第14話 曲者達
バッカスに貰った服の袖を通すと、ゴワゴワとした生地の服だが着心地は悪くはなかった。
(そういえばどこに行けばいいのかな)
バッカスはノアに場所の説明をしていなかった。されたとしてもその時は鍛錬の疲れで意識が朦朧としていたため聞き取れていなかっただろうが。
ノアはとりあえず目立つ建物を探すことにした。昨日ここに来たときはあまり関心を持っていなかったが、周りの景色がだいぶ変わっていることに気づいた。
ノアが最初にいたところは下界の西区だった。西区は廃墟が多く古びた街という印象が大きかったが、ここは自然に侵食されている印象を感じる。壁には蔦が伸びて絡まっており、建物から木が生えているところも見られる。木には糸が繋がれ、洗濯物らしきものがぶら下がっており白いシャツが風でゆれていた。
「誰だ。 ここでなにをしている」
何かが物陰から姿を現したと思えば、ノアは背中を取られ、ナイフを突き立てられていた。今のいままでその存在に気づけなかったのだ。慌てて振り向こうとするとその少年はノアを威圧するように声を張る。
「動くな、背中に穴を開けられたいのか?」
返答を間違えればすぐさま殺すと、添えられたナイフからじわじわと殺意が伝わってくる。ノアは争うべきではないと考え、冷静に答える。
「昨日ここに入った者です。ノアといいます」
「……ノア?ああ、バッカスさんが言ってた新入りか」
少年はノアの返事を聞いて警戒するのをやめたようにナイフを下ろした。どうやらここの住人らしく無駄な争いをする気はないらしい。
少年はノアの前に移動すると頭を下げ、謝罪してくしゃりと笑った。その男はくすんだ赤色の髪をした少年で、鼻の上に大きく横に傷が入っていた。目の色はノアと同じ透明、羽は今は生えていなかったが天空族だろう。
「ごめん。そうとは知らずにいきなり怒鳴って。たまに敵が忍び込んでくるからさ」
さっきまでの覇気が嘘のように散っていき、目の前の少年は申し訳なさそうにナイフをしまった。
「いえ、構いません。僕も怪しくうろついていましたし」
「お前いくつだ? ああ、さてはバッカスさんに締められたな。あれはトラウマになるよなー」
その少年はノアの言葉遣いを不思議に思ったのか眉をひそめた。だがその原因には少年も心当たりがあったためすぐに納得した様子だった。
「俺たちには敬語は使わなくていいから。これからよろしくノア。俺の名前はロイだ」
ロイもここに来たときバッカスに敬語を使えと嫌というほど蹴られたことがある様子だった。
ノアもそれがトラウマになりかけていたのでその言葉はありがたかった。
「あ、ああ。よろしく」
「ところで、なんでこんなところにいたんだ?」
「バッカスさんにここの人達と顔合わせがあるから来いって言われたんだけど、道を聞くのを忘れちゃって」
「そういうことか。あの人そういうところあるからな。ついてこいよ、連れて行ってやる」
ロイの言葉に甘える事にしたノアは、黙ってついていき大きな廃墟に案内された。だが内側は崩れて中はほとんど露出しており、天井には空がはっきりと見えるほど巨大な穴が空いておる。登ってきた月の光が差し込み、綺麗な夜空が見えるほどだ。床も剥がれて地面が剥き出しになっており草が生え始めているところもあった。
そこで、瓦礫の上や柱に座り込んでいる影がいくつかあり、その中の一人が立ち上がってノアに近づいてきた。
「おい、新入り。お前舐めてんのか?新入りなら1番にこいよ。なんで俺たちを待たせてんだ?」
ブロンズ色の髪をした少年が尖った八重歯を剥き出しにして怒りを表している。
「なんでボスもこんなやつ拾ってきたんだ。いいか?お前に食い物を恵んでやるほど俺たちは優しくもないし余裕もない。お前のために寝床を確保してやる義理もない。ここでお前みたいなやつが出来ることなんて何もないんだ。わかるか?」
この男は完全にノアを邪魔者だと思っている。だがそれは当たり前のことで、下界に住んでいる者にとって食料や安全な寝床はとても貴重なのだ。分け与えるということは、それだけ自分に与えられるはずだったものが減るということだ。役に立たない者を置いておく理由なんてこれっぽっちも存在しなかった。
ノアはまだ座っている3人の表情や様子をそれぞれ見るが、どれも自分が歓迎されているとは到底思えないものだった。今からこの人達と仲間になるとしても、仲良く助け合いなんてことは出来そうにない。しかしだからといって、争い合うことこそ無駄である。そして自分が新入りのうえ邪魔者だということもまた事実。
だからノアは最善の選択を取った。それは邪魔にならないこと。
「遅れて悪かった。道に迷っちゃって。みんなの邪魔にならないように気をつけるよ。勿論、食べ物も寝床もいらない」
ノアは穏やかに微笑みながら自分の襟首を掴んでいる男を見つめ返す。その言葉にロイが慌てて男とノアの間に入る。
「おい!キュプラー、やめろ。ノアもなにもそこまで遠慮する必要はない」
「いや、自分の口から発したんだ。言いきったことは守ってもらうぜ?」
この男はキュプラーという名らしい。キュプラーはロイに止められ襟首を掴んでいた手を離すもノアの発言にほくそ笑んだ。
「そろそろ全員集まったか?」
そう言い放ったのはバッカスだった。バッカスは今来たようで、面倒くさそうに人数を数え始める。その途中で、バッカスはノアを見たとき怪訝そうな表情をつくった。
「ん?誰だ、お前」
「え?ノアですけど」
バッカスから見たノアの印象は浅黒い肌に、薄汚れて茶色く染まったボサボサの髪、血で汚れた布を被った汚い子供だった。たが身体を洗い流して服を着替えた今のノアは真っ白の髪と肌をしていたため、ほとんど別人に見えた。
「なんだお前か、紛らわしい。割になったな。普段から自分の身くらい気にしとけ」
身体を洗えと言われて洗ったら紛らわしいと怒られ、次は容姿を褒められる。なんとも言えない状況だ。
「全員で6人か。ちっ、二ーナのやつがいないな。まぁ、あいつはいないほうが話が進む。効率が良いことに越したことはないな。今日は前も話した通り新入りとの顔合わせだ。基本全員で何かをすることはないが各自適当に自己紹介しとけよ。それとノア、お前は後でボスのところへ行け。終わったらまたドームへ来い。以上だ」
バッカスはそのことだけ伝えるとすぐさま来た道を戻り始める。
「バッカスさん、待ってください!俺にも修行つけてくれるんじゃないんですか?!」
先ほどの雰囲気では想像できないほど子供のようにキュプラーはバッカスを呼び止める。
「俺は忙しい」
「な、あいつなんか放っておけばいいじゃないですか!」
両手を広げて激しく抗議する、しかしその瞬間キュプラーの体がくの字に曲がり壁に衝突する。バッカスが蹴り飛ばしたのだ。
「くどい。お前は十分だろ、そんなことよりロイと一緒に仕事に行ってこい」
バッカスは吹き飛ばしたキュプラーの姿を確認もせずに出て行った。
キュプラーはバッカスに憧れていた。昔はバッカスのことを恐れ、恨んでいた時期もあったが今では尊敬もしている。厳しい鍛錬もあったが必死に励んだ、それなのに認めてもらえない、そのことが悔しくてしょうがなかった。
ロイがその姿を見かね、キュプラーに肩を貸して仕事に誘う。キュプラーも苛立ちはあったが仲間に当たることはせず、その手を振り払うことなく出て行った。
遠くからその様子をノアも見ていたがたいして興味もなく、言いつけどおりボスのところへ向かおうとする。だが、そんなノアの前に二人の少女が立ち塞った。
金色の髪を腰まで伸ばした碧眼の少女は頭の左に蝶の形をした髪飾りをして、鏡のようにギラギラした目で睨んでいる。そしてその隣の少女は銀色の髪を肩まで伸ばし赤くビー玉のように静かに光らせ、こちらは右側に蝶の髪飾りをつけていた。二人とも髪の間から見え隠れする耳は少し尖っており、おそらくは妖精族だろう。ノアよりもやや背は高く、いくつか歳が上だろう。
「何を勝手に出て行こうとしている!自己紹介をしろと言われただろう。新入りのくせに礼儀も知らんのか、これだから凡愚は」
「私はアルティナ。こっちはアウルムです。双子の姉妹ですが、どちらが姉か妹かは生まれたときのことなど知らないのでわかりません。あとは次からはそちらから挨拶をするように」
金髪の少女がアウルム、銀髪の少女がアルティナと名乗りノアを見下したような目で睨む。しかしすぐに興味を失ったように視線を外し、言いたいことだけ言ってはこちらが喋り出す前に天井の穴から飛び出して行った。
そして最後に残っているのは隅に座り込んでいる、猫の形の仮面をつけてフードを深く被た子だけだった。自分の体より大きいサイズの服を着ているのか手も袖の中に隠れていて、肌が殆ど露出しておらず男か女かも区別できなかった。ノアがずっとその子を見ていると、こちらに気づいたのかマスクの下で口を動かした。
「…………テト」
マスクの下からでた声は小さく、感情のない無機質な声でやはり性別は分からなかったが、おそらくそれが名前だろうということはわかった。テトと名乗る子供にノアも自分の名前とこれからよろしくと伝えるが返答はなく、その子供は俯いたまま動く気配はなかった。
(ここにいるのも簡単じゃないな)
ノアは心の中で呟きながら今度こそボスの元へ向かう。
鉄でできた分厚い門を開けるとそこに変わらず闇の中にその少女はいた。
「やぁ、よく来たね。調子はどうだい?順調かな?」
「良くは、ないです」
ノアの表情を見てユグドラはからからと笑う。
ユグドラはタルタロスのメンバーとのやり取りのことすら把握していら様子だった。
「まぁそこらへんの関係までボクは手助けすることはできない。人と人の間に必要不可欠で大事なのは信頼さ。少しづつ積み重ねるしかない」
「そうですね」
「そうそう。キミを呼んだ理由なんだけど、このタルタロスのメンバーになったんだからキミも仕事をしてもらわないといけない。だから早速仕事をしてもらいたいんだ」
ノアは話が急に進んでいくのを感じ、嫌な流れを避けようと思わずユグドラの言葉を遮る。
「僕はいつになったら遺跡に行ってもいいんですか?助け合いというなら先にハンターになるくらいのことはできないんですか」
ボスに対して話を遮り自分のやりたいことを優先したがる行為は失礼極まりないだろう。それでもユグドラは変わらず笑いながら人差し指を突き出しノアに向かってまるで子供を叱る母親のような態度で接する。
「確かにキミをハンターにさせてあげるくらいの金はあるし、キミもハンターになるくらいの実力はある」
「だったらっ……」
「でもハンターになれるだけだ」
ユグドラは意地悪そうな笑みを浮かべて指を立てる。
「いいかい?ハンターになってもすぐに遺跡に潜れるわけじゃないんだ。ハンターになってからもそれなりに実績を積まないといけない。だからキミがもし今ハンターになってもそこで終わってしまう。実績を積む前に中途半端な実力で臨んでもそこでは生き残れない」
「それでも、」
ノアはもどかしくなってきたのだ、今はただ足踏みをしているだけに感じてしまう。
「バッカスくんと会った時なにかおかしなことは無かったかい?」
ゴミの山でバッカスに敗北し、負けを認めざるおえなかった屈辱の日。あの日のことは鮮明に覚えている。
確か、その前に不自然に感じたことはあったはずだ。
「……ゴミを拾っている他の子供たちがいなかった?」
「そうさ、そこらにいた子達はみんな逃げたんだよ。バッカスくんの強さを恐れてね。だがそれは立派なことだ。自分に危害を加えるかもしれない脅威を察知できていたのだから。キミはそれすら出来ていなかった。それどころか、バッカスくんに気がつきもしなかっただろう? キミはこの下界でゴミを拾っているそこらの子供ができることさえまだ出来ていないんだ」
悔しいが言い返せる言葉は見つからなかった。確かに、もしバッカスが本当に敵であったのなら遺跡に行くことすら出来ず、願い叶うことなく死んでいたかもしれない。スラムでノアに絡んできたはぐれ者の男達のようになっていたかもしれない。
「大丈夫さ。言っただろう?無いなら蓄えればいい、足りないなら補えばいい。ここで成長してからでも遅くは無いさ。逆に今ハンターになることはバッカスくん風に言わせてもらうと、効率が悪いってやつだね」
「……わかりました。すみません」
「いいさ。さてさて、今度こそ仕事の話をしようか」
ノアは自分の考えの愚かさとユグドラの凄みを実感して、慌てていた自分に足りないものを見つめ直した。




