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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第128話 嫉妬と黒の剣

今回は長めです。

 アリスが目を瞑り、テレサは目を見開いた。


 闇が包み込み、弾け飛んだのはテレサだった。魔獣なんて可愛く見えてしまうほど、それは黒く凶暴だった。


 アリスが祈った瞬間、彼女を中心に闇が膨れ上がり暴発した。闇は塔の中だけでは収まらず、全てを黒一色に染め上げ、その威力は暴走の域に達していた。


「ッッは!?」


 テレサは驚愕や痛みで肺から空気を絞り取られ、なすすべなく部屋から弾き飛ばさた。意識はまだ保てていたらしく、爪を螺旋階段に食い込ませることでぶら下がることにはなんとか成功したが、パチパチと目の前が弾けている。


「な、なによ……この威力。それに異能の中に闇なんて存在しないし……。 まさか、呪い!? 」


 息を荒げたテレサは、焦りを消すために深呼吸を繰り返そうとするが、殺し合いで相手の準備が整うのを待ってくれるわけもなく、それはやってきた。

 コツコツと足音が階段に響き、テレサは自然と顔を上げた。


 そこには、壁の傷を複雑な表情を撫でている妖精族の姫の姿があり、反対の手には、ギョッと驚くほど優しく輝く、闇色の剣が握られていた。


「この剣は光、黒く輝く光です」


「ふん、まさかそんな力を隠してたとはね。でも、貴方みたいなガキに私が殺せるかしら? 実力的にも、精神的にもね」


 今の高威力には驚きはしたが、自分達は仮にも今まで一緒に過ごしていた仲だ。いつから自分の正体に気づいていたかは知らないが、そんな身近な人の命を、所詮はなまっちょろい小娘でしかないアリスが奪えるはずもない。

 そして、そこをあえて指摘することにより、アリスの手が止まることをテレサは狙っていた。


「さぁ、どうでしょう。確かに今のは本気ではなかったですけど、次もそうとは限りませんよ」


 アリスは挑発を受け流すように首を傾げながら優しく微笑み、テレサは苛立ちを吐き出すように舌打ちをする。さっきの威力で手加減をしていたというあり得ないハッタリや、余裕があるような笑みが余計にテレサの心を逆立てた。


「へぇ〜手加減でもしてたって言うわけ?」


「ええ。 あそこは私の思い出の場所なので、壊されたら困るんです。 それに、返してもらう前に破れちゃったら大変ですからね」


 そう言って笑うアリスの手には、いつのまにかテレサが腰に巻いていたはずの赤いドレスがあった。テレサは宣言通り、ノアの作ったドレスを奪い返されていたのだ。力の差を叩きつけられた感覚。悔しさや情けなさで、表情を更に歪む。

 そして実際、先ほどアリスが起こした爆発は手加減されたものであるのは事実だった。命の取り合いをしているこの状況で、アリスはどうしてもドレスを取り返したかった。けれど問題は、普段は異能を使わないアリスにとって、威力の調節は極めて難しかったことだ。結果、案の定制御しきれなかったアリスは、テレサを扉ごと吹き飛ばし、今手に握っているドレスもボロボロになってしまった。けれどそんなドレスを、アリスは大切そうに胸に抱える。


「ふふ、流石にもうサイズが合わないでしょうね」


「ッ、生意気じゃない! アリスちゃんは可愛いかったから出来るだけ怖い目に遭わせたくなかったけど、その必要もなくなったわ。……最高の地獄を見せてあげる」

 

 脚が膨れ上がり、テレサは蒸気とともに跳ねまわり始める。いつも甲斐甲斐しく世話をしてくれていた使用人の雰囲気は既に消え失せ、そこには暴君と化した魔獣がいた。


「ガキが、そんな見掛け倒しの剣を振り回して勝てるわけないでしょうが! せいぜい当ててみなさいよ!」


 音が遅れて聞こえるほどの速度で移動をし続ける彼女には、狙いを定めることすら困難だろう。しかもアリスの剣の腕はからっきしで、そもそも降った経験すら一度もない。


「そうですね、確かにまだまだ私も子供かもしれません」


 アリスは思わずといった風に、笑みをこぼした。戦いに詳しくない者でも、テレサの強さが異常なことくらいは理解できる。恐らくは騎士隊長を務められる程度の強さはあるだろう。そんな敵を前に、アリスは一度も振ったことのない剣を子供じみた理由で握っている。


 理由、それは格好いいから。


 いつも見ていた人が、いつも振っていたもの。憧れた人がやる事を真似してみたくなったから。そんな理由で、アリスは剣を振り上げていた。


「バカね! 当たるわけないでしょう?」


 滑稽な姿を晒すアリスを、テレサは高々に笑う。実際に今アリスが振り下ろそうとしている場所には誰もおらず、そのノロノロとした動きは目をつぶっていても避けられるだろう。


 しかし、その考えは間違いだとわからされる。目をつぶっていてもいなくとも、どこにいようと、どれほど速度を上げようと、当たらなかったとしても、アリスの攻撃を避ける事は最初から不可能だったのだ。



「えい!」


 可愛い掛け声と共に剣が地面を叩いた瞬間、全方位に闇は広がった。闇が世界と反発して巻き起こる無音の爆発。行われた攻撃は一瞬に思えるも、その闇の中では何百、何千回と、爆発の融合と分解が幾度となく行われていた。爆発を闇の引力で巻き戻して更に反発を繰り返し、爆発から大爆発へ、そして大爆発は破滅へと向かわせる。




 ――テレサの言う通り、この剣は見掛け倒しだ。これは剣の形をしているが、剣の役目など一切果たせない。何故ならこの剣の本質は、何かを切るどころか、全てを消滅させてしまう黒い輝きに満ちる爆弾そのものだから。




 繊細な技術を求めて守るために剣を振る騎士の姿に憧れたはずの少女だったが、行き着いたのはそれとは真逆。力技で解決させる大雑把であり破壊だけを行う無慈悲な一撃だった。


 アリスは幼き頃、身体が成長を始める頃から漆黒の翼に包まれて育ってきた。それはノアのコートだ。古代兵器であるジャック・オー・ランタンのエネルギーで満ちたコートに包まれて育ってきたアリスの体内には、異常なほど濃い力が溜まり、まだ自我もはっきりもしていない時から溜まり始めたその力は、一歩間違えばアリス自身を破裂させたかもしれない。それほどに危険な存在だったアリスは、今思えば化け物と呼ばれるのもあながち間違いではなかっただろう。

 古代兵器級のエネルギーが、無自覚で城内をうろついているのだから。










 闇の衝撃の波に呑まれたテレサは体の輪郭を溶かされる。まるで超巨大な黒い鉄球で潰されたように、テレサの身体や顔はひしゃげて壁の方へと押し付けられた。しかし壁すら既になく、無残に外へ吹き飛ばされる。凄まじい衝撃から来る痛みで声を発することすらできずに。否、発していても闇の前では断末魔すらかき消されるだけで、何の抵抗をすることもできずに終わった。


(こんのッ、小娘エェェエ!))








 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 テレサがニヴルヘイムに入った時期はノアと殆ど変わらない。それはエルザの命令のもと、ノアと接触するためだ。テレサは魔獣という希少な価値もあり、エルザのコレクションとして動いていた。実力もあった彼女はノアを襲う指名を受け、細かな計画を立てて潜入した。


 ノアが騎士としてニヴルヘイムに訪れた時、作戦は始まった。テレサは、自分の体を巧みに利用することでわざと王族に近づき、密室で襲われることでノアを罠に嵌めた。

 その目論見は成功し、助けに来たノアは、罪をなすりつけられ、まんまと主犯となった。最初からノアがああなる事は仕組まれていたのだ。しかし、予想外なことに、彼は運良く隊長の一人と繋がりがあり、牢から出てしまった。本当は無理やり閉じ込められたノアが脱獄したところをムスペルスヘイムの数人で捉える算段を立てていたのだが、そこで全ての予定を崩された。そのため、テレサは機会を失いまた様子を見る羽目となってしまったのだ。


 そうして、テレサの作戦は失敗から始まった。




 次の作戦はノアを自分から騎士をやめさせることだった。ノアが牢から出た途端に手に入れた、騎士隊長としての身分は拉致するには大きな障害となり、ただの新兵を攫うこととはわけが違ってくる。軽率な行動を取ればムスペルスヘイムとニヴルヘイムの争いごとにも発展してしまうのだ。そのため、ノアに身分を捨てさせる必要もあり、城から出て一人になるのを待つためにテレサは動いた。

 それは孤独にさせることだった。人は孤独には耐えられない生き物で、だからこそ群れている。騎士になることを諦めさせるだけで、ノアの心を折るだけで使命は成し遂げられる。そう思ったテレサは、ニヴルヘイム中に自分が宿していた呪いを容赦なくばら撒いた。



 人と人の関係を壊してしまう一番の原因である感情、それは『嫉妬』だ。



 恵まれた誰かが羨ましい。想い人が違う誰かと居て欲しくない。大切だと再認識させてくれるその感情こそが、大切なものを自ら失わせる。最も大切で、最も邪魔なもの。それこそが嫉妬なのだ。


 テレサはその呪いの力で他人の心をいじり、ノアを孤立させた。

 誰も出来なかったアリスの世話をしてみせたノアに、使用人達は認めず陰口を言う。騎士達は、ノアの実力を認めざるを得ないとしても、あくまで騎士ではなく罪人として扱った。自分ができない事が出来る、訓練に励んでいる自分達より凌駕している。

 それだけで皆は妬ましくなり、ノアを受け付けなくなった。憎しみまで沸かせる者もでるほどだった。それらは全て、テレサがノアを孤立させるために仕向けた環境だったのだ。そして呪いで作り上げた一番の成功品、それはニコラスだった。ニコラスは嫉妬の力に喰われ、ノアを必要以上に敵視した。


 二人が対立する様子に、もう時間の問題だとテレサは裏でケラケラと笑っていた。



 しかし、テレサの予想外はまた始まる。ノアは孤立させらても、陰口を言われても、拳で殴られたとしても、それでも強く立っていた。諦めず、平然とただ過ごしていたのだ。まるでそんな扱いが当たり前だと言わんばかりに。どんな環境で育てば、どんな世界を見て育てばそんな平気な顔で生きていけるのかは理解に苦しむほどに、彼は平然としていた。

 そのうえ、完全に孤立させようとノア自身にも嫉妬の呪いをかけようとした。嫉妬に侵されれば、暴動でも起こして追い出されてくれると思ったから。だが、彼はただ笑っていた。『嫉妬』の呪いは自分に近づくだけで自ずと呪われていくはずで、確かにノアにも『嫉妬』の呪いは降り注いだはずだ。なのに、彼の仮面は崩れなかった。これがまたも予想外であり、二つ目の失敗だった。


 そして三つ目は毒猫の存在だ。強硬手段として、ニヴルヘイムに数人で乗り込んだ事もあった。賊として仮面をつけ、王族にも呪いを侵食させるために侵入したこともある。しかし、そんな時に限ってあの猫が現れ邪魔をしてきた。

 テトは、ノアが知りもしないところで何度もムスペルスヘイムの軍隊を単独で迎撃し、テレサも容易に手を出す事が出来なかった。

しかもそれだけに治らず、呪いで犯された環境の影響が与えていたノアへのストレスも、彼女は陰から日頃から根気強く支え和らげた。それが彼女自身の欲を満たすための行動だったとしても、ノアへ与えた癒しは計り知れないものだったのだ。



 そんな温いやり方に作戦が砕かれ、テレサは歯痒さから苛立ちを貯めた。




 そんなもどかしい日々を過ごしていたテレサに、また新たな問題が浮かび上がってしまった。


 それは、彼女が誰よりも()()()()()()()ことだ。


 ノアの信用を得るために機会を伺い、アリスの世話をしてあげるふりをして何度も接触をした。いつかは人質にでもしようとしていた。いつかは隙につけこんでやろうとしていた。いつかは……。

 そんな思考を巡らせていたはずのテレサは、途中で自分を見失った。使命のために周りに溶け込もうとしたテレサは、ノアの全てを崩そうと呪いの奥へと足を踏み入れ、自らの『嫉妬』という最悪な呪いに囚われたのだ。



 使用人達が懸命に働く姿。ーー羨ましい。


 騎士達が訓練に励む姿勢。ーー羨ましい。


 王族達が娯楽を楽しむ顔。ーー羨ましい。



 そして何より彼女の心を荒立てたのは、ノアがアリスに向けていた心だった。


 コレクションと母親の関係で成り立っていたムスペルスヘイムでは存在しなかったもの。相手を思いやって、自分を削ってでも世話をしていたノア。そんなノアを身近で探っていたテレサは、失敗させられた獲物を前にし、苛立ちや焦りと共に、その優しさにも包まれ―――結果、呪われた。



 ーーーああ、羨ましい(殺したい)



 そこからテレサの使命は呪われた(変わった)。嫉妬に塗れた彼女は元の使命を忘れ、ノアとアリスの仲を引き裂くことにすり替わってしまったのだった。


 だからテレサは、茶会でアリスに濃密な呪いを側で囁いた。ノアとアテナが踊り合う姿を見せつけ「あれこそがお似合いだ」と。


その言葉がアリスの嫉妬心を荒ぶらせ、自分では不釣り合いだと嫉妬に溺れたアリスは、なぜ、どうして、そんな言葉を悶々と繰り返し続け、テレサの思惑どおり対立するようにノアから逃げ出した。


 そんな滑稽で哀れな姫を、化け物として産まれ、唯一自分が見下せる少女を、テレサは嬉々として笑っていた。






 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









 血飛沫を描いて塔の底へと落とされるテレサは、崩れる瓦礫の中で叫んだ。たとえ才能があったとしても、この威力は普通ではない。あんな泣き虫で弱虫だったアリスに、ここまで無残に負けるはずがない。


唯一見下していた相手、唯一嫉妬せずにいられた相手。唯一、穏やかに遊べた話し相手。だが間違いだった。劣っていたのは自分のほうだったのだ。


 結局はアリスすらも、自分よりも優れた妬むべき対象だったのだ。



「こんなぁッ……普通じゃない。こんな小娘が、なんで……どいつもこいつも……妬ましい。 終わりじゃない! こんなことで、私は……『嫉妬』は終わらない!!」


 他者を嫉妬することしか出来ない呪いは、宿主を地獄へと落としていく。














 ーー自分の足下の坂から綺麗にくり抜かれ、無くなっている階段。闇へと誘われた破壊の跡を作り出した少女、アリスは手に持っていた黒い剣を手から溢すと、その場にヘタリと座り込んだ。


「はぁ…はぁ……怖かった」


 今さっき全てを破滅させた張本人は、手を震わせて目を潤していた。


 本当は死ぬほど怖かった。本当は今すぐにでも逃げ出したかった。だけど、それと同じくらい逃げたくなかったのだ。


 逃げたらまた失いそうだから。もう後悔はしたくなかったから。














 ーー闇は暗い色などしていない。


 影があるのは光が存在していることを意味する。闇はただ黒一色に染められているだけだ。いつも包んでくれていたあの翼のような、とても素敵な黒い色に。

 


 この異能は闇でもあり光でもある。ただ、異能の光が少しばかり強く、黒色に輝いているだけだ。



 アリスは幼い頃から闇の中で生きていた。一人孤独で、囚われているわけでも拘束されているわけでもない。なのに手足は病というドロドロな枷によって自分の力では動かせなくなっていた。しかし、闇の中にも光はあった。優しい優しい光が来てくれた。その不器用でおぼつかない光こそがノアだった。ノアは、命の恩人であり、兄であり、想い人であり、守りびとであり、罪人だ。


 そんな光を、呪いに惑わされ自ら捨ててしまった光を、勇気がなかったせいで奪われてしまった光を、アリスは手に入れるために今まで努力してきた。




  だからーー





「待っててくださいね。 私が奪い返しに行くまで」

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