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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第134話 対談

 生きているかぎり明日が来るのは当たり前だ。今日待てば明日が来て、明日の自分が明日を生きる。しかしアリスは、その明日が来るのが怖くて怖くてたまらなかった。


 怪盗が盗みに来てくれたあの日までは。




 ―――その日も寒い夜だったのを覚えている。身体の肉は病に溶かされ、輪郭(りんかく)が次第に変わっていくのを感じていた。病は皮膚だけでなく脳まで侵していき、自我が日に日に薄くなりつつあるため、今日が終わるたびに自分が無くなっていくのを感じる日々だった。明日の自分がもはや自分とは言えない、違う生き物になってしまいそうな感覚。

 薬を飲めば病が治せる。自我が消えつつあると言っても、そんなことは少女にもわかっている。しかし、その肝心の薬を飲むことは出来なかった。何故なら、薬は少女の手が届かない場所に置いてあるからだ。

 見える位置にあるのに、既に足が動かなくなった少女には届きようのない場所に置いてある。それはまるで意図的に置いてあるようで、少女が飲めないようにしているようだった。


 自分を助けようと世話を焼いてくれた使用人も昔は少なからずいたが、その人達は皆んな何らかの理由で消えていった。


 そこで少女は理解した。自分は今、何かに消されているのだと。『誰か』にではない。もっと大きな『何か』にだ。


 自分の身分や立場が、何かの邪魔になったのかもしれない。産まれてきてはならなかったのかもしれない。薬を形だけでも用意しているのも、最善は尽くしたなどと、様々な見殺しをした言い訳ができるからだろう。

 少女はまだ幼かったが、手足が動かせなくなる代わりに様々な事を考える時間だけは無限に増えていった。


 そんな変わり映えしない朽ちていく日常の隙間に、変化は侵入してきた。



 それは肌を刺す冷たい風と共に、ふわりと入り込んだ黒い異物だった。


(…………はね?)



 粘ついて重たい瞼を持ち上げ、手のひらの上に降りてきた黒い羽毛に焦点を合わせる。そこで初めて、この部屋に自分以外の何者かが侵入していたことに気づいた。


 夜に紛れ、羽毛を舞わせながら姿を現したのは一人の少年だった。


 侵された身体のせいで危害を加えられようと、どうすることもできない少女は、ただ眺めるしかなかった。すると侵入者もこちらを見ていたようで、顔を覆っていたマスクを外して目を合わせてきた。


 マスクの下にあったのは無垢な少年の顔。少年は、こちらを見て顔を痛ましそうに歪ませており、薬を手にして頭を下げた。「ごめん」と。

 何故謝られているかも、何故ここに来たのかも、もう彼女は考えることなど出来なくなっているためわからない。そんな薬など、もうどうでもよくなっているのだ。


 しかし、少女はおぼろげななか、確かに感じたことがあった。


(……きれいな……め……)


 一目惚れだった。


 暗闇の中でも、意識が薄れつつあっても、少女の心は透明な瞳に吸い込まれるように動かされた。


 薬を持ち去っていく少年に、少女は幼いながらに夢を見た。




 自分の身体は朽ち果てているし、少年は自分などには興味はない。けれど、その瞳につられて心は動き妄想さ膨らむ。


 囚われの姫を迎えに、王子様がこの塔へ来てくれたようなワンシーン。



 それはまるで運命の出会いのよう。





 ――少女、アリスは怪盗であるノアに奪われた。それは病を治す薬でも、安泰に生きていける人生でもない。盗ませたもの、それは残されていたほんの僅かな、残り火のような心だった。




 アリスは願った。もし明日がまだ続くなら、もしこの命がまだ残るなら、いつかあの少年と運命のような再会を果たしたいと。


 それから意識が途切れていく日々を、少女は夢見て過ごしていった。それはかけがえのない日々でもあり、以前のような明日の恐怖は消えていっていた。


(いつか………あえたら…いいな)









 日々が積もり、病が加速すると少女の自我は消え失せ、化け物へと姿を変えていった。最後の最後に芽生えた感情も巻き込んで。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 話を聞いたノアは、呆然とした表情で言葉を飲み込めない様子だった。


「……知ってたのか」


「ええ。 とは言っても、その事の意味を理解したのは最近ですけどね。 今となっては怪盗の正体が兄さんで本当によかったと思っています」


 城へ侵入した大犯罪者である賊の正体に気づき、アリスは胸をときめかせたものだ。そんな彼が、自分の守りびとになっていたなんて。


 ――なんてロマンチックな運命のいたずら。


 化け物として脳を侵されたアリスは、言葉や理性を失いはしたが、ずっとノアを認識していたのだ。かつて出会った事のある人だと。当時は怪盗としての罪や正体の意味など理解できていなかったが、ノアがしてくれたことだけは忘れることなく記憶していた。


 手を痛めてまで水を汲んでくれた。


 羽を燃やしてまで暖炉で温めてくれた。


 何度我儘を言っても叶えてくれた。


 何をしても褒めて頭を撫でてくれた


 いつも自分の事を考えてくれていた。


 その想い出は、空っぽになったアリスの絵日記に一ページづつ描いてくれた。ここまでこれたのも、全てはノアのおかげだと断言できた。

 だから、王族としての立場になってもノアの正体を誰にも告げることなく過ごしていた。



「ちがう、僕がもし、あの時君に薬を飲ませていれば、君はあんな姿になることは無かったんだぞ? 僕が盗みに来なければ自我を失うことも化け物と呼ばれることもなかった。 これは僕の、子供染みた罪滅ぼしだ」


「そんな事はありません。 あれは私の問題、兄さんが一人で罪を背負い込んだだけです。 それに兄さんに会わなければ私は生きようとも思えず死んでいたでしょう。私は感謝こそすれ恨んでなどいませんよ。 兄さんが守りびとになる前から、私はずっと生きる力や希望を貰い続けていたのですから」


 ノアは言葉を失う。否定しなければならないのに、今は安心感で心がうち晴れてしまう。


「たらればの話をするなら、もし兄さんがあの日盗みに来ることなく、私が周りと同じように王族として生きていけてたとしても、そんな人生はいらないです。 過去を操作できるなら、たとえ苦しみが待ち構えていたとしても兄さんとこうして話せる未来が来たのなら、何度だってこの道を選び続けるでしょう」


 ノアに会わない人生はいらないと、どこまでも親愛な笑みを込めていく。


 その様子にノアは、焦りを覚えていた。ここから何を言っても彼女は都合のいい言葉を並べてノアを取り込もうとするだろう。優しく手を差し伸べてくれるその道は、きっと優しくて温かい。


 だからこそ、自分にはふさわしくない。


「わかってないなぁ。 アリスがここまでこれたのも、今笑っているのも、全てニコラスがやったことだ。僕じゃあ無理だった。 僕は君を諦め、切り捨てた。 僕じゃなくていい」


「ええ、ニコラスには感謝してもしきれません。 なんせ彼が一番、兄さんを取り戻す事に必死だったんですから」


「それって…」


 ニコラスは、ノアを想い続けるアリスを見守っていたせいで認めてしまったのだろう。ノアが罪人ではなく、優しい守りびとであったということを。だから一緒に頑張れてきたし、アリスは背中を押され続けた。

 もうノアでないとダメなのだ。アリスの守りびとを務めるには、ノアでなければ成り立たない。なんせ必要な条件は、アリスが好きになることなのだから。


「……僕は君の兄じゃないし、血も繋がってないよ」


「もうっ、馬鹿にしないでください。 血が繋がってないことくらいわかってますよ!…………今ではですけど」


 自分でも馬鹿馬鹿しいと思える抵抗に、アリスは頰を膨らませて抗議する。


「本当に血が繋がっていたらそれはそれで困りますしね……」


 声量が唐突に抑えられたせいで聞き取れなかったノアは首を傾げるが、耳だけは正直で、周りより少し長いアリスの耳は赤く染まっていた。


「コホンッ、愚痴をこぼすとすれば薬なんか放っておいて私を(さら)って欲しかったです」


 冗談めかしく笑うアリスは、可愛らしい仕草で舌を出す。流れを掴むことに長けた彼女は、会話に持ち込むことでノアの心を好き放題に抱きしめていた。


「そういえば要件、という話でしたよね。 それならもう一度私の守りびとになってください。 形だけでもいいんです。 どこに居ても何をしててもいい。 でも最後には、私のところに戻ってきてくれませんか?」


 アリスは本当に強くなった。ノアの反応からは明確な拒絶が示されていたし、心挫ける当たり方だっただろう。しかし彼女は敏感な反応で、鈍感のように振る舞い流してしまった。こういう強さもあるのだと、学ばされてしまう。

 今ここで手を差し伸べてくれる彼女がどんな経験をしたのか、どんな覚悟があるのか。それは計り知れないものである。






 それでも、ノアはその手を取れなかった。


 全てはもう遅い。手遅れなのだと、自分の中の何かが行く手を阻んでいた。

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