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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第135話 迷い道

「無理だ。僕は君とはいられない」


「どうしてですか? 何がいけな……いえ、何に怯えているのですか」


「怯える? 僕が?」


 一瞬だけ、小さな部屋の中でこそばゆい殺気が咲いた。それは意図したものではなかったが、アリスの顔が強張るには充分なものだった。

 けれど、殺気はすぐに萎んでいく。図星を突かれたことを証明してしまったようなものだからだ。


「…………ああ、そうかもね。僕はきっと怖いんだ。 誰かと一緒にいることが。……他人との違いを見つけてしまうことが」


 ノアは日々恐れている。自分と他人に(へだ)たりが出来始めていることを。否、自分が壊れ終わっている可能性すらあることを。

 周りと並んだ時、一人感覚が孤立していることに気づき、壊れている自分を自覚してしまうことが怖いのだ。


「いつからかな。 他人の気持ちを理解できなくなったのは。……自分の感情が、わからなくなったのは」


 昔、タルタロスに居た時のこと。偽りの孤独を貫こうとするテトをどうにか輪を繋ごうとしたことがある。彼女に過去の自分を重ね、見捨てられなかった。今では無くなってしまった親情という名の感情だ。


「今の僕ならきっと見捨てただろう。 いや、見捨てるどころか興味すら持たなかったか。 あの時は必死だったんだ。 誰かと繋がりたいと、手に入れた居場所を本物にしようと」


 ノアはキュプラーを助けに行くため自ら敵地に乗り込んだこともある。それは過去のノアが、抱いた感情に身を任せたからだ。タルタロスのメンバーとして、仲間という輪に入りたくて、迷う事なく足を動かせた。それは友情というものであり、今ではどんなものか思い出せない感情だ。


 今でも覚えている。 ふと気がついた時、それらが何の価値もないゴミに思えた瞬間を。


 キュプラーを助け出した次の日、キュプラーが戻ってきたことを喜ぶ皆んなを見て、夢から覚めてしまったようにノアの心からは熱が失われていた。笑顔で迎え入れる皆んなの表情を見て、この輪には入れないと感じてしまった。必死に手に入れた輪から興味が失われていたのだ。


 その前日、ノアは眠ってしまったから。カナリアに会う夢を見てしまったから。


 きっとあの時から感情の破壊は行われていた。ノアにはもう、願いを叶えるしかないのだ。自分の居場所はやはり、最初から変わっていない。カナリアの、彼女の側こそが自分の居場所だ。


 お前の罪を忘れるなと、夢が教えてくれたのだ。


「防衛本能だった……。 タルタロスに貢献したのも、ロイを助けようと薬を手に入れたのも、誰かのために駆け回ったのも、自分が壊れてないと言い聞かせようと『普通』を演じてみただけだ。 アリス、君を助けたのだってそうだ」


 カナリアのように優しくなりたい。その言葉にしがみつくように生きてきた。何か自分の心の行き先に目標が欲しかったから。


「僕は普通がいい。普通になりたい。特別なんていらない! ……なのに」


 何故笑うのか。何故泣くのか。何故怒るのか。その感情の色を読み解く能力は日々壊れ、他者の言葉を受け取る器もノアは失っていた。

 あらゆる感情を認識することも分別することもできていない。それは人として――欠陥品である。


 だからアリスが自分にどんな想いを抱いているかもわからない。何故助けたのかも、何故こうして話しているかもわからない。


 どんな言葉を並べようと、ノアの心に響きはしないのだ。


「もう誰も信用できない、信頼できない。 自分さえもそうさ。 僕は僕が一番信じられない」


 昨日あった感情が明日には無くなっている。今は大切なものだったとしても、次見た時にはわからなくなるのだ。それを繰り返していけば、繋がりなどどうでもよくなるのも仕方ないだろう。










「……そうですか」


 暗い笑みを浮かべて言葉を並べるノアに、アリスは飲み込んだように頷いた。


「だから、さ……ッ?!」


 そんなノアを、アリスは抱きしめた。自分を満たすために抱きついたのではなく、引き寄せて包み込むために抱擁を送っていた。


「兄さんはずっと一人で抱え込んで戦っていたんですね。 決して倒すことができない、己という敵と」

 

 ノアは驚く。決して力強くもない抱擁を避けることができず、振り払うこともできない自分にだ。

 最初はぼんやりとアリスの訴えを聞いていただけなのに、いつのまにか要らないことまでベラベラと喋っていた。知らぬ間にアリスが聞き手に回って奥底に沈めていた葛藤を受け止めてくれていた。

 そして聞き終えた後にこの一言だ。ずるい。こんなのは、あまりにずるい。


「違っ……」


 しかしこうして心が動いたのも、まだノアに感情がある確かな証拠だった。その僅かな心の動きを、アリスに利用されたのだ。


「気づくことができなくて、ごめんなさい。 でもやっと話してくれたんです。 私も、私たちも手伝わせてください。 兄さんは一人じゃないんですから」


 ノアにはホムラやロキ、メアリィやテトがいる。自分だけではないと、敵がいるように当然味方もいるのだとアリスは訴える。


「兄さんは自分が変わり、私たちに危害を加えてしまうことが怖かったんですよね。 夜に抑えきれない衝動に暴れ、塔の中で一人嘆いていた。 だから、壊れていく心が牙を剥く前に私を遠ざけた。 とっても優しいじゃないですか。 兄さんは、とても優しいです。 だからこそ、呪いからの影響や罪悪感や悩み、恐れています。 もういいんですよ?」


「……ッ、ダメだ。 僕はやり遂げないといけないんだ。 必ず、何としてもだ!」


「ええ、やり遂げましょう。 でもそれは私たちで、です。 一人で背負い込むことはないんです。 私にも手伝わせてください。 何故茨の道を選ぼうとするのですか」


「僕は救われるべきじゃないんだ。 僕の罪は決して消えない。 何人救おうとも、何人殺そうとも、僕の中の呪いがそれを許さないッ!」


「カナリアさんは、兄さんに苦しんで欲しくて助けた訳じゃありませんよ」


「…………え?」


「テト姉さんから聞きました。 カナリアさんとのこと、再会こそが願いであることを」


「ッ……」


 殺されるために生きている、ノアはそう言っていた。カナリアを殺したから。彼女に、怨まれていると思っていたから。カナリアを生き返らせ、彼女に殺されることが自分の終点だと思っていたのだ。

 感情が理解できなくなったノアはいつしか向けられていた感情の捉え方がねじ曲がり、願いはいつしか罪滅ぼしとなっていた。けれどそれは違う。


「カナリアさんは自分の命を投げ捨てても、兄さんに生きて欲しかったんです。 カナリアさんは――兄さんを大切に思っていたんですよ」


 カナリアがノアに向けていた感情、それは愛情。ノアがいつしか道ばたに落としてしまった感情だ。


「カナリアが?………………僕は、救われていいのか? 怨まれて、いないのか」


「はい、大丈夫です。 私たちが何とかしますから。 もう一度だけチャンスをください。 もう一度だけ、誰かを信じてみてください」


 自分の苦痛、嘆きを誰かに聞いて欲しかった?――違う。

 否定して欲しかった? ――違う。

 同情して欲しかった? ――違う。

 共感して欲しかった? ――違う。


 ノアはずっと、助けて欲しかった。


「これが私の恩返しです」


 力強く笑い、絶対に救うと言いきるアリス。泣き虫でわがままだった彼女からは想像もつかない姿に、ノアは震えるようにたじろぐ。


 頼る人がいなかった。自分がおかしくなっていくから助けてくれなど、誰にも言えるはずがなかった。

 きっと今まで虐げられた底で傷を舐めあった仲だからこそ、弱音を吐いてしまった。けれど情けないなんて思えない。そう思わせない魅力が、アリスから感じさせられた。


 どこからどこまでがアリスの想定通りかはわからない。でもこの流れもきっと彼女が狙い、掴んだ道筋だろう。



「………ありがとう」


 今度こそ、ノアは差し出された手を取った。アリスの強さに屈するように、その手を選ばされた。














 ――――――――――――――


 ノアは階段を降りながら、ぎゅっと服の上から胸を鷲掴む。


 壊れない道を選ぶ権利と、希望を見てしまい、ノアはアリスの守りびとになることを選んだ。自分は救われていいのだと、アリス達が救ってくれると、共に歩んでいけると胸を弾ませた。


「今動いているこれが、きっと心がなんだろうな」


 自分で思っていたより心は削れていたようで、ノアは思わず声を漏らす。カナリアに嫌われていなかった。 その事実も、ノアを大きく動かした。


「アリス達と歩み、心を取り戻してから君に会いに行くから……。 だからもう少し、待っててくれカナリア」



 そんな時、階段の終わりに人影が現れた。その人影には猫の耳がついており、じっとこちらを見つめていた。


「テト、無事でよかったよ」


 城に嫉妬の呪いが充満したという事件から、テトの姿を見ていなかったため、ノアは足を急かして段を降りる。するとテトも、ノアに合わせるように段を登り始めた。


「 ……テト、どうした?」


 しかし目の前まで来てもテトは中々口を開かず、ノアは首を傾げる。


「……ノア、会いたかった」


「え?」


 テトに強く押される形で体を傾けたノアは、段から足を滑らせ転倒した。

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