心も躍らせる。この豪華な会場に負けじと、王族や貴族達は光輝いて見えている。
今は数ヶ月に一度の茶会の真っ最中であり、王族や貴族達の交流の場だ。昔からある伝統のもので、いつもは王族達の行事に参加しないノアでも無視することはできず、任務から帰還した足でそのまま急遽参加した形だった。
(前に参加した時とは随分印象が違うな)
茶会は昔からある伝統の行事。王族の娯楽として栄え、女王が主役であったものだった。しかしアリスが女王となって、これらは大きく形を変えていた。まずは王族だけでなく、貴族は勿論様々な区の上界に住む者達を全員拒む事なく招待した。そして主役はあくまで招かれた客一人一人、誰もが自分を輝かせられるための舞台とされた。前のように自分を誇張する場ではなく、アリスはただ楽しむ場として茶会を設けたのだ。
この変化は貴族達だけでなく王族達からも非常に喜ばれていた。男女が気楽に踊れる場とされたり、友が趣味について語り合うだけ。緊張感が漂っていた前までの茶会と違い、損得無しの自然な笑顔が溢れているのだ。
(ここまで変わるのか……。些細な変化でも、こうして心が変わったように笑えるのか)
ノアは少し羨ましそうに周りを眺めながら、奥で待っているであろうアリスのもとへと歩いていった。彼女の笑みは彫刻で作り上げたように美しく、美しい会場を一段と美しく魅せる一輪の花のようだった。
けれど、それもノアに気づくまでのこと。
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「それで!本当に兄さんにお怪我はありませんか!?」
「平気、なんともないよ」
ノアの身体をペタペタと触れながらあちこちを調べるアリスは、心配を隠しきれない様子で声を上げた。
さっきまでの芸術品のような美しさは途絶え、かわりに子供のような幼さが露見しており、王女の姿としては目も開けていられない状況だ。
「本当ですか?本当に本当ですか!?」
「本当だってば。この通りピンピンしてる。怪我したのはロキとメアリィのほうだから。二人も今ごろ医療班に専門的な傷の手当てを受けてると思うし、心配ないよ」
「なら良いのですが……」
不安を拭いきれないと言わんばかりにオロオロと異常なほど心配しているアリスを見るに、大丈夫じゃないのは明らかに彼女のほうで、つられるようにノアも焦らながら無事を証明した。
「それよりも……こっちのほうが大丈夫じゃないでしょ」
そこにはアリスと関係を持つために一度は話を交えたいと考える貴族の男達がこぞって列を作っていた。綺麗に着飾ったスーツに、手には花束を持っている。中には王族も混ざっているほどで、男達は今か今かと出番を待ちわびているのだ。今やニヴルヘイムの女王である彼女に近づきたいと思うのは権力を握りたい者なら自然の流れ。更にそれが、妖精のように可憐さと艶かしさを合わせ持つ少女が相手なら尚のことだった。
そんな男達が、騎士であるノアが目当てであるアリスと長話をすることを良く思うわけもなかった。
(うっ、視線が痛い……。この人達、どれだけ並んでたんだ?)
さっきまでとは打って変わってころころと変わるアリスの表情を見た貴族達は、従者と主人の関係を超えた何かがあるのではないかと勘繰る。
汚れた鎧に、煤けた髪の毛。所詮は騎士風情であるとはいえ相手は男。身分も器も優っているとは言え、自分の魅力をアピールするために長時間並んで出番を待ちわびている貴族達の焦りは、次第に苛立ちを含んで膨れていく。その苛立ちは必然的にノアへと向いていき、何人が権力や根回しでノアの首を飛ばしてやろうと考えただろうか。
「僕の事はいいからアリスは自分の事だけ集中して。今日はもう任務にも行く予定はないし、後ろでずっと見てるよ」
アリスを優しく引き剥がし、ノアは後ろに一歩退がる。大衆の場でこのような視線を集めてしまっているのはノアの失態であり、アリスの王族としての活動の邪魔にしかなっていないだろう。しかも相手は貴族だ。ネチネチと絡まれても面倒だし、アリスのこともあるため力技で解決することなんてできない。
置き物のように背後で見守ることこそ本来守りびとのあるべき姿なのだ。
「まぁ!それはよかったです」
だがアリスは両手を合わせて笑顔を咲かせると、自然な流れで距離を詰めた。
「それならせっかくなのでお部屋に戻ってお話ししましょう。任務や鍛錬でお忙しいのはわかってますけど、最近二人きりになれる事が少なくて寂しかったんですよ?」
ニコニコと微笑むアリスは、ノアがまた一歩下がれば、同じように一歩進んで距離を縮めた。その言い寄る姿は、明らかに好意を持った恋する少女の顔つきで、見せつけられた貴族達はポカンと眺めるしかなかった。
しかしこれだけの人数。中には怒りを露わにする者も少なからずいた。貴族として優遇されてきた者達が、これだけ待たされ、弄ばれ、思い通りにならなかったことなど人生で初めてのことだったのだろう。
「おい、貴様ッ…」
「アリス様。従者である私の体調を気遣っていただけるのは有り難いですが、まだ貴方のために集まってくださった貴族の方達がお待ちしております。私などお気になさらず茶会をお楽しみください」
やや芝居がかった感じではあるが、ノアは貴族達が動く前に大袈裟に一礼した。
アリスが自分と話していた偽りの理由を作り出し、貴族達に安心をもたらそうとしたのだ。こうすれば貴族達も、アリスが優しさから、あくまで従者を気遣って話してあげていただけだと思ってくれるはずで――
「えっ!やはり体調が優れないのですか!それはいけません。早くお部屋で休みましょう?それに心配はいりませんよ。まだここに並んでいる者達は取るに足らない者達ばかり。用のある方々の挨拶は既に一通り済ませてありますので」
だが彼女は平然と白々しい態度で、ノアだけでなく貴族達の想いも一度に切り捨てた。ノアの言動の意図をアリスがわからなかったわけがない。それでも彼女は、詰んだ花の花びらを引きちぎるように、残酷に笑って捨てていく。
(貴方達、小物風情が。兄さんをそんな小さな器で測るな)
アリスは何も口にしていない。だから無礼も何も無いはずだ。けれど確かに、妖精とは思えぬ冷たく燃える目で、彼女は男たちを見下ろした。
(ひっ……!)
ノアは心の中で小さな悲鳴を上げ、貴族達は花束を床に手から落とした。
気づく頃には体調の優れないノアのために、使用人達が会場の扉を開いて待機している始末。
アリスの事だ。本当に保つべき人望や関係は既に作成済みで、茶会で行える企みは彼女の言う通り既に済んでいるのだろう。
必要なことは何が何でもやり遂げ、要らないものは切り捨てる。誰に似たのか、こうなったアリスはノアでさえもどうこう出来るはずもなかったのだ。
「敵わないなぁ。……わかったよ、主人の命令とあらば仰せのままに」
「ふふ、それは良かったです」




