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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第130話 叶う呪いと叶わない願い

「ロキ!今のうち」


「わ、わかったから取り敢えず離せ!」


 メアリィは、ロキの首根っこを掴んで駆け出し、ニヴルヘイムから抜け出した。今の今まで反乱軍によって道を塞がれていたが、アリスによって沈められたおかげで切り開かれたのだ。

 ニヴルヘイム全体に響いたアリスの叫びは、メアリィとロキも驚きはしたが、この絶好の機会を逃すことはしなかった。


「何処に向かってるんだよ! 本当にわかってるのか」


「間違いない! 今ノアはあの燃えてる城の中にいる」


 メアリィの手の中で蠢く血は、ムスペルスヘイムを指していた。

 メアリィは日頃からノアの血を飲んで血肉へと変えているため、メアリィの体内に流れている血液はノアの血が多く混じっていた。そのため、自分の血を操るだけの能力であるはずが、メアリィの『純血』の呪いはノアの血が何処にあるのかもわかるようになっていた。

 ニヴルヘイムにいたはずのノアが唐突に消え、連れさられた事をメアリィは察知し、今はごっそりと体内から血を流していることもわかっている。そこに何故ノアが連れて行かれたかはわからないが、危険な状態であることは間違いない。


「遅い! 早く!!」


 ガシャガシャと鎧を鳴らして走るロキに、メアリィは珍しく苛立ったような声を上げた。しかし間に合わなくなる前に早くたどり着きたいという気持ちでいっぱいだったのだ。


「ダァッ、俺だって本気で走ってる!! 早く隊長のところに行きたいのは俺も同じなんだ!」


 鎧が無駄に重く、愚痴をこぼしてしまうも、ロキは必死に燃える壁を目指してひたすら走っていた。


 早く隊長の元に行かなければ。もしかしたら敵の罠にかかり大怪我をしてしまっているかもしれない。拘束され、身動きが取れなくなっているのかもしれない。そんな考えが頭によぎると、もう居ても立っても居られなかった。



 ――せっかく隊長(目標)を殺せるチャンスなんだから。






 ロキは、銀の兜の隙間から燃え盛る城を見て、ノアが瀕死になっていることを願っていた。

『嫉妬』の呪いは、ニヴルヘイム中に撒き散らされ、騎士達全員を呑み込んだ。それはロキも例外ではない。確かにアリスの照らした光に心を洗われ、皆の呪いは力を奪われていった。

 しかし、ロキの中で芽生えてしまった嫉妬心は誰よりも濃かった。メアリィとは違い、ロキは心の底からノアを尊敬していた。誰よりも部下として隊長であるノアを敬愛していた。だからこそ、その純粋な忠誠心の強さが仇となり、ロキの中の『嫉妬』は今となっても強く牙を剥いていた。



(早く認めてもらいたい。早く追いついきたい。そのためには殺すのが一番だ。あれだけ力を持っている隊長が、こんな俺を認めるはずがないんだ。だったら殺せばいい。殺してしまえば、俺に殺されれば、俺が超えていることを証明すれば、隊長だって俺を認めるしかないんだ!)


 明らかに異常な精神状態のロキは、銀の兜の下で表情を汚していた。

 けれどそのことに、メアリィは気づけなかった。メアリィは、『嫉妬』に呑まれているわけではないが、ある意味彼女も精神状態が不安定な状態だ。


(早く、早く。 お願い、間に合って!)


 ムスペルスヘイムに飛び込み、火の粉が肌を焦がすことなど御構いなしに進み続ける。嫌な予感がしてならず、この勘が外れることをただ願う。一刻も早くノアのもとにと、焦燥心に駆られていた。



 せっかく手に入れた温かい居場所だからかもしれない。


 一人で遺跡を彷徨うより、ずっと楽しい場所を守りたかったからかもしれない。


 美味しい血が飲めなくなるのが嫌だからかもしれない。


 恐ろしい毒猫と約束をしてしまったからかもしれない。


 単純にノアのことが好きだからかもしれない。


 あやふやな理由をあやふやにしたまま、メアリィは走った。立ち塞がる者が現れようものなら容赦なく殺そうと息巻いたが、不自然なほどムスペルスヘイムの警備は甘く、簡単に城へと侵入できた。甘いどころか城内に至っては誰一人警備の姿が見えず、その静けさが逆に不安を煽る。


「ノアはあの扉の向こう! このまま突っ込むよ!」


「……ああ、わかった」


 血でノアの位置や生存を確認したメアリィは、汗を加速させながら扉に手をかけ、ロキは返事と共にこっそりと剣に手をかけた。









 ――そして扉を開けた先の光景を見て、二人は思わず足を止めた。ロキは剣から手を離し、メアリィは顔を手のひらで覆うと悲痛の息をこぼした。


「……ッ間に合わなかった」


 時は既に遅く、メアリィは約束を守ることはできなかった。










 ―――目の前に広がっている光景。 それは蹂躙された地獄絵図。血の海の上には肉の山。壁や天井はねじ曲がり、床には深く傷跡が残っている。


 獅子の肢体に翼を生やした少女が、虚ろな瞳で壁にぶら下がっており、無残にも鼻や牙は全て砕かれている。その少女の背後には、不自然に歪んだ地面の壁で守られるように王族の女性らしきものが置いてある。そう。らしきものが置いてあるだけなのだ。


 壁には一つ何かが貫通したような大きな穴が空いており、女性は壁の中で逃げ場を失ったように何か得体の知れない力で強引にかき混ぜられていた。

 二人の周りには、頭が三つだったり、下半身だけが馬のように四足あったりなど、多種多様の奇妙な姿をした亜人達が、全員一人残らず殺されていた。


 地面の壁の中で肉を飛び散らせミンチになった王族。骨が折られているのか、プラプラと腕や脚を揺らしている合成獣。表情をまとめて恐怖に揃え、死体の山と化した騎士達。


 そんな血の劇場で一人立っていた獣こそが、ノアだった。





 ノア自身も怪我は相当酷く、立っているのもやっとの状態だ。身体中は返り血か自身の血のなのかわからないほど真っ赤に染めて、赤い瞳はどこか遠くを見ているかのようだ。幾度となく傷を受け続けたことが想像できるほど身体を欠けさせている。それでも白さを目立たせる羽がやけに美しかった。


けれど正真正銘、ノアがこの惨劇を作り出した張本人であることは確か。

 互いが殺し合い、何匹も殺して何度も殺されたのだろう。それでも、最後に立っていたのはノアで、殺しきれなかった者達はこうして息絶えているのだ。


 ノアは、この数の幻獣や合成獣など、相手にならないほどの本物の獣となっていた。









 メアリィは嘆く。間に合わなかったことを。ノアに勝たせてはならなかったのだ。

 どうせなら負けていて欲しかった。こうして勝利するくらいなら、寝返って敵にでもなっていてほしかった。しかしその願いは叶わず、敵の脅しや力の圧力にも負けないほどノアは強くなっている。



「………あ、二人とも。 迎えに来てくれたのか? でもちょっと遅いよ、結構危なかったんだから」


 こちらに気づいた様子のノアはカラカラと笑った後、冗談めかした風に怒った表情を見せた。それは自分は大丈夫だと、怪我は大したこないと示して、安心させようとしてくれているのだろう。

 けれどそんなノアの態度に、メアリィは更に不安を覚える。こんな血だらけの戦争をして、たった一人でここまで死体を作り出しておいて、顔の半分を砕かれておいて、引きずる足すら無くしておいて、何故そんなに平然と笑っていられるのか。朝の挨拶をするように笑うノアに、メアリィは言葉を失った。



「……隊長」


 ロキは、思わずといったふうにノアを呼ぶが、ロキもそれ以上言葉を出すことはなかった。想像以上にノアは瀕死で、半死人状態にある。殺すなら願ってもないチャンスだろう。


 けれど、ロキは剣を抜く事が出来なかった。手足は震え、恐怖で声が出ないのだ。


 こんな状態であろうとも、そっと押せば倒れてしまいそうな状態であろうとも、そんなノアを殺せるビジョンがまるで見えなかったのだ。後ろから不意打ちで殺しにかかっても、いとも簡単に殺し返される。そう思わされるほどノアの瞳は燃えている。実際に今足元で死体となった者達がそうなっているのだ。優勢だと勘違いし、必死に命を刈り取ろうとしたのだろう。だがノアの心臓を握るまでには、あまりにも遠かったのだ。


 ロキは、間違えに気づかされる。

 今までしようとしていた行為がどれだけ愚かだったかを理解させられる。自分がどれだけ思い上がっていたのかを叩きつけられる。


 この人を嫉妬することすらおこがましかったのだ。





 到底及ぶことのない、大きな壁を見せつけられたロキは、心の中にある嫉妬が尊敬へと捻じ曲げ直されたのを感じる。


 心の中に侵食して根付いた呪いは、段違いな密度の呪いを前に、いつのまにか否応無しに消されていった。

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